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魔力が強いやつがモテる世界に生まれ変わったのでモテる為にがんばります  作者: 伊右衛門


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第九話 戦利品と撤退


 夜は、静かだった。


 静かすぎると言ってもよかった。


 つい数刻前まで人が住んでいたはずの家の中にいるというのに、聞こえてくるのは火のはぜる音でも、人の寝息でも、家畜の気配でもない。壊れかけた壁の隙間を抜けていく風が、どこか焦げた匂いを運び、半分だけ残った屋根板をかすかに鳴らす、その程度の音しかない。


 ギルは、焼け残った家の壁にもたれたまま、脚を投げ出していた。


 床は土だ。踏み固められてはいるが、所々に細かな灰が混じっていて、動くたびにわずかに粉っぽい感触が靴裏から伝わる。壁は黒ずみ、天井は半分ほど抜けている。だが、完全に吹き飛ばしたわけではない。屋根も半分くらいは残っているし、壁も、座って休むくらいなら問題なく機能していた。


 いや。


 焼き払った、という表現は、今のこの家には少し合わないのかもしれない。


 焼き払ってはいない。


 ちゃんと残した。


 壁も、屋根も、休める程度には。


 俺もずいぶん、攻撃魔法のコントロールが上手くなったもんだな。


 そう思ってから、少しだけ口元が歪む。


 自画自賛するような話でもない。


 いや、話としてはかなり危ない。


 他国の村を焼きながら、最近は潰しきらずに休める家を残せるようになった、なんて、まともな感覚で言えばどう考えても褒められたことではない。


 だが、それでも事実だった。


 最初の村はひどかった。


 加減の仕方が分からず、村一つをほぼまるごと消し飛ばした。人間はもちろん、家畜も、家も、石の基礎すら熱で溶けるほどに焼いた。自分でも少し引くくらいの威力だったし、セバスチャンには奪う物が何も残らないと文句まで言われた。


 そこからだ。


 少しずつ、少しずつ、火力を削る感覚を掴んでいった。


 熱の広がり方、圧の散り方、どこで止めれば家が落ちずに済むのか、どれくらい残せば使えるのか。全部その場その場の感覚でしかないが、それでも反復していれば見えてくるものはある。


 今いるこの家だってそうだ。


 半壊している。生活の場としてはもう終わっている。だが、風を凌いで座る程度なら十分だ。屋根が半分残っているから、夜露も多少は避けられる。壁の背は高いから、焚き火の熱も逃げにくい。


 いい具合だ。


 そう思う自分がいる。


 そのことに、ギルは薄く息を吐いた。


 あれから八つ、か。


 いや、九つか?


 多分九つだと思うが、正直あまり自信はない。


 どうも同じ地域の村は似たような感じになるらしい。もちろん、最初のうちは違いも目についた。屋根の形、畑の広さ、井戸の位置、家畜小屋の作り、土壁の色。だが、焼く村の数が増えるにつれ、そういう細部がだんだん印象から抜け落ちていった。


 大きめの村も焼いた。


 小さめの村も焼いた。


 その中間くらいの村も焼いた。


 畑の広い村もあれば、森に寄った村もあった。家畜の多いところも、そうでないところもあった。だが、いちいち覚えていられない。覚えていられないというより、ひとつひとつを個別のものとして扱わなくなっている。


 これが、一番気持ち悪いのかもしれなかった。


 村の名も知らない。


 村人の顔も、最初の一瞬しか見ない。


 ただ、規模の違いだけが目印になる。


 あれは大きめだった。


 あれは小さかった。


 あれはちょうど中くらいだった。


 そんなふうにしか、記憶に残らない。


 ええと、城を出てから何日くらい経ったんだっけ。


 そこから逆算する。


 一日一つのペースで村を焼いているから、たぶん十日前後だ。今日が九つ目、あるいは十かもしれないし、もしかしたらもう十一だったかもしれない。途中で移動だけの日もあったし、逆に似たような規模の村を続けて焼いたせいで、記憶が少し混ざっている。


 紋章を与えられてから、だいたいひと月はレティシアにずっとハマっていた。


 その後の約ひと月は、レティシアにハマりながら、クソじじいの訓練を受けた。


 そして、クソじじいと戦争やって、だいたい十日。


 濃い。


 なんか本当に濃いな、この二カ月ちょい。


 前世でこんな密度の二カ月があっただろうか。


 会社の繁忙期で死にそうだった時期ですら、たぶんここまでではなかった。毎日終電で帰って、コンビニ飯を食い、朝起きてまた出社する。あれはあれで消耗したが、世界そのものがひっくり返るほどの密度ではない。


