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魔力が強いやつがモテる世界に生まれ変わったのでモテる為にがんばります  作者: 伊右衛門


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第三百七十五話 郊外のルディア家


 城下へ入る頃には、俺の前に座っているベルがすっかり興奮していた。


「うわ! うわ! うわー! 高いです! あんなに遠くまで見えます!」


 馬の背から見下ろす城下の景色が珍しいらしく、ベルは右を見たり左を見たりと忙しい。少しでも遠くまで見ようと背筋を伸ばし、しまいには鞍から腰を浮かせそうになるものだから、俺はその小さな身体を抱える腕に少し力を込めた。


「ほら、あまりはしゃぐと落ちるぞ」


「は、はい!」


 元気よく返事をして、ベルは一度おとなしくなった。


 ……と思ったら、今度は前方に見える建物の向こうを覗こうと、また背伸びを始めている。


 うーむ、全然おとなしくならんな。


 まぁ、別にいいけど。


 俺が抱えている以上、ベルを落とすなんてあり得ない。それでも、本人が夢中になっているうちに変な姿勢にならないよう、軽く身体を引き寄せておく。


 ベルは俺の腕に背中を預けながら、通りの先へ熱心に目を向けていた。


 城下の通りには荷車が行き交い、店先では品物を並べた商人たちが声を張り上げている。馬の蹄が踏み固められた道を叩くたび、ベルの身体が小さく揺れた。そのたびに俺の腕をきゅっと掴むくせに、視線だけは景色から離そうとしない。


 小さな村から出てきたベルにとっては、こういう景色も面白いんだろうなぁ。


 以前、ノエルと一緒に城下へ出かけたことはあるらしいが、馬の上から見る景色となると、また違うのだろう。


「ギルバートさま! あっち、あんなに人がいます!」


「ああ、城下だからな。人は多いぞ」


「すごいです!」


 何がそんなにすごいのか、俺にはいまいち分からん。


 だが、ベルが嬉しそうだから問題ない。


 俺は馬の速度を少し落とした。


 今日は急ぐ必要もないし、せっかくだからベルにゆっくり景色を見せてやろう。


 もっとも、目的地は城下の中心ではない。


 オルフィアの屋敷だ。


 あいつも貴族なんだから、てっきりマバール城に近い屋敷へ移ったのかと思っていたのだが、城で確認すると、ずいぶん郊外の屋敷を希望したらしい。


 しかも本人の強い希望だったそうだ。


 これからルディア家の者たちが何人移ってくるか分からないので、あまり迷惑をかけたくない。


 そういう理由だったらしい。


 ふむ。


 確かにもっともな理由ではある。


 オルフィアの立場を考えれば、ルディア家から逃れてくる者たちを受け入れる必要があるだろうし、人数だって事前には分からんだろう。


 ただなぁ。


 あいつの場合、それだけじゃない気がするんだよなぁ。


 俺の知っているオルフィアは、とにかく魔法の研究が好きな女だ。何か面白そうなことを思いつけば、すぐにでも試したがる。


 マバール城の近くでそんなことをやっていれば、何かと面倒だろう。


 その点、郊外なら自由に使える場所も多そうだ。


 もしかすると、その辺りも考えて屋敷を選んだんじゃないだろうか。


 いや、きっと考えているな。


 オルフィアだからな。


 もっとも、本人から聞いたわけではないから、俺の勝手な想像である。


「ギルバートさま、どこまで行くんですか?」


 ベルが少しだけ顔をこちらに向けた。


「城下の外れだ。俺の知り合いが住んでいる屋敷に行く」


「お知り合い、ですか?」


「ああ。ちょっと変わったやつだが、面白いやつだぞ」


「えっと、はい!」


 ベルは素直に頷いたものの、少し不思議そうな顔をしていた。


 うん。


 まぁ、会えば分かる。


 あいつの変わり者ぶりは、口で説明するより実際に見た方が早いからな。


 そんなことを考えながら、俺は馬を進めた。


 城下の賑やかな通りを抜けると、周囲の様子が少しずつ変わっていく。


 道沿いに並んでいた建物の間隔が広がり、家々の向こうに畑が見えるようになった。荷車とすれ違う回数も減り、先ほどまで聞こえていた商人たちの声が、いつの間にか遠くなっている。


