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魔力が強いやつがモテる世界に生まれ変わったのでモテる為にがんばります  作者: 伊右衛門


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第三十七話 五つの魔法


 ルクレ家の屋敷へ向かう街道には、人の気配がほとんどなかった。


 帝国内を荒らし始めてから、こういう道の静けさには何度も触れてきた。使われていない道ではない。轍は残っているし、道端の草は踏まれている。だが、荷車が列を作って進むような大きな街道ではなく、地方小貴族の屋敷へ続く脇道に近い。周囲には低い林と畑が広がり、遠くに小さな村らしき屋根がいくつか見える程度だった。


 こういう場所なら、感知魔法も使いやすい。


 帝都の外市街や宿場の中では、感知魔法を広く使うのは危険だ。魔力持ちがいれば、こちらの魔力の動きに気づくかもしれない。感知魔法は便利だが、使えばこちらの手元もわずかに動く。敵地で無闇に魔力を広げるのは、暗がりで灯りを掲げて歩くようなものだ。


 だが、今は違う。


 人気の少ない街道で、周囲に強い魔力反応はない。ギルは馬上で手綱を緩く握りながら、感知魔法を使っていた。


 薄く伸ばした魔力を、自分を中心に全方向へ広げる。


 空間そのものを丸ごと捉えるような感覚だ。前世で見たレーダー探知機に近いと思っているが、機械のように一方向ずつ探る必要はない。魔法なら、最初から周囲全体へ触れられる。


 返ってくる反応が、頭の中に光点として浮かぶ。


 近くにあるのは、セバスチャンたちの魔力。騎士としてはよく鍛えられ、実戦慣れした反応だ。もちろん、貴族ほど濃くはないが、兵や平民とはまったく違う。ダリアは何も返さない。魔力を持たない彼女は、感知魔法の中では空白のままだ。だからこそ、視界の端で必ず位置を確認しておく必要がある。


 遠くに一つ。


 屋敷の方角。


 静かで整った魔力反応。


 ギルはその光点を、以前の記憶と重ねる。


 エレオノーラ殿の魔力は覚えている。


 しばらく行動を共にしたのだ。馬車との距離を保ちながら進み、野営し、大河を渡り、帝都の近くまで来た。彼女はそこまで強大な魔力を持つ貴族ではないが、魔力には人ごとの癖がある。声や歩き方と似ているかもしれない。近くにいれば、なんとなくだが覚えられる。


 今、屋敷の方角にある反応は、たぶんエレオノーラ殿だ。


 ギルはまだ断定しなかった。


 近づけばもっとはっきりする。


 それに、感知魔法で分かるのは魔力だけだ。平民の伏兵は分からない。罠も分からない。毒も分からない。腐銀のようなものが用意されていたとしても、それを感知魔法で拾えるとは限らない。だから、感知魔法だけを信じて安心するほど俺は素直ではない。


 そもそも魔法というものは便利だが、万能ではない。


 この世界の魔法は、だいたい五つの系統に分けられる。


 攻撃魔法。


 実に分かりやすい。魔法で攻撃すれば、だいたい攻撃魔法だ。焼き払おうが、貫こうが、爆ぜさせようが、相手や物を壊すために使えば攻撃魔法と呼ばれる。もちろん、細かく爆発魔法だの貫通魔法だのと言う者もいるのだろうが、一般的には攻撃魔法でまとめられる。俺も普段はそう扱っている。わざわざ名前を増やしても面倒なだけだしな。


 防御魔法。


 これもそのままだ。守る魔法である。全身を包もうが、前面だけを固めようが、矢や剣を弾こうが、攻撃魔法を受けようが、防御なら防御魔法だ。攻撃魔法ほど派手ではないせいか、あまり細かく分けて呼ばれている印象はない。だが、地味だから重要でないわけではない。貴族同士の戦いでは、防御魔法の差で生死が決まる。


 肉体強化魔法。


 これも分かりやすい。肉体を強化する魔法だ。自分の力や速さ、耐久を高めるだけではなく、周囲の者を強化することもできる。一般的には、一定範囲内の者をまとめて強化する使い方が多いらしい。俺の場合は、個々人を魔力で繋ぐような感覚で強化している。前世の知識で言えば、同じ電源から別々の機械に線を繋いでいるような感じだろうか。いや、口に出すと意味不明だな。


 治癒魔法。


 傷を癒す魔法だ。この世界では回復魔法ではなく治癒魔法と呼ばれる。俺は、肉体を活性化させて回復を促しているから治癒魔法なのだろうと考えている。傷は治すことができるんだが、病を治すのは苦手なんだよな。肉体を活性化させて抵抗力を高めることはできるから無駄ではないが、ガンなどだと逆効果になるかもしれない。前世知識があるせいで、こういう嫌な想像もしてしまう。


