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魔力が強いやつがモテる世界に生まれ変わったのでモテる為にがんばります  作者: 伊右衛門


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第三十六話 火種の行方


 帝国内の街道は、日を追うごとに落ち着きを失っていった。


 最初に変わったのは、宿場で向けられる目だった。門のそばで荷を降ろしていた男が手を止め、井戸へ向かっていた女が子どもの肩を引き寄せ、商人たちは荷車の布をやけに丁寧にかけ直す。誰も声を上げて逃げはしない。だが、誰もこちらをただの旅人とも見ていなかった。


 貴族の屋敷が焼かれている。


 財が奪われている。


 屋敷にいた者が戻らない。


 そういう噂だけが、煙の匂いよりも先に街道を渡っていた。


 ギルたちの姿がその噂と結びついているわけではない。襲撃した屋敷に、こちらの姿を見たまま生き残った者はほとんどいない。赤布を巻いた一団などという具体的な話が広まっているなら、それは宿場や街道で見かけた別の記憶と、屋敷焼き討ちの話が勝手に混ざったものだろう。今、平民や商人たちが知っているのは、貴族屋敷が襲われ、火を放たれ、財が消えたという事実の欠片だけだった。


 それで十分だった。


 姿の見えない山賊ほど、噂の中では強くなる。


 誰がやったか分からない。どこから来るか分からない。狙われる家も完全には読めない。そうなれば、屋敷を持つ者は門を固め、騎士を呼び、近隣の家を疑う。守りに人を割けば、動かせる手は減る。疑いが増えれば、味方同士の会話も重くなる。


 ギルは馬上でそれを見ていた。


 道端の畑では平民たちが黙々と土を起こし、荷車は車輪を軋ませながら宿場へ向かう。騎士らしい男が二騎、街道の脇に立っていたが、こちらへ近づくことはなかった。ギルたちは赤布を巻いていない。旅の傭兵にも見える程度の装いで、魔力もできるだけ抑えている。正体不明の一団ではあるが、この荒れた街道では正体不明など珍しくもない。


 ただ、油断はしない。


 敵地で広く感知魔法を広げるような真似はしない。必要な時だけ、狭く薄く周囲へ触れる。今も、ギルが拾っているのは近くの騎士の魔力と、自分たちの一行の気配だけだった。平民の視線や嘘までは分からない。そこは目で見て、耳で聞いて、セバスチャンたちの動きで補う。


 その日、ダリアが選んだ街は、街道が二つ交わる場所にあった。


 城壁を持つ大都市ではないが、宿場よりはずっと大きい。木と石を組んだ二階建ての商家が並び、通りの真ん中を荷車が何台も通れる。馬の臭い、煮込んだ肉の匂い、濡れた革の匂いが混じっている。雨上がりなのか、石畳の隙間には泥が残り、荷車の車輪が通るたびに湿った音がした。


 宿は街の中心から少し外れた場所に取った。


 主人は最初、セバスチャンの顔を見て明らかに怯えた。だが、銀貨を見て態度を整え、余計な詮索を飲み込んだ。金は人を正直にはしないが、黙らせることはできる。ギルは二階の部屋に入ると、窓の木枠越しに通りを見下ろした。


 街はざわついている。


 ただの市日の騒がしさではない。商人が客と話しながら周囲の声を拾い、酒場の戸口では兵崩れのような男たちが声を落としている。旅人たちも、通り過ぎる荷車より街道の先を気にしていた。


