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魔力が強いやつがモテる世界に生まれ変わったのでモテる為にがんばります  作者: 伊右衛門


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第三百五十話 歪な四角と失くした分銅


 うーん、そうだなぁ。


 何か面白い問題はないものか。


 ベルは相変わらず俺の顔を見ている。怒っている様子はないが、次の問題を待っているのは間違いなさそうだ。


 せっかく楽しそうにしているのだから、もう少し付き合ってやろう。


 しかし、パンの数ばかり聞いていてもつまらないよな。


 何か違う問題にしてみるか。


 俺は目の前に広げていた紙を少し引き寄せ、手に持っていた筆を動かした。


 縦に一本、横に一本。


 そのまま線をつないで四角を描く。


 ……うむ。


 まあ、四角だな。


 多少歪んでいるような気もするが、何を描いたかくらいは分かるだろう。


「ベル、この四角の中の広さは分かるか?」


「……広さ?」


 ベルが首を傾げる。


 ああ、そうか。


 今までは物の数ばかり聞いていたからな。突然広さと言われても、何を答えればいいのか分からないのかもしれない。


 俺は紙をベルの方へ向け、描いた四角を指で示した。


「そうだ。そうだな、この四角は全部の辺が十の長さだとする。そうしたら、中の広さはいくつになる?」


「全部、十ですか?」


「そうだ」


 ベルは紙に顔を近づけ、俺が描いた四角をじっと見つめた。


 こうして見ると、なかなか真剣な顔をしている。


 ただ数字を聞かれたときとは少し違うらしく、四角の上を視線が行ったり来たりしていた。


 俺はその様子を面白がりながら待っていたのだが、やがてベルが顔を上げた。


「あの……」


「ん? どうした?」


「えっと、この並々の線も長さは十ですか?」


「……ん?」


 並々の線?


 俺は自分が描いた四角を見直した。


 ……なるほど。


 確かに、横の線が少し曲がっている。


 いや、少しというか、なかなか見事に曲がっているな。


 縦の線も真っ直ぐとは言い難いし、四つの角も微妙に怪しい。


 だが、四角というものは四本の線で囲まれていれば四角だろう。


 問題は正方形として考えてもらいたかっただけで、俺の絵が多少歪んでいることではない。


 そうなのだ。


 決して俺が不器用だからではない。


「……それは真っ直ぐな線と考えていい」


「はい」


 ベルは素直に頷いた。


 そして、もう一度紙を見たかと思うと、すぐに顔を上げた。


「なら、百です」


「……ほう?」


 なんともあっさりした回答だった。


 いや、確かに一辺が十の正方形なら、面積は百になる。


 それ自体は一番簡単な面積の問題だ。


 だが、それは求め方を知っていればの話である。


 俺はベルを見た。


 こいつ、正方形の面積を求める公式まで知っているのか?


 文字を読むのはまだ苦手だというのに、数字を使った問題になると驚くほど飲み込みが早い。


 もしかすると、俺が思っている以上に色々なことを知っているのかもしれない。


「正解だ。だが、ベル、どうやって計算したんだ?」


「えっと……」


 ベルは少し困ったように眉を寄せた。


 どうやって、と聞かれることは予想していなかったらしい。


 俺としては正しい答えを出した理由を知りたかっただけなのだが、考えてみれば、分かっていることを言葉にするのは案外難しい。


 ましてや、ベルはまだ小さな子供だ。


 俺は答えを急かさず、紙をベルの前へ戻した。


「どう考えたのか教えてくれればいい」


「えっと、長さが十だからです」


「ん?」


 長さが十だから?


 いや、それは分かっている。


 俺がそういう問題を出したんだからな。


 だが、長さが十というだけでは、どうして広さが百になるのか分からないだろう。


 俺が首を傾げていると、ベルはもう一度四角を見た。


 どうやら、俺が何を聞きたいのか考えているらしい。


「えっと……十の長さが十あるからです」


「……ああ、なるほど」


 俺は思わず紙へ視線を落とした。


 十の長さが十ある。


 つまり、十の長さが横に十個並んでいるようなものとして、この四角の中を考えているわけか。


 そういうことなら、確かに百になる。


 ベルの説明は短かったが、少なくとも俺には言いたいことが伝わった。


 俺は改めて目の前の少女を見る。


 ……こいつ、本当に公式を知らないんじゃないか?