 今の二カ月は違う。


 女を知った。


 紋章を刻んだ。


 自分の立場を実感した。


 クソじじいに朝から晩まで走らされた。


 村を焼いた。


 人を殺した。


 しかも、それをもう十日ほど繰り返している。


 濃くないわけがない。


 少し離れたところで、セバスチャンが横になっていた。


 寝ているように見える。


 だが、こいつが本当に完全に眠り込んでいるかどうかは、いまだによく分からない。浅く寝ているのか、いつでも起きられるのか、目を閉じているだけなのか。見た目からは判断しにくい。


 その横には、ぱんぱんに膨らんだ袋が置いてあった。


 革袋だ。


 中身は、これまで焼いた村々から集めた銀貨と、たまに混じる金貨。


 このクソじじいは、俺に教えた通りに、いい騎士をやっている。


 敵をたくさん殺し。


 敵からたくさん奪い。


 味方にたくさん与える。


 その理屈そのままに、村を焼いたあと、使えそうな金を集め、運べる分だけ持ち帰ろうとしている。


 基本的に、お坊ちゃんの俺は、正直あまり貨幣には詳しくない。


 いや、種類くらいは当然知っている。


 金貨、銀貨、銅貨。王国で使われるもの、帝国で使われるもの。刻まれた紋の違いも、形も、大まかな扱いも分かる。


 分かるのだが。


 じゃあ銀貨一枚がどれくらいの価値なのかと聞かれると、途端に曖昧になる。平民の生活に照らして考える癖がないせいだろう。前世の金銭感覚もあれば、値段というものにまるで無頓着なわけではない。だが、この世界の銀貨が平民にとって何日分の食い扶持に相当するのか、村一つの蓄えとしては多いのか少ないのか、そういう実感が薄いのだ。


 だいたい十個の村から集めて、袋ひとつ。


 たぶん、かなり価値はあるのだろう。


 それは分かる。


 銀が中心で、時々金が混ざる。袋は重そうで、持ち上げると中で硬貨同士が密にぶつかり合う音がする。何も知らなくても、軽いものではないと分かる。


 だが、それが「どれくらい」かは、いまいちピンと来ない。


 そういえば、最初はちょっと気になったのだ。


 軍隊って、補給が大事とか、そういうイメージがある。


 前世で何かの本か記事で読んだ気がする。補給の無い軍隊は野盗の群れと変わらない、だったか。あるいは、補給こそが軍を軍たらしめる、みたいな言い方だったかもしれない。


 まあ、二人しかいないんだから、どこか適当な宿屋かなんかで食うのかな、くらいには思っていた。


 だが実際には違った。


 そもそも、掠奪前提なら補給などまともに考えない。


 俺とセバスチャンの飯は、焼いた村の家畜だ。


 鶏。


 豚。


 たまに牛。


 そして馬。


 驚いたわ、本当に。


 この世界の村の牛、まずいのな。


 いや、王都や城で食う牛肉が上等すぎるのかもしれない。だが、村で捕った牛は、固くて、臭くて、とても食えたものじゃなかった。煮ても焼いても筋っぽく、脂にも妙な癖がある。腹が減っていなければ、まず口にしたくない味だ。


 豚や鶏の方がずっとましだった。


 馬も、思っていたよりは食えた。問題は、馬を食うと移動手段の価値を思い出して少し罪悪感が湧くことくらいだ。もっとも、村で飼っている程度の馬は荷曳き用で、大軍の軍馬とは別物だろうが。


 大きめの村を見つけると、セバスチャンは俺に女を見るように言うことがある。


「どうです? 気に入ったのはいますか?」


 とか。


 さらっと言う。


 毎回、さらっと。


 いや、無茶言うなよ。


 俺の初めてはレティシアだ。


 そして、俺はレティシア以外をまだ知らない。


 つまり俺の基準はレティシアになる。


 あの美人で。


 胸がでかくて。


 性格までいい。


 幼少からずっと側にいてくれて、忠誠も深くて、俺の紋章まで受け入れているレティシアに匹敵するような女が、村なんかにいるわけがないだろう。


 いや、もちろん。


 立場としては分かっている。


 俺はこれから、多くの女を抱かなくてはいけない立場だ。


 貴族として、魔力持ちの子を成すことは重要だ。正室だけではない。側室やそれ以外も含めて、可能性を広げることが期待される。それはこの世界の理屈として理解している。


 理解しているんだが。


 基準がレティシアって、めちゃくちゃ高くないか?


