第三百四十一話 山賊としては認めたくない
山賊のアジトとやらは、思っていたよりもずっと簡単に見つかった。
というか、これで見つからない方がおかしい。
村を出て、山の中へ続く道を進んでいたんだが、途中から妙に歩きやすくなってきたのだ。
最初は、村人たちが山仕事にでも使っている道なのかと思った。木々の間を通っているものの、足元の土は踏み固められているし、草もそれほど伸びていない。
それだけなら別におかしくない。
山の中だって人が通れば道はできるし、何度も使っていればそれなりに歩きやすくなるものだ。
だがなぁ。
「なぁ、セバスチャン」
「へい、なんでやしょう?」
「これ、まさかとは思うが……」
俺は馬の上から前方へ目を向けた。
木々の間を抜ける道が、そのままずっと山の奥へ続いている。
「この先が、その山賊のアジトだったりするのか?」
「そうかもしれやせんね」
「…………」
いや、まさかな。
村から山賊のアジトまで、こんなにはっきり道が続いているなんてことがあるだろうか。
しかも、ほとんど一直線だぞ。
もちろん、山道だから多少の曲がりくねりはある。木を避けたり、地面の傾斜に沿ったりしているところもあるんだが、進んでいる方向そのものは大して変わらない。
村から来た俺たちが、何の苦労もなく奥へ進めている。
これじゃあ、道を探す必要すらないじゃないか。
もっとも、村々を定期的に回って食料を奪っているという話だったからな。何度も同じところを行き来していれば、こんなふうに道ができるのも不思議ではないんだが。
それにしたって……。
俺は呆れながら馬を進めた。
周囲には木々が立ち並び、枝の間から差し込む日差しが道の上に細かな影を落としている。馬の蹄が地面を叩くたび、湿った土がわずかに沈み、草の匂いが立ち上ってきた。
山の中というだけあって、村より少し空気が冷たい。
時折、枝が外套に触れるのが鬱陶しいが、道そのものはさっきまでの獣道もどきよりよほどましだった。
なんだかなぁ。
本陣へ帰るための道より、山賊退治へ向かう道の方が歩きやすいというのも妙な話だ。
そんなことを考えながら進んでいると、前方の木々の間に何かが見えてきた。
建物だ。
……小屋だな。
それほど大きくない木造の小屋が、山の中に建っている。
近づくにつれて、その周囲の様子も見えてきた。小屋の前は土がむき出しになっていて、何度も人が歩き回ったような跡が残っている。
そして、俺たちが進んできた道は、そこで終わっていた。
…………。
アホか。
思わずそう言いたくなった。
いや、実際に言ってもよかったんだが、何となく馬鹿馬鹿しくなってやめておいた。
ここまで分かりやすいアジトというのも珍しいんじゃないか?
山の中に隠れ住んでいるつもりなのかもしれんが、村から道が続いていたら意味がないだろう。
もっとも、村人たちが領主に討伐を願い出てから一年近く経っているという話だったからな。
今まで誰も来なかったせいで、隠れる必要も感じなくなったのかもしれん。
知らんけど。
「若様、あれですかね?」
セバスチャンが小屋へ目を向けた。
「たぶんな。ほかにそれらしいものもないし」
俺は周囲を軽く見回した。
小屋の近くに騎士らしい姿は見えない。
感知魔法にも目立った魔力反応はなかったが、そもそも村の若者が集まった連中だという話だからな。魔力持ちがいないのは不思議ではない。
わざわざ近づいて確認するほどの相手とも思えん。
「さて、どうするか……」
そう口にしてから、小屋をもう一度見た。
いや、別に難しく考える必要もないか。
こちらは山賊退治に来たんだ。
あの娘には、退治してやると言ってある。
だったら、さっさと終わらせよう。
「とりあえず、あれを吹き飛ばすか」
「へい」
セバスチャンがあっさり頷いた。
うん。
こいつも特に異論はないらしい。
俺は馬上から小屋へ向けて手を上げた。
別に大がかりな魔法を使う必要もない。あんな木造の建物なら、軽く攻撃魔法を放つだけで十分だろう。
狙いを定め、魔力を流す。
次の瞬間、小屋へ向けて攻撃魔法を放った。
轟音が山の中に響いた。
木造の小屋が大きく揺れたかと思うと、壁が砕け、屋根が持ち上がるように吹き飛んだ。折れた木材が周囲へ飛び散り、土と埃が一気に舞い上がる。
