第三百三十七話 無茶は好きだが無理は嫌い
焚き火の向こうでは、騎士たちもそれぞれ食事の準備を進めていた。
肉を炙っている奴もいれば、既に食べ始めている奴もいる。時折、誰かの笑い声が聞こえてきて、そのたびに周囲の騎士たちもつられたように笑っていた。
随分と楽しそうだな。
まぁ、飯を食うときくらい楽しくしてもらいたいものだ。昼間は敵の街を襲っていたんだから、夜まで殺伐としている必要はない。
俺は火にかざしている肉を少し持ち上げ、表面から滲み出ている脂を眺めた。
うーん、やっぱり美味そうなんだが。
セバスチャンの言う通り、もう少し我慢するか。
肉を火から少し離したまま、改めて騎士たちへ視線を向ける。
しかし、こいつらも元気だよな。
もう随分と襲撃を繰り返しているのに、あまり疲れた様子を見せない。もちろん、まったく疲れていないというわけではないだろうが、少なくとも今のところ、動きが鈍くなっているようには見えない。
とはいえ、いつまでもこの生活を続けるわけにもいかない。
いくら魔力持ちでも、俺たちだって人間だからな。
そんなことを考えていると、ふと本陣のことが頭に浮かんだ。
そういえば、そろそろ戻ってもいい頃合いなんじゃないか?
敵の領地には散々被害を与えたし、騎士たちもかなり殺した。
まだまだ襲える場所はあるだろうが、別に全部襲わなければならないわけでもない。
むしろ、ある程度で切り上げた方がいいのかもしれないな。
俺は隣に座っているセバスチャンへ少し顔を寄せた。
「どう思う? そろそろ本陣に戻るべきか?」
周囲の騎士たちには聞こえない程度の小声で尋ねる。
セバスチャンは炙っていた肉を少し動かし、それから俺へ顔を向けた。
「そうですなぁ、疲労はそこまでじゃありませんし、物資も奪っとりますからもうしばらくは戦えますぜ」
「そうか」
なるほど。
セバスチャンがそう判断しているなら、まだ余裕はあるんだろう。
こいつは長年騎士として戦ってきた男だ。部隊の状態を見極めることに関しては、俺よりずっと経験がある。
俺自身も、特に疲れているという感覚はない。
襲撃の際には魔力を使うが、俺の魔力量なら、今の程度の戦闘で困ることもほとんどないからな。
それに、セバスチャンが言う通り、食料にも困っていない。
今まさに俺が炙っている肉だって、襲った街から奪ってきたものだ。
なかなか上等な肉で、脂の具合も悪くない。
最初の頃は食料を確保するだけでも少し面倒だった気がするんだが、最近ではすっかり慣れてしまった。
というか、奪う食料の質まで上がっているような気がする。
なんだかなぁ。
襲撃するたびに騎士たちが食料を持ってくるのだが、最近では俺が見ても美味そうだと思えるものが増えてきた。
こいつら、何をどこから奪えばいいのかまで覚えてきたんじゃないか?
まぁ、美味い飯が食えるのはありがたいことだ。
こういうところも少数精鋭の強みなんだろうな。
大軍だったら、こうはいかない。
何千人、何万人という軍勢になれば、全員に食わせるだけでも大変だろう。街を襲って食料を奪ったところで、全員の腹を満たせるとは限らない。
下手をすれば、奪った食料を食い尽くしても足りないかもしれない。
だが、俺たちは違う。
人数が少ないから、一つの街を襲ったついでに少し奪うだけでも、十分に食っていける。
しかも、襲撃そのものが目的だから、わざわざ食料を探すためだけに街へ入る必要もない。
実に効率がいい。
うーん。
こうして考えると、少数精鋭の騎士たちを連れて敵地を荒らし回るのは、なかなか理にかなっているような気がする。
もっとも、俺の魔力があるからこそ成立している部分も大きいんだろうけどな。
敵騎士の魔力反応を遠くから察知できるし、危険そうな場所を避けることもできる。こちらが有利な相手だけを選んで戦えばいいのだから、普通に軍を率いて戦うよりも気楽なところはある。
だからといって、まったく問題がないわけではない。
俺は火の向こうに広がる暗がりへ目を向けた。
夜営中の今だって、周囲への警戒を完全に解いているわけではない。
飯を食うこともできるし、眠ることだってできる。
だが、休暇というか、休日のようにゆっくりのんびり過ごすことはできないのだ。
