第三百三十九話 獣道の先で
あれから俺たちは、予定通り三つの砦を落とした。
まぁ、一つは砦というか城というか、何とも微妙な代物だったんだが、そんな細かいことを気にしても仕方がない。俺が三つ落とすと言ったんだから、三つ落とした。それでいいだろう。
何より、これでようやく本陣に帰れる。
敵地を荒らして回るのも悪くはないが、そろそろ落ち着いて休みたい。戦っている最中はともかく、いつまでも敵の領地をうろついているのは面倒だからな。
そんなわけで、俺たちは本陣へ向かっている。
向かっているんだが……。
「なぁ、この道で合ってるのか?」
俺は馬の手綱を握りながら、先頭を進むセバスチャンに声をかけた。
「大丈夫ですよ」
返事は実にあっさりしたものだった。
いや、まぁ、セバスチャンが大丈夫だと言うんなら、大丈夫なんだろう。こいつの判断が信用できないなら、そもそも道案内なんぞ任せていない。
ただなぁ。
俺は改めて周囲を見回した。
道が狭い。
いや、これを道と呼んでいいのかどうかも怪しい。馬が通れないほどではないんだが、草が伸びているところもあれば、木の根が地面を横切っているところもある。騎士たちが馬を進めるたびに、足元の小石が転がり、乾いた枝が折れる音が聞こえてくる。
なんか、獣道以上、道以下って感じなんだよな。
別に街道を通りたいわけじゃない。むしろ敵地なんだから、人目につかない道を選ぶのは当然だと思う。だが、さっきからどんどん山の中へ入っているような気がするんだが。
「本当にこっちでいいんだよな?」
「へい、間違いありやせん」
「そうか……」
そこまで言われたら、それ以上聞いても仕方がない。
俺は手綱を持ち直し、馬の歩みに身体を合わせた。
感知魔法は広く展開しているが、俺たち以外に目立った魔力反応はない。もっとも、平民が隠れていたところで感知魔法には引っかからないんだから、何もいないとまでは言えないんだが。
とはいえ、今のところ妙な気配もないし、騎士たちも落ち着いている。
まぁいいか。
セバスチャンを信用しよう。
そう考えて進んでいると、しばらくして道の様子が少し変わってきた。
別に急に広くなったわけでもなければ、石畳が敷かれているわけでもない。ただ、草の間に踏み固められた土が見えるようになり、先ほどまでよりも明らかに通りやすくなっている。
ふむ。
人が歩いた跡、という感じがするな。
いや、歩いているのは人だよな?
獣だったりして。
そんなくだらないことを考えながら進んでいると、前方の木々が途切れ、その向こうに小さな村が見えてきた。
おお、村だ。
なるほど、道があるわけだな。
もっとも、村といってもそれほど大きくはない。家はせいぜい二十戸ほどだろうか。建物の間には土の地面が広がり、周囲には小さな畑も見える。家々の壁や屋根も、立派というには少々無理がある。
村人は百人ぐらいかな。
建物の数からするとだいたいそんなところだろう。
正直、あまり豊かそうには見えない村だ。
「どうしやす?」
先頭のセバスチャンが馬を緩め、こちらを振り返った。
俺は村へ目を向けたまま、軽く肩をすくめる。
「特に騎士もいないみたいだし、放っておこう」
「へい」
わざわざ焼くほどの村じゃないだろう。
そもそも俺たちは本陣へ帰る途中なんだ。こんな山の中の小さな村を襲ったところで、大した意味があるとも思えない。
そのまま通り過ぎればいい。
俺たちが近づくにつれて、村の様子が変わり始めた。
家の前にいた村人がこちらに気づき、動きを止める。別の男が何かを言いながら建物へ引っ込み、それを見ていた女も慌てたように後を追った。
こちらを見ていた者たちが、次々と姿を消していく。
まぁ、普通だよな。
こんなところに武装した集団がいきなり現れたら、誰だって警戒する。
俺たちは別に何かをするつもりはないんだが、そんなことは向こうには分からんだろうし。
村人たちの反応を横目に見ながら、そのまま通り過ぎようとした。
「あっ、あの!」
不意に声がした。
ん?
顔を向けると、道の脇に一人の女が立っていた。
いや、女というか、女の子か?
髪は長いんだが、顔には泥やら何やらがついていて、いまいちはっきりしない。服もあまり綺麗とは言えず、正直、年頃もよく分からん。
ただ、こちらへ向けられた目は妙に澄んでいた。
「ん? 何か用か?」
馬を止め、とりあえず声をかけてみる。
すると娘は、少し身を乗り出すようにして尋ねてきた。
「あの、山賊退治に来てくれた騎士さまですよね?」
「…………」
山賊退治?
