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魔力が強いやつがモテる世界に生まれ変わったのでモテる為にがんばります  作者: 伊右衛門


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第七十六話 国境からの急報


 レアは、今日も生意気だった。


 机の端に置いた書類の山を、白い綿毛がぴょこぴょこと回り込む。黄色い嘴が紙の角へ近づいた瞬間、ギルは指先で机を軽く叩いた。


「それをつついたら焼いて食うぞ」


 レアは止まった。


 丸い目がこちらを見上げる。ほんの短い沈黙のあと、白い雛鳥は何事もなかったように首を傾げ、書類とは別の方向へ歩き始めた。


 やはり分かっている。


 こいつは分かっていてやっている。


 ギルは椅子の背へ体を預け、眉を寄せた。机の上には、城内の物資に関する報告や、職人たちの相談を書いた紙が広げられている。父上が王都へ向かってから、面倒な話は少し増えた。


 それでも平和だった。


 書類を読む。


 レアを脅す。


 レティシアが茶を淹れる。


 ダリアが部屋の物を整える。


 かなり良い生活だ。


 ギルがそう思いながら、紙の端へ指を伸ばした時だった。


 扉の外で足音が止まった。


 軽く叩かれる音がする。


「若様」


 廊下に立っているのは、城の使用人だろう。声は低く抑えられているが、急いでいる気配は消しきれていなかった。ギルが視線を向けると、レティシアが扉へ歩いていく。ダリアも手を止めた。レアだけが、机の端で白い体を丸くして、何かを期待するようにこちらを見ている。


「入れ」


 ギルが言うと、扉が開いた。


 入ってきた使用人は、深く頭を下げたまま息を整えていた。走ってきたのだろう。額に薄く汗が浮いている。


「国境の砦より急使でございます。城の上層者が会議室へお集まりです。若様にも、すぐお越しいただくようにと」


 レティシアの手が、扉の取っ手から静かに離れる。ダリアは表情を大きく変えなかったが、机の上へ置こうとしていた布を折る手を止めていた。


 ギルは椅子から身を起こす。


「ダル兄さんからか?」


「はい。ダルメシアン様の名で届いております」


 ダル兄さん。


 国境の砦を担当している長兄からの急報。


 父上が王都へ向かったこの時期なら、帝国側の揺さぶり自体は珍しくない。嫌な話ではあるが、それだけで城中が慌てるほどでもない。


 そう思った直後、使用人の喉が小さく動いた。


「報告では、敵勢は少数。ただし……メガレア家の長男が含まれているとのことです」


 ギルは、手を止めた。


 少数。


 メガレア家の長男。


 その二つが同じ報告に入っている時点で、ただの国境嫌がらせではない。


「長男が?」


「はい。王国への亡命と、保護を求めていると」


 部屋が静かになった。


 外の廊下を歩く使用人の気配が、妙に遠く聞こえた。机の上でレアが一度だけ小さく鳴いたが、誰も反応しない。


 亡命。


 保護。


 帝国四帝家の一つ、メガレア家の長男が、国境の砦へ少数で来て、王国へ保護を求めている。


 うん。


 これは面倒だ。


「分かった。すぐ行く」


 ギルが立ち上がると、レティシアがすでに上着を手に取っていた。動きに迷いがない。


「若様」


「分かってる。余計なことは言わない」


「そうではなく」


 レティシアはギルの襟元を整えながら、少しだけ視線を下げた。彼女の方が背が高いので、自然と見下ろされる形になる。その目はいつも通り落ち着いていたが、奥にわずかな硬さがあった。


「お気をつけくださいませ」


「会議に行くだけだぞ」


「若様の場合、会議だけで終わらないことがございます」


「それは偏見だな」


「経験でございます」


 う〜む、反論できない。


 ギルは黙って袖を通した。ダリアが机の上の書類をまとめ、レアがつつかない場所へ移している。レアは不満そうに首を伸ばしたが、ダリアに軽く見られると、すぐに視線を逸らした。