 ギルは茶を口へ運んだ。


 薄い。


 外市街で見つけた緑茶とは違い、香りが弱く、苦みだけが舌に残る。レティシアが淹れた茶が恋しくなる味だった。


「セバス」


「へい」


 椅子を勝手に引いて座っていたセバスチャンが、肉の切れ端を噛みながら顔を上げた。


「街が騒がしい」


「そのようで」


「拾ってこい。目立たない範囲でいい」


「あっしが目立たないってのは難しいですぜ」


「酒場に行けば、お前みたいな顔のやつは一人くらいいるだろ」


「若様もひでえことを言いやすな」


 そう言いながらも、セバスチャンは笑って立ち上がった。オルドとジノにもそれぞれ別の場所を探らせる。厩、荷受け場、酒場、屋台の裏。広く聞き回る必要はない。むしろ聞き回れば怪しまれる。酒を飲み、肉を買い、馬の具合を見せながら、自然に耳へ入る言葉を拾えばいい。


 ダリアは部屋に残した。


 彼女は帝国の家関係に詳しい。だが、だからこそむやみに外へ出すと、見る者が見れば何かを感じ取るかもしれない。魔力はない。感知魔法には引っかからない。だが、所作や言葉、知りすぎていることそのものが目立つ時もある。


 しばらくして、階下から低い笑い声と酒杯の当たる音が聞こえてきた。


 ギルは窓から通りを眺め続ける。


 ザザント、という言葉が一度聞こえた気がした。


 遠すぎる。


 確かではない。


 だが、耳に引っかかった。


 ギルたちはザザント家系には手を出していない。帝都への長距離攻撃でも、メガレス、アバルディア、フリージアの屋敷群へは攻撃魔法を落とし、ザザントの方角だけ不自然に残した。その後の襲撃でも同じだった。メガレス家系を中心に焼き、疑いを薄めるためアバルディア家系やフリージア家系にも手を出したが、ザザント家系だけは避けた。


 その名前が、今、街のざわめきの中に混じっている。


 火種は、やはり燃え始めているのかもしれない。


 夕方近くになって、セバスチャンが戻ってきた。


 酒の匂いをまとっている。顔はいつも通り凶悪で、少しだけ楽しそうだった。ギルは眉を寄せる。


「飲みすぎるなと言ってないが、飲みすぎるな」


「言ってますぜ、若様」


「で?」


「襲われたのはザザント家系の屋敷らしいですな」


 部屋の空気が締まった。


 ダリアが微かに目を細める。


「場所は」


「ここから北東へ二日ほどの小領主の屋敷。あっしらは行ってねえ場所です」


「間違いないか」


「噂ですからな。ただ、別々の口から似た話が出ました。ザザント家に連なる貴族の屋敷が燃えた。騎士が死んだ。財もいくらか奪われた。ですが、何人か生き残りがいるようで」


「生き残りか」


 ギルは短く呟いた。


 それは大きな違いだった。


 ギルたちなら、生存者は基本的に残さない。貴族はギルが確実に殺す。騎士や兵はセバスチャンたちが処理する。使用人や目撃者も逃げれば追う。完全という言葉は簡単には使えないが、少なくとも、屋敷の中で見た者が証言できる形で残るような襲撃はしない。


 つまり、今回の襲撃者は別だ。


 そして、ツメが甘い。


「襲った相手は」


 ギルが尋ねると、セバスチャンは肩をすくめた。


「はっきりとは。ただ、生き残った騎士がメガレス家系らしい者を見たと騒いでるそうで」


「メガレス家そのものか」


「そこまでは誰も分かりやせん。紋に似たものを見ただの、メガレス家系の小貴族に仕える騎士を見ただの、話はばらばらで」


 分かりやすくなった。


 メガレス家そのものが正式に命じたとは限らない。だが、メガレス家系のどこかの貴族、あるいはメガレス家内部の皇帝候補の一派が、ザザント家を疑って手を出した可能性は高い。噂は噂でしかないが、生き残りの証言があるなら火は広がる。