うん。
あっさり壊れたな。
まぁ、当たり前か。
俺たちが普段相手にしている砦や城とは違うんだ。こんな小屋が攻撃魔法に耐えられるはずもない。
舞い上がった埃の向こうで、何かが動いた。
おっと。
人がいたらしい。まぁ、当たり前か。
崩れた小屋の中から、何人かの若者が転がり出てきた。
地面に倒れ込む者もいれば、慌てて立ち上がろうとする者もいる。何が起こったのか分からないといった様子で、こちらを見ている奴もいた。
まぁ、そりゃそうだろう。
いきなり小屋が吹き飛んだんだからな。
俺だって、何も知らずに中にいたら驚くと思う。
だが、残念ながら事情を説明してやるつもりはない。
そもそも、向こうが俺たちの事情を知ったところで何が変わるわけでもないし。
俺がそんなことを考えている間に、セバスチャンたちは動き始めていた。
騎士たちが小屋へ向かう。
別に駆け出すわけでもなければ、大声を上げるわけでもない。
ごく普通に、すたすたと歩いていく。
その様子が、何とも奇妙だった。
小屋から出てきた若者の一人が何か叫んだが、ここからではよく聞き取れなかった。腕を振り上げていたところを見ると、怒鳴っていたのかもしれない。
だが、セバスチャンは足を止めない。
相手が身構えるより早く距離を詰め、そのまま斬り伏せた。
別の若者が逃げようとしたが、そちらへ向かっていた騎士に追いつかれ、地面に倒れた。
次々と、そんな光景が繰り返される。
……うーん。
戦闘、という感じじゃないな。
いや、もちろん相手は必死なんだろう。
小屋を吹き飛ばされて、いきなり武装した騎士たちに襲われているんだから、そりゃ必死にもなる。
だが、実力が違いすぎる。
俺たちが普段相手にしているのは、魔力を持った騎士たちだ。敵の攻撃を防ぎながらこちらの攻撃を通し、場合によっては相手の魔法にも対処しなければならない。
それに比べると、こいつらは……。
まぁ、比較するのも失礼か。
セバスチャンたちは特に苦労している様子もなく、次々と若者たちを殺していく。
小屋の残骸から這い出してきた者も、立ち上がったところを斬られて倒れた。何人かは反撃しようとしていたようだが、騎士たちの動きを止めることすらできていない。
俺は馬の上から、その様子を眺めていた。
わざわざ俺が手を出す必要もない。
というか、これ以上攻撃魔法を使ったところで、騎士たちの邪魔になるだけだろう。
小屋の残骸が崩れる音と、若者たちの叫び声がしばらく続いた。
だが、それも長くは続かなかった。
やがて騎士たちの動きが止まり、周囲が静かになった。
地面には若者たちが倒れている。
もう誰も動かない。
……終わりか。
早かったな。
俺は馬を進め、少し近くまで寄ってみた。
小屋は完全に壊れている。
辺りには折れた木材が散らばり、その間に若者たちが倒れていた。
だいたい三十人ほどだろうか。
最初に聞いた話からすると、もう少し少ないのかと思っていたんだが、案外集まっていたらしい。
まぁ、いくつもの村から若者が集まったのなら、その程度にはなるか。
それにしても……。
「なんか、これを山賊とは言いたくないな」
思わず口から出た。
いや、村々を襲って食料や酒を奪っているんだから、山賊には違いないんだろうけど。
しかし、なんというか……。
もう少しこうなんか、山賊らしさというものがあってもいいんじゃないか?
山の中に隠れ住んでいるくせに、村から一直線に道が続いている。
アジトは木造の小屋。
人数はそこそこいるようだが、騎士たちを相手にまともに抵抗することもできない。
いや、別に強い山賊でなければならないという決まりがあるわけじゃないんだが。
それでもなぁ。
一応、山賊としてはそう思う。
……ん?
いや、何かおかしいか?
まぁいい。
俺たちが今までやってきたことを考えたら、少なくとも山賊の仲間みたいなものだろう。
もっとも、あんな連中と一緒にされるのは少々不本意だが。
俺はもう一度、小屋の残骸を眺めた。
この規模なら、今倒した連中でほぼ全員だろう。
もしかしたら、何人かは別の村へ出かけていたかもしれない。
だが、そんなことまで調べていたら面倒だ。
残っていたとしても、せいぜい数人程度じゃないか?