これがなかなか厄介だった。
たとえば、適当な場所に留まって、丸一日何もせずに過ごしたらどうなるだろう。
朝はゆっくり起きて、飯を食って、気が向いたら昼寝でもする。
実に素晴らしい休日だ。
しかし、ここは敵地である。
俺たちがそんなことをしている間にも、敵の騎士たちは動いているだろう。
居場所が知られれば、騎士たちが集まってくるかもしれないし、下手をすれば包囲される危険性だってある。
もちろん、俺の感知魔法ならかなり広い範囲を探れるから、魔力を持つ騎士たちが大勢近づいてくれば、相当早い段階で気づけるはずだ。
だから実際に包囲される可能性は、かなり低いと思う。
だが、問題はそこじゃない。
せっかくのんびりしているところを襲われるなんて、不愉快じゃないか。
俺が気持ちよく昼寝しているときに敵が近づいてきて、仕方なく起きて戦う。
そんなのは嫌だ。
敵を倒せるかどうかとは別の話だからな。
そもそも、休日というのは何もしなくてもいいから休日なんだ。
いつ襲われるか分からない場所で、警戒しながら過ごすのは、休日とは呼べないだろう。
うむ。
やはり、一度戻るべきだな。
俺はしばらく考えてから、隣のセバスチャンへ顔を向けた。
「ふむ、あと三つ砦を落としたら本陣に戻る」
声を落として告げると、セバスチャンは俺を見た。
まぁ、これくらいでいいだろう。
もう十分に暴れた気もするが、だからといって何もせずに帰るのも、なんとなく物足りない。
砦を三つほど破壊すれば、それなりに区切りもつくだろうしな。
それに、ここで帰還することを騎士たちに伝えたら、まだ戦えると言って反対する奴がいるかもしれない。
こいつら、最近では襲撃そのものに随分と慣れているからな。
もう少し暴れたいと思っていても不思議じゃない。
まぁ、実際俺に反対するとも思えないんだが。
とりあえず、今はセバスチャンだけに伝えておけばいいだろう。
「そうですな、そうしますか。いい頃合いかもしれません」
セバスチャンは特に驚いた様子もなく頷いた。
ふむ。
賛成してくれるらしい。
こいつが反対するなら少し考え直してもいいと思っていたんだが、同じような判断ということなら問題ないだろう。
「まだ戦えるんだろ?」
「へい。もうしばらくは問題ありませんぜ」
「なら、ちょうどいいだろうな」
疲れ切ってから帰る必要はない。
そもそも、帰還するまでにも移動しなければならないのだから、余力を残しておいた方がいいに決まっている。
セバスチャンも肉を炙りながら頷いた。
「戦場で無理は禁物ですからな」
「ああ、無茶は好きだが無理は大嫌いだ」
俺はそう言って笑い、炙っていた肉に齧りついた。
表面は香ばしく焼けていて、噛むと熱い脂が口の中へ広がる。
おお。
美味いじゃないか。
少し火から離したのが良かったのか、表面も焦げすぎていない。
俺が満足してもう一口食べようとすると、セバスチャンがこちらを見て苦笑した。
「まだ生焼けですぜ」
「ん?」
俺は手元の肉へ視線を落とした。
確かに、齧ったところを見ると中はまだ赤みが残っている。
なるほど。
さっき言っていたのは、こういうことか。
だが、別に不味くはないぞ。
むしろ、肉の味がしっかりしていて美味いくらいだ。
「生ぐらいの方が美味いんだ、肉も敵もな」
そう言って笑い、もう一口齧る。
セバスチャンは呆れたように口元を緩めていたが、それ以上は何も言わなかった。
しかし、敵も生ぐらいが美味い、か。
自分で言っておいてなんだが、なかなか意味深な言葉じゃないか。
俺は口の中の肉を噛みながら、しばらく考えた。
敵を徹底的に叩き潰せば、相手は降伏する。
普通に考えれば、そういうものなんだろう。
勝てない相手にいつまでも抵抗したって、損害が増えるだけだ。
ならば、ある程度のところで諦めた方がいい。
理性的に考えれば、そうなるはずだ。
だが、実際にはどうなんだろうな。
あまりにも酷いことをされれば、たとえ降伏した方が合理的だと分かっていても、感情的に受け入れられなくなるんじゃないだろうか。
強い敵になら降伏できる。
だが、酷い敵には降伏したくない。
そんな感じなのかな?