 それでもベルは退屈しないらしい。


 今度は畑の向こうを指差したり、道端の木々を眺めたりしている。


 俺としては、城下の外まで来てしまえば、村で暮らしていたベルには珍しくもない景色だと思うのだが。


 どうやら、俺と一緒に馬に乗っていること自体が楽しいらしい。


 うむ、かわいいやつめ。


 そうしてしばらく進んだところで、ようやく目的の屋敷が見えてきた。


 ……おいおい。


 思っていたより遠いな。


 城下郊外と聞いていたが、これはもう城下の外と言った方が近いんじゃないだろうか。


 屋敷そのものは、それなりの大きさがある。


 だが、周囲の様子が普通の貴族の屋敷とは少し違っていた。


 屋敷の近くには小屋のような建物がいくつも建っており、その間を人々が行き来している。少し離れたところでは畑も作られていて、土を耕している者の姿まで見えた。


 ふむ。


 何やらずいぶん賑やかなことになっているな。


 そんな屋敷へ近づいていると、入口の前に立っていた一人の女性が、こちらに向かって大きく手を振り始めた。


 おお、いたいた。


 面白女騎士のシルフィアだ。


 こちらに気づいた途端、まるで久しぶりに友達を見つけた子供みたいに、ぶんぶん腕を振っている。


 ……ベルとさして反応が変わらんなぁ。


 さすがシルフィア。


 まぁ、ここまで近づけば、俺の魔力なら感知魔法でも十分分かるだろう。


 気づくのも当然か。


「よお、元気だったか?」


 屋敷の前で馬を止め、鞍から降りながら声をかける。


「はい! ギルバート様もお元気そうで!」


「ああ」


 相変わらず元気なやつだな。


 俺は手綱を持ちながらベルへ腕を伸ばし、その小さな身体を抱き上げて、ゆっくりと地面へ降ろした。


 すると、つい先ほどまであれだけ騒いでいたベルが、急に静かになった。


 俺の服をきゅっと掴み、するすると後ろへ回り込んでしまう。


 ……ん?


 どうした?


 少し屈んで顔を覗こうとすると、ベルは俺の背中からそっとシルフィアを見ている。


 ああ、なるほど。


 恥ずかしいのか。


 そういえば、ベルがマバール城へ来た頃には、オルフィアたちはもう移っていたのかな?


 少なくとも、ベルはシルフィアと顔見知りではないようだ。


「ベル、こいつはシルフィアだ。女だが騎士をしている。少し変わってはいるが、面白いやつだから大丈夫だ」


「ちょっと、ギルバート様! 少し変わっているって何ですか!」


 シルフィアがすぐに抗議してきた。


 うむ。


 元気そうで何より。


 ベルはそんなシルフィアを見て、俺の後ろからそろそろと顔を出した。


「えっと、えっと、ベルと言います。えっと、初めまして。えっと、えっと、よろしくお願いします」


 たどたどしいながらも、最後まできちんと挨拶できた。


 偉いぞ、ベル。


 俺が頭を撫でてやると、ベルは少しだけ頬を赤くして俯いた。


 一方、シルフィアもベルに視線を合わせるように身体を屈めた。


「うん、よろしくお願いします。お姉ちゃんはシルフィアっていう立派な騎士です!」


 ……おい。


 今、堂々と嘘をついたな。


 どこが立派だ。


 いや、腕は確かだし、騎士としての仕事ができないわけでもないんだけどな。


 ただ、立派かと聞かれると、どうにも首を傾げたくなる。


 まぁ、いいか。


 騎士の中には、魔力を持たない平民をあからさまに見下すやつもいる。


 そういう連中と違って、シルフィアはベルを見下した様子もなく、普通に挨拶してくれた。


 その点は気に入った。


 立派な騎士という自己評価については疑問が残るが、今回は許してやろう。


 ギリギリだけどな。


「それにしても、ずいぶん人が増えたみたいだな」


 俺は屋敷の周囲へ視線を向けた。


 近くの小屋からは人の話し声が聞こえ、畑の方では何人かが作業をしている。まだ新しそうな建物もあり、人々の暮らしがこの辺りへ広がってきているのが分かる。


「かなりルディア家から来た者たちは多いみたいだな」


「はい。百名どころか、三百名近く来ました」


「三百?」


 思わず聞き返してしまった。


 いや、それは相当な人数じゃないか?


