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魔力が強いやつがモテる世界に生まれ変わったのでモテる為にがんばります  作者: 伊右衛門


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第三百五十六話 飢えの連鎖


「ふむ、なるほどな」


 セバスチャンの言葉に頷きながら、俺は前方へ視線を戻した。


 街道の先には緩やかな起伏が続き、その向こうには畑が広がっている。少し前まではあちこちから黒い煙が見えていたのだが、今は風に流されて薄くなり、遠くの空がわずかに霞んでいる程度だった。


 馬の蹄が乾いた地面を踏み、一定の間隔で鈍い音を立てている。


 うーむ。


 どうやら俺は、少々調子に乗っていたらしい。


 騎士が農村や街に増えているのなら、貴族の城を守る騎士が減っているはずだ。そう考えたときは、なかなかいいところに気づいたつもりだったのだが、セバスチャンに言わせれば、そう単純な話ではないらしい。


 いや、考えてみれば当たり前なんだよなぁ。


 俺だって、自分の城を守る騎士を減らしてまで、よその村を守ろうとは思わない。もちろん、守らなければならない村もあるだろうし、領内のあちこちで被害が出れば困ることも分かっている。


 だが、それと自分の城を無防備にすることは別問題だ。


 農村を守るために城の防御を半分にしました、では本末転倒もいいところである。まして、その城にいるのが領主本人ならなおさらだ。


 敵貴族だって、馬鹿ばかりではない。


 むしろ、俺たちに襲われるかもしれないと考えているなら、少しでも身の安全を確保しようとするだろう。村や街に騎士を送りながらでも、城の防御は以前より厚くする。そんなことだって十分考えられる。


 それを俺は、各地に騎士が増えたというだけで、城の防御が弱くなっていると勝手に決めつけていたわけだ。


 ……いかんなぁ。


 最近、ベルと数字の話をしていたせいだろうか。


 あの子と一緒に考えているうちに、何だか自分まで頭がよくなったような気分になっていたのかもしれない。


 馬の蹄の数はどう数えるか。パンを一万個運ぶにはどうすればいいか。三角形の広さはどう考えるか。


 ベルはそうした話に夢中になり、俺もつられて色々と考えた。あの子が楽しそうに数字を追いかけているのを見るのは、なかなか愉快だったし、こちらも思いつくままに問題を出していた。


 だが、あれはベルが面白がっていたからこそ、俺も楽しかったのである。


 ベルの頭がいいことと、俺の頭がいいことは、何の関係もない。


 まったく、何を勘違いしているんだか。


 俺は魔力が多くて、ちょっと変わった知識があるだけの凡人だ。


 確かに、この世界では珍しい知識を持っている。前世で当たり前だったことが、こちらでは役に立つ場合もあるし、魔力に関しては自分でも恵まれていると思う。


 だが、それだけだ。


 何でも見通せる天才軍師でもなければ、兵を動かせば必ず勝てる名将でもない。敵がどう動くかを完全に予測できるわけでもないし、思いついた作戦が必ず正しいとも限らない。


 そんなこと、少し考えれば分かるはずなのになぁ。


 馬上で小さく息を吐いた。


 そもそも、敵だって必死なのだ。


 俺たちが畑を焼き、食糧庫を襲い、騎士たちを倒している間、王国側が何も考えずにボーッと眺めているはずがない。被害を受けた貴族も、領地を守る騎士も、自分たちにできることを考えて行動しているだろう。


 こちらが次の襲撃先を探しているように、向こうも次に襲われる場所を考えている。


 俺たちが相手の隙を狙うなら、相手だってその隙を塞ごうとする。


 実に当たり前の話じゃないか。


 それなのに、相手がこちらの都合に合わせて動いてくれるような考え方をしてしまった。


 ああ、恥ずかしい。


 セバスチャンが指摘してくれなかったら、本当に敵貴族の城を狙っていたかもしれない。もちろん、攻める前には魔力反応を調べるだろうし、状況を見て判断するつもりではあった。だが、最初から守りが薄くなっているはずだと思い込んでいたら、その後の判断までおかしくなっていた可能性がある。