俺は肉を炙っている火を眺めながら、少し首を傾げた。
いや、酷いというのもちょっと違うか。
戦争なんだから、相手に酷いことをするのは当たり前だよな。
敵の騎士を殺したり、街を焼いたり、砦を破壊したりする。
少なくとも俺たちは、そういうことを散々やっている。
向こうから見れば、十分に酷い奴らだろう。
だが、それだけで絶対に降伏したくない相手になるものなのか?
うーん。
なんというか、もう少し違う気がする。
そうだな。
以前、セバスチャンが言っていたことがあったな。
戦場でもやってはいけないことがある、という話だ。
ああいうことをする相手なのかもしれない。
たとえ自分たちより強くても、負けを認めたくない。
降伏した方が得だと頭では分かっていても、どうしても従いたくない。
そういう感情が生まれるのは、相手が単に強いだけではないからなんだろう。
もっとも、俺自身が降伏する側になったことはないから、実際にどう感じるのかまでは分からない。
あくまで想像でしかない。
……ふーむ。
じゃあ、俺はどうなんだろうな?
俺だって酷いことは散々やっている。
街を焼いているし、砦を壊しているし、貴族も騎士も殺している。
平民だって、巻き込まれて随分と死んだはずだ。
そんな俺は、敵からどう見られているんだろう?
考えてみても、答えは出ない。
そもそも、相手が俺をどう思っているかなんて、直接聞かなければ分からないからな。
もちろん、聞いたところで本当のことを答えるとは限らないが。
俺は肉をもう一口食べ、ゆっくり噛みながら考える。
少なくとも、自分で自分の行動を振り返って、どうしても許せないと思うようなことをした覚えはない。
いや、酷いことはしているんだけどな。
それは間違いない。
ただ、戦争をしている以上、相手に被害を与えること自体を悪だとは思わない。
俺たちだって、敵に殺される可能性がある中で戦っているんだからな。
自分たちだけが一方的に被害を受け入れるなんて、そんな馬鹿な話はないだろう。
だが、それで何をしてもいいというわけでもない。
そのあたりの線引きは、なかなか難しいものだ。
俺は焚き火の中で揺れている炎を眺めた。
ゆっくりと形を変えながら燃えている。
火そのものは、別に善悪を考えて燃えているわけじゃないんだよな。
近づけすぎれば肉が焦げるし、離しすぎれば焼けない。
そういうものだ。
人間のやることも、そんなふうに簡単に判断できれば楽なんだが。
まぁ、無理だろうな。
少なくとも、俺にはそこまで綺麗に線を引くことはできそうにない。
ただ、なんとなく。
あくまでも俺自身の感覚なら、胸を張れないようなことはしていないと思う。
うん。
俺は俺なりに、やるべきだと思うことをやっている。
それが正しいかどうかを、他人がどう判断するかまでは知らないが。
とりあえず、俺自身は納得している。
なら、今はそれでいいだろう。
そんなことを考えているうちに、手元の肉は随分と小さくなっていた。
おっと。
食べるのに夢中になっていたらしい。
いや、考え事をしながら食べていただけなんだが。
最後の一口を口へ放り込み、ゆっくり噛んで飲み込む。
うむ。
美味かった。
やっぱり、いい肉は美味いな。
これを奪ってきた奴には、少し感謝しておこう。
俺が立ち上がると、セバスチャンがこちらを見た。
「もう休みやすか?」
「ああ。今日はもう寝る」
「へい」
俺はまだ食事を続けている騎士たちへ軽く声をかけた。
「俺は先に休むぞ」
何人かがこちらを向いて返事をした。
まだ食事を楽しんでいる奴らもいるが、わざわざ付き合わせる必要はない。
俺は火から離れ、身体を横たえた。
夜の空気は少し冷たかったが、食事を終えたばかりの身体には心地よかった。
遠くでは騎士たちの話し声が続いている。
時折、笑い声も聞こえてきた。
まったく、元気な奴らだ。
まぁ、元気なのはいいことだよな。
あと三つ。
砦を三つ破壊したら、一度本陣に戻る。
そこまでやれば、今回の襲撃も十分だろう。
まだまだ暴れられるとは思うが、余裕のあるうちに帰るのが一番だ。
無理をしてまで敵地に居座る必要なんてない。
俺は目を閉じ、少しだけ口元を緩めた。
無茶は好きだが、無理は嫌い。
うむ。
なかなかいい言葉じゃないか。
焚き火の弾ける音を遠くに聞きながら、俺はそのまま眠りについた。
次は、20時の予定です。