 公式を知っていれば、もっと簡単に説明できそうなものだ。


 もちろん、知っていても説明が苦手なだけかもしれない。だが、今の答え方を聞いていると、習った計算をそのまま使っているというより、自分で広さを思い浮かべているように感じられる。


 面白いなぁ。


 俺は別に数学が得意というわけではない。


 前世でも数学が好きで好きでたまらなかった、なんてことはなかったし、この世界に生まれてからも、必要だから学んできたというところが大きい。


 もっとも、貴族として教育を受けている以上、数学とは無縁ではいられない。


 計算ができなければ金の管理も難しいし、土地の広さを考えることもできない。文官たちが扱う数字だって、単純な足し算ばかりというわけにはいかないだろう。


 実際、マバール城の書庫には数学書が何冊か存在している。


 俺もそれらを見たことがあるが、なかなか面倒なものだった。


 数字がずらずらと並んでいるだけならともかく、図形が描かれていたり、何を求めるためなのか分かりにくい計算が続いていたりする。


 そういうものを好んで読む貴族もいるのだから、人の趣味というのは実に様々だ。


 何でも、数学好きの貴族たちが集まって、酒を飲みながら計算を楽しむことまであるらしい。


 グラスに注がれた酒の体積がどれほどになるのか、そんなことを計算して盛り上がるのだとか。


 ……酒くらい普通に飲めばいいと思うんだが。


 いや、本人たちが楽しいのなら別に構わない。


 俺だってベルに数字の問題を出して楽しんでいるわけだし、人のことをどうこう言える立場ではないだろう。


 もっとも、俺はまだ正式な成人前だから、そういう集まりに参加したことはない。


 誘われたとしても、あまり行きたいとは思わないけどな。


 せっかく酒を飲むのに、その体積を計算し続けるなんて面倒くさそうだ。


 いや、飲む前に量を計算して、飲んだ後に減った量でも計算するんだろうか。


 ……どうでもいいな。


 そんなことより、ベルだ。


 俺には前世の知識がある。


 だから、この世界で習う前から知っていた計算方法もあるし、図形についてもある程度は理解している。


 だが、ベルにはそんなものはない。


 少なくとも俺のように前世の知識を使って考えているわけではないだろう。


 それなのに、正方形の広さを聞かれて、ほとんど迷わず百と答えた。


 しかも、俺が求め方を尋ねると、自分なりに説明しようとしてくれた。


 うーむ。


 もっと難しい問題ならどうなるんだろうな。


 せっかくだし、もう少し試してみるか。


 俺は手元の紙を見下ろした。


 しかし、今度も歪な四角を描いたときのようになっては困る。


 ベルは線の曲がり方まで気にするからな。


 何か真っ直ぐなものはないものか。


 天幕の中を見回してみる。


 ……案外ないな、真っ直ぐなものって。


 普段は気にも留めないが、こうして探してみると、都合よく使えそうなものがなかなか見つからない。


 もちろん、手で線を引けないわけではない。


 だが、さっきの四角についてベルから質問されたばかりだ。


 同じことを繰り返すのも、なんとなく面白くない。