 ギルはダリアへ視線を向けた。


「アバルディアは動いているか」


「私の知る限りでは、動いておりません」


「お前が知らないだけの可能性は」


「あります。ですが、今この段階でザザント家系を襲うなら、私に知らせない理由が薄いと思います。少なくとも、アバルディア家として動いたとは考えにくいです」


「フリージアは」


「そこまで強く動けるとは思えません」


「だよなぁ」


 ギルは椅子の背に体を預けた。


 メガレス家系の誰か。


 そう考えるのが自然だった。


 帝都でザザント家だけが目立って無傷だった。その後の襲撃被害でもザザント家系は避けられている。メガレス側の誰かが疑い、先に削りにいった。家全体の命令ではないかもしれない。候補者の一派かもしれない。近い貴族の独断かもしれない。


 どちらでもいい。


 火種が燃えたことに変わりはない。


「ザザントはどう動くと思う」


 ギルはダリアに聞いた。


 ダリアは少しだけ考えた。


「無抵抗はあり得ません。ただ、すぐに表立って反撃するかは分かりません。メガレス家を正面から敵に回すには、証拠が弱すぎます」


「生き残りの証言だけでは足りないか」


「足りないというより、使い方が難しいです。証言があるからこそ疑えますが、それだけで大きく動けば、逆に罠に乗ったと思われる可能性もあります」


「なるほど」


 ダリアはこういう話になると、かなり冷静だった。


 アバルディア家に仕える女としての立場がある。ザザント家がどう動くかを考える時も、彼女は怒りや好き嫌いで話していない。どの家がどう疑われ、どの程度なら動けるかを見ている。


 使えるなぁ。


 やはり同行させて正解だった。


「放っておいても、ある程度は混乱するな」


 ギルが言うと、セバスチャンが喉の奥で笑った。


「若様の思惑通りで?」


「ある意味ではな」


 ギルは窓の外へ目を向けた。


 通りは夕方の色に沈み始めている。屋台の火が増え、馬の影が長く伸び、酒場の声が少しずつ大きくなっていく。平民たちにとって、皇帝継承は遠い話だ。だが、貴族屋敷が焼かれ、街道が荒れれば、遠い話ではなくなる。


 ギルたちの行動は紛争を解決するものではない。


 むしろ逆だ。


 紛争を広げるための軍事介入に近い。メガレス家を揺さぶり、ザザント家を疑わせ、アバルディア家を被害者に見せ、フリージア家にも火の粉を落とす。帝国を一枚岩にさせない。それが目的だった。


 だが、ただ混乱すればいいというわけではない。


 混乱が広がりすぎれば、商路が乱れる。流民が出る。盗賊が増える。国境沿いへ火の粉が飛ぶ。マバール領が面倒を背負うことになるなら、それはまったくお気楽ではない。


 ギルの望みは世界を燃やすことではない。


 自分が気楽に暮らせる場所を守ることだ。


 レティシアに茶を淹れさせ、豆の調味料を試し、セバスチャンにうるさく言われながらも、ほどほどに楽しく生きたい。そのために敵を燃やしている。言葉にすると、なかなか酷い理屈だが、この世界ではそれで通る。


「やはり、アバルディアとザザントがある程度手を組むところまでは仕事するか」


 ギルが呟くと、ダリアの目がわずかに動いた。


「そこまでお考えですか」


「メガレスが強いまま帝国をまとめるのは困る。だが、帝国全体が無秩序に崩れても困る。アバルディアとザザントが近づき、メガレスが孤立する形が一番扱いやすい」


「簡単ではありません」


「知ってる」


「ザザント家は疑い深い家です」


「だから、メガレス家系に襲われた事実が必要なんだろう」


 ダリアは口を閉じた。


 その沈黙は、否定ではなかった。


 数日が過ぎた。


 ザザント家系の屋敷が、また襲われた。


 今度もギルたちではない。場所が違う。距離も離れている。襲撃のあった夜、ギルたちは別の宿場で堂々と飯を食べていた。証人はいくらでもいる。もっとも、証人が必要な立場ではない。こちらは山賊で、表向き何者でもないのだから。


 噂によれば、また生き残りがいたらしい。


 襲い方はやはり雑だった。


 火は放たれ、財も奪われ、騎士も死んだ。だが、貴族の親族が一人逃げ、使用人が数人外へ出た。そこでまた、メガレス家系らしい者を見たという話が広がる。真実かどうかは分からない。ただ、噂になるには十分だった。


 帝国内部の空気はさらに悪くなった。


 宿場では、護衛を雇う商人が増えた。騎士同士が通りで目を合わせ、すぐに逸らす。荷車につけられた紋を隠す者もいれば、逆にこれ見よがしに掲げる者もいる。街道の茶店では、メガレス家がザザントを潰すつもりだとか、ザザント家が裏で山賊を雇っていたとか、根も葉もない話が次々と生まれていた。


 ギルはそれを聞いても、否定しなかった。


 肯定もしない。


 ただ拾う。


 噂は事実ではない。


 だが、事実を動かすことはある。


 その間も、ダリアはアバルディア家と細く連絡を取っていた。


 ギルはそれを認めている。完全に信用しているわけではないが、連絡を断つ意味もない。アバルディア家が何を知り、何を望んでいるかを拾うには、ダリアの線が必要だった。彼女は騎士や貴族を使わない。魔力を持たない平民、商人の荷、宿場の下働き、布片や短い符牒を使う。


 感知魔法では、そういうものは拾えない。


 だから面倒で、だから使える。


 ある雨上がりの夕方、ダリアが戻ってきた。


 その日は小さな街道宿にいた。外の道はぬかるみ、厩の前には泥の跳ねた馬が並んでいる。宿の中は湿った外套と煮込みの匂いで重かった。ギルは部屋の窓辺で、火にかけた肉を眺めていた。少量の味噌っぽい豆調味料を塗って焼いている。匂いがよく、セバスチャンがやけに機嫌よく待っていた。


 ダリアは濡れた灰色の髪を軽く払うと、ギルの前へ立った。


「ギル様。アバルディア側が、会いたいそうです」


 ギルは肉を返す手を止めた。


「誰と」


「ギル様と」


「場所は」


「アバルディア家系の屋敷です。表向きは地方小貴族の屋敷ですが、管理はエレオノーラ様が握っているとのことです」


「使者は」


「平民が来ています。宿の外で待たせております」


「平民か」


 目立たないようにしたのだろう。


 騎士を寄越せば魔力で分かる。貴族ならなおさらだ。だが、平民なら感知魔法には引っかからない。普通の荷運びや下働きのように街へ入れる。


 ギルは焼いた肉を皿へ移し、椅子へ座った。


「通せ」


 しばらくして、使者が入ってきた。


 年は三十前後。背は高くなく、粗末な外套を着た平民の男だった。荷運びか商家の下働きのような姿で、手には小さな包みを持っている。魔力はない。男は部屋へ入ると、床に膝をつくほどではないが、かなり深く頭を下げた。


「お言葉をお預かりしております」


「聞こう」


「ルクレ家の屋敷にて、秘密裏にお会いしたいとのことです」


「責任者は」


「エレオノーラ様でございます」


「屋敷は」


「エレオノーラ様の管理する屋敷でございます」


 ギルは男を見た。


 エレオノーラ殿。


 彼女なら会う価値はある。


 個人としては信用できる。少なくとも、マバール城から帝国内部までの道中、彼女は状況を読み、必要なところでこちらへ道を示した。家の命令に逆らえるかは別だ。だが、彼女自身が責任者として出てくるなら、アバルディア家はまだギルを利用する気があるのだろう。


 もちろん、罠の餌としても優秀だ。


 今のギルは表向きただの山賊である。


 ここで殺されても、マバール家は抗議しにくい。抗議すれば、マバール家が帝国の皇帝継承に裏で関わっていたと自分から示すことになる。アバルディア家からすれば、ギルは便利で危険な存在だ。強すぎる。知りすぎている。消す価値は十分にある。


 ギルは静かに口を開いた。


「条件がある」


「承ります」


「会談場所で、エレオノーラ殿以外の魔力を感知したら、会談はしない」


 使者の肩がわずかに強張る。


「騎士も貴族もだ。隠れていても同じ。エレオノーラ殿の魔力は覚えている。他の魔力があれば、罠と判断する」


 ギルは少し間を置いた。


「その場合、離れるだけで済むかは分からない」


 使者は喉を鳴らしてから、深く頭を下げた。


「そのままお伝えいたします」


「平民は構わない。使用人まで全て追い出せとは言わない。ただし、武装させるな」


「承知いたしました」


「返事は」


「本日中に」


「分かった」


 使者はもう一度頭を下げ、部屋を出ていった。


 足音が遠ざかる。


 ギルはしばらく黙っていた。


「若様」


 セバスチャンが肉を見ながら言った。


「行くんで?」


「行く」


「罠なら」


「潰す」


「へい」


 セバスチャンはそれで納得したように笑った。


 ダリアは黙っている。表情は薄いが、少しだけ緊張しているように見えた。エレオノーラの名前が出たからか、それともギルの条件が苛烈だったからかは分からない。


「エレオノーラ殿なら、俺を倒すのはほぼ不可能だ」


 ギルは焼いた肉を一切れ口へ運んだ。


 香ばしい。


 少し塩辛い。


 だが悪くない。


「道中、何度も近くにいた。魔力も覚えている。あの人一人なら会える。他に貴族や騎士が潜んでいれば帰る。平民の伏兵は目で見るしかないが、それはお前たちの仕事だ」


「任せてくだせえ」


「ダリア」


「はい」


「エレオノーラ殿は罠に使われると思うか」


 ダリアは少しだけ沈黙した。


「無意味な罠には使われないと思います」


「意味があれば」


「使われる可能性はあります」


「いい答えだ」


 ギルは笑った。


 綺麗事より、その答えの方が信用できる。


 貴族家は必要なら身内も使う。孫娘であろうと、使者であろうと、駒になる時は駒になる。エレオノーラ殿自身がどう思うかと、アバルディア家がどう使うかは別だ。


 だが、ここで会わない理由はない。


 ザザント家系が襲われ、メガレス家系への疑いが広がり、アバルディア家が動きたがっている。火種はもう、ギルたちだけの手の中にはない。ここからどう燃やすか。どこで止めるか。アバルディア家が何を望んでいるかを聞く価値はある。


 ギルは赤布を手元へ引き寄せた。


 この布を巻けば、ギルバート・マバールではなくなる。


 いや、違う。


 ギルバート・マバールでありながら、そうではない顔で動くことになる。


 上品な山賊。


 実に面倒な立場だ。


「さて」


 ギルは窓の外を見た。


 雨上がりの街道は、夕焼けを受けて鈍く光っている。荷車の轍に水が溜まり、遠くの雲は赤く染まり始めていた。帝国の内側で生まれた疑いは、もう静かには消えないだろう。


「どうなるかな」


 セバスチャンが喉の奥で笑った。


「若様がそう言う時は、大抵ろくでもねえことになりやす」


「今回は俺だけのせいじゃない」


「だけ、ですかい」


「だけ、だ」


 ダリアがそっと目を逸らした。


 ギルは見なかったことにして、皿の肉をもう一切れ取った。味噌っぽい豆調味料の香りが、雨の湿気に混じって小さく立ち上る。


 こんな状況でも、美味いものは美味い。


 それを感じられるなら、まだ自分は壊れていない。


 必要なら殺す。


 必要なら焼く。


 だが、それだけになったわけではない。


 レティシアへの茶葉を思い出し、豆調味料をどう持ち帰るか悩み、セバスチャンの嫌味に腹を立てる。そういうどうでもいいことを考えられる余地がある限り、ギルは自分の目的を見失わないで済む。


 お気楽に生きるために、もう少しだけ帝国を燃やす。


 そう考えると、我ながらかなりひどい。


 だが、この世界では、それくらいでちょうどいいのかもしれなかった。

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