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魔力が強いやつがモテる世界に生まれ変わったのでモテる為にがんばります  作者: 伊右衛門


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第三百四十九話 パン一万個の行方


 休暇というのは実に素晴らしい。


 何が素晴らしいかと言えば、何もしなくても怒られないところだ。いや、普段から俺が何もしないと誰かに怒られるのかと言われれば、そんなことはないんだが、少なくとも堂々と遊んでいられるというのは気分がいい。


 父上から数日休むように言われてからというもの、俺はほとんどの時間をベルと遊んで過ごしていた。


 本来なら次の遠征に向けて、色々と準備しなければならないところだろう。実際、天幕の外ではセバスチャンや騎士たちが忙しそうに動いている。馬の世話をする者もいれば、装備を確かめている者もいる。時折聞こえる金具の触れ合う音や、馬のいななきが、ここが戦場の本陣であることを思い出させてくれた。


 だが、俺にはそれほど準備することがない。


 これは別に俺が不器用だからとか、余計なことをして邪魔になるからとか、そういう理由ではない。断じて違う。


 俺ほどの魔力があると、大抵のことは魔法でどうにかなってしまうのだ。


 攻撃も防御も、移動中の身体への負担も、ある程度は魔法で対応できる。もちろん騎士たちには騎士たちの準備が必要だし、馬の世話まで放っておいていいわけではないが、俺自身があれこれ荷物を用意する必要はほとんどない。


 つまり、俺は決して準備が苦手だから何もしていないわけではないのである。


 そうなのだ。


 絶対。


 そんなわけで、現在の俺にはベルの教育という、なかなか楽しい仕事がある。


 もっとも、ベル本人は勉強をしているつもりなのか、それとも単に俺と遊んでいるつもりなのか、よく分からない。少なくとも数字を使った問題を出すと、目を輝かせて考え始めるのだから、嫌がってはいないようだ。


 天幕の中には紙を広げてあり、ベルはその向こう側から俺の顔を見上げている。


 まだ文字を読むのは苦手らしいが、数字については実に飲み込みが早い。しかも、ただ覚えたことを繰り返すのではなく、自分なりに考えて答えを出しているようなのが面白い。


 さて、今日は何を聞いてみようか。


「ベル、百個あるパンを二十三人で分けるといくつ余る?」


 俺が尋ねると、ベルは少しだけ首を傾げた。


「えっと……」


 小さな指が膝の上で動く。


 俺はその様子を眺めながら、答えが出るのを待った。急かしたところで面白くないし、そもそも試験をしているわけでもない。


 しばらくすると、ベルが顔を上げた。


「八個です!」


「うむ、正解だ」


 そう答えてやると、ベルは嬉しそうに笑った。


 百個を二十三人で分ければ、一人四個ずつで九十二個。残りは八個だ。


 それにしても、パンを百個も並べたらなかなか壮観だろうな。ベルなら喜びそうだが、さすがに一度に食べられる数ではない。


 いや、こいつは結構食べるからなぁ。


 初めて一緒に食事をしたときも、小さな身体のどこに入るのか不思議なくらい食べていた。もっとも、ちゃんと腹いっぱい食べられるのは良いことだ。遠慮して食べないより、よほど安心できる。


 俺がそんなことを考えている間にも、ベルは次の問題を待っていた。


 どうやら、まだまだ遊び足りないらしい。


「では、百二十人が毎日パンを三個食べる。二十日間に必要なパンの数は?」


「えっと、えっと……」


 今度は少し難しかったようだ。


 ベルは口の中で何かを呟きながら、視線を落として考え込んでいる。途中で指を折り始めたが、すぐに足りなくなったらしく、手を膝へ戻した。


 別に指だけで計算しなくてもいいんだぞ。


 そう言いかけたが、今は自分なりに考えているところだろう。ここで口を挟むのもつまらない。


 俺は黙って待つことにした。


「えっと……七千二百個?えっ?えっ?」


 自分で答えを出しておきながら、ベルは驚いたような顔をした。


「正解。そうなんだよなぁ、二十日でそれだけのパンが必要なんだ。すごい数だよな」


「七千二百個……」


 ベルが小さく繰り返す。


 どうやら、その数の大きさに驚いているらしい。さっきの百個でも十分多かっただろうに、いきなり七千二百個だからな。


 もっとも、これは一人が一日にパンを三個食べると仮定しただけの計算だ。実際には他の食べ物だって必要だし、全員が同じ量を食べるわけでもない。


 それでも、数字にしてみると改めて考えさせられる。


 わずか百二十人でこれだ。


 では、千人ならどうなる?