 思い込みというのは、厄介なものだな。


「これまで通りに行動すべきだな」


 そう口にすると、隣を進んでいたセバスチャンがこちらを向いた。


「へい?」


「無理に敵貴族の城を狙う必要はないってことだ。これまで通り、襲える場所を襲って、壊せるものを壊す。それでいいだろう」


 俺が肩をすくめると、セバスチャンは一度頷いた。


「そうですな。わざわざ守りを固めとる相手に突っ込む必要はありやせん」


「うむ。凡将は愚直に行動するのが一番だ。無理はやめよう」


 奇策というのは、考えているときは楽しい。


 相手の意表を突き、少ない労力で大きな成果を上げる。そんなことができれば、さぞ気分もいいだろう。


 だが、思いつきだけで動いて失敗するくらいなら、多少地味でも確実に成果を積み重ねる方がいい。


 俺は別に、誰かに天才軍師と呼ばれたいわけではないのだ。


 王国の継戦能力を削ぎ、こちらの兵士たちが少しでも有利になるようにする。それができれば十分である。


 何より、変な思いつきに付き合わされた挙げ句、俺の騎士たちが死ぬようなことになったら困る。


 せっかく敵の後方で好き勝手に動けているのだから、わざわざ不利な戦いを選ぶ必要もあるまい。


 そう考えると、妙に気が楽になった。


「へい。むしろ、砦などの方が防御は薄まっとるでしょうな」


 セバスチャンがそう言ったので、俺は顔を上げた。


「砦か?」


「ええ。さっきも言いやしたが、貴族が自分の守りを固めるなら、どこかから騎士を集めなきゃなりません。村や街へも騎士を送っとるとなれば、全部を以前と同じように守るのは難しいでしょうぜ」


「ふむ……」


 なるほど、それなら話は分かる。


 自分の城を守るために、重要性の低い砦から騎士を引き揚げる。


 そして、空いた砦をそのままにしておくか、少数の騎士だけで守らせる。


 そんなことをしている可能性はありそうだ。


 無論、どこの砦でも守りが薄くなっていると決まったわけではない。王国側にとって重要な砦なら、逆に騎士を集めているかもしれないし、場所によって事情も違うだろう。


 だが、俺たちが狙うべき場所としては悪くない。


 もともと砦には騎士がいるものだし、これまでだって守りの薄い場所を見つければ襲撃してきた。そこへ今まで以上に目を向けるだけなら、別段難しいことでもない。


 俺は少し考え、頷いた。


「ふむ、ならこれまで以上に砦も破壊しよう。後々効いてくるだろう」


「へい」


 砦というのは、そこにあるからこそ役に立つのだ。


 たとえ今は大した人数がいなくても、後になって騎士を戻そうとしたとき、砦そのものが壊れていたらどうするのだろう。


 建て直すにしても時間がかかるだろうし、そのまま放置するなら、そこを守るために造った意味がなくなる。


 城ほど大きくないからといって、無意味な建物というわけではない。


 せっかく相手が守りを薄くしているのなら、そこを狙わせてもらおう。


 もちろん、実際に騎士が少なくなっているかどうかは、近づいて確かめなければならない。思いつきだけで突っ込んでは、さっき反省した意味がないからな。


 俺は先ほど見かけた騎士たちのことを思い返した。


 ああいう連中が各地に配置されているなら、それだけ王国側も対応に追われているのだろう。


 こちらとしては、実にありがたい。


 相手が広い範囲を守ろうとすればするほど、どこかに無理が出るかもしれない。俺たちはその無理が出た場所を探して襲えばいい。


 何も一度に全部を壊す必要はないのだ。


 そう考えていると、セバスチャンが再び口を開いた。


「それに、そろそろ領民たちも騒ぎ出すでしょうからな」


「ん? どういうことだ?」


 思わず聞き返した。


 領民が騒ぎ出す?


 俺たちがあちこち襲撃しているのだから、騒いでいても不思議はない。実際、村を襲ったときなどは逃げ出す者もいたし、騎士たちが守りを固め始めたのも、そうした騒ぎが原因なのかもしれない。


 だが、セバスチャンの言い方は、そういう話をしているようには聞こえなかった。


 顔を向けると、こいつは何とも悪い顔をして笑っていた。


 ……なんだ、その顔は。


「平民も腹は減ります。そろそろ他の村を襲う頃合いでしょうな」


「……ほう?」


 一瞬、言われた意味が分からなかった。


 他の村を襲う?