それぐらいなら村人たちで何とかなるだろう。
何より、こうしてアジトを壊してしまったんだから、元通りというわけにもいくまい。
うん。
十分だな。
「よし、帰るぞ」
「へい」
セバスチャンが頷き、騎士たちも戻ってきた。
特に大した騒ぎにもならず、山賊退治は終わった。
……いや、山賊退治というより、小屋を壊して不良たちを始末しただけのような気もするが。
まぁ、結果は同じだ。
あとは村に戻るだけだな。
俺は馬の向きを変え、来た道を引き返した。
行きと同じ道なんだが、今度は妙に短く感じる。
何しろ、道に迷うようなところもない。
小屋から村まで、ほとんど一直線なんだからな。
本当に、あいつらは何を考えていたんだろう。
まぁ、今更どうでもいいか。
山道を下りながら、俺は先ほどの娘のことを思い出していた。
さて、どうなったかな。
ちゃんと伯母夫婦を説得できただろうか。
何となく、あの娘なら案外うまくやっていそうな気がするんだが。
いや、こればかりは実際に聞いてみないと分からん。
そんなことを考えながら村へ戻ると、先ほどの娘が待っていた。
おお。
ちゃんといるじゃないか。
娘は俺たちの姿に気づくと、こちらへ顔を向けた。
「山賊退治終わったの?」
「ああ、三十人ほど退治したから、もう大丈夫だろ」
そう答えると、娘は目を大きく開いた。
驚いたのか、それとも喜んでいるのか。
まぁ、どちらでもいいか。
俺としては、約束したことを済ませただけだ。
「それで答えは? いいと説得できたか?」
俺が尋ねると、娘は少しだけ口元を緩めた。
「ありがとう。うん、ただ、何年かに一度は帰って来たい」
おっ。
どうやら成功したらしい。
なるほど、伯母夫婦も了承したということか。
いやぁ、よかったよかった。
まさか、こんなところで面白そうな人材を見つけられるとは思っていなかった。
しかも、本人も来る気になっている。
よしよし。
作戦成功だな。
「その程度なら構わん。たまには顔を見せてやれ」
汚いけどな。
……と、内心で付け足す。
いや、別に悪口を言いたいわけじゃないぞ。
何しろ、さっきからこの娘の顔は泥や何やらで汚れたままなんだ。
せっかく向こうで働くことになるんだから、まずはきちんと身体を洗わせた方がいいかもしれんな。
その方が、どんな顔をしているのかも分かるだろうし。
まぁ、そんなことは後でいいか。
娘は俺の返事を聞くと、安心したように頷いた。
俺はその様子を眺めながら、少しだけ満足する。
うん。
いい拾い物をした。
こんな山の中の小さな村に、こんな面白い娘がいるとはなぁ。
今のところ、この娘が何をできるのかは分からない。
読み書きがどの程度できるのかも知らないし、実際に仕事をさせたらどうなるのかも分からん。
だが、それがいい。
最初から全部分かっていたら、面白くないじゃないか。
どんなことを覚えて、何が得意になって、どんな人間に育っていくのか。
それを見てみたい。
マバール城で働かせるのもいいし、生産拠点で色々なものを見せてやるのも面白そうだ。
案外、俺が思いつかないようなことを考えるかもしれない。
まぁ、期待しすぎるのもよくないか。
それでも、今から少し楽しみだ。
俺はセバスチャンの方へ目を向けた。
こいつは相変わらず苦笑している。
なんだよ。
そんなにおかしいか?
まぁ、敵地で娘を一人拾って帰るというのも、普通の騎士の仕事ではないだろうけどな。
だが、別にいいじゃないか。
三つの砦は予定通り落とした。
山賊退治までしてやった。
おまけに、面白そうな人材も見つけた。
十分な成果だろう。
俺は改めて娘を見た。
泥のついた顔でこちらを見上げているが、その目だけは相変わらず妙に澄んでいる。
さてさて。
これからどうなることやら。
よーし。
なんか面白い拾い物ができた。
いい帰り道じゃないか。
本日もありがとうございました。
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次回更新は、明日5時の予定です。