 こいつ、相手を選んでやがる。


「ギル様」


 ダリアが近づいてくる。


 灰色の髪を後ろへ流し、褐色の顔には普段より少し緊張があった。


「メガレア家の長男が本当に来たのなら、ただの逃亡では済まないと思います」


「ああ、だろうな」


 ギルは頷いた。


 ダリアの声は抑えられている。ここで余計な帝国事情を話す場所ではないと、彼女も分かっているのだろう。


「レアは頼む」


「はい」


 ダリアが答える前に、レアがギルの指をつつこうとした。


 こん、と小さな音がした。


「お前、今じゃないだろ」


 レアは丸い目でギルを見た。


 生意気だ。


 だが、その白い姿を見ていると、部屋の空気が少しだけ元に戻る。ギルは息を吐き、扉へ向かった。レティシアが一歩後ろに下がり、道を開ける。


「行ってくる」


「はい。若様」


「お気をつけて」


 レティシアとダリアの声を背に受け、ギルは廊下へ出た。


 会議室へ向かう途中、城の空気はすでに変わっていた。


 慌ててはいない。


 だが、流れが速い。


 兵が廊下の端を足早に進み、文官らしき騎士が書類を抱えて階段を下りていく。使用人たちは道を開け、余計な声を出さない。


 少数。


 メガレア家長男。


 亡命と保護。


 ギルは廊下を進みながら、報告の言葉を頭の中で並べ直した。


 砦を落とすほどの戦力ではない。


 だが、少数だから安全とも言えない。


 帝国貴族の亡命など、火のついた薪を室内へ放り込まれるようなものだ。


 会議室の前には、すでに騎士が立っていた。扉の前で深く頭を下げる。ギルが近づくと、すぐに扉が開かれた。


 中には、重い空気があった。


 ガルシアの席は空いている。


 その空席が、妙に大きく見えた。武官、文官、諜報部の長、城の上層者たちは、それぞれの位置で表情を抑えている。


 ギルが入ると、何人かが頭を下げた。


 ギルも席へ向かいながら、軽く頷くだけにした。


「状況は?」


 席に着く前に聞く。


 武官の一人が、机の上に広げられた書状へ視線を落とした。声は低い。


「ダルメシアン様より急報です。帝国側の武装集団が国境の砦へ接触。数は少数。砦を攻め落とす規模ではありません」


「それに、メガレア家の長男か」


「はい。本人はそう名乗り、王国への亡命と保護を求めております。同行者は護衛と従者らしき者たち。大きな荷はなく、急ぎ逃れてきた様子と」


 急ぎ逃れてきた様子。


 それは砦側の見立てだ。現物を見ていないギルには断定できない。


 別の文官が続ける。


「長男は、アバルディア家の策略によって正当な継承の道を奪われたと主張しているようです。自らこそ皇帝に相応しいと」


 ギルは椅子へ腰を下ろした。


 負けてから言ってもなぁ。


 口には出さない。


 会議室では、誰も笑わなかった。笑う話ではないからだ。帝国内部の後継争い。四帝家。皇帝の座。そこへ王国側が関わるなど、かなり危うい。


 諜報部の長が、指で書状の端を軽く押さえた。顔に大きな表情はない。


「メガレア家は、近頃ずいぶんと山賊被害にも悩まされていたようですからな」


 会議室の空気が、ほんの少しだけ沈んだ。


 誰もギルを見ない。


 誰も名前を出さない。


 だが、その言い方だけで十分だった。


 うん。


 ちゃんと分かっている。


 ギルは内心で頷いた。


 ここで余計な名を出さない。


 山賊被害。


 それで十分だ。


「山賊に襲われて、後継争いにも敗れかけて、今度は王国へ亡命か」


 武官の一人が吐き捨てるように言った。


 声には嘲りよりも、呆れに近い響きがあった。


「受け入れる理由が薄いな」


 ギルの言葉に文官が頷いた。


「問題は、受け入れた場合の使い道です。帝国内の継承争いに対して、王国側が札を持つことにはなります」


「亡命した時点で、その札はかなり弱いだろ」


 ギルは机の木目を見ながら言った。


「帝国内で支持が残っているなら、そもそも国境まで逃げてこない。少数ってことは、連れてこられた戦力も限られてる。王国に保護を求めた時点で、帝国内では裏切り者扱いにされてもおかしくない」


 会議室の何人かが、わずかに頷いた。


 ギルは続ける。


「次の皇帝選出に口を出す材料として使えるかもしれない、って考え方はある。けど、使えるとしてもかなり先だし、弱い。今この時点で受け入れるリスクの方が大きい」


 ギルはメガレア家長男に会ったことがない。どんな顔をしているのかも知らない。だから、本人の性格を断定することはできない。だが、ここまで追い込まれて少数で王国へ保護を求めている現実だけは、判断材料になる。


