アリたちのごちそう
「二度と戻ってくるなあああっ!」
レストランの扉が、大きな音を立てて閉まった。
軒先にいた鳩が一羽、慌てて飛び立った。もう一羽は動じない。どうやら、この店の怒鳴り声には慣れているらしい。
フランセテは入口の前で肩を落としていた。
クビになった。
もっとも、そもそも雇われていなかったのだが。
雇われてもいないのにクビになる。いったいどういう扱いなのか、本人にもよく分からなかった。今は考えないことにした。
「三日間……」
彼は自分の手を見下ろした。
「それでも、三日間は頑張ったんだよな……」
少し考えてから、ポケットの小さな手帳を取り出す。
『飲食店勤務経験:三日間』
さらに、その下に書き足した。
『退職理由:米の炊き加減に関する意見の相違』
すると扉の向こうから怒号が飛んできた。
「全部聞こえてるぞおおおっ!」
フランセテは慌てて二行目を消した。
「ご指摘ありがとうございますっ!」
残った鳩まで巻き込む前に、彼はその場を立ち去った。
◇ ◇ ◇
午後の市場には、人の声とエンジン音と、新鮮な魚の匂いが入り混じっていた。
値引きの声を張り上げる店主。ジャガイモの袋を運ぶ男たち。ユカ(キャッサバ)の箱を持ち上げようとして、思わず顔をしかめるモトタクシーの運転手。
フランセテはあてもなく歩いた。
肩には布の鞄。着替えとレシピ帳、それから布で丁寧に包んだ包丁が入っている。
包みを開かず、そっと手で触れる。
柄はすり減り、刃も何度も研いだせいで、両親がピスコで贈ってくれた頃とはずいぶん姿が変わっていた。
あのとき、母はこの布を大事そうに折り畳んでいた。
『大切に使うのよ』
フランセテは鞄の紐を握りしめた。
「お米ひとつ、ちゃんと守れなかったのに……」
ぐうう、と腹が鳴った。
「……うん。君にも文句を言う権利はあるよ」
ポケットを探ると、朝食の残りのパンが一切れ、紙ナプキンに包まれて出てきた。
彼はそれを厳粛な表情で見つめた。
「よし。これでお別れのごちそうにしよう」
再び腹が鳴る。
「まだだってば! お店だって開けてないんだから!」
近くの小さな広場に入り、木陰に腰を下ろす。膝の上でナプキンを広げた、そのとき。
一匹のアリが目に入った。
自分の体ほどもあるパンくずを運ぼうとしている。持ち上げて、数ミリ進んで、くるりとひっくり返る。
フランセテは顔を近づけた。
「お客さん、ちょっと運び方を変えたほうがいいかもしれませんね」
アリは無視した。
もう一度挑戦して、またパンくずを落とす。
やがて根元の陰に消えてしまった。
「あ……」
フランセテは小さく息をつく。
「今日は、僕たち二人ともついてないね」
だが、アリは戻ってきた。
今度は仲間を連れて。
数匹のアリがパンくずを囲み、最初はばらばらの方向へ引っ張っていたが、やがて協力して根元へ運び始めた。
フランセテの目が輝く。
「すごい! 仲間と一緒に運ぶ作戦に変えたんだ!」
通りがかった女性が怪訝そうにこちらを見る。
彼は慌てて木の葉を眺めるふりをした。
女性が去ると、自分のパンを少しちぎり、通路から離れた場所に置いた。踏まれないように、落ち葉を一枚きれいに広げて、その横に添える。
「お帰りなさいませ。本日は厨房で少々トラブルがありまして……」
一拍。
「……少々では済まなかったんですけどね」
アリが葉の上に登った。
フランセテは思わず微笑んだ。
故郷ピスコの広場が、ふっと脳裏によみがえる。葉っぱのテーブル。痩せた子猫。向こう側から聞こえた子どもたちの笑い声。
そして、まだ包丁もまともに握れなかった頃の、小さな約束。
「……アリに料理を出してるのかい?」
顔を上げる。