 俺はもう一度手元を見て、それから腰へ視線を落とした。


 ……ああ、これでいいや。


 短剣だ。


 俺は腰から短剣を抜き、刃を紙の上へ慎重に当てた。


 刃なら、まあ真っ直ぐなものと考えていいだろう。


 少なくとも、俺が手で適当に引く線よりはずっと信用できる。


 紙を切ってしまわないように気をつけながら、短剣の刃に沿って筆を動かす。


 一本。


 それから角度を変えてもう一本。


 最後に線をつないで、三角形を描いた。


 ……よし。


 さっきの四角よりは、ずっとましだな。


 もちろん、正確に測って描いたわけではないから、完全な正三角形というわけではないだろう。


 だが、これなら何を描いたのか分からないということもあるまい。


 短剣を戻してから、俺は紙をベルへ向けた。


「ベル、これはどうだ? この三角の中の広さは分かるか? これも長さは全部十だ」


 ベルは紙を見た。


 それから俺を見上げ、もう一度三角形へ視線を戻す。


「全部、十ですか?」


「そうだ。三本とも十として考えていいぞ」


「えっと……」


 ベルの眉が寄った。


 今度はさっきと違って、すぐに答えが出てこない。


 まあ、そうだろうな。


 正方形なら十の長さが十あると考えればいいが、正三角形になるとそう簡単ではない。


 そもそも、今度の問題は俺だって暗算では簡単に答えられない。


 正三角形の面積を求めようと思えば、高さを考えなければならないし、その高さを正確に求めるには三平方の定理が必要になる。


 いや、知っている者なら別の求め方もあるのかもしれないが、少なくとも俺はそんな便利な方法を知らない。


 当然、公式を知らなければ数字を当てはめるだけというわけにはいかない。


 これはさすがに難しかったかな。


 ベルは紙へ顔を近づけ、三角形の線を目で追っている。


「えっと、うーん……」


 小さな口が動いたかと思うと、また閉じる。


 しばらくして、ベルは顔を上げかけたが、何も言わずに視線を戻した。


 どうやら、まだ考えたいらしい。


 俺はその様子を眺めながら、自分でも頭の中で計算してみた。


 一辺が十だから、底辺も十。


 そこから高さを求めて……。


 うむ。


 こういう計算は紙に書いた方が早いな。


 頭の中だけでやろうとすると、途中で数字が怪しくなってくる。


 俺は紙の端へ目を向けたが、ベルがまだ問題を考えているのに、自分だけ計算を始めるのも何となくつまらない。


 まあ、急ぐこともないか。


 俺は黙って待つことにした。


「えっと……うーん、これは……」


 ベルは何度か同じように呟いていたが、やがて小さく息を吐いた。


「分からないです」


「そうか」


 まあ、当然だろう。


 そもそも、これまで正方形の面積を求める方法さえ教えていなかったのだから、いきなり正三角形を出す俺の方が少し意地悪だったかもしれない。


 しかし、ベルはそこで終わらなかった。


「でも、五十よりは小さいと思います」


「……ん?」


「えっと、だいたい四十五より小さいぐらい……」


 俺は思わずベルの顔を見た。


 四十五より小さい?