 胸元の感じも、柔らかさも、声の甘さも、気立ても、全部レティシア基準で見てしまうと、世の大半の女は相当に不利だ。いや、比較対象が悪いと言うべきか。あいつはかなり反則だと思う。


 しかも、俺の欲望のほとんどが今、レティシアに集中している。


 このまま全部レティシアに向け続けたら、レティシアが溢れて壊れそうな気すらする。物理的な意味でも、精神的な意味でも。


 それは流石にまずい。


 でも、じゃあ誰をどうすればいいのかとなると、答えが出ない。


 村の女を見ても、最初に比較対象としてレティシアが出てきてしまう以上、選びようがないのだ。


 ギルがそんな難問に頭を悩ませていた、その時だった。


 頭の端に、反応を感じた。


 ぴくりと意識が跳ねる。


 薄く広げて展開していた感知魔法だ。


 ここ数日、寝る前には必ず周囲へ薄く感知を広げる癖がついていた。強く、大きく広げれば向こうにも気づかれる可能性がある。だから、あくまで薄く。近場を撫でる程度に。じわじわと、空気の中へ染み出させるみたいに張っておく。


 その感知の端に、魔力の反応が触れた。


 ふたり。


 まだだいぶ距離はある。


 だが、まっすぐこちらへ向かってきているのが分かる。


 さすがに、これだけ荒らし回ると、間抜けな帝国騎士も気づくらしい。


 ギルは、横になっているセバスチャンに声をかけた。


「おい。起きろ、セバス」


 ぐっすり寝込んでいるように見えたセバスチャンが、一瞬で起き上がった。


 目を開き、身体を起こし、周囲へ意識を走らせる。その動きに寝起きの鈍さは全くない。反応速度だけなら、訓練で散々見せられてきた通りだった。


「敵ですか?」


「ああ」


 ギルは頷く。


「まだだいぶ距離はあるが、二人。騎士が向かってきてる」


「ふむ」


 セバスチャンはすぐには立ち上がらず、座ったまま少し考えるように顎へ手をやった。


「二人ですか」


「どうする?」


 ギルは壁にもたれたまま問いかける。


「二人なら、なんとでもなるけど」


 本音だった。


 今の俺なら、二人の騎士くらいどうとでもなる。魔力量の差を考えれば、まともにやり合って負ける気はしない。セバスチャンもいる。隠密性を捨てることにはなるが、倒すだけなら難しくないだろう。


 セバスチャンはギルの方を見て、ひょいと肩をすくめた。


「やめときましょう」


「……は?」


 予想外だった。


「今回は、すでにたっぷり殺しましたし、そこそこ奪いました」


 そう言って、顎で袋を示す。


 そうなんだ。


 あの膨らんだ袋は、そこそこなのか。


 ギルは心の中にそっとメモした。


 十前後の村を焼いて、袋ひとつで「そこそこ」。なるほど。いや、やっぱり貨幣価値の実感は湧かないのだが、セバスチャンの言い方からすると、もう十分な戦果として見ているらしい。


