第三百七十三話 休暇と王の最期
城を出ると、セバスチャンを始めとしたレダリエ騎士団の連中が揃っていた。
おお、ちゃんと集まっているな。
セバスチャンの姿はすぐに分かったし、その近くにはグレゴリオもいる。ほかの騎士たちもきちんと揃っていて、俺が姿を見せると一斉にこちらへ顔を向けた。
「うむ、ご苦労」
そう声をかけながら、集まった連中の顔を順番に見渡していく。
ふむ。
そこまで疲れているようには見えないな。少なくとも、今すぐ休まなければ倒れてしまいそうな奴はいないし、皆きちんとした姿勢で立っている。
だが、元気いっぱいという感じでもない。
目の下に少し疲れが残っている奴もいるし、俺と目が合って背筋を伸ばした騎士も、いつもより動きが鈍いような気がする。
まぁ、仕方ないよなぁ。
ここのところ、ずっと働きっぱなしだったんだから。
戦って、移動して、また戦って。ようやくマバール城へ戻ってきたところだというのに、俺が昨日のうちに集合を命じてしまったわけだ。
別に無理をさせるつもりだったわけじゃないんだが、昨日の段階では今日の予定が分からなかったからな。
しかし、こうして改めて顔を見てみると、今すぐ何かを命じる必要もなさそうだ。
当然だが、善良王は捕らえられている。
父上とも話したが、処刑についてはすでに方針が決まっているし、それを取り仕切るのはアル兄さんだ。
もちろん、何も起こらないと決まったわけではない。
戦争が完全に片づいたわけでもないし、善良王の処刑が終わるまでは何があるか分からないからな。
ただ、今のところ俺たちが動かなければならないような話は聞いていない。
それなら、せっかくの機会だ。
休ませてしまうか。
俺だって休みたいしなぁ。
今朝、父上とアル兄さんが忙しいという話を聞いた時は少し寂しかったが、考えてみれば俺まで無理に忙しくなる必要はない。
アル兄さんとの約束も、遅い時間になる見込みだ。
それまでずっと暇を持て余しているのも何だし、ベルと遊んでやりたい。
あの子は俺が戻ると言っただけで、あんなに嬉しそうな返事をしてくれたからな。
俺が戻るまで、ちゃんと腹いっぱい食べてくれているだろうか。
……いかん。
もうベルのことを考えている。
まずは騎士団だ。
俺はもう一度、目の前の連中を見渡した。
休める時に休ませるのも仕事だろう。いざ何かあった時に、疲れきっていて動けませんでした、なんてことになったら困るからな。
それに、休暇を取らせたからといって、こいつらが急に使い物にならなくなるとも思えない。
そう判断すると、わざわざ集めておいて少し申し訳ない気もしたが、俺は口を開いた。
「よし、善良王の処刑が終わるまでは休みとする!」
騎士たちの間に、わずかな動きがあった。
何人かが顔を見合わせ、こちらを見直す。突然休みだと言われたのだから、少し驚いたのかもしれない。
セバスチャンはそんな連中を横目に見てから、俺へ顔を向けた。
「そうしますか」
「ああ、ここのところ働きっぱなしだったからな。いい機会だろう」
そう答えると、セバスチャンは納得したように頷いた。
こいつもずっと働いていたからなぁ。
俺があちこち動き回るたびについてきて、戦場でも何かと面倒を見てもらった。今さら休みを取らせたくらいで、その苦労が帳消しになるわけではないが。
まぁ、せめてゆっくり休んでもらおう。
もっとも、このクソじじいが素直に大人しくしているかどうかは知らんけど。
セバスチャンは俺から騎士たちへ向き直ると、いつものよく通る声を張り上げた。
「よし、お前ら聞こえたな! しばらくは休みだ! だが訛るんじゃねえぞ!」
おいおい。
休暇だと言っているのに、いきなりそれか。
まぁ、こいつらしいけどな。
セバスチャンの言葉に、騎士たちはそれぞれ返事をした。
休みの間も身体を動かしておけ、という意味なんだろうが、せっかく休暇をもらえるのだから、少しくらいのんびりしても罰は当たらないだろう。
俺なら間違いなくのんびりする。
いや、そもそも俺は普段からのんびりしたいと思っているんだが。
解散を告げられた騎士たちは、次々にその場を離れていった。
せっかく集まったのに、仕事も命じられずに帰されるわけだが、特に文句を言う者はいない。
むしろ、なんとなく嬉しそうだ。
さっきまで少し硬かった表情が緩んだ奴もいるし、隣の騎士と何か言葉を交わしながら歩いていく奴もいた。
やっぱり疲れていたんだろうなぁ。
当たり前か。
俺だって疲れているんだから、こいつらが疲れていないはずもない。
そういえば、グレゴリオはどうだろう。
そちらへ目を向けてみたが、相変わらず表情が変わらない。
……うむ。
こいつは本当に分からんな。
休みが嬉しいのか、それとも別に何とも思っていないのか。顔を見ただけではさっぱりだ。
まぁ、休暇が嫌だというわけでもないだろう。
そう考えながら見送っていると、騎士たちが離れていくのを待っていたらしいセバスチャンが、そっと俺の近くへ寄ってきた。
「若様」
「ん?」
声が小さい。
さっきまで大声で騎士たちに命令していたのに、今度は俺にしか聞こえないような声だ。
何かあるのかと思って顔を向けると、セバスチャンは少し声を落としたまま尋ねてきた。
「やはり処刑ですか?」
ああ、善良王のことか。
そういえば、こいつにはまだ詳しく話していなかったな。
俺が休暇の期限を処刑までとしたので、確認したくなったのだろう。
「ああ、父上とも話したが、今が処刑すべき時だと俺も思う」
セバスチャンはすぐには答えず、俺の顔を見てから小さく頷いた。
「ふむ、あっしらは見れるんですかね?」
「ん? 処刑をか?」
「へい」
ほう。
処刑を見たいのか。
俺としては、わざわざ見に行くほど面白いものでもないと思うんだがなぁ。
とはいえ、この世界では処刑というのはそれなりに大きな出来事だ。
城下で平民が処刑される時なんか、かなり大勢の見物人が集まる。
年に数回ほどだが、別に珍しすぎるというほどでもないしな。
見物する側からすれば、一種の催しみたいなものなのだろう。
俺には、あまり理解できない楽しみ方なんだが。
もっとも、騎士身分以上になると話は違う。
そういった者は基本的に城の中で処刑されるから、平民が気軽に見物することはできない。
まして今回は、元とはいえ王だ。
城下の誰もが自由に見物できるような処刑にはならないだろう。
そうなると、セバスチャンが見たいと言ったところで、簡単に見られるものではないかもしれない。
だが、頼むくらいならできるか。
「見たいなら頼んでみるが?」
そう言うと、セバスチャンは少しだけ表情を動かした。
「出来ればでいいんで頼んます」
「ああ、無理なら諦めろよ」
「へい」
うむ。
これでいいだろう。
どうせ今日、アル兄さんに会うことになっているんだからな。
善良王との面会を頼むついでに、セバスチャンが処刑に立ち会えるか聞いてみればいい。
もちろん、アル兄さんが許可してくれるかどうかは分からない。
処刑を取り仕切るのはアル兄さんなのだから、その判断に従うしかないしな。
それにしても……。
俺は改めてセバスチャンを見た。
こいつ、そんなに処刑を見たいのか?