 平民が?


 どうしてそんなことになるのかと考えかけて、俺はすぐに気づいた。


「ああ、なるほど。まだマシな村を、飢えた村が襲うか」


「そういうことです」


 セバスチャンは口元に笑みを残したまま頷いた。


 俺は手綱を握り直し、しばらく黙って考えた。


 そうか。


 俺たちは王国軍の食料を減らすつもりで、あちこちの農村や食糧庫を荒らしている。だが、そこにあった食料を必要としているのは、何も兵士だけではない。


 村で暮らしている平民だって、当然食べなければ生きていけない。


 収穫前の麦を焼かれ、蓄えていた食料まで失えば、次に食べるものをどうするかという問題が出てくる。


 もちろん、村によって蓄えの量も違うだろうし、俺たちが襲っていない村だってある。食料に余裕のある場所もあれば、そうでない場所もあるはずだ。


 では、食べるものがなくなった村の人間はどうする?


 近くの村に食料が残っていると知ったら?


 最初は分けてくれと頼むかもしれない。


 だが、頼まれた方だって、自分たちが食べる分を失えば困る。隣の村が飢えているからといって、無条件で食料を渡せるとは限らないだろう。


 まして、いつ次の収穫が得られるのかも分からない状況なら、残った食料はますます大事になる。


 そうして断られた連中が、それでも腹を空かせていたらどうなるのか。


 ……うん。


 確かに、ありそうな話だなぁ。


「なるほどな。食料を奪われた村が、まだ食料の残っている村に押しかけるわけか」


「ええ。自分らが食えなくなりゃ、他所に食い物を求めるでしょうぜ」


「それで揉める、と」


「そうなるでしょうな」


 俺は小さく頷いた。


 面白い。


 いや、別に領民同士が殴り合っているところを見たいわけではないが、これは俺たちのやっていることが、思っていた以上に広がる可能性を示している。


 こちらがひとつの村の食料を失わせれば、その村の人間が別の村へ食料を求めに行く。


 そこで争いが起きれば、今度は俺たちが襲っていない村まで混乱するかもしれない。


 場合によっては、残っていた食料が奪われたり、騒ぎの中で失われたりすることも考えられる。


 そうなれば、俺たちは直接手を出さなくても、王国の食料をさらに減らせるわけだ。もしかしたら、農民同士の殺し合いになるかもしれないな。


 ふむふむ。


 つまり、俺たちの襲撃を手伝ってくれるようなものじゃないか。


 それに、領民が勝手に他の村を襲い始めたら、領主だって放ってはおけないだろう。


 自分の領地で騒ぎが起きているのだから、誰かを向かわせて止めようとするはずだ。騎士を送るのか、領民の代表に対処させるのか、その方法までは分からないが、何もしないというわけにもいくまい。


 そして、食料を奪った者たちが捕まり、処罰されるようなことになれば……。


 俺は少し考えてから、口の端を持ち上げた。


「それで領民を罰してくれれば、さらに生産力も落ちるな」


「へい」


「うん、いい感じになりそうだ」


 もともと俺たちが農村を襲っているのは、王国が戦争を続ける力を減らすためだ。


 食料そのものがなくなるのも困るだろうが、それを作る人間まで減ったり、働けなくなったりすれば、後々もっと困ることになる。


 何しろ、麦は畑に勝手に生えて、何もしなくても収穫できるわけではないのだ。


 畑を耕す者が必要だし、収穫する者だって必要になる。その人間たちが食料を求めて他所の村と争っていたり、領主から処罰されていたりすれば、まともに働くどころではないだろう。


 そうなってくれれば、王国側の負担はさらに増える。


 もちろん、まだそんな争いが起きたと確認したわけではない。セバスチャンも、そろそろそうなるのではないかと考えているだけだ。


 だが、実際に起きても不思議ではない。


 俺たちが直接襲撃できる場所には限りがあるが、領内の人間が自分たちで騒ぎを広げてくれるなら、その限りではなくなる。


 何ともありがたい話である。


 ……しかし、こいつも悪いことを考えるなぁ。


 隣を見ると、セバスチャンは相変わらず平然と馬を進めていた。


 さっきの笑い方といい、領民同士の争いを考えているときの様子といい、実に楽しそうだったぞ。


 いや、俺も似たようなことを考えているのだから、人のことは言えないか。


 俺が敵の食料を焼き、こいつがその後に起こりそうなことを考える。


 なるほど、なかなかいい組み合わせではないだろうか。


 それに、こうして話していると、自分一人で考えるより色々なことに気づける。さっきの城の守備の話だってそうだし、今の領民の話だって、俺は言われるまで考えていなかった。