「無理せず帰りましょうや」


 セバスチャンは軽く言った。


 その言い方に、ギルは少しだけ拍子抜けする。


 この男はもっと、行けるなら行けるだけ焼くものだと思っていた。二人いるなら殺せばいい、くらいのことは平気で言うかと思ったのだ。


 だが、違うらしい。


 いや、違うというより、ちゃんと引き際があるのだろう。


「いいのか?」


 ギルは聞いた。


「まだ九つしか焼いてないぞ」


 あと一個だ。


 やるなら十で切りがいい。


 そういう気分の問題は、戦でも案外大事なのではないか。


 セバスチャンは一瞬ぽかんとした顔をしたあと、鼻で笑った。


「何言ってるんです?」


「え?」


「もう、十一は焼きましたよ」


「……そうだっけ?」


 思わず聞き返す。


「そうですよ」


 セバスチャンはあっさりしている。


 そこでギルは数日分の記憶をざっと掘り返した。


 最初の小村。


 次の中くらいの村。


 家畜が多かったところ。


 牛がまずかったところ。


 ちょっと大きい村。


 その次の、ほとんど人影の見えなかった村。


 あれ。


 いや、言われてみれば、たしかに十は越えている気がする。


 村が似ているせいで、印象がつるつる滑るのだ。規模と家畜と地形くらいしか区別がつかなくなっている。そこへ移動の日と焼いた日が混ざるから、ますます曖昧になる。


「さぁ」


 セバスチャンが立ち上がる。


「魔力を抑えて走りますよ」


 それで終わりだ。


 荷物をまとめる動きに迷いはない。袋を担ぎ、火の始末を確認し、余計な痕跡は増やさない。休んでいた焼け残りの家をそのままに、撤収の手順だけを淡々とこなしていく。


 ギルも腰を上げた。


 まだ二人の反応は遠い。だが、遠いというだけで、こちらへ向かってきている事実は変わらない。


「分かったよ」


 小さく呟き、ナタと剣の位置を確かめる。


 そして、セバスチャンに急かされるようにして、マバール領へ向かって走り始めた。


 夜の空気は冷たかった。


 だが、身体を動かし始めればすぐに熱が戻る。感知魔法は薄く維持したまま、魔力はできるだけ押さえる。走る。息は整えて、音は立てすぎない。道を選び、枝を避け、草を踏み分ける。


 この辺りはもう、身体が勝手に動く。


 ひと月の訓練は伊達ではない。鎧を着ていても、闇の中でも、自分の足がどう動くかをいちいち考えなくていいのは大きかった。


 セバスチャンの背中が前にある。


 暗闇の中でも、その傷だらけの輪郭は妙にはっきり見えた。


 撤退。


 戦わずに帰る。


 それは負けでも何でもない。


 分かっている。


 分かっているが、胸のどこかで少しだけ物足りなさもあった。二人ならなんとでもなる、と本気で思っていたからだ。騎士二人程度なら、俺の魔法で片がつく。そう考えるくらいには、自分の力をもう知ってしまっている。


 だが、セバスチャンは引いた。


 たっぷり殺し、そこそこ奪った。


 だから帰る。


 その基準は、ギルには少し新鮮だった。


 この男は、ただ殺したいから殺すわけではないのだ。いや、躊躇いなく殺すのは確かだし、口にする理屈は山賊じみている。だが、その山賊の理屈の中にも、一応の計算と線引きはある。


 成果が出たなら引く。


 無駄な戦はしない。


 その辺りは、想像していたよりずっと軍人だった。


 走りながら、ギルはそんなことをぼんやり考えていた。


 頭の中に浮かぶのは、今しがたまでいた焼け残りの家だ。壁の黒さ。土の焦げた匂い。袋の膨らみ。牛肉の不味さ。女を選べと言った時の、セバスチャンのにやにやした顔。


 そして、レティシア。


 どうしてもそこへ戻る。


 眠る前は、いつもレティシアのことを思い出す。柔らかい髪。暖かい肌。抱き寄せた時の、身体の収まりの良さ。声。匂い。全部が自然に浮かぶ。


 ……今ごろ何してるかな。


 いや、今ごろはたぶん普通に仕事をしているのだろう。俺の部屋を整えたり、メイド長の指示を受けたり、あるいは城内の女たちに何か言われているかもしれない。若様は見事に初陣を飾られました、なんて、前にあいつがメイド長へ報告した時のことを思い出して、少しだけ顔が熱くなる。