 一万人なら?


 当然、それだけの人数が毎日食べる物を用意しなければならない。飢えさせるな。言葉だけなら簡単だよな。


 兵士だって腹が減る。どれほど勇敢な騎士が指揮していようが、どれほど立派な武器を持っていようが、腹が減って動けなくなれば戦争どころではない。


 それこそ、俺なら自分の身体を魔法で強化して無理をすることもできるが、腹が減らなくなるわけじゃない。


 ましてや普通の兵士たちはそうはいかない。


 本陣で毎日必要な数のパンを焼いて、それだけで全軍の食事が賄えるという話でもない。食糧はどこかから運んでこなければならないし、それを用意する者も必要になる。


 どれほどの量を一度に運んでいるのか、俺は正確には知らない。


 だが、こうして計算してみれば、相当な量になることくらいは分かる。


 天幕の外を荷車が通る音がした。


 車輪が土を踏む鈍い響きを聞きながら、俺は頭の中でパンの山を思い浮かべてみる。


 百個なら大きな籠にでも入れればいいだろう。


 千個になれば、もう少し大きな荷物になる。


 では、七千二百個となればどうだ?


 しかも、それは百二十人が二十日間食べる分でしかない。


 軍隊というのは、実に面倒なものだ。


 考えてみれば、俺たちが王国領内でやってきたことにも、こうした数字が関わっている。


 畑を焼き、穀物を蓄えている場所を破壊する。


 敵の食糧を奪ったり、使えなくしたりすることには、それだけの意味があるのだ。


 単に兵士の飯が減るという話ではない。


 今日の食事がなくなるだけなら、どうにかなるかもしれない。だが、明日も明後日も食べる物が必要になる。食糧が足りなくなれば維持できる兵数も減り、戦場に長く留まることも難しくなる。


 ましてや、大勢の兵士を一か所に集めれば、その分だけ周辺から食べ物が消えていく。


 現地調達が基本とはいえ、どこにでも無尽蔵に食糧があるわけではない。


 百人の兵士を十日間維持するとしても、一人が一日にパンを三個食べるなら、それだけで三千個だ。


 そして兵士が増えれば増えるほど、食糧を集める仕事も大きくなる。


 せっかく集めた兵士を食糧調達のためにあちこちへ走らせていたら、何のために軍を集めたのか分からなくなってしまう。


 もちろん、兵士以外の者に集めさせればいいという考え方もあるだろう。


 だが、それも結局は同じことだ。


 人が動けば腹が減る。


 ならば、遠くから食糧を運んでくればいい。


 そう考えるのは簡単だが、そこでまた問題が出てくる。


 運ぶ者たちも、やっぱり腹が減るのである。


 ……うむ。


 これはちょうどいい問題になるな。


「ベル、一万個のパンを輸送するのに百人で十日かかるとする。輸送する者たちに必要なパンの数はいくつだ?」


 突然話しかけたせいか、ベルは一度ぱちりと瞬きをした。


「えっと、毎日三個なら……三千個必要です!」


 今度は早かった。


「そうだな。正解だ」


 ベルが嬉しそうに頷く。


 俺はその顔を眺めながら、頭の中では別のことを考え始めていた。


 一万個のパンを運ぶのに、本当に百人も必要なのかと言われれば、輸送するだけならそこまではいらないだろう。


 だが、戦争中の話となれば別だ。


 荷物を運ぶだけならともかく、敵に襲われたときのことまで考えなければならない。護衛をつけ、馬を扱う者も必要になる。荷車が増えれば、その分だけ手間もかかる。


 まあ、百人という数字は適当なんだが、護衛まで含めれば、そのくらいになっても不思議ではない。


 問題は、その百人が十日間で三千個のパンを食べてしまうことだ。


 つまり、一万個を持って出発しても、そこから輸送隊が自分たちの食糧を賄えば、目的地に届くのは七千個になってしまう。


 だったら最初から三千個余分に持っていけばいい。


 そう考えるのも当然だ。


 だが、その三千個は誰が運ぶ?