 やはり、経験豊富な奴が近くにいるというのはありがたい。


 クソじじいなどと呼んでいるが、こういうところは素直に感心する。


 無論、本人にそこまで言ってやるつもりはない。


 調子に乗られても困るからな。


 そんなことを考えていると、セバスチャンが少し身体をこちらへ向けた。


「それで、シルジェ要塞はどうしやす?」


「ああ、そうだったな」


 最初に話していた要塞のことを思い出した。


 頑丈で歴史のある要塞。


 しかも、前線へ送る食料を蓄えている可能性があるという。


 狙う価値があるかもしれないという考えは変わっていない。だが、それと実際に攻略できるかどうかは別問題である。


 俺たちが少数で動いている以上、無理をしてまで攻め落とす必要はない。


 そもそも、さっきセバスチャンから、敵貴族も防御を固めているかもしれないと言われたばかりだ。


 シルジェ要塞だって、どうなっているか分かったものではない。


 重要な食料を蓄えているなら、守る騎士を増やしている可能性もある。一方で、貴族の城へ騎士を集めるために、守備の一部を減らしている可能性だってあるだろう。


 どちらなのか、今ここで考えたところで答えは出ない。


 ならば、実際に見てから判断すればいい。


「無理はせずに、一応見るぐらいにしとこう」


 そう答えると、セバスチャンがこちらを見た。


「見るだけですかい?」


「うむ。守りが固いなら、わざわざ手を出す必要はない。ほかに狙う場所はいくらでもあるんだからな」


 俺は前方へ視線を向けたまま続けた。


「ただ、もし防御が手薄になってるなら、嫌がらせ程度に攻撃してもいいしな」


「そうですな」


 セバスチャンも頷いた。


 考えれば考えるほど、無理に大きな成果を求める必要はない気がしてくる。


 そもそも、俺たちは王国の後方へ入り込んでから、ずいぶん好き勝手にやっているのだ。


 農村を荒らし、食糧庫を襲い、騎士がいれば倒す。守りが薄い場所を探して移動し、相手が対応してくれば、別の場所へ向かう。


 敵の騎士が増えてきたということは、少なくとも向こうが俺たちの行動を無視できなくなっているということだろう。


 それなら、今までのやり方がまったく無駄だったというわけでもあるまい。


 何も急ぐ必要はない。


 これからも守りの薄い場所を探し、農村や食糧庫を荒らし、機会があれば砦も壊す。


 敵貴族の城を狙うのは、よほど都合のいい機会でもない限り考えない方がいいだろう。


 そして、シルジェ要塞についても同じだ。


 食料があるなら魅力的な目標だが、それを焼き払うために俺たちが大きな損害を受けるようでは割に合わない。


 この辺りは、欲をかきすぎないことが肝心だろうな。


 それにしても、少し前まで自分でもなかなかの策を思いついたと喜んでいたのに、結局は最初の方針に戻ってくるとは。


 何とも締まらない話である。


 だが、まあいいか。


 変な思いつきで失敗するより、ずっとマシだ。


 俺は手綱を握り直し、背後へ目を向けた。


 レダリエ騎士団の騎士たちは、こちらの動きに合わせて進んでいる。先ほどから続いていた相談が終わったことも、俺とセバスチャンの様子を見れば分かるだろう。


 後方へ入り込んでからというもの、随分と走り回らせているが、まだまだ仕事は残っている。


 シルジェ要塞がどんな場所なのか、この目で確かめてみるのも悪くない。


 もっとも、見るだけで終わるかもしれないし、何か壊せるものが見つかるかもしれない。


 それは行ってからのお楽しみだ。


 俺は前を向き、馬の進む先へ視線を伸ばした。


「よし、では出発するぞ。とりあえずシルジェ要塞方面に向かう」

本日はここまでとなります。

次回は、明日5時の予定です。

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