 いや、確かにそうなんだが……。


 俺もさっきから頭の中で計算していた。


 正確な数字を出したわけではないが、一辺が十の正三角形なら、面積は四十四を少し下回るくらいになるはずだ。


 つまり、ベルの予想はかなり近い。


 俺は紙に描いた三角形を見直した。


 もちろん、こいつが偶然近い数字を言っただけという可能性もある。


 だが、さっきの正方形のことがあるからなぁ。


 単に思いつきで答えたと決めつけるのも違うような気がする。


 ベルは今も俺の顔を見上げている。


 分からないと答えた後だから、何か言われるのを待っているのかもしれない。


「なるほどなぁ」


 俺がそう呟くと、ベルは少し不安そうに首を傾げた。


「違いますか?」


「いや、そんなことはないぞ。かなり近いと思う」


「本当ですか?」


「ああ」


 そう答えると、ベルの顔がぱっと明るくなった。


 その様子を見て、俺も何となく嬉しくなる。


 数字というのは、なかなか面白いものだ。


 俺の場合、覚えた計算方法を使って答えを出そうとするが、ベルはその方法を知らないまま、答えに近づこうとしている。


 それがどれほど珍しいことなのか、俺には分からない。


 だが、少なくとも俺の目には随分面白く映った。


 それにしても、こうして図形を描いていると、きちんとした道具が欲しくなるな。


 短剣を使って線を引くというのも、毎回やるには面倒だ。


 そもそも、本来そんなことに使うものではないし。


 そういえば、マバール城の俺の部屋には定規があったな。


 あれがあれば、少なくともこんな歪な四角を描かずに済む。


 ……いや、俺の描き方が悪かったわけじゃないんだが。


 ともかく、正確な定規というのは便利なものだ。


 前世なら、定規を持っているからといって、誰も特別なことだとは思わないだろう。


 子供だって普通に使っていたし、俺も何の疑問もなく手に取っていた。というか子供の頃は振り回して遊んでた。


 だが、この世界では少し事情が違う。


 正確な定規を持っているということは、正確な長さを知るための基準を手元に持っているということでもある。


 そもそも、その基準がなければ、誰かが十だと言った長さを別の誰かが同じ十として扱えるとは限らない。


 俺は貴族として教育を受ける中で、そうした話も聞いている。


 今から何年前だったかは覚えていないが、かつて帝国と王国では、長さや重さの基準がそれぞれ違っていたらしい。


 分かりやすく言えば、帝国で一メートルと呼ばれる長さと、王国で一メートルと呼ばれる長さが違ったのだ。


 重さも同じ。


 帝国の一キロと王国の一キロでは、実際の重さが違う。


 ……面倒くさそうだな。


 いや、実際に面倒だったのだろう。


 例えば、王国が何かの賠償金として帝国へ黄金十キロを支払うことになったとしよう。


 王国は自分たちの基準で十キロを用意する。


 ところが帝国は、それでは十キロに足りないと言い出すかもしれない。


 逆なら、王国側が余計に払わされることになる。


 賠償金を支払うだけでも揉めるというのに、そこで重さの基準まで違っていたら、いつまで経っても話が終わらんだろう。


 商人だって困ったはずだ。


 国境を越えるたびに長さや重さを確かめ直さなければならないのでは、取引するだけでも余計な手間がかかってしまう。


 もっとも、それぞれの国にしてみれば、自分たちが昔から使ってきた基準を簡単に捨てられるものでもなかったのだろう。


 そういう事情があったからなのか、帝国と王国が単位を統一するまでには、十年以上も会議を続ける必要があったという。


 十年以上だぞ。


 俺なら途中で嫌になるな。


 いや、そもそも最初から参加したくない。


 そんな長い会議に出ていたら、何回誕生日を迎えることになるんだか。


 しかも、何度も話が頓挫しそうになったらしい。


 ようやく決まりかけたところで、また揉める。


 それまで積み重ねた話が崩れれば、もう一度最初から考え直さなければならないことだってあっただろう。


 ……想像するだけで面倒だ。


 それでも結局は統一されたのだから、当時の人間たちも随分頑張ったものだと思う。


 現在では、その基準が北方諸国や南部連合でも使われるようになり、大陸基準などと呼ばれている。


 つまり、帝国でも王国でも、同じ長さや重さを基準にできるわけだ。


 これは実に便利な話である。


 しかも面白いことに、この大陸基準は国王や皇帝が勝手に変更することはできない。


 どちらかの国が気に入らないからといって、明日から一メートルの長さを変えます、などと言い出しても通用しないのだ。


 変えるなら、また会議を開いて双方が合意しなければならない。


 ……うーむ。


 今の帝国と王国が、そんな話し合いをする姿はなかなか想像できないな。


 そもそも戦争をしている真っ最中だ。


 単位の長さを変えるために会議を開きましょう、なんて言われても、どちらもそれどころではないだろう。


 もっとも、俺はもう大陸基準が変わることはないと思っている。


 既にあちこちで使われているし、今さら変更すれば、それまでの基準で作られたものまで扱いが面倒になる。


 新しい基準を広めるだけでも大変だ。


 それなら、今のままでいいじゃないか。


 少なくとも、俺はそう思う。


 そう考えると、マバール城の自室にある定規も、なかなか立派なものだ。


 何気なく使っていたが、あれも長い年月をかけて統一された基準に従っている。


 しかも、ベルのように数字を楽しむ子供には、随分便利な道具になるはずだ。


 ……ん?