 そして感知魔法。


 魔力を感知する魔法だ。


 うん、そのままだな。


 ただ、これも人によって使い方が違う。目を凝らすように使う者もいれば、耳を澄ますように使う者もいる。中には肌で感じるように使う者もいるらしい。俺は前世のレーダー探知機のイメージで使っている。自分を中心に周囲を立体的に捉え、反応を光点として拾う。強さ、濃さ、揺らぎの違いで、ある程度相手を識別する。


 我ながら、これはかなり上手く使えていると思う。


 もっとも、目を凝らすとか耳を澄ますとか言っている使い方は、実は肉体強化魔法に近いんじゃないか、と少し思う時もある。視覚や聴覚を強化しているだけではないのか、と。だが、この世界では感知魔法と呼ばれている。分類とはそういうものなのだろう。学者でもない俺が口を出す話ではない。


 貴族や騎士は、得手不得手はあっても、だいたいこの五つを覚えている。


 もちろん、騎士と貴族では地力が違う。魔力容量も魔力強度も全く違う。一般的な騎士は、貴族と同じ土俵には立てない。だから同じ攻撃魔法でも、騎士と貴族では威力も持続も違うし、同じ貴族同士でも使い方はそれぞれ違う。


 魔法とは、魔力操作と個人のイメージによって効果が変わるものなのだ。


 同じ結果、同じ攻撃魔法でも、俺とセバスチャンでは魔力操作が違う。同じ変化球でも投げ方や握り方が違うようなものだ。結果として同じように曲がる球を投げていれば同じ変化球なのであって、投げ方が違うから別の何かになるわけではない。


 五つ以外にも、使い手が多い魔法はある。


 たとえば冷暖魔法。


 俺は内心でエアコン魔法と呼んでいる。周囲の熱を調整する魔法だ。暑い部屋を涼しくしたり、寒い寝室を温めたりできる。貴族に仕える魔力を持つ使用人が覚えていることが多い印象だな。かなり便利だし、正直ありがたい。だが、貴族や騎士が積極的に覚えたがる魔法ではないらしい。


 たぶん、かっこ悪いからだ。


 貴族や騎士が覚えるにふさわしい魔法ではない、という感覚があるのだろう。攻撃魔法や防御魔法、肉体強化魔法は戦場で目立つ。治癒魔法も貴族として重要だ。感知魔法は警戒に役立つ。だが、冷暖魔法は快適さのための魔法という扱いになりやすい。


 俺は面白いので覚えているけどな。


 せっかく異世界に転生したのだ。使える魔法はできるだけ覚えたい。使うかどうかは別だ。覚えておけば、どこかで役に立つかもしれない。少なくとも、暑い日に涼しくできるのは偉大である。


 ただ、ここで気をつけなければならないのが個人魔法だ。


 個人や家系にしか伝わっていない魔法。


 たいていの場合、一般に共有するほどでもない魔法が多い。豚を探す個人魔法、みたいな話もある。ガキの頃から森で豚を探していたら感知魔法が変化してできたとか何とか。役に立つかどうか微妙だが、本人にとっては便利なのだろう。少なくとも、それを俺が習う暇はない。


 だが、中にはとんでもない魔法が混じっている可能性もある。


 だから油断できない。


 魔法の覚え方には、口頭で説明されて学ぶやり方もある。だが、手っ取り早いのは、魔法を使う相手に触れて、相手の魔力がどの程度の強さで、どんな感じに動いているかを感じ取ることだろう。何人かに同じ魔法を使ってもらい、共通項を感じ取るイメージだな。一人の真似ではなく、複数の使い方から核になる部分を拾う。


 ちなみに、俺は基本的な魔法を女の使い手から感じ取って覚えた。


 五大魔法みたいなものなら、たいていの魔力を持つ者が使える。個人魔法のような特殊なものは別として、基本魔法なら使い手に困ることは少ない。上手い使い手や強い使い手が男だったとしても、男に触って覚えるのは嫌だったのだ。


 そこは譲れない。


 俺は周囲から魔法の才能があると思われることが多い。


 覚えるのは早いし、使うのも上手いらしい。攻撃魔法も感知魔法も、肉体強化魔法も、同年代どころか大人の貴族と比べてもかなり扱える方だろう。だが、俺は自分のことを魔法の天才だとは思っていない。


 俺の強みは、あくまでバカみたいな魔力容量と高い魔力強度、それから前世由来のイメージの多さだ。


 攻撃魔法を爆撃のように使ったり、光線のように貫かせたり、砲弾のように遠くへ飛ばしたりできる。感知魔法も、全方位を立体的に捉えたり、必要な方向だけへ絞ったりできる。そういう運用の幅は、前世知識があるからこそだと思う。


 そして、バカ魔力があるからいくらでも試せる。


 普通の貴族なら、一度二度試して疲れるような魔力操作でも、俺は何度も試せる。失敗しても、まだ魔力が残っている。出力を上げても押し通せる。そうやって繰り返せるから、既存の魔法を上手く使ったり、威力を高めたり、違う形で運用したりするのは得意になった。


