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魔力が強いやつがモテる世界に生まれ変わったのでモテる為にがんばります  作者: 伊右衛門


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第三百七十八話 銀のボタン


「よし、俺は急用を思いついたから帰るぞ」


 そう言うと、向かいに座っていたオルフィアが目を丸くした。


「……えっ?」


 膝の上でお茶を飲んでいたベルも、カップを持ったまま俺を見上げている。


 うむ、すまんな、ベル。


 もう少しゆっくりしてもよかったんだが、せっかくいいことを思いついたんだ。こういうことは、忘れないうちにやっておいた方がいい。


 何しろ、ベル専用のカップだからな。


 さっき見ていたところ、やっぱり今のカップはベルの手には少し大きい。もちろん、両手で持てば問題なく飲めるのだが、もっと小さくて持ちやすいものがあれば、その方がいいだろう。


 それに、ベルには何かご褒美をあげたいと思っていたんだ。


 あれだけ賢いことを言ってくれたんだからなぁ。


「ちょ、ちょっとギル、急に何を言い出すのよ?」


 オルフィアが慌てて立ち上がろうとする。


「いや、ちょっと用事を思いついたんだ。それよりオルフィア、実験の結果は必ず教えてくれよ」


「それはいいけど……」


「特に芋とぶどう、りんご、それにオリーブと胡桃だな。この五つは必ず試してくれ。どうなったのか、ちゃんと教えてくれよ」


 俺は指を折りながら確認する。


 うむ、五種類だな。


 小麦の実験だけでも時間がかかると言っていたが、ベルがあれだけ考えてくれたんだ。


 試さないわけにはいかんだろう。


 まぁ、結果が出るまでにはそれなりに時間がかかるだろうし、別に今すぐ全部やれと言っているわけではない。


 その辺りはオルフィアに任せればいい。


 あいつは魔法の研究が好きだからな。


 きっと喜んでやってくれるだろう。


「う、うん。分かったけど、ギル、本当にもう帰るの?」


「ああ。また来るさ」


 俺はベルの手からカップを受け取り、元の場所へ置いた。


「ほら、ベル。帰るぞ」


「は、はい!」


 ベルは慌てて膝から降りようとしたので、俺は身体を支えながら床へ下ろしてやった。


 さっきまで両手で大きなカップを持っていた小さな手が、今度は俺の服を掴む。


 ……うむ。


 やはり、あのカップは少し大きかったな。


「えっ、ちょ、ちょっと……」


 何やらオルフィアが言っているが、急用なので仕方がない。


 俺はベルを連れて扉へ向かった。


 シルフィアが俺とオルフィアを交互に見て、少し困ったような顔をしている。


「ギルバート様、もうお帰りですか?」


「ああ。茶はうまかったぞ」


「あ、ありがとうございます!」


 おお、嬉しそうだな。


 まぁ、以前の茶がひどかったから、今回の茶がまともだったのは実にありがたい。


 ベルに飲ませる前に味見する必要もなくなれば、もっとありがたいんだけどな。


 俺はシルフィアに軽く手を振り、ベルと一緒に部屋を出た。


 背後からオルフィアの声が聞こえた気もするが、何を言っているのかまでは分からなかった。


 まぁ、いいか。


 研究結果さえ教えてくれれば問題ない。


 そうして屋敷を出ると、外では相変わらず人々が行き来していた。


 屋敷の周囲に建てられた小屋の間から話し声が聞こえ、少し離れた畑では何人かが作業を続けている。


 三百人近くか。


 改めて眺めると、なかなかの人数だなぁ。


 だが、オルフィアも正式に帝国貴族になったことだし、これからはそれなりに落ち着いた暮らしができるんじゃないだろうか。


 もちろん、今後どうなるかは分からんけどな。


 それより今はベルのカップだ。


 俺は馬に乗り、ベルを前に座らせる。


「よし、今度は城下で少し買い物をするぞ」


「お買い物、ですか?」


「ああ。いいものを買ってやる」


「えっ、えっと……」


 ベルが何か言いかけたが、俺は馬をゆっくり進め始めた。


 さて、どこで買うかな。