 少なくとも、今の長男には強い支持基盤が見えない。


 見えないものを信じて抱え込むのは、かなり危ない。


「メガレア家長男本人の価値は低い、か」


 諜報部の長が静かに言った。


「本人だけならな」


 ギルは、机の上の書状へ目を向けた。


「ただ、メガレア家側の都合は別だ。長男を囮にして何かする可能性は、考えた方がいい」


 武官の目つきが変わる。


「砦への陽動ですか」


「少数で来てるなら、正面から砦を落とすのは無理だろ。けど、亡命者がいるってだけで、こっちは扱いに困る。砦で時間を食わせるには十分だ」


「本命が別に動くと?」


「可能性だけならな」


 ギルは軽く肩をすくめた。


「メガレア家の次男なり、別の者なりが、長男を餌にして武勲を立てようとする……いや、マバール城を襲っても帝国内の継承争いで決定打になるかは微妙だな。砦を荒らす方がまだ分かる。王国側が長男を殺した、奪った、見捨てた、そういう話を作る方が使いやすいかもしれない」


 言いながら、自分でも少し面倒になってきた。


 考えれば考えるほど、受け入れる価値が薄くなる。長男本人は弱い札。だが、敵にとっては火種になる。こちらが持っても扱いに困り、向こうに使われても面倒。


 実にいらない。


「砦側では、どう扱っている?」


 ギルが聞くと、武官が答えた。


「現時点では砦内深くへは入れておりません。外郭近くで武装解除を求め、負傷者がいれば治療のみ行う構えです。ダルメシアン様は、城からの返答があるまで保護でも追放でもなく、留め置くと」


 さすがダル兄さん。


 かなり堅い。


 受け入れていない。


 追い返してもいない。


 殺してもいない。


「それがいい」


 ギルは頷いた。


「砦へはそのまま。深く入れない。保護を約束しない。丁重には扱うが、自由にはさせない」


「若様も、その判断ですか」


「ああ。受け入れる旨味が薄すぎる。父上がいれば別の見方もするかもしれないが、俺は抱え込む価値をあまり感じないな」


 父上ならどうするだろう。


 たぶん、似たような判断をする。あるいは、もっと冷たく切る。ガルシア・マバールは無駄な行動を取らない。使えない札を抱えて、王国と帝国の間での火種を抱え込むようなことを好むとは思えない。


 ただし、父上は今いない。


 なら、今いる者たちで、父上が戻るまで面倒を広げないようにするしかない。


 文官が別の書類を開いた。


「仮に王都へ報告する場合、文面は慎重にする必要があります。帝国貴族が亡命を求めているという一点は伏せきれませんが、扱いを誤れば王都側の貴族が口を出してくる可能性があります」


「王都社交の最中だしな」


 ギルは思わず顔をしかめた。


 そこで話が広がれば、最前線で燃えるのはマバール家だ。


 面倒すぎる。


「王都には最小限でいいだろ。少数の帝国貴族関係者が保護を求めて接触。身元確認中。砦にて武装解除のうえ留め置き。国境の軍事的緊張は限定的。そんなところで」


 文官が筆を止め、ギルを見る。


「メガレア家の名は?」


「必要なら入れる。ただ、最初の報告で大きく書きすぎるな。王都が食いつく」


「承知しました」


 そこで、会議室の扉が叩かれた。


 全員の視線が向く。


 扉の近くにいた騎士が確認し、短く言葉を交わしてから中へ戻ってきた。その顔には、戸惑いがわずかに浮かんでいる。


「別の使者です。城門に、平民の男が一人。商人の使いを名乗り、若様、ならびに城の上層者へ届け物があると」


 平民の男。


 商人の使い。


 この時点で、ギルの中の空気が少し変わった。


 誰かが考えたな。


「差出人は?」


 諜報部の長が聞く。


 騎士が答えた。


「封はあります。使者本人は中身を知らぬ様子。差出人として、エレオノーラ殿の名が」


 ギルは、思わず背筋を伸ばした。


 会議室の空気が、また変わった。


 エレオノーラ。


 アバルディア家の女。


 巨乳美女。


 いや、今それは関係ない。


 関係ないが、頭には浮かぶ。


「通せ。いや、使者は別室で待たせろ。書状だけ先に」


 諜報部の長が素早く指示を出した。


 騎士が退室する。


 会議室には短い沈黙が残った。誰も軽々しく口を開かない。エレオノーラの名が出た時点で、この話はメガレア家長男だけでは終わらない。アバルディア家は動いている。しかも、かなり早い。