 だが、新しい魔法をゼロから創り出したことは一度もない。


 俺には、新しい魔法を思いつく一種の閃きのようなものはないのかもしれない。既存の魔法を別のイメージで使うことはできる。分類上は同じ攻撃魔法でも、焼く、貫く、落とす、押し潰すという運用を変えられる。だが、誰も見たことのない全く新しい魔法を生み出したわけではない。


 まあ、諦めてはいないけどな。


 せっかく魔法のある世界に生まれたのだ。いつか一つくらい、俺の個人魔法と呼べるものを作ってみたい気持ちはある。ただ、それが役に立つかどうかはまた別だ。豚探し魔法のようなものを作っても困る。いや、豚探し魔法も場合によっては役に立つかもしれないが。


 何だか思考がとっ散らかってきた。


 要するに、何が言いたいかと言えば。


 エレオノーラ殿一人でも、決して油断できないということだ。


 未知の個人魔法を持っている可能性はある。アバルディア家に伝わる何かがあってもおかしくない。彼女自身が持っていなくても、平民の伏兵、毒、腐銀、屋敷そのものに仕掛けられた罠。感知魔法で拾えるのは魔力だけで、人の悪意や床板の下に仕込まれたものまでは分からない。


 ギルは馬上で息を吐いた。


 前方に、ルクレ家の屋敷が見えてきた。


 大きすぎず、小さすぎない屋敷だった。地方小貴族の屋敷としては自然な規模だろう。高い城壁はないが、石造りの外塀があり、門の左右には古い木が立っている。屋敷の屋根は赤茶色で、窓は多くない。周囲には畑と小さな林があり、遠くから見れば、特に目立つ場所ではなかった。


 隠れるには悪くない。


 秘密の会談場所としても、悪くない。


 ギルは感知魔法を少し絞り、屋敷の周辺だけをより細かく捉えた。


 広く見る時とは感覚を変える。


 全方向へ立体的に捉えていた意識を、屋敷とその周辺へ寄せる。自分を中心にした空間の中で、屋敷の輪郭を思い浮かべるようにしながら、魔力反応だけを拾い直す。


 反応は一つ。


 さっきより、はっきりした。


 エレオノーラ殿だ。


 あの静かで整った魔力の揺らぎ。道中、馬車の中からこちらを観察していた時の気配と同じ。ギルは何度も確認し、他に騎士や貴族の魔力反応がないことを見た。少なくとも、感知魔法で拾える範囲に他の魔力持ちはいない。


 平民は分からない。


 そこはセバスチャンたちの目に任せる。


「若様」


 セバスチャンが馬を寄せた。


「どうです?」


「ふむ」


 ギルは屋敷を見たまま答えた。


「エレオノーラ一人だけだな」


「他の魔力持ちは?」


「いない。少なくとも、俺が拾える範囲にはな」


「平民は」


「分からん。だからお前たちが見ろ」


「へい」


 セバスチャンが軽く手を上げると、オルドとジノたちが自然に位置を変えた。前へ出すぎず、退路を塞がず、屋敷の周囲を見る。ダリアはギルの少し後ろにいる。彼女は無表情だったが、灰色の目は屋敷の門と窓を細かく追っていた。


「ダリア」


「はい」


「この屋敷に詳しいか」


「詳しくはありません。ただ、ルクレ家はアバルディア寄りの小貴族です。エレオノーラ様が管理しているという話は、不自然ではありません」


「罠に使うにも便利か」


「……はい」


「正直でいい」


 ダリアは口を閉じた。


 ギルは赤布を整えた。


 ここへ来るまで、ずっと巻いている。屋敷の中へ入っても外すかどうかは相手次第だ。エレオノーラ殿と会うなら素顔でもいい気はするが、今の立場は山賊だ。アバルディア家とマバール家が表立って繋がることはない。形は大事にしなければならない。


 面倒だが、貴族は形で生きている。


 今は山賊だけど。


 ギルは馬を降りた。


 地面は少し湿っている。靴底に土がついた。屋敷の門は閉じていない。だが、開き切ってもいない。中からこちらを見ている平民の使用人らしき男が一人いる。魔力はない。武装しているようにも見えない。


 ギルは一歩進んだ。


 屋敷の中にある魔力は、やはり一つ。


 エレオノーラ殿だけ。


 だが、油断はしない。


 個人魔法。


 平民の伏兵。


 毒。


 腐銀。


 可能性を数え上げればきりがない。


 それでも、会う価値はある。


 帝国内の火種は燃え始めている。ザザント家系が襲われ、メガレス家系への疑いが広がり、アバルディア家が動こうとしている。ここでエレオノーラ殿が何を言うかを聞かない理由はない。


「では、会うとしよう」


 ギルはそう言って、ルクレ家の門へ向かった。

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