 カップくらいなら城下の店で売っているだろう。


 何しろ、マバール城下だからな。


 店だってたくさんある。


 ……まぁ、どこの店に何が売っているかまでは、よく知らんけど。


 適当に探せば見つかるだろう。


 帰り道でもベルは周囲の景色を楽しそうに眺めていたが、今度は来る時ほど大きな声を出さなかった。


 ただ、何か気になるものを見つけるたびに、俺の腕をちょんちょんと叩いて知らせてくれる。


 そのたびに少し馬を緩めてやると、ベルは嬉しそうに笑った。


 うむ、いいなぁ。


 こういうのんびりした時間は実に素晴らしい。


 戦争なんぞに出かけるより、ずっといい。


 俺はやっぱり、お気楽な三男坊として暮らすのが向いていると思う。


 そんなことを考えているうちに、城下の建物が増えてきた。


 店先を眺めながら馬を進め、ちょうどよさそうな店を見つけたところで立ち止まる。


 中を覗くと、いろいろな器が並んでいた。


 おお、あるある。


 これならベルに合うカップも見つかりそうだ。


 俺は馬から降り、ベルも抱き下ろして店へ入った。


 店の中には大きさも色も違う器が並んでいる。


 俺が普段使っているようなものもあれば、ずいぶん小さなものもあった。


 ふむ。


 なかなか種類があるな。


「ベル、お前専用のカップをいくつか選べ。さっきのご褒美だ。好きなのを選んでいいぞ」


「えっ?」


 ベルは俺を見上げ、それから並んでいるカップへ視線を向けた。


 だが、すぐに首を振ってしまった。


「えっ、えっ、そんな、いいです。えっと、あの、ギルバートさまと一緒にお出かけできただけで……」


 ……おお。


 なんてかわいいことを言うんだ。


 俺と一緒に出かけただけでいいのか。


 いやぁ、嬉しいことを言ってくれるじゃないか。


 思わず頭を撫でてやりたくなったが、それとこれとは話が別である。


「いいんだよ。今日はベルが賢いことをたくさん言ってくれたからな。そのご褒美だ」


「で、でも……」


「遠慮するな。ほら、好きなのを選んでいいぞ」


 俺はベルの背中を軽く押し、並んでいるカップの方へ促した。


 ベルは困ったように俺を見てから、そろそろと品物へ近づいていく。


 小さなカップを覗き込んでは、また別のものを見る。


 だが、なかなか手を伸ばそうとしない。


 うーむ。


 遠慮しているなぁ。


 せっかく好きなものを選んでいいと言っているのに、これではいつまでたっても決まらんぞ。


 まぁ、こういうところもベルらしいんだけどな。


 俺は隣へ並び、一緒に品物を眺め始めた。


「うーん、ベルには淡い色の方が似合いそうだな」


 そう呟きながら、小さなカップをいくつか見比べる。


 大きすぎるものは駄目だ。


 さっきのように両手で抱えなければならないものでは、わざわざ買いに来た意味がない。


 ベルの手でも持ちやすそうなものがいい。


 それに、せっかくだからかわいいものを選んでやりたい。


 俺は並んでいるカップの中から、淡い水色のものを手に取った。


 ほう。


 これなんかいいんじゃないか?


 大きさもほどほどで、色も柔らかい。


 ベルの顔と見比べてみる。


 ……うむ。


 似合いそうだ。


「うん、これなんかどうだ?」


 俺はベルにカップを渡した。


 ベルは両手でそっと受け取り、少し持ち上げて眺める。


 さっきルディア家で使ったものより、ずっと小さい。


 これならベルでも扱いやすいだろう。


「どうだ、これは?」


 俺が尋ねると、ベルはしばらくカップを見つめていた。


 それから顔を上げ、少し頬を赤くする。


「えっと、あの、えっと……すごく、すごく嬉しいです」


 ……おお。


 そうかそうか。


 そんなに気に入ったか。


 ベルはカップを大切そうに持ちながら、何度も色を確かめるように眺めている。


 うむ、よかった。


 俺が選んだものを気に入ってくれたらしい。


 それなら決まりだな。


「よし、これを買おう」


 俺は満足して頷いた。


 さて、支払いだ。


 ……ん?


 ……あれ?