野菜の袋を両手に提げた年配の女性が立っていた。髪をきっちり結び、清潔な青いエプロンをつけている。長く厨房で働いてきた人らしい、無駄のない身なりだった。
「こんにちは!」フランセテは立ち上がった。「お食事でしたら、少しお待ちください!」
女性は葉っぱを見た。
アリを見た。
それから彼を見た。
「……あんた、いくつ?」
「二十四歳です!」
「うちの甥っ子は、その歳でもう子どもが二人いるよ」
フランセテは足元のお客さんたちを見下ろした。
「僕にはお客さんが何人もいます!」
女性は思わず吹き出し、袋を落としかけた。
「で、あんた、普段は何して暮らしてるの?」
「ついさっきまでレストランで働いていました」
「何があったんだい?」
「……意見の相違がありまして」
「何について?」
「お米の炊き加減です」
女性の笑顔が消えた。
「どれだけ炊いたんだい?」
「お米に見えなくなるまでです」
◇ ◇ ◇
女性の名前はマティルデといった。
市場の端で小さな食堂を営み、相手がどんな問題を起こしそうか、二つ三つ質問しただけで見抜くのが得意だった。
フランセテには四つ必要だった。
「つまり、雇われてもいないのに厨房へ入った」
「はい」
「頼まれてもいないのに、大鍋いっぱいのお米を炊いた」
「はい」
「全部焦がした」
「はい」
「それで追い出されると思わなかったのかい?」
フランセテは真剣に考える。
「雇ってもらっていないのにクビにできることに、一番驚きました」
マティルデは額を押さえた。
「聖母マリア様……」
店には揚げたての魚と、ゆでたユカ、それにレモンの香りが漂っていた。蓋をした大皿と鍋、きれいなまな板。奥には真っ白に炊き上がった米が置かれている。
フランセテは、妙に真剣な顔でそれを見つめた。
マティルデは視線に気づいた。
「触るんじゃないよ」
「触ろうなんて思ってません!」
「因縁の相手を見る目をしてるよ」
フランセテは目をそらした。
マティルデが時計を見て舌打ちする。
「しまった、サルサ・クリオージャがまだだよ! 手伝いの子も今日は来られないし、そろそろ市場のみんなが来るっていうのに」
「僕が手伝います!」
「だめ」
「一生懸命働けます!」
「それは知ってるよ。三日間も、許可なくね」
「今度はちゃんと許可を取ります!」
「だから、だめだって」
「では、許可をお願いする許可をいただけますか?」
マティルデはしばらく無言で彼を見た。
フランセテも大真面目な顔で待った。
「いいかい」と彼女はようやく言った。「鍋には触らない。火も使わない。あたしと一緒に簡単なサルサを作るだけ。何をするかも、いくら払うかも先に決めておく。分かったね?」
フランセテの目がきらきらした。
「本当ですか!?」
「始める前から後悔させるんじゃないよ」
「絶対に後悔させません!」
マティルデが指を立てる。
「まず手を洗う。包丁は言われた通りに使う。そして、勝手に新しい料理を発明しない!」
フランセテは軍人のように敬礼した。
「了解です、隊長!」
「隊長じゃないよ」
「はい、マティルデ隊長!」
「……やっぱり後悔しそうだね」
◇ ◇ ◇
十分後、マティルデは、一個の玉ねぎにこれほど手こずる人間がいるのかと驚いていた。
「なんでそんな目で見てるんだい?」
フランセテは皮をむいた玉ねぎを前に、包丁を握っていた。
「敵の動きを見極めているんです」
「敵じゃないよ。昼ごはんだよ」
「だからこそ、油断はできません!」
マティルデはお玉を置いた。
「ちょっと貸してごらん」
まな板を安定させ、玉ねぎを押さえる指を丸め、慌てず刃を動かす。短く確かな動きは、どこか音楽に似ていた。
フランセテは食い入るように見つめる。
「ほら、やってみな。ゆっくり」
最初の一切れは厚すぎた。
次は形がばらばら。