 元の輸送隊に余裕があるならいい。だが、運べる量には限界がある。限界を超えれば荷車を増やす必要があるし、そうなれば人員も増える。


 増えた人員も食事をする。


 その食事を運ぶために、また荷物が増える。


 なんとも面倒な話である。


 しかも食糧を運ぶのは、敵に襲われるかもしれない街道だ。護衛を減らせば輸送に必要な人員は少なくなるが、肝心の食糧を奪われてしまっては意味がない。


 かといって、護衛を増やしすぎれば、それだけ食糧を消費する人間が増えてしまう。


 結局、安全を維持できるぎりぎりのところまで輸送にかかる負担を減らすしかないのだろう。


 だが、それを考え始めると、また別の面倒が見えてくる。


 馬だ。


 この世界で大量の荷物を運ぼうと思えば、基本的には馬車を使うことになる。


 人間が背負って運ぶよりは、ずっと多くの荷物を動かせるだろう。


 だが、馬も食う。


 当たり前だが、馬は荷車を引いてくれる代わりに、何も食べずに働いてくれる便利な道具ではない。


 馬を増やせば運べる量は増えるかもしれないが、その馬たちにも食べ物を用意しなくてはならない。しかも人間と違って、パンを三個渡せばいいという話では済まない。


 水も必要だし、休ませなければならない。


 どんなに荷車を増やしたところで、街道そのものが広くなるわけでもない。


 輸送というのは、考えれば考えるほど面倒なことばかり出てくる。


 俺自身は魔法で色々なことをどうにかできるが、だからといって軍全体の物資を毎日俺一人で運んでやるわけにもいかない。


 それでは俺が休めないではないか。


 いや、そういう問題でもないんだが。


 ……うーむ。


 前世なら、こういう大量輸送には鉄道なんかを使っていたよな。


 列車というのは便利なものだった。


 大量の荷物をまとめて運べるし、馬を何頭も並べて荷車を引かせる必要もない。


 もっとも、便利だからといって、この世界で簡単に作れるものではない。


 鉄道かぁ。


 ……無理だろうな。


 まず、線路をどうするという話になる。


 鉄のレールを延々と敷いていかなければならない。それも、ただ鉄の棒を並べればいいというものではないだろう。


 ある程度均一なものを大量に作らなければ意味がないし、そもそもレールだけあっても列車は走らない。


 俺は前世で鉄道を利用したことはあるが、作り方まで知っているわけではない。


 ましてや、この世界には鉄を大量に、それも均一に生産する技術がまだない。


 そんなところから始めていたら、一体どれほど金と時間がかかるのやら。


 仮に作れたとしても、戦争をするたびに好き勝手に線路を敷けるわけでもない。


 そもそも敵の領地に線路を敷かせてもらえるはずがないだろう。


 駄目だな。


 便利なものを知っているからといって、それをそのまま持ち込めるわけではない。


 やはり、この世界にはこの世界なりの事情がある。


 そう考えると、結局は敵から食糧を奪うという方法に行き着くのも分からなくはない。


 遠くから苦労して運んでくるより、近くにある食糧を手に入れた方が手っ取り早い。


 もちろん、そこに都合よく食糧があるとは限らないし、敵だって黙って渡してくれるわけではない。


 だが、運ぶ手間を考えれば、奪うという選択肢がなくならないのも当然なのだろう。


 戦場から略奪がなくならんわけだよなぁ。


 ……なんだが妙に納得出来る話だ。


 だが、それで腹を空かせた兵士が食べられるようになるのなら、指揮官としては考えないわけにもいかない。


 俺たちが王国領内で畑を焼いたり、食糧の貯蔵庫を破壊したりしてきたのも、敵にそれをさせないためだ。


 食糧が減れば、敵は遠くから運ぶか、別の場所で調達するしかない。


 そうなれば余計に人が動く。


 人が動けば、また食糧が必要になる。


 何というか、食糧を運ぶために食糧が必要で、その食糧を運ぶためにも食糧が必要というのは、考えているだけで頭が痛くなってくるな。


 魔法でどうにかできることばかりなら楽なのだが、さすがに世の中そう簡単にはできていないらしい。


 ……ん?


 ふと、何か視線を感じた。


 顔を上げると、ベルがこちらをじっと見ていた。


 小さな身体を少し前へ傾け、何か言いたそうに俺の顔を見つめている。


 ああ、そうだった。


 俺はベルと遊んでいたんだった。


 パンの数を聞いて、正解を聞いて、それから……。


 いかん。


 また自分の考えに没頭していた。


 ベルは次の問題を待っているのに、肝心の俺が何も考えていなかったのである。


 せっかくの休暇に子供を待たせて、一人で軍の食糧輸送について悩んでいるとは。


 俺は一体、何をやっているんだろうな。

次の更新は、20時となります。

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― 新着の感想 ―
汽車のボイラーは難しいので、馬車をレールの上で走らせると速いかも?馬強化できるので その前に風車と水車あたりから
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