第22話「蒼の実家にて」
第22話 蒼の実家にて
涼子の両親との顔合わせから二週間後、今度は涼子が蒼の実家を訪れる番だった。蒼の実家は、地方都市にある古い一軒家だった。
新幹線を乗り継ぎ、二時間ほどかけて向かった先で、涼子を迎えたのは、蒼の母と、やや硬い表情の父だった。
「はじめまして、早坂涼子と申します」
涼子は深く頭を下げた。蒼の母は柔らかい笑顔で涼子を迎え入れたが、父の方は、挨拶を返しながらも、どこか探るような視線を涼子に向けていた。
「まあ、上がってください」
食卓には、母が用意した料理が並んでいた。会話は当たり障りのないものから始まったが、蒼の父は、涼子の経歴について聞くうちに、次第に表情を硬くしていった。
「涼子さんは、蒼の会社の、統括所長をされているとか」
「はい。今は東日本エリアを担当しています」
「蒼より、随分、立場が上なんですね」
父の言葉には、単なる事実確認以上の、微妙な棘があった。涼子は、その空気を敏感に感じ取った。
「以前は、私が蒼さんの直属の上司でした。今は、部署も離れていて、業務上の上下関係はありません」
涼子は、丁寧に、しかしはっきりと説明した。だが、父の表情は、あまり和らがなかった。
「年齢も、蒼より、七つ上だと聞きました」
「はい、そうです」
「正直に言わせてもらうと、私は、あまり歓迎できません」
食卓に、重い沈黙が落ちた。蒼が、慌てて口を挟んだ。
「父さん、それは」
「蒼、お前は黙ってなさい」
父は、静かに、しかしはっきりとした口調で続けた。
「立場が上の女性と、年下の男が結婚する。世間では、そういう関係を、色々と言う人もいる。蒼のキャリアにとって、良くない噂が立つんじゃないかと、心配してるんだ」
その言葉は、涼子にとって、決して初めて聞くものではなかった。社内でも、似たような視線を、何度も感じてきた。だが、家族という、最も近しい立場の人から、改めてその不安をぶつけられることに、涼子は、胸の奥が締め付けられるような痛みを感じた。
「父さん、涼子さんは、そんな理由で僕を選んだわけじゃない。僕たちは、色々な障害を、二人で乗り越えてきたんだ」
蒼が、強い口調で反論した。だが、父は、首を横に振った。
「お前がそう思っていても、周りは、そう見てくれるとは限らない」
その場の空気は、重いまま、食事が終わった。
***
夜、蒼の実家の客間で、涼子は一人、静かに考え込んでいた。そこへ、蒼の母が、お茶を持って訪れた。
「涼子さん、主人が失礼なことを言って、ごめんなさいね」
「いえ、正直な気持ちを、聞かせていただけて、よかったです」
涼子は、静かに答えた。
「主人には、事情があるの」
蒼の母は、少し声を落として続けた。
「主人の妹、つまり蒼の叔母にあたる人が、昔、年下の男性と結婚したことがあったの。でも、周りの目に耐えられなくて、結局、離婚してしまった。それ以来、主人は、そういう組み合わせの結婚に、随分、神経質になってしまってね」
その話を聞いて、涼子は、父の態度の背景に、単なる偏見ではない、切実な経験があったことを知った。
「教えてくださって、ありがとうございます」
「涼子さん、時間はかかるかもしれないけど、主人も、きっと、わかってくれると思う。蒼が、あなたのことを話すときの顔、本当に幸せそうだから」
母の言葉に、涼子は静かに頷いた。
***
その夜、蒼と涼子は、実家近くの静かな川沿いを、二人で歩いていた。
「父のこと、ごめんなさい」
「謝らないで。お父さんの気持ちも、少しわかる気がする」
涼子は、蒼の母から聞いた話を、そのまま蒼に伝えた。蒼は、初めて聞く叔母の話に、驚いた様子を見せた。
「そんなことが、あったんですね。知りませんでした」
「お父さんが心配してるのは、私たちを否定したいからじゃなくて、大切な家族だからこそ、傷ついてほしくないっていう気持ちからなんだと思う」
涼子の言葉に、蒼は深く頷いた。
「もう少し、時間をかけて、ちゃんと向き合っていきましょう」
「そうね。焦らず、でも、諦めずに」
夜の川面に映る月明かりを見つめながら、二人は、これから乗り越えるべき、新しい試練に、静かに、心を引き締めていた。
(第23話へ続く)