三度目には涙があふれた。
「マティルデさん!」
「どうした?」
「敵が化学兵器を使ってきました!」
「玉ねぎだよっ!」
フランセテは涙目で訴えた。
「想像以上の強敵です!」
マティルデは包丁をまな板に置かせ、少し休むように言った。
「目をこすらない。ちゃんと見えるようになってから戻っておいで」
フランセテは戦場から一時撤退する兵士のように頷いた。
戻ると、彼女は玉ねぎの半分をもう一度置いた。
「攻撃するんじゃない。教えた通りに切るんだよ」
今度は速度を落とした。
包丁に振り回されなくなり、不器用ながらも刃が進んだ。
一切れ。
もう一切れ。
そして、また一切れ。
ようやく、そこそこ細い玉ねぎの山ができた。
「できました!」
フランセテは拳を天に突き上げる。
「玉ねぎの女王に勝ったぞーっ!」
隣の店から怒鳴り声がした。
「うるさいぞ! こっちは仕事中だ!」
マティルデは顔を覆った。
「まだ三個残ってるよ、勇者様」
フランセテは籠を見た。
丸々とした玉ねぎが三個、彼を待ち構えている。
「……まだ終わってなかったんですね」
◇ ◇ ◇
できあがったサルサ・クリオージャは二つの容器に分けられた。
薄切りの玉ねぎにレモン、塩、少しの唐辛子と香草。どの工程もマティルデの指導付きだった。片方の容器は辛さを控えめにしてある。
「こっちはベトの分だよ」とマティルデが言う。「辛いのが苦手なんだ」
フランセテは二つの容器を見比べた。
「間違えたらどうしましょう?」
「印をつければいいだろう」
彼は小さな紙を二枚取り出し、丁寧に書いた。
『唐辛子入り』
『ベト』
マティルデは二枚目を読んだ。
「……『辛さ控えめ』でよかったんじゃないかい?」
「でも、ベトさん用っておっしゃいましたから」
彼女はため息をついた。
「まあいい。名前を覚えたのは偉いよ」
そのとき、通路から賑やかな声が聞こえた。
「マティルデさーん!」
「やっと休憩だー!」
「腹ぺこで倒れそうだ!」
袋や木箱や大きな荷物を抱えた市場の働き手たちが現れた。二つの空箱を器用に重ねて運ぶ腕のたくましい女性。汗を拭くため帽子を外した男。人が運ぶには大きすぎるような袋を引きずる男。
「アリたちが来たよ!」とマティルデが言った。
フランセテは即座に床を見た。
「どこです!? さっきの広場からついてきたんですか!?」
一同は黙った。
箱を抱えた女性が噴き出す。
「この子、誰?」
「新しい手伝いだよ。試用中。ものすごく試用中」
「初めまして!」フランセテは頭を下げた。「皆さんも葉っぱのお皿で食べるんですか?」
帽子の男が眉をひそめた。
「何の話だよ、兄ちゃん?」
マティルデは一同を示す。
「市場では『アリたち』って呼ばれてるんだよ。一日中、荷物をあっちこっちに運んでるからね。それに、一人じゃ持てない荷物があったら、みんなで助けに来る」
「あと、いつでも腹が減ってるから!」と女性が付け足す。
「そっちが一番だな」と誰かが頷いた。
フランセテは珍しい生き物を見つけたような顔になった。
「巨大なアリさんたちだ……!」
「おいおい、失礼だな!」帽子の男が言った。「でかいのは俺のツケだけだよ!」
店中に笑い声が響いた。
女性が箱を下ろす。
「あたしはロサ。それから、辛いのが苦手なのがベトね」
「ベトさん!」フランセテはラベルを指さした。「お待ちしていました!」
ベトは紙を読んだ。
『ベト』。
「……玉ねぎに俺の名前をつけたの?」
「違います! あなたのサルサです!」
◇ ◇ ◇
食事は順調に始まった。
マティルデが魚とユカとご飯を盛りつけ、市場の働き手たちは二つのテーブルを囲んだ。ロサは車輪が溝にはまった仲間を助けた話をし、ベトは三袋を一袋分の値段で運ばせようとした客に文句を言った。