「そうなんですよ。郊外のお屋敷で助かりましたよ。お屋敷だけじゃなくて、お屋敷周りも自由に使っていいってお許しもいただきましたし」


「ほう」


 シルフィアは周囲の小屋や畑を眺めながら、嬉しそうに説明してくれた。


 なるほどなぁ。


 確かに三百人近くも来たとなれば、屋敷の中だけではどうにもならんだろう。


 それだけの人数が暮らすとなれば、寝る場所だけでなく、食うものだって必要になる。


 屋敷の周りまで使えるのはありがたいだろうな。


 ただ、三百人か。


 ルディア家からこれほど大勢が移ってきたとなると、向こうは相当なことになっているらしい。


 俺もあの辺りでは派手にやったからなぁ。


 ……いや、まぁ、仕方なかったんだけど。


 それはそれとして、オルフィアの顔でも見ておくか。


「オルフィアは元気か?」


「はい、お元気ですよ。今、中でギルバート様をお待ちです」


「そうか」


 元気だとは思っていたが、一応確認できた。


 さて、問題はベルだな。


 このまま連れていくか、それともシルフィアに預けるか。


 シルフィアなら変なことはしないと思うが、ベルはまだ慣れていないようだしなぁ。


 俺の服を掴んだまま、時々シルフィアの顔を覗いているベルを見下ろす。


 ……うむ。


 やっぱり一緒に連れていこう。


 せっかくベルに色々見せようと思って連れてきたんだし、オルフィアにも挨拶させておけばいいだろう。


 もしあいつが妙なことを始めたら、俺が止めればいいだけだしな。


「ベル、オルフィアにも会っていくぞ」


「は、はい!」


「じゃあ、シルフィア、案内してくれ」


「はい! こちらです!」


 シルフィアが先に立ち、俺たちは屋敷の中へ入った。


 外の賑わいとは違い、屋敷の中は比較的静かだった。


 廊下には人の出入りがあるものの、歩く足音や遠くの話し声が聞こえる程度で、外ほど騒がしくはない。


 ベルは俺のすぐ横を歩きながら、時々周囲へ視線を向けている。


 俺はその様子を横目で眺めつつ、シルフィアの後ろについていった。


 感知魔法を使えば、オルフィアのいる場所はだいたい分かる。


 だが、だからといって勝手に歩き回るのもなぁ。


 一応、人の屋敷だし。


 そんなことを考えているうちに、一つの部屋の前へ着いた。


 シルフィアが扉を叩き、声をかける。


「オルフィア様、ギルバート様をご案内致しました」


 扉が開き、俺はベルを連れて中へ入った。


 そこには少し懐かしい顔があった。


 オルフィアだ。


 椅子に腰掛け、茶を飲んでいたらしい。


 俺たちが入ってくると、手にしていたカップを置いてこちらを向いた。


「ご苦労様。久しぶりね、ギル」


「ああ、久しぶりだな」


 うむ。


 相変わらずだな。


 ……ん?


 いや、待て。


 なんだか、いつもより少し声が冷たくないか?


 気のせいか?


 オルフィアは普段から遠慮のない物言いをするやつだが、今日はその言葉の端に何か引っかかるものを感じる。


 はて。


 俺、何かしたっけ?


「ずいぶんと人が来たようだな」


 とりあえず、さっき見てきた屋敷の周囲の話を振ってみる。


 するとオルフィアは、少しだけ目を細めた。


「ええ。誰かが領地を焼くから、随分と来る者たちも増えたわ」


 ……ああ。


 なるほど。


 そういうことか。


 どうやら、俺がルディア領を少し焼いたことを怒っているらしい。


 いや、少しは言い過ぎかな?