 俺は何気なく懐へ手を伸ばした。


 そして、気づいた。


 ……金、持ってない。


 …………。


 おいおい。


 ちょっと待て。


 俺はもう一度懐を探った。


 だが、ない。


 反対側も探してみる。


 やっぱりない。


 ……うーむ。


 困ったぞ。


 そういえば、いつも買い物にはレティシアやセバスチャンが一緒にいるからなぁ。


 俺が欲しいものを選んで、支払いはあいつらがやってくれる。


 そんなことばかりしているものだから、自分で金を持って出るという発想がなかった。


 いや、今回はベルと二人で出かけたんだから、出発する前に確認しておくべきだったな。


 だが、今さらそんなことを言っても仕方がない。


 どうする?


 ベルはあんなに喜んでいる。


 ここで金がないから買えません、なんてことになったら、あまりにも情けないじゃないか。


 ……いや、待て。


 落ち着いて考えよう。


 マバール城へ戻って金を持ってくるという手もある。


 だが、せっかくここまで来たのに、それは面倒だ。


 しかも、ベルを連れてまた店に戻ってくるのか?


 うーん。


 できれば今ここで済ませたいなぁ。


 俺はベルに気づかれないよう、少し身体を横へ向けて懐を探り続けた。


 ……やっぱりない。


 何度探しても、ないものはない。まぁ、入れた覚えも持った覚えも無いんだが。


 まったく、困ったもんだ。


 そんなことを考えていると、ふと自分の服が目に入った。


 ……ん?


 ボタンがあるな。


 当たり前か。


 服なんだから、ボタンくらいついている。


 だが、よく見ると、なかなか立派なボタンじゃないか。


 きらきらしているし、結構高そうだ。


 俺は指先で一つつまみ、眺めてみた。


 ふむ。


 これ、何でできているんだろう?


 よく分からんが、安物には見えない。


 何しろ、俺の服についているボタンだからな。


 ……そうだ。


 これを代わりに渡せないだろうか。


 俺はベルがカップを眺めているのを確認してから、店の者へそっと近づいた。


「なぁ、ちょっといいか?」


「はい?」


 店の者がこちらを見る。


 俺は声を落として尋ねた。


「手持ちがないんだ。このボタンと交換しないか?」


「はぁ?」


 ……おい。


 何だ、その反応は。


 俺は真面目に相談しているんだぞ。


 店の者は一瞬、何を言われたのか分からないような顔をしたが、俺が服のボタンを指差すと、そこへ顔を近づけた。


 そして、急に目の色が変わった。


「……えっ?」


 店の者は俺の服とボタンを交互に見た。


「あ、あんた、本当にこのボタンと交換するのかね? これ、本物の銀だよ」


 ……ほう。


 銀なのか。


 知らなかった。


 俺はもう一度ボタンを眺めた。


 なるほど、銀なら光っているのも納得だな。


 しかし、大事なのはそこじゃない。


「それで、交換してくれるのか? 何枚だ?」


 俺が尋ねると、店の者は少し口を開いたまま、ボタンを見つめた。


「い、一枚でいいよ」


「そうか」


 おお、よかった。


 これで無事にカップが買えるぞ。


 俺はそのまま服のボタンをつまみ、ぐいっと引っ張った。


 ぷつっ、と糸が切れる。


 よし、取れた。


「これでいいな」


 俺が差し出すと、店の者は驚いたように俺の顔を見た。


 ……ん?


 なんだ?


 ちゃんと本物の銀なんだろう?


 なら、問題ないじゃないか。


「あ、ああ……」


 店の者はボタンを受け取り、しばらく手の中で眺めていた。


 それから、何やら少し考えた様子で口を開く。


「なんなら、もう何点か持って行きな」


「おお、いいのか?」


「あ、ああ」


 ほう。


 なかなか気前のいい店じゃないか。


 どうやら、いい交換だったらしい。


 俺はありがたく申し出を受けることにした。


 ベルの方へ戻ると、まだ淡い水色のカップを大事そうに持っている。


 うむ。


 気に入ってくれているな。


 それなら、もう一つくらい選んでやるか。


 俺は近くに並んでいたカップを眺め、先ほどのものと同じくらいの大きさの品を手に取った。


 淡い赤色のカップだ。


 ほう。


 これもなかなかかわいいじゃないか。


「ベル、こっちのカップも貰っていこう」


「えっ?」


 ベルが驚いたように顔を上げた。


「ほら、これもいい色だろう?」


 俺は淡い赤色のカップを見せてやった。


 すると、ベルの目がぱっと明るくなった。


「わぁ、きれいです!」


「そうかそうか。気に入ったか?」


「は、はい! でも、あの、二つも……」


「いいんだよ。ほら、両方持ってみろ」


 ベルは少し戸惑いながらも、二つのカップを見比べ始めた。


 淡い水色と、淡い赤色。


 どちらも小さなベルにちょうどよさそうな大きさだ。


 ふむ。


 こうして並べてみると、なかなかいいじゃないか。


 最初は水色の方が似合うと思ったが、赤い方も悪くない。


 ベルが嬉しそうに眺めているから、余計によく見えるのかもしれんけどな。


「よし、この品も貰っていくぞ」


 俺は店の者へ声をかけた。


「あ、ああ、どうぞ」


「ありがとうな。助かったぞ」


 俺が礼を言うと、店の者は何とも言えない顔をしていた。


 ……ん?


 何か変だったか?


 まぁ、いいか。


 向こうが交換してくれると言ったんだし、こっちもちゃんと銀のボタンを渡した。


 お互い納得したなら、それで問題ないだろう。


 それにしても、服のボタンで買い物ができるとはなぁ。


 なかなか便利なもんだ。


 もちろん、毎回ボタンを取っていたら、そのうち服が着られなくなりそうだが。


 今回は一つだけだから大丈夫だろう。


 ……たぶん。


 俺は取れたボタンの場所をちらっと見てから、すぐに視線をベルへ戻した。


 今はそんなことより、カップだ。


 買ったものを持って、俺たちは店を出た。


 外へ出ると、城下の通りには相変わらず人が行き交っていた。


 ベルは手に入れたカップを見ながら、何度も嬉しそうに笑っている。


「ギルバートさま、ありがとうございます」


「ああ。大切に使えよ」


「はい!」


 元気な返事が返ってきた。


 うむ。


 やっぱり買ってよかったな。


 あれだけ喜んでくれるなら、銀のボタン一つくらい安いもんだ。


 いや、実際にいくらするのかは知らんけど。


 まぁ、俺の服についていたものだからな。


 それなりに高いんだろう。


 そんなことを考えながら、俺はベルを馬に乗せた。


 買ったカップが割れないように気をつけながら、俺も鞍へ上がる。


 ベルは前に座ると、また楽しそうに城下の景色を眺め始めた。


 ただ、今度は来る時ほど大きく身を乗り出さない。


 どうやら、帰り道になって少し慣れたらしい。


 俺は馬をゆっくり進めた。


「ギルバートさま」


「ん? どうした?」


「あの、あの……本当にありがとうございます」


 ベルは少し身体を捻り、こちらを見上げてきた。


 その顔には、隠しきれない笑みが浮かんでいる。


 ……うーむ。


 かわいいなぁ。


 こんな顔を見せられたら、また何か買ってやりたくなるじゃないか。


「気にするな。ベルが喜んでくれたなら、それでいい」


「はい!」


 ベルは嬉しそうに笑い、再び前を向いた。


 その小さな背中を眺めながら、俺も思わず笑ってしまう。


 それにしても、淡い赤色のカップも随分と喜んでいたな。


 そうか。


 こちらの世界でも、女の子はピンクが好きなんだなぁ。


 いや、ベルが好きなだけかもしれんけど。


 まぁ、どちらでもいいか。


 大事なのはベルが喜んでくれたことだ。


 今日はオルフィアにも会えたし、魔法の研究がそれなりに進んでいることも分かった。


 しかも、ベルが思いがけない知恵を披露してくれたおかげで、実験する作物まで増えた。


 あとはオルフィアが頑張ってくれればいい。


 うむ。


 なかなか有意義な一日じゃないか。


 俺は馬の速度を少し落とし、前に座るベルが安心して景色を楽しめるように腕を添えた。


 城下の向こうには、マバール城が見えている。


 ベルは時折振り返っては笑い、また前を向いて遠くを眺めていた。


 ……さて。


 城へ戻ったら、さっそく新しいカップでお茶でも飲ませてやるか。


 きっと喜ぶだろうなぁ。


 そんなことを考えながら、俺は笑顔のベルと一緒に、のんびりと城への道を進んでいった。

本日の更新は、5時、12時、20時の予定です。

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ボタンを換金しようとしたら捕まったりしないかな
ギル様、次回、出かけるときは 是非小銭をご持参を。 銀のボタン1つでマグカップ何個分?? ベルちゃんかわいい♡
寂しいよなオルフィア…
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