フランセテは話を聞きながら、サルサを配る。
小さな仕事だった。
けれど、皿が差し出されるたびにこぼさないよう気をつけ、どのくらい欲しいか尋ねた。
「もうちょっとちょうだい」
「はいっ!」
「俺、レモン少なめが好きなんだけど」
「もう混ぜちゃいましたけど、少なめに盛れます! 別の味があるか、マティルデさんにも聞いてみます!」
「いや、これでいいよ。ありがとう」
そのとき、入口からさらに二人の荷運び人が現れた。汗まみれで、いかにも疲れ切っている。
「マティ! 俺たちの分、残ってる?」
マティルデは大皿を確かめた。料理は普段から少し余裕を持って作ってある。だが、サルサは残りわずかだった。
「魚はあるよ。サルサは、ほとんど残ってないね」
一人は苦笑した。
「座って食べられるなら、それだけで十分さ」
フランセテは自分の手を見た。
次に、きれいなまな板。
そして残りの玉ねぎ。
一瞬、彼の頭には街じゅうを満腹にする巨大なサルサを作る計画が浮かんだ。
真っ黒になった米の大鍋が脳裏をよぎる。
彼は火から目をそらした。
「マティルデさん」
「なんだい?」
「もう一個、玉ねぎを切ってもいいですか? 教えてくださった通りに」
マティルデは彼を見た。
「また失敗したらどうする?」
「ちゃんと言います。それから、もう一度やります」
彼女は流しを指さした。
「もう一度手を洗っておいで。味つけはあたしがやるから」
フランセテは頷いた。
そして、その午後でもっとも危険な作戦が始まった。
お客さんにとって危険だったわけではない。
厨房にとってでもない。
危険にさらされたのは、何よりフランセテの自尊心だった。
女王を倒したと高らかに宣言したわりには、まだ玉ねぎを切るのがかなり下手だったのである。
「もっと細く」
「はいっ!」
「包丁をそんなに持ち上げない」
「はいっ!」
「息まで止めない!」
「はいっ! ……ゴホッ!」
背後では、働き手たちが国際大会でも観戦しているかのように声援を飛ばしていた。
「頑張れ、兄ちゃん!」
「玉ねぎはもう降参してるぞ!」
「ベト、見習いに賭けるか?」
「俺は玉ねぎに賭ける」
「ベトさあああんっ!」
包丁が再び進む。
マティルデが手の位置を直し、フランセテはもう一度、ゆっくりと動かした。
新しいサルサができると、ロサは一口味わった。
「うん、さっぱりしてる。好きな味だよ」
遅れて来た一人がフランセテの肩をぽんと叩いた。
「ありがとな、兄ちゃん。遅くなったのに、ちゃんと用意してくれたんだな」
フランセテは固まった。
その「ありがとう」は、入口に積まれた大きな荷物より、ずっと重く感じられた。
「フランセテ!」マティルデが呼ぶ。「突っ立ってないで、あっちの皿も運ぶんだよ!」
「はいっ!」
慌てて振り返り、箱につまずきそうになる。
ロサがさっと箱を引き、彼のエプロンをつかんで支えた。
「おっと、見習いシェフ。次は足元を見なよ!」
「ありがとうございます!」
「困ったときは助け合う。それがアリ仲間ってもんさ」
ベトが皿を掲げた。
「それより、今日のサルサ、すごくうまいってマティルデさんに伝えてくれよ!」
「僕からも言っておきます!」とフランセテが答える。
「え、君が作ったの?」
「マティルデさんに教わりました。僕は玉ねぎを何個か切っただけです」
ベトはもう一口食べた。
「じゃあ、気持ちのこもった玉ねぎだな」
フランセテは目を伏せた。
サルサは完璧ではなかった。太い玉ねぎも混じっていたし、マティルデなら自然にできる動作を何度もやり直した。
それでもベトは食べ続けていた。
笑顔で。
フランセテも笑った。
◇ ◇ ◇
夕方になり、働き手たちは荷物をまとめて帰っていった。