別にそんな趣味があるようには思えないんだが。
まぁ、戦場で何人も斬ってきた奴だから、今さら人が死ぬところを見て怖がるようなことはないだろう。
しかし、それと処刑を見たいというのは別の話だ。
戦場と違って、処刑される相手は抵抗できない。
俺からすれば、結果が決まっているものをわざわざ見物しても、それほど面白くないんだけどなぁ。
何か理由があるのだろうか。
「だが、そんなに見たいのか?」
そう尋ねると、セバスチャンは俺から少し視線を外した。
それまでの軽い調子とは違って、何とも言えない顔をしている。
「まぁ、一応は王だった訳ですからね」
……ふむ。
王だったから、か。
確かにそうだな。
ユーディリアは善良王などと呼ばれているが、エルディア王国の国王だった男だ。俺たちも帝国貴族となるまで一応仕えていた事になる。俺にはほとんどそんな意識は無いが。
その男が捕らえられ、今度は処刑される。
そう考えると、普通の貴族や騎士が処刑されるのとは、やはり少し違うのだろう。
ただ、どうもそれだけではないような気がする。
セバスチャンの顔を眺めてみる。
何だろうな、この表情は。
少なくとも、同情しているようには見えない。
かわいそうだと思っているような顔でもないし、処刑に不満があるようにも見えない。
かといって、単純に楽しみにしているようにも思えなかった。
うーん。
なんと言えばいいんだろう。
懐かしさ、みたいなものだろうか。
何か昔のことでも思い出しているような、そんな顔に見える。
もちろん、セバスチャンが何を考えているのかまでは分からない。
こいつは俺よりずっと長く騎士をやっている。
俺の知らない戦場も、俺が生まれる前のことも、いろいろ知っているんだろう。
だからこそ、王だった男が処刑されるということに、何か思うところでもあるのかもしれない。
……まぁ、分からんけどな。
だが、何となく感じた。
こいつは見た方がいいんじゃないか、と。
理由をうまく説明しろと言われても困るんだが。
俺はセバスチャンの顔をもう一度見てから、頷いた。
「分かった。お前は参加出来るようにしてやる」
セバスチャンがこちらへ目を戻した。
ん?
そんな顔をすることか?
さっき頼んでみると言ったばかりなんだから、別に驚くようなことでもないと思うが。
まぁ、俺としては少し気が変わったというか、できれば参加させてやりたいと思ったわけだ。
セバスチャン一人くらいなら、何とかなるだろう。
もちろん、アル兄さんの許可は必要だが、俺が直接頼むんだから、そう無茶な話でもないはずだ。
善良王との面会の件もあるし、忘れずに話しておかないとな。
アル兄さんは忙しいというのに、さらに頼み事が増えてしまうわけだが……。
うむ。
申し訳ない。
まぁ、こればかりは仕方ないか。
「感謝しやす」
セバスチャンがそう言って、軽く頭を下げた。
おお。
珍しいな。
こいつに改まって感謝されると、なんだか妙な感じがする。
普段は何かにつけて俺に文句を言ったり、皮肉を飛ばしてきたりするくせに。
いや、もちろん、仕事に関してはいつも助けてもらっているし、こいつが俺に忠実なのも分かっている。
だからこそ、こういう時の素直な礼というのは、少々落ち着かない。
俺は思わず口元を緩めた。
「お前に感謝なんかされると、後が怖そうだな」
セバスチャンは一瞬こちらを見て、それから口元を歪めた。
ああ、いつもの顔だ。
やっぱりこいつは、妙にかしこまっているより、その方が似合っている。
そう思った途端、俺も可笑しくなってしまった。
セバスチャンも笑い始める。
まったく、こいつとは長い付き合いになったもんだ。
最初の頃から、随分と世話になっている。
今でも時々、言うことを聞いてくれないというか、余計なことを言うというか……まぁ、そういうところも含めて信用しているんだが。
王だった男の処刑という、あまり愉快でもない話をしていたはずなのに、気がつけば二人で笑っていた。
次の更新は、20時の予定です。