 ギルは机の下で指を軽く握った。


 やはり有能だな。


 しばらくして、封のされた書状が運ばれてきた。


 諜報部の長が封を確認し、文官が灯りの近くへ寄せる。破られた様子はない。ギルが頷くと開封され、紙が広げられた。


 文字を追う者たちの顔から、余計な表情が消えていく。


 ギルは黙って待った。


 最初に口を開いたのは、諜報部の長だった。


「アバルディア家より。今回の件は帝国内部の問題であり、マバール家には静観を願いたい、と」


 やはり来た。


 ギルは目を細める。


「続きは?」


「アバルディア家に王国侵攻、ならびにマバール家への敵意はない。その証として、エレオノーラ殿自身が内密にマバール城へ入る用意がある、と」


 会議室の空気が、今度ははっきり揺れた。


 人質。


 言葉にはされていない。


 だが、意味はそれだ。


 強い。


 かなり強い。


 ギルは内心で舌を巻いた。


 ただ静観しろと言うだけなら弱い。メガレア家長男を保護するなと言えば、こちらの反発を招く。だが、自分たちに敵意がない証としてエレオノーラを差し出すなら、話が変わる。


 それに、エレオノーラ殿が来る。


 巨乳美女が来る。


 いや、そこは今考えるところではない。


 だが、嬉しいか嬉しくないかで言えば、かなり嬉しい。


 ギルは表情を動かさないようにした。


「内密に、か」


 武官が低く言った。


「正式な使者としてではなく、という意味でしょうな」


 諜報部の長が書状を見たまま答える。


「表向きには商人筋を使うようです。人数も絞ると。城へ直接ではなく、指定された場所でこちらが受け取る形を望んでおります」


「平民の使いも、その線か」


「おそらくは」


 諜報部の長が頷いた。


 エレオノーラ殿は、その辺りまで読んでいる。


 いや、アバルディア家全体かもしれない。


 どちらにしても、有能だ。


「受けるべきだな」


 ギルは言った。


 会議室の視線がこちらへ集まる。


「エレオノーラ殿を受け入れる。表には出さない。メガレア家長男は砦で留め置き。アバルディア家には、こちらが軽々しく動かないことを伝える。ただし、国境で騒ぎを大きくするなら話は別だ」


 武官が頷く。


「砦へは、警戒維持と留め置き継続」


「長男を城へ送るな。砦の深くへも入れるな。身元確認、武装解除、負傷者の治療。待遇は丁寧に。ただし自由にはさせない」


 ギルは言葉を区切った。


「それなら亡命を受け入れたとは言わない。追放したとも言わない。保護を検討中。それで十分だろ」


「王都への報告は?」


 文官が聞いた。


「最初の方針で。帝国貴族関係者が少数で接触。身元確認中。国境の軍事的緊張は限定的。メガレア家の名は必要最小限。アバルディア家の書状とエレオノーラ殿の件は、王都へは出すな」


 そこまで言ってから、ギルは一度息を吐いた。


 父上なら、もっと強く言うかもしれない。


 だが、ここにいる者たちは反発しなかった。むしろ、何人かはすでに次の作業を考えている顔になっている。


 上層部は優秀だ。


 ギルは、少しだけ肩の力を抜いた。


 会議室の扉の外で、兵の足音が遠ざかった。


 砦へ返書が走る。


 別室の平民使者には、何も知らぬまま報酬と食事が与えられるだろう。エレオノーラ殿を受け入れる準備も始まる。メガレア家長男は、国境の砦の外郭で、自分の運命がどう動くか分からないまま待つことになる。