何の話だ?
俺は思わずセバスチャンの方を見たが、当然ながら、こいつもそんな話は聞いていないので首を振る。
というか、山賊退治ねぇ。
どちらかと言えば、俺たちもそちら側に近いんだが。
もっとも、こんなことをわざわざ説明してやる必要もないか。
さて、どう答えたものかと思っていると、娘の後ろから女が近づいてきた。
「ほら、失礼だよ、帰るんだよ」
そう言いながら娘の腕をつかみ、引っ張っていこうとする。
母親か?
いや、似ているかどうかもよく分からんが、娘に対する態度を見る限り、身内か何かなんだろう。
だが、ちょっと待て。
「いや、待て。事情が分からん。途中で勝手に話を止めるな」
こっちは何の話か気になっているんだぞ。
勝手に声をかけてきて、勝手に帰ろうとするんじゃない。
俺の言い方が少しきつかったのか、女はびくりと肩を揺らし、娘の腕をつかんだまま動きを止めた。
ああ、怯えさせたか。
まぁ、仕方がない。相手は平民だし、こっちは武装した騎士の集団だからな。俺は貴族だけど。
ところが、肝心の娘はまるで気にしていない様子だった。
「違うの?」
首を傾げ、もう一度聞いてくる。
ほう。
あんまり怯えてないな、この子。
「違うと思うが、山賊とはなんだ? ここに居るのか?」
「ううん、山の中!」
「山の中?」
「そう! そこに小屋を作って住んでるの!」
娘は山の方へ顔を向けて答えた。
ふむ、山賊の住処があるわけか。
それで俺たちを討伐に来た騎士だと思った、と。
いや、まだ事情がよく分からんな。
「その山賊が、この村を襲うのか?」
「ここだけじゃないよ。ほかの村にも来るよ!」
「何をしに来るんだ?」
「食べ物とか、お酒とか、持っていっちゃうの!」
なるほど。
山に拠点があって、周辺の村を襲っている。
実に分かりやすい山賊だな。
俺はもう少し詳しく聞いてみることにした。
娘は、こちらが尋ねたことに対して、意外なほどきちんと答えてくれる。
話が前後して何を言っているのか分からなくなることもないし、質問の意味を取り違えることもない。
山賊たちは、もともとこの辺りの村に住んでいた若者たちらしい。
畑仕事や家畜の世話を嫌がった連中が集まり、山の中に小屋を建てて暮らし始めた。それから定期的に村々を回って、食料や酒などを奪っていくようになったそうだ。
……なんだそりゃ。
山賊というより不良集団じゃないか。
まぁ、食料を奪われる側からすれば、そんな分類はどうでもいいんだろうけどな。
娘の話では、困った村々が領主へ山賊退治を願い出ているらしい。
「それで、退治に来てくれるのを待ってるのか?」
「うん!」
「いつからだ?」
そう聞いてみると、どうやら願い出てから既に一年近く経っているらしい。
一年ねぇ。
それ、来ないんじゃないか?
いや、もちろん絶対とは言わんが、この程度の村々を襲っている連中のために、領主がわざわざ騎士を派遣するとは思えない。
討伐隊を出すにしても人手は必要だし、その間は別の仕事ができなくなる。こんな山の中の小さな村に、そこまでする価値があるかと言われれば、俺なら首を傾げるところだ。
もっとも、そんなことを言ったところで娘が喜ぶわけでもないが。
余計なことは黙っておこう。
それにしても……。
俺は改めて娘の顔を見た。
最初は、少し頭の足りない娘なのかと思った。
普通、見知らぬ武装集団にあんなふうに声をかけたりしないだろう。周りの村人たちなんぞ、俺たちの姿を見ただけで家に引っ込んでしまったというのに。
だが、話してみると違う。
受け答えはまともだし、説明も分かりやすい。俺が途中で質問しても、ちゃんとその質問に答えてから話を続けてくれる。
別に馬鹿というわけではなさそうだ。
それなのに、どうして怖がらない?
娘の隣にいる女は、さっきから俺たちの様子を気にしている。時折こちらへ視線を向けては、娘の腕を引こうとしているのが分かる。
こっちが普通の反応だよなぁ。
娘の方は、そんな女の様子にも大して頓着していないらしい。
純真無垢ってやつなのか?
いや、それだけで説明できるものなんだろうか。
山賊の話もそれなりに面白かったが、今となっては目の前の娘の方がよほど気になる。
俺は少し身を乗り出し、娘の顔を覗き込んだ。
「なぁ、なんで俺たちが怖くないんだ?」
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