第三百六十話 ギルバートと愉快な仲間たち
結局、俺たちはあの後ほとんど移動せず、野営に入ることになった。
理由は簡単だ。
グレゴリオの馬がない。
いや、本人は歩くと言っていたんだけどな。あの大きな身体なら、多少の距離を歩くくらい何でもないのかもしれない。だが、俺たちは全員馬に乗っている。それなのに新入りのグレゴリオだけを歩かせるというのは、どう考えてもいじめにしか見えない。
別にいじめるために仲間にしたわけじゃないしな。
そんなわけで、川を渡ってから大して進まないうちに、適当な場所を見つけて野営の準備を始めた。
日が落ちる頃には焚き火が起こされ、周囲では騎士たちがそれぞれの仕事を済ませている。少し離れたところには馬たちが繋がれ、川の流れる音に混じって、時折その鼻息が聞こえてきた。
俺は焚き火の前に腰を下ろし、向かいに座るグレゴリオを眺めた。
でかいな、こいつ。
立っている時も思ったが、座っていても存在感が凄い。禿頭に髭モジャという暑苦しい顔つきも相まって、焚き火に照らされた姿はなかなか迫力がある。
隣に座っているセバスチャンと比べても、随分と大きく見える。
まぁ、強いのは確かだ。
さっきの勝負でも、力だけなら相当なものだった。魔力反応から想像していたより、ずっと手応えがあったしな。
問題は、そんな大男を乗せる馬がないことだ。
「さて、どうするかな? 一度、戻るか?」
俺がそう言うと、セバスチャンは焚き火に目を向けたまま首を横に振った。
「そこまではせんでいいでしょう。何処かで仕入れてきますぜ」
「ああ、そうか。まぁ、流石に軍馬は無理だろうがな」
「まぁ、何とかしやすよ」
ふむ。
確かに、馬一頭のために引き返すというのも馬鹿馬鹿しい。
それにセバスチャンなら、それなりに良い馬を選んでくれるだろう。こいつは馬の扱いにも慣れているし、年の分何かと経験があるからな。俺が適当に選ぶより、ずっと信用できる。
問題はグレゴリオ自身がどう思うかだが。
「それでいいか?」
俺が尋ねると、グレゴリオは大きな身体を少し前へ傾けた。
「申し訳ない」
「必要経費だ、気にするな。払うのはセバスチャンだしな」
そう言ってやると、隣から苦笑する声が聞こえた。
「払うのはあっしですが、元々は若様の金ですぜ」
「ああ、そうだったな」
まぁ、確かにそうなんだが。
どうも自分で持っていないと、自分の金という感じがしないんだよなぁ。
必要な時にはセバスチャンが出してくれるし、俺が財布を持ち歩いているわけでもない。だから、ついついこいつが払っているような気分になってしまう。
いや、実際に払っているのはセバスチャンなんだけど。
そんなことを考えていると、妙な視線を感じた。
顔を上げる。
グレゴリオが俺をじっと見つめていた。
……なんだ?
禿頭髭モジャの大男に見つめられても、別に嬉しくないんだが?
しかも、こいつはほとんど表情を変えない。焚き火の向こうから無言で見つめられると、何を考えているのかさっぱり分からん。
「どうした?」
尋ねてみたが、グレゴリオは何か言いかけたように口を動かしただけだった。
なんだろうな。
俺が首を傾げていると、隣でセバスチャンが小さく声を上げた。
「ああ」
「なんだ?」
「若様、また名乗っとらんでしょう」
「……そうだっけ?」
そう言われて考えてみる。
そういえば、名乗った覚えがないな。
いや、最近は何だか名乗れない役目が多かったから、つい忘れるんだよなぁ。名前を出せない相手だったり、そもそも名乗る必要がなかったり。
その癖が残っているらしい。
そうか、こいつは俺の名前を知らないのか。
まぁ、雇われた相手の名前くらい知りたいよな。
「ギルバート・マバール。帝国貴族だ」
そう名乗ると、グレゴリオの目が僅かに見開かれた。
「……あの……ギルバート・マバール殿でしたか」
「ん?」
なんだ、その反応。
俺ってそんなに有名だったっけ?
マバール家なら国境沿いではそれなりに知られているだろうが、こいつが知っているのは俺個人らしい。
「善良王を王城より連れ去った武勇伝は、今有名ですぞ」
「……あれが?」
「はっ」
武勇伝ねぇ。
あれって武勇伝になっているのか。
単なる誘拐なんだが。
もちろん、王城に乗り込んだわけだから、多少は派手なことをした自覚もある。だが、俺からすれば、必要だから善良王を攫ってきただけだ。
世間では随分と立派な話になっているらしい。
まぁ、いいか。
「ギルバート・マバールと愉快な仲間たちだ」
適当にそう言うと、セバスチャンが呆れたように笑った。
「レダリエ騎士団でしょうが」
「ああ、そうだったな」
別に間違っていないだろう。
愉快な仲間たち。
俺からすれば、なかなか気に入っている呼び方なんだがなぁ。
セバスチャンは苦笑したままだったが、グレゴリオは俺たちのやり取りを少し不思議そうに見ていた。
やがて、その大きな身体をセバスチャンへ向ける。
「よしなに」
「ああ、よろしくな」
短いやり取りだったが、グレゴリオは丁寧に頭を下げた。
それから近くにいた騎士たちにも向き直り、一人ずつ頭を下げていく。
見た目は恐ろしいが、随分と律儀な男だな。
まぁ、悪いことじゃない。
そういえば、一つ確認しておくことがあった。
「グレゴリオ」
「はっ」
「帝国騎士となるわけだが、それは問題ないか?」
今更だけどな。
俺は帝国貴族だし、レダリエ騎士団も帝国側の騎士団だ。俺に仕えるということは、当然そういうことになる。
本人が強い主人を探していたのは聞いているが、国が変わることについては、まだ確認していなかった。
まぁ、今更嫌だと言われても困るんだが。
グレゴリオは特に考え込む様子もなく頷いた。
「はっ。信頼できる主人を探しておりましたので、それは問題ありません」
ほう。
信頼できる主人。
いいことを言うじゃないか。
俺は思わず隣を向いた。
「おい、聞いたか? 信頼できる主人だぞ」
どうだ、セバスチャン。
俺だってちゃんと信頼される立派な主人なんだぞ。
そういう顔で見てやると、こいつは何とも言えない顔をした。
「信頼はしとります。とんでもない主人だとは」
「……何だと?」
「そのままの意味ですぜ」
言いやがったな、このクソじじい。
ふん。
まぁ、俺が多少変わっている自覚はあるが、とんでもない主人というのは言いすぎだろう。
……いや、そうでもないか?
こいつらには色々と無茶をさせているしな。
だが、それとこれとは別の話だ。
俺が少し睨んでやると、セバスチャンは平然と笑っていた。
まったく、遠慮というものがない。
ふと、グレゴリオを見る。
さっきから俺とセバスチャンの顔を交互に見ている。
僅かに眉が動き、何か言いたそうにしているが、やはり口は開かない。
どうも驚いているらしい。
そういえば、貴族と騎士、それも筆頭騎士との関係がこんな感じなのは珍しいのかな。
俺にとってはいつものことなんだが。
「グレゴリオ」
「はっ」
「俺の命令は絶対だ。セバスチャンの命令は、まぁ、だいたい聞いとけ。後はまぁ、適当に聞いたり聞かなかったり、好きにしろ」
とりあえず、こんなもんだろう。
別に難しい話じゃない。
俺が何か命じたら従えばいいし、セバスチャンの指示も基本的には聞いておけばいい。それ以外は、自分で考えて動いてくれれば十分だ。
ところが、グレゴリオは少し固まったように見えた。
ん?
何かおかしなことを言ったか?
そう思っていると、セバスチャンが横から口を挟んだ。
「まぁ、若様の命令も絶対ってわけじゃありませんな。適当ですから、時には言い返さんと苦労しますぜ」
「何だと?」
こいつ、本人の目の前で何を言ってやがる。
……まぁ、本当だけどな。
俺だって間違えることくらいあるし、何でもかんでも自分だけで決められるわけじゃない。
そもそもセバスチャンには、これまで散々言い返されている。
それで困ったこともあるが、助かったことだって多い。
だからこそ信頼しているんだが。
それにしても、グレゴリオはますます驚いたようだった。
眉間に少し皺が寄り、セバスチャンを見て、それから俺を見る。
うーん。
そんなに変なことなのか?
「まぁ、何か思いつけば何でも言え。面白ければ聞いてやる」
「はぁ……」
なんとも気の抜けた返事だな。
いや、気が抜けているというより、戸惑っているのかもしれない。
さっきの勝負では随分と堂々としていたのに、今は何だか居心地が悪そうに見える。
こいつ、戦う方が得意な口なのかな?
俺はセバスチャンにも目を向けた。
「なぁ、こんな騎士団って珍しいのか?」
「まぁ、珍しいでしょうな」
セバスチャンは即答した。
グレゴリオも頷く。
「貴族と騎士は本来、それほど話しません」
「ふーん、そうなんだ」
二人からそう言われると、さすがに少し気になる。
俺は焚き火の中で赤く崩れていく薪を眺めた。
まぁ、俺は他の騎士団に所属したことがないからなぁ。
貴族だから当たり前だけど。
そもそも、俺にとっての騎士団というのは、セバスチャンや今いる連中が基準になっている。
こいつらとは普段から普通に話すし、何かあれば意見も聞く。気に入らないことを言われて腹が立つことはあるが、別にそれでどうこうするつもりもない。
もちろん、集団に規律が重要なのは分かる。
規律のない集団なんて、ただの暴徒だからな。
好き勝手に動いて命令を無視する連中を率いて、まともに戦えるはずがない。そんな奴らを背中に置いて戦うなんて、俺だって御免だ。
だが、だからといって、規律でがんじがらめにすればいいとも思わない。
目の前で何かが起きるたびに、いちいち俺へ確認しなければ動けないなんて、面倒くさいことこの上ないだろう。
俺が見ていない場所で敵が動いたらどうする?
命令を待っている間に、騎士たちが死んだらどうする?
そんな馬鹿な話はない。
それに、こいつらは戦うために鍛えられてきた騎士なんだ。
自分の目で見て、自分の頭で考えられるなら、好きに動けばいい。
もちろん、勝手に目的を変えられては困るけどな。
そこだけは絶対だ。
難しく言えば、戦略目標は変えないが、戦術は自由に選択する、といった感じか。
俺が何をしたいのか、それさえ理解していてくれればいい。
そのためにどう動くかなんて、状況によって変わるに決まっている。
実際、セバスチャンの方が俺より上手くやれることはいくらでもある。だから任せているんだし、他の騎士たちだって同じだ。
わざわざ俺の考えた方法に合わせて失敗するくらいなら、もっと上手いやり方を勝手に選んで成功してくれた方がありがたい。
俺は別に、全部自分で決めたいわけじゃないんだから。
むしろ、任せられることは任せたい。
その方が楽だしな。
焚き火の向こうでは、グレゴリオがセバスチャンの話に耳を傾けていた。相変わらず表情は乏しいが、時折小さく頷いている。
まぁ、こいつもそのうち慣れるだろう。
強さはもう確かめた。
後は、自分で考えて動ける男なら言うことはない。
俺は足元の小枝を拾い、焚き火へ放り込んだ。
ぱちりと小さく火の粉が上がる。
何にせよ、目標さえ見失わなければ、方法なんてどうでもいい。
俺が欲しいのは、言われたことしかできない騎士じゃない。
ちゃんと勝って、ちゃんと生きて帰ってくる連中だ。
そのために自分の頭を使ってくれるなら、多少生意気なくらいでちょうどいい。
……まぁ、セバスチャンは少し生意気すぎる気もするがな。
皆さま、質問への回答ありがとうございました。
検討の結果、これまで通りの投稿時間とさせていただきます。
本日の更新は、5時、12時、20時の予定です。
本日、20時更新分で少しだけ変更するところを発表させていただきます。