 自分こそ正当な皇帝だ、と叫んでいるのだろうか。


 あるいは、疲れ切って黙っているのか。


 ギルには分からない。


 会ったこともない男だ。


 ただ一つ分かるのは、その男を助けるために、マバール家が火の中へ手を突っ込む理由は薄いということだった。


「若様」


 諜報部の長が、静かに呼んだ。


「エレオノーラ殿の受け入れについては、こちらで人を選びます。城へ入れる前に、周辺を押さえます」


「ああ。頼む」


「ただ、エレオノーラ殿が若様との面会を求める可能性は高いかと」


 ギルは少しだけ頷いた。


「だろうな」


「お会いになりますか」


「会うしかないだろ。向こうが自分を札にしてくるなら、こっちも顔を出す必要がある」


 顔を見たい。


 いや、判断するためだ。


 もちろん判断するためだ。


 ギルは自分にそう言い聞かせた。


「場所は?」


「表の応接室は避けるべきでしょう。記録に残る動線も減らします」


「なら、父上が使わない小会議室か。人目を減らせるところでいい。レティシアとダリアには俺から話す」


 言った瞬間、ギルは少しだけ嫌な予感がした。


 レティシア。


 ダリア。


 エレオノーラ殿が来る。


 巨乳美女が来る。


 内密に。


 人質として。


 これは、説明が必要だ。


 また説明か。


 どうして俺の人生は、女が増えるたびに説明が必要になるのか。


 いや、今回そういう話ではない。


 断じて違う。


 政治だ。


 外交だ。


 帝国内部問題だ。


 でもエレオノーラ殿は巨乳美女だ。


 ギルは無意識に机の端を指で叩きかけ、すぐに止めた。


 危ない。


 ここにレティシアはいないが、癖は危ない。


「若様?」


 文官が不思議そうに見る。


「何でもない」


 ギルは真面目な顔で返した。


「砦への返書を急げ。メガレア家長男は丁重に縛っておけ。縄で縛るって意味じゃなく、動けないようにな」


 武官がわずかに口元を動かした。


「承知しました」


「アバルディア家への返答は、静観の意思あり。ただし国境での戦闘拡大は許容しない。エレオノーラ殿の受け入れは、条件つきで了承。人と場所はこっちが指定する」


 諜報部の長が頷く。


「そのように」


 会議室の空気が、ようやく少しだけ動き始めた。


 最初の急報がもたらした重さは消えていない。メガレア家長男はまだ国境にいる。帝国の後継争いは、こちらの都合など待ってくれない。父上は王都へ向かっている。ダル兄さんは砦で長男を抱え、こちらの返答を待っている。


 だが、方針は立った。


 受け入れない。


 追い返さない。


 動かない。


 ただし、静観するための札は受け取る。


 エレオノーラ殿が来る。


 ギルは椅子から立ち上がった。


「俺は部屋に戻る。何かあれば呼べ」


 そう言って扉へ向かいかけ、ふと足を止めた。


「あと、父上への報告は慎重にな」


 文官が顔を上げる。


「王都へ向かう道中で余計な火種を見せたら、父上の機嫌が悪くなるぞ」


 会議室に、ほんのわずかに苦笑の気配が広がった。


 誰も声を立てて笑わない。


 だが、その程度の緩みはあった。


 廊下へ出ると、空気が少し冷たかった。


 窓の外には、いつもの城内の景色が広がっている。訓練場の方から、木剣の打ち合う音がかすかに聞こえた。使用人たちは変わらず歩き、兵は持ち場へ向かう。何も変わっていないように見える。


 だが、国境にはメガレア家の長男がいる。


 どこかの道を、エレオノーラ殿がこちらへ向かう準備をしている。


 ギルは廊下を歩きながら、息を吐いた。


 せっかく大人しくしていたのになぁ。


 そう思った直後、部屋に戻った時のレティシアの目が頭に浮かんだ。


 エレオノーラ殿が来る。


 内密に。


 人質として。


 政治的に必要。


 巨乳美女。


 最後の一つは言ってはいけない。


 絶対に言ってはいけない。


 ギルは真面目な顔を作り、部屋へ向かった。


 扉の前で一度だけ呼吸を整える。


 中から、レアの小さな鳴き声が聞こえた。


 平和な部屋。


 面倒な国境。


 そしてこれから来る巨乳美女。


 いや、政治案件。


 ギルは扉を開けた。


 レティシアとダリアが、同時にこちらを見る。


 その視線を受けた瞬間、ギルは確信した。


 国境より先に、まずこの部屋で説明が必要だ。

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― 新着の感想 ―
山賊被害からの流れで長男が損切りされたのかな
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