第三百三十四話 帰る砦はない
次に目をつけたのは、それなりに大きな街だった。
遠くからでも建物が密集しているのが分かる。街の周囲には畑が広がり、道には荷車が行き交っていた。先ほどまで襲撃していた場所とは違い、人の出入りも多そうだ。
うむ、なかなか良さそうじゃないか。
何が良さそうなのかと聞かれると困るが、少なくとも襲撃された側にとっては、無視できない被害になるだろう。
俺は馬上で街の様子を眺めながら、感知魔法で周囲の魔力反応を確かめた。
街の中にもいくつか反応はあるが、それほど強いものではない。少なくとも、まとまった数の騎士が待ち構えているようには見えなかった。
もっとも、魔力反応が少ないからといって、街に人がいないわけではない。
街道を進む荷車も、建物の間を行き交う人々も、こちらから見える範囲だけで相当な数になる。
まぁ、今回は街そのものが攻撃対象だからな。
「若様、あの街でよろしいんですかい?」
「ああ。あれくらいの大きさなら、さすがに放っておけないだろう」
俺が答えると、セバスチャンは街の方へ目を向けた。
「では、いつもどおりに?」
「そうだな。大きな建物は俺が壊す。お前たちは燃えそうな場所に火をかけろ。ただし、長居はするなよ。今回は街を襲うだけで終わりじゃないからな」
「承知しやした」
セバスチャンが頷き、ほかの騎士たちにも俺の命令を伝えていく。
俺はその間に、もう一度遠くの魔力反応を確かめた。
先ほどまで各