マティルデは今日の売上を数え、約束した額をフランセテに渡す。さらに一皿の料理を差し出した。
「約束の分だよ。ほら、冷める前に食べな」
フランセテは皿を見つめた。
魚とユカとご飯。そこに、自分が手伝ったサルサが少し。
「これも食べていいんですか?」
「いや、明日まで眺めるために渡したんだよ」
「えっ!」
マティルデは一秒だけ彼を見た。
「食べていいって言ってるんだよっ!」
「はいっ!」
ユカは柔らかく、魚はほどよい塩加減。サルサの爽やかさが口いっぱいに広がる。
フランセテは静かに食べた。自分の手がほんの少し関わったものが、こんなにおいしい一皿の一部になっていることが不思議だった。
マティルデが向かいに座った。
「あんたの鞄にある、その包丁」と、布包みを指さした。「自分のかい?」
フランセテはそっと取り出す。
「はい。両親からの贈り物です。ピスコにいた頃に」
「ずいぶん使い込んでるね」
「何度も研いできました」
「大切にしてるのが分かるよ」
彼は親指で古びた柄をなでた。
「ほかの包丁には替えられません」
マティルデは値段もメーカーも聞かなかった。
ただ厨房を顎で示した。
「明日、きれいにして持っておいで。刃を確かめて、練習に使えるか見よう。あたしが確認するまで勝手に使っちゃだめだよ」
「……明日?」
「時間通りに来られるなら、ちゃんとした仕事の話をしようじゃないか。勤務時間もお給料もあって、入る許可もある仕事だよ」
フランセテは皿を置き、勢いよく立ち上がった。
深々と頭を下げる。危うく額がカウンターにぶつかりそうになった。
「本当にありがとうございますっ、マティルデさん!」
彼女は寸前で水のコップを避難させた。
「料理人になる前に、まずカウンターとの距離を覚えな!」
◇ ◇ ◇
帰り道、フランセテはもう一度広場に立ち寄った。
木の根元ではアリたちが、彼の残したパンくずをせっせと運んでいた。一匹では大きすぎるかけらに、別のアリが寄ってきた。
彼は鞄を胸に抱え、しゃがみこんだ。
「今日はね、ものすごく大きなアリさんたちに会ったんだ。君たちより、ずっとたくさん食べるんだよ」
アリたちは歩き続けた。
「それから、玉ねぎの切り方を教わった。何度も失敗したんだ」
彼はしばらくその列を見つめた。
「でも、おいしいって言ってくれた人がいたよ」
それ以上、何も言わなかった。
立ち上がり、歩き出す。夕方の涼しい風が、玉ねぎで少し赤くなった目に心地よかった。
明日はまた市場へ行く。
早起きして、教えをきちんと聞いて、そして何より――ちゃんと入口から厨房へ入る。
やってみよう。
◇ ◇ ◇
翌朝。
マティルデが店のシャッターを上げるころ、フランセテが現れた。
「おはようございます、マティルデさん!」
彼女は時計を見る。
「時間ぴったり。いいね」
「一晩中、指示に従う練習をしてきました!」
「そんな練習、どうやるんだい?」
「早く寝なさいって自分に命令して、その通りにしたんです!」
マティルデはそれ以上追及しないことにした。
彼を倉庫に案内し、大きな袋の山を指さす。
「今日は簡単な仕事から始めるよ」
フランセテは胸を張った。
「準備万端です!」
「ジャガイモを百個、皮むきするんだ」
「ひゃ、百個っ!?」
「百個だよ」
フランセテは袋の山を見つめた。
百個のジャガイモ。
百人の敵。
しかも、逃げ場はない。
彼は拳を握りしめた。その瞳に、説明のつかない闘志が燃え上がる。
「分かりました! 玉ねぎの女王を倒した僕が、今度はジャガイモ王国を征服してみせます!」
マティルデはじっと彼を見つめた。
「フランセテ……」
「はいっ!」
「ただのジャガイモだよ」
「そう思わせるのが敵の作戦なんですっ!」




