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処方箋のない恋〜たった一夜の過ちから始まる、大人の恋の処方箋〜  作者: 優涼


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第27話 父との対決

第27話 父との対決



結婚式まであと三週間となったある日、蒼の父から突然電話がかかってきた。


「蒼、少し大事な話がある。今度の週末、一人で帰ってこられるか」


父の声にはこれまでにない、重い響きがあった。蒼は、何か良くない知らせかもしれないと覚悟を決めながら、週末、一人で実家へと向かった。


実家に着くと、父は居間で静かに蒼を待っていた。


「蒼、単刀直入に聞かせてくれ」


父は、まっすぐに蒼を見据えた。


「本当に涼子さんと結婚する覚悟があるのか」


「もちろんです」


蒼は迷わず答えた。


「先日、涼子さんの会社の関係者から噂を聞いた。彼女が統括所長というポジションを、お前と結婚することを理由に、一つ、キャリアの機会を辞退したそうだな」


蒼は、その話に驚いた。父が、そこまで詳しい情報をどこから得ているのか疑問に思ったが、それ以上に、涼子の決断が思わぬ形で、父の耳に届いていたことに複雑な気持ちを抱いた。


「その話は僕も、涼子さんから直接聞いています」


「彼女が、お前のためにキャリアを犠牲にしているんじゃないのか」


父の問いには、これまでの心配とはまた違う、深刻な響きがあった。


「彼女が、そこまでの犠牲を払ってこの結婚を選ぶことに、お前は、本当に見合うだけの覚悟があるのか」


その問いは、蒼の胸に鋭く突き刺さった。


「父さん」


蒼は、深く息を吸ってから、答えた。


「涼子さんは、僕のために犠牲を払ったわけじゃありません。彼女自身が、自分の意志で今の生活を大切にしたいと選んだんです」


「本当に、そう言い切れるのか」


「はい」


蒼は、まっすぐに父を見つめた。


「僕は、涼子さんの決断を僕のせいだと思い込んで、罪悪感を抱くこともできます。でもそれは、涼子さんの意志を軽んじることになると思うんです。彼女は、自分の人生を自分で選んでいます。僕は、その選択を尊重したい」


蒼の言葉には、これまでにない、確かな成熟が滲んでいた。


「それに」


蒼は、続けた。


「僕自身も、涼子さんのために多くのことを選んできました。異動も、担当エリアの見直しもすべて自分の意志です。二人とも、互いのために、何かを差し出しているわけじゃない。二人で一緒により良い未来を選んでいるだけです」


父は、しばらく黙って、蒼の言葉を受け止めていた。


「……蒼、お前はいつからそんな風に考えられるようになったんだ」


「涼子さんと、出会ってからです」


蒼は、静かに、しかし、はっきりと答えた。


「彼女と色々な試練を乗り越えてくる中で、僕は、対等な関係というものがどういうものか少しずつ学んできました」


***


父は、しばらく何も言わずに庭を眺めていた。やがて、静かに口を開いた。


「蒼、お前の妹の話は聞いたな」


「はい」


「彼女は、あの結婚で随分苦しんだ。周りの目に耐えられず、最後には自分自身を責めるようになっていった。俺は、それを近くで見てきた」


父の声には、これまで隠していた、深い痛みが滲んでいた。


「だから、お前たちのことも同じようになるんじゃないかと怖かったんだ」


「父さんのその気持ちは、僕もわかります」


蒼は、静かに、父の言葉を受け止めた。


「でも、僕たちはもう、色々な試練を経験してきました。噂も、周りの目も、これまで何度も乗り越えてきています。もちろん、これから先も、簡単なことばかりじゃないと思います。でも、僕たちなら大丈夫だと信じています」


蒼の言葉には、これまでのどの瞬間よりも、確かな覚悟が込められていた。


父は、しばらく、蒼の顔をじっと見つめていた。やがて、深く息を吐いた。


「……お前が、そこまで覚悟を決めているなら、俺はもう何も言わない」


その言葉に、蒼は静かに安堵の表情を浮かべた。


「ただ」


父は、続けた。


「これから先、もし、本当に辛いことがあったら一人で抱え込むな。俺たちも、家族なんだから」


その言葉には、これまでの頑なさとは違う、確かな温かさが滲んでいた。


「ありがとうございます、父さん」


蒼は、深く頭を下げた。


***


その夜、蒼は、涼子に父との対話の内容を正直に伝えた。


「お義父さんが、そこまで私のこと、気にかけてくれてたのね」


涼子の声には、これまでの緊張が少しずつ、解けていくような安堵の響きがあった。


「父も、少しずつ、僕たちのことを認めてくれ始めてる気がします」


「よかった」


涼子は、静かに微笑んだ。


窓の外、初夏の夜風が静かに部屋の中に流れ込んでいた。結婚式まで、あと三週間。涼子と蒼、そして、それぞれの家族の間にも、確かな絆が少しずつ育まれ始めていた。


(第28話へ続く)

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