 そうだ。


 ベルにやればいいじゃないか。


 俺は目の前の少女へ視線を戻した。


 ベルは紙に描かれた三角形を見ていたが、俺が顔を上げると、すぐにこちらを向いた。


「ベル、今度だがお前に正確な定規をやろう。あると何かと便利だからな」


「……え?」


 ベルはきょとんとした顔をした。


 どうやら、何をもらえると言われたのか、よく分かっていないらしい。


 まあ、そうだろうな。


 正確な定規というものがどれほど便利なのか、まだ実感できるほど使ったこともないだろう。


 そもそも、今は短剣で線を引いていたくらいだからな。


 だが、ベルなら色々と使い道を見つけるかもしれない。


 単に色んな物の長さを測るだけでもいいし、今日のように図形を描くときにも役立つ。


 数字が好きなら、正確に測ることだってきっと楽しめるだろう。


 俺はそう考えながら、ふと別のものを思い出した。


 そういえば、分銅も持っていたな。


 あれもベルにやれば面白いかもしれない。


 正確な重さが分かれば、数字を使った遊びも色々できるだろうし。


 ……ただ、少し問題がある。


 俺の持っている分銅は、何枚か見当たらなくなっているのだ。


 どこへやったんだったかなぁ。


 確か、城の自室で使っていたはずなんだが。


 いや、使っていたのは覚えている。


 何に使っていたのかも、ちゃんと覚えているぞ。


 書類だ。


 書類が風で飛ばないように、重し代わりに使っていたのである。


 ……うむ。


 あれがいけなかった。


 分銅というのは重さを量るためのものなのだから、本来ならきちんとまとめて置いておくべきだったのだろう。


 だが、目の前に紙があって、風で飛ばされそうになっていて、ちょうどいい重さのものが手元にあったら、使ってしまうのも仕方がないではないか。


 しかも、分銅というのはなかなか都合がいい。


 適度に重いし、書類の上に置いておけば勝手に動くこともない。


 ……まあ、それで何枚か分からなくなってしまったんだが。


 どこかの書類に紛れているんじゃないかな。


 あれこれ移動させた覚えはあるが、捨てた覚えはない。


 ということは、城の自室を探せばいずれ見つかるはずだ。


 たぶん。


 そうだな、分銅は全部揃ってからベルに渡すことにしよう。


 せっかくなら、きちんとしたものをやりたいし。


 定規の方は問題ない。


 あれはなくしていないはずだ。


 ……いや、最後に使ったのはいつだったかな。


 まあ、いいか。


 定規ならさすがに見つかるだろう。


 俺がそんなことを考えている間、ベルは黙ってこちらを見ていた。


 そして、少し遅れてから小さく頭を下げた。


「あ、ありがとうございます」


 ……うむ。


 実に可愛らしい。


 何をもらえるのかよく分かっていないのに、ちゃんと礼を言うのだから偉いものだ。


 俺は思わず笑ってしまった。


 ベルは俺が笑った理由を不思議に思ったのか、少し首を傾げている。


 まあ、そのうち分かるだろう。


 今すぐ定規の価値を理解する必要もないし、数学の難しいことを全部覚える必要もない。


 こうやって数字を使って遊んでいるうちに、少しずつ色々なことを覚えていけばいいのだ。


 それにしても、なかなか楽しい時間だったな。


 最初はパンの数を聞いていただけなのに、いつの間にか図形の問題になり、俺まで色々考え込んでしまった。


 ベルがいなければ、休暇中にこんなことをして過ごそうとは思わなかったかもしれない。


 そもそも、わざわざ正三角形を描いて面積を聞くなんて、普段の俺なら面倒くさがってやらないだろう。


 だが、ベルが楽しそうに考えているのを見ると、つい次の問題を出したくなってしまう。


 ……いかんなぁ。


 こういうのは、際限がなくなりそうだ。


 だが、今日はこの辺りでいいだろう。


 休暇中とはいえ、いつまでも数字の問題ばかり考えているわけにもいかない。


 何より、ベルにはもっと大事なことがある。


 ちゃんと食べることだ。


 俺は紙を脇へ寄せ、ベルの顔を見た。


「よし、そろそろメシにするか」


 ベルがぱっと顔を上げる。


 ……分かりやすいなぁ。


 数字の問題を出したときも楽しそうだったが、食事の話になると、やはり反応が違う。


 俺はその様子を見て、思わず口元を緩めた。


「ちゃんと腹いっぱい食べろよ」


「はい!」


 元気のいい返事が返ってきた。


 うむ。


 やっぱり、子供はこうでなくてはな。


 難しい数字のことを考えるのもいいが、まずはたくさん食べて、元気に過ごすことだ。


 ベルには、これから覚えることがいくらでもある。


 別に急ぐ必要はない。


 数字が好きなら好きなだけ遊べばいいし、分からない問題があれば一緒に考えればいい。


 それに、こうしてベルと過ごしていると、俺も思いがけないことを考える機会が増える。


 兵站の難しさだの、正三角形の面積だの、大陸基準の歴史だの。


 ……いや、改めて並べてみると、休暇中に何を考えているんだろうな、俺は。


 まあ、いい。


 楽しいんだから、それで十分だろう。


 俺は満足そうに頷くベルを眺めながら、今度こそ食事のことだけを考えることにした。


 とりあえず、今日はベルがどれだけ食べるのか、そっちを楽しみにしておこう。

本日はここまでとなります。ありがとうございました。

次回は、明日5時となります。

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