 それと同時に、不思議な感覚もある。


 俺はいま、村を十一だか九だか焼いて、その帰り道を走っている。


 前世の俺から見たら、完全に頭がおかしい状況だ。


 なのに、その途中でレティシアの胸のことや、村の牛が不味かったことや、貨幣の価値のことや、次に焼く村のことを同じ頭で考えている。


 混ざっている。


 全部が、同じ地続きの現実として自分の中へ収まっている。


 それが妙に怖くて、妙に自然だった。


 数刻ほど走り、ようやく足を緩める。


 完全に安全とは言えないが、感知の端にあった二人の反応は遠ざかっている。向こうもこちらの位置を正確に掴めていないのか、追う方向が少しずれているようだった。


「止まりますよ」


 セバスチャンが低く言う。


 二人で木陰へ滑り込み、呼吸を整える。


 ギルは木にもたれ、ゆっくり息を吐いた。


「なぁ、セバス」


「はい」


「お前、どこまで行ったら帰るって決めてんだ?」


 前から少し気になっていた。


 十個焼いたら帰るとか、袋がいっぱいになったら帰るとか、そういう分かりやすい基準があるのかと思っていたのだが、どうやら違う。


 セバスチャンは少し考えるように空を見た。


「気分ですな」


「おい」


 即座に睨む。


 セバスチャンはくっくっと笑った。


「半分は冗談です」


「半分は本気だろ」


「まあ」


 否定しない。


「燃え方と、奪えた量と、周囲の反応と、若様の調子と、あとは……匂いですかね」


「匂い?」


「ええ」


 セバスチャンは鼻をひくつかせるような仕草をした。


「人が慌て始める匂いってのがあるんですよ」


 そんなもん分かるのか。


 言いかけて、やめる。


 こいつなら分かりそうだと思ってしまったからだ。


 ギルは小さく舌打ちを飲み込んだ。


「ほんと、嫌な特技ばっかりだな」


「褒め言葉として受け取っておきます」


 セバスチャンは平然としている。


 そしてまた、走る。


 暗闇は少しずつ薄れ、空の端に白みが差し始める。夜が明ければ人が動き始める。そうなる前に、ある程度の距離は稼いでおきたい。


 途中で一度だけ短く休み、結局その日はほとんど一日を移動に使った。


 走りながら考えることは尽きない。


 村の数は本当に十一なのか。


 袋ひとつでそこそこ、とは具体的にどれくらいなのか。


 次に焼くなら、どういう村が効率がいいのか。


 大きすぎると奪う物は多いが、気づかれやすい。小さすぎると焼きやすいが旨味が少ない。そういう計算を、いつの間にか自分がしていることに気づく。


 嫌だとは思わない。


 思わないことに、少し引く。


 そしてまた、レティシアのことを思い出す。


 村の女の話になるたびに、どうしても比べてしまう。胸の形も、声も、顔立ちも、立ち方も。比較対象が悪いのは分かっているが、基準が既にそこに固定されてしまっているのだから仕方ない。


 このままだと、本当に困るかもしれない。


 立場的には多くの女を抱かなくてはならない。いや、「なくてはならない」というのは少し綺麗すぎるか。抱けるなら抱くべき、と周囲は考えている。魔力持ちの子を増やすことは、貴族の男として価値そのものだ。


 分かっている。


 分かっているのだが、じゃあ誰でもいいかと言われると全くそんなことはない。


 レティシア基準で見てしまう。


 しかも欲望の方はかなり正直だ。胸が大きくて年上っぽい女に目が行くし、柔らかい声音に弱い。そういう好みはもう隠しようがない。隠しているつもりでも、多分周囲にはかなりバレている。


 で、その条件にかなり綺麗にハマっているのがレティシアなのだ。


 そりゃ集中もする。


 集中しすぎて壊れたらどうするんだ、とは思うが、だからといってじゃあ次は誰で分散するかとなると困る。


 村の女では基準に届かない。


 貴族の女はまた別の問題がある。


 騎士家の娘となるとレティシアがいる。


 詰んでないか、これ。


 ギルは走りながら真面目にそんなことを考えていた。


 セバスチャンは時々、こちらを横目で見るが、何も言わない。どうせ今の顔を見られたら、またレティシア嬢を思い出してるんですかとでも言われるに決まっている。


 実際、その通りなのだから反論しづらい。


 そうしてまた一日を移動に使い、夜になれば簡単に休み、薄く感知を張る。反応があれば起きる。無ければ少し眠る。その繰り返しで、二人はゆっくりとマバール領の方へ戻っていった。


 撤退は、進軍よりも地味だ。


 燃やし、奪い、走り、次へ行く。その一連の流れの中では、帰り道だけが妙に黙々としている。だからこそ、頭の中に色々なことが浮かんでくる。


 善良王の言葉。


 父上の顔。


 セバスチャンの「いい騎士」の定義。


 焼いた村の数。


 袋に詰まった銀貨の重み。


 レティシアの身体の柔らかさ。


 紋章。


 全部が同じ地平の上にある。


 前世の俺なら、そこに耐えられなかったかもしれない。


 今の俺は、それを受け入れている。


 受け入れてしまっている。


 そのことを、はっきり自覚しながら。


 ギルは、魔力を抑えたまま走り続けた。

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次話は、明日6時投稿予定

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