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魔力が強いやつがモテる世界に生まれ変わったのでモテる為にがんばります  作者: 伊右衛門


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第三百五十八話 焼かずに残した村


 あの黒煙を見てから、数日が過ぎた。


 道を変えながら馬を走らせ、まだほとんど手をつけていない地域へ向かう。途中で焼け跡を目にすることもあったが、俺たちが目指しているのは、もっと畑が残っていそうな場所だ。


 やがて視界が開けると、緑の混じった畑が一面に広がっていた。風が吹くたびに作物の葉が揺れ、畑の向こうには家々が固まって見える。こちらまで焦げ臭さが漂ってくるような土地ばかり見てきたせいか、妙にのどかな景色だった。


 ふむ、けっこう畑があるな。


 俺は馬の速度を落とし、周囲へ感知魔法を拡げた。畑の先、家々の集まる場所、そのさらに向こうまで確かめる。これだけ広く調べれば、それなりの人数が引っかかってもよさそうなものだが、魔力反応は拍子抜けするほど少なかった。


 守りは薄いらしい。ここまで襲撃が及ぶとは思っていないのか、それとも他に騎士を回してしまったのか。理由は分からんが、今の俺たちには好都合だ。


「どうですかい、若様」


「ほとんど魔力反応がない。たいした抵抗はなさそうだな」


 俺の返事にセバスチャンが畑へ目を向けた。騎士たちも馬を寄せてくる。彼らの視線は俺の方へ揃い、あとは命令ひとつで動ける様子だった。


 俺はもう一度、風に揺れる作物を眺めた。


 これだけ残っているなら、焼き甲斐もあるというものだ。王国の連中がどれだけ大事に育てたかは知らんが、こちらも仕事だからな。


「よし、全てを焼き払え!」


 返事が重なり、騎士たちの馬が一斉に動き出した。


 畑へ向かった者たちが広がり、攻撃魔法で火を放っていく。最初は点々と上がった炎が、乾いた葉や茎を伝って伸び始めた。風にあおられた火が隣の畝へ移り、黒い煙が低く這ったと思うと、たちまち空へ持ち上がっていく。


 俺も馬を進めながら火を放った。畑の奥で働いていたらしい人影が、こちらを見て動きを止める。次の瞬間には道へ飛び出し、家々のある方へ逃げ始めた。


 うん、そりゃ逃げるよな。


 追いかける必要はない。俺が焼きたいのは、まず食い物だ。畑に残ったものを燃やし、運び出せそうなものも残さない。騎士たちはそれぞれ進路を変え、火の回っていない場所へ走っていく。踏み荒らされた作物の上を馬が駆け抜けるたび、蹄の下で茎が折れる音がした。


 やがて街の方から声が上がり始めた。


 誰かが叫んでいる。別の声がそれに重なり、荷物を抱えて走る者や、何も持たずに飛び出してくる者が見えた。家々の間を抜ける道には人が溢れ、こちらの馬に気づくと慌てて脇へ散っていく。


 畑だけ燃えても、ここに食糧が残っていては困る。


 俺たちはそのまま街へ入った。


 屋根の端から上がった火が壁へ移り、次の家へ燃え広がる。砕けた木片が道に散り、開け放たれた戸の向こうでも炎が揺れていた。風向きが変わると熱気が顔に当たり、馬が首を振る。俺は手綱を引いて進む向きを調整しながら、まだ燃えていない建物へ攻撃魔法を放った。


 前方を男が走っていた。


 振り返った拍子に足をもつれさせたのか、男が道の端へ倒れる。そのすぐそばへ火が走り、男の衣服に燃え移った。男は転がりながら火を払おうとしていたが、俺が馬で通り過ぎる間にも炎は消えなかった。


 別の家では、壁の一部が崩れ落ちていた。


 そのそばで子供が泣き叫んでいる。埃と煙で顔はよく見えないが、小さな身体を震わせ、崩れた家の方へ何度も手を伸ばしていた。誰かを呼んでいるらしい声が聞こえたものの、言葉までは聞き取れない。


 俺は目を向けたまま、手綱を握り直した。


 悲鳴はあちこちから聞こえてくる。立ち止まって一人ずつ確かめるような状況じゃないし、そんなことをするために来たわけでもない。


 これは戦争なのだ。


 俺たちがここで手を緩めれば、その分だけ王国の食糧が残る。それが王国軍を支えることになる。なら、焼く。勝たなければならないのだから、俺がここで選ぶことは変わらない。


「若様、前!」


 セバスチャンの声に顔を上げた。


 道の向こうから、武器を手にした男たちが近づいてくる。そのうちの何人かから魔力反応が感じられた。街を守っていた騎士たちだろう。少ないとはいえ、まったくいないわけではなかったらしい。


 先頭の男が何か叫び、こちらへ踏み込んできた。


 俺は馬上から攻撃魔法を放つ。飛び込もうとしていた男がまともに受け、勢いを失って倒れた。その後ろから迫っていた別の騎士が進路を変えたので、そちらへも続けて放った。道に土煙が上がり、散った破片の向こうで人影が崩れる。


 ひとり倒れても、残った連中はまだこちらへ向かってきた。


 なかなか勇敢じゃないか。


 もっとも、人数が少なすぎる。こちらにはレダリエ騎士団がいるし、俺も手加減する理由はない。騎士たちが左右から迫る相手を抑えている間に、俺は正面へ攻撃魔法を重ねた。構えた武器が宙へ跳ね、倒れた男が起き上がろうとする。その動きが止まるのを確かめ、次の相手へ向き直る。