 まぁ、あの戦ではルディア領だけじゃなく、あちこち焼いたからな。


 ただ、ルディア家の領地だからといって、そこだけ特別扱いするわけにもいかなかった。


「仕方ないだろ。ルディア領だけ見逃せば、余計に厄介になりそうだったからな」


「それは分かるけど……」


 オルフィアはそう呟き、カップへ視線を落とした。


 ふむ。


 理屈では分かっているが、納得できないというところか。


 まぁ、故郷を焼かれて喜ぶやつもいないだろうしなぁ。


 俺としても、必要がなければ焼くことはなかった。


 だが、戦争である以上、そうも言っていられない。


 ……うむ。


 この話はここまでにしておこう。


 俺は空いている椅子へ腰を下ろし、後ろにいたベルへ手を伸ばした。


「ほら、ベル、来い」


「は、はい」


 ベルは小さく返事をして近づいてきたので、そのまま抱き上げて膝の上へ座らせる。


 うむ、これでよし。


 ベルは初対面の相手を前に少し緊張しているらしく、俺の胸元に身体を寄せていた。


 ここにいれば安心だろう。


 何しろ、俺の膝の上だからな。


「ベル、こいつはオルフィアだ。貴族で……」


 そこまで言って、ふと気づいた。


 そういえば、こいつの今の立場はどうなっているんだ?


「……お前、帝国貴族になったのか?」


 オルフィアは俺の質問に小さく頷いた。


「ええ。今回の戦乱の影響もあって、帝国への亡命が認められたわ。今の立場は、帝国貴族、ルディア家当主、オルフィア・ルディアよ」


「ほう、めでたいな」


 思わずそう言ってしまった。


 いや、実際めでたいだろう。


 これまでは王国側から逃れてきた身だったのに、今では正式に帝国貴族として認められたわけだ。


 しかも、ルディア家当主か。


 なかなか大したもんじゃないか。


 オルフィアもいろいろあったからなぁ。


 こうして落ち着ける場所ができたのなら、何よりだ。


 ……おっと。


 そうだった。


 ベルに紹介している途中だったな。


「まぁ、そういうわけで、こいつはオルフィアだ。かなり変わっているが、別に悪いやつじゃないから、少し注意してそれなりに仲良くしてやってくれ」


 我ながら丁寧な紹介である。


 ベルは一瞬きょとんとしていたものの、すぐに姿勢を正した。


「えっと、えっと、初めまして。えっと、ベルと言います。えっと、えっと、えっと、よろしくお願いします」


 小さな声ながら、最後まで一生懸命挨拶している。


 うむ。


 実に立派だ。


 俺が頭を撫でようとすると、向かいのオルフィアがにっこり笑った。


「ええ、よろしくね。それと、かなり変わっているのはギルの方だから、間違えないでね」


 ……おい。


 なんてことを言うんだ、こいつは。


 俺のどこが変わっているというんだ。


 少なくとも、お前よりはまともだと思うぞ。


 そう言ってやろうかと思ったが、ベルがオルフィアへ小さく頭を下げているのを見て、やめておいた。


 ふむ。


 貴族なのに、魔力を持たないベルにもきちんと挨拶したな。


 ならば、今の発言については許してやろう。


 俺は寛大だからな。


 そうしてベルの頭を軽く撫でていると、オルフィアが改めてこちらを向いた。


「それで、今日はどうしたの?」


「ん? 暇つぶしに来ただけだ。ベルに色々見せたかったしな。そのついで」


 俺は正直に答えた。


 すると、オルフィアの目がすっと細くなった。


 ……ん?


 何だ、その顔は。


 何か気に障ることでも言ったか?


 隣に立っていたシルフィアが、急に慌てたように声を上げる。


「あっ、お茶、お茶をお持ちしますね!」


 そう言うなり、ばたばたと部屋を出ていってしまった。


 なんだ?


 あいつも相変わらず忙しいなぁ。


 そんなことを考えていると、向かいのオルフィアがぼそっと呟いた。


「大恩あるマバール家の人間じゃなかったら、実験に使いたいわね」


 ……おいおい。


 物騒なことを言うなよ。


 まったく。


 久しぶりに会ったというのに、やっぱりこいつは変わっていないらしい。


 俺は膝の上のベルを抱え直し、呆れながらオルフィアを眺めた。


 まぁ、いい。


 ちょうどいい機会だし、以前から気になっていたことでも聞いてみるか。


 あいつの好きな魔法の話なら、少しは機嫌も直るだろう。

本日の更新は、5時、12時、20時の予定です。

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