 抵抗は長く続かなかった。


 最後に近づいてきた騎士が倒れる頃には、背後の家々から上がる炎が道を明るく照らしていた。さっきまで人の行き来していた場所を黒煙が覆い、建物の内側で何かが崩れる音がする。


 熱いな、まったく。


 火をつけた俺が言うのもなんだが、ここまで燃え広がると近くにいるだけでも暑い。馬を傷めるのも馬鹿らしいし、そろそろ退いた方がよさそうだ。


 俺は周囲を見回した。まだ逃げている人影は見えるが、畑は広い範囲で燃え、街のあちこちにも火が回っている。今さら俺たちが一軒ずつ焼いて回らなくても、炎はしばらく収まりそうになかった。


「引き上げるぞ!」


 騎士たちが馬首を返す。俺も続き、煙の薄い道を選んで街を抜けた。背後からは悲鳴や泣き声がいつまでも追いかけてきたが、馬の蹄が地面を叩く音に少しずつ紛れていく。


 振り返ると、街の上に黒煙が重なっていた。畑からの煙と区別がつかないほど広がり、空の色まで鈍くなっている。


 よし、あれなら十分だろう。


 その後も俺たちは場所を変えながら焼き払っていった。ただし、ひとつだけ今までとは違うことがある。


 焼いた地域の隣まで、まとめて焼くのはやめた。


 最初は騎士たちも、次の畑へ向かうつもりだったようだ。火の回っていない家々や作物が見えてくると、自然と馬の向きがそちらへ寄っていく。俺は先へ出ようとする者たちに声をかけた。


「そこは残しておけ」


 馬を止めた騎士が振り向き、セバスチャンもこちらへ寄ってきた。


「焼かねえんですかい?」


「ああ。隣には食い物がある、こっちにはもうない。そうなれば、腹を空かせた連中がどうするか、少し見てみたい」


 セバスチャンが焼けた畑の方へ視線を戻した。風が吹き、灰になった葉が舞い上がっている。そこから少し離れた場所には、まだ燃えていない畑が続いていた。


「なるほど。奪い合いになるってわけですな」


「そうなれば、俺たちの手間も省けるだろう」


 もちろん、向こうがどう動くかは分からない。食糧を分け合うかもしれないし、どこか別の場所へ逃げるかもしれん。それでも、焼け出された人間のすぐ隣に食べ物が残っているというのは、悪くない状況だ。


 俺たちが全部焼いてしまえば、残るのは同じように食い物を失った者ばかりだ。だが、一方に残しておけば話が違ってくる。


 俺はまだ青さの残る畑を眺めた。燃やそうと思えば、今からでも簡単に燃やせる。だが、今日はやめておこう。


 騎士たちへ進路を変えるよう伝え、俺たちはそこを通り過ぎた。


 馬を進めながら、ふと考える。


 もし本当に隣同士で食い物を奪い合い、殺し合うようになったら、その後はどうなるんだろうな。


 昨日まで顔を合わせていた相手に家族を殺されたとして、戦争が終わった途端に仲良く暮らせるものか? 俺にはとてもそうは思えない。勝った後で土地を治める側は、さぞ面倒だろう。


 まあ、繰り返しになるが、まず勝たないと話にならん。


 そうしていくつかの地域を通り過ぎた頃には、日が傾いていた。街道から外れ、夜を過ごせそうな森の奥へ入る。馬を落ち着かせて休み、俺も木の幹に背を預けた。昼間の熱さが嘘のように、葉の間を抜ける風は冷たかった。


 焼け焦げた匂いが、まだ衣服に残っている。


 遠くで枝の折れるような音がしたが、近くにいる騎士の動く音だった。周囲を確かめてから目を閉じかけた時、木々の隙間の向こうに赤い明かりが見えた。


 ん?


 身体を起こして見直す。森の向こう、昼間に焼いた地域がある方角だ。日が落ちる前に遠くから見た時には、火の勢いはずいぶん弱まっていたはずなのに、今はまた空の低いところが赤く染まっている。


 燃え残りに火が移ったのか。それとも、誰かが新しく火をつけたのか。


 しばらく眺めていたが、ここからでは何が起きているのかまでは分からない。ただ、あの明るさは先ほどまでのものとは違って見えた。


「争っているようだな」


 俺が呟くと、隣に来ていたセバスチャンが遠くを見て笑った。


「順調ですな」


「そうだといいな」


 赤い光は木々の向こうで揺れ続けていた。俺たちはあそこから離れているし、確かめに戻るつもりもない。もし食い物を巡って争っているのなら、好きなだけやってくれればいい。


 夜の森には、昼間のような悲鳴は届かない。聞こえるのは風が葉を擦る音と、時折鳴る馬の鼻息くらいだ。その静かな場所から遠くの火を眺めていると、どうにも妙な気分になる。


 俺たちがつけた火は、もう収まりかけていたはずなんだがな。


 その晩はそれ以上動かず、翌日からも場所を変えて襲撃を続けた。焼く場所を選び、隣には手を出さず、また別の地域へ移る。馬を走らせては火を放ち、仕事を終えれば次へ向かう。変わらず忙しい毎日だ。


 焦げた匂いを風が運んでくるたび、俺は手綱を握り直した。あれだけ焼いても、まだ次の畑が見つかるのだから、王国もなかなか広い。


 それにしても俺たち、ずいぶん働いてるよなぁ。


 勤勉だよなぁ、褒めて欲しいくらいだ。

次の更新は、20時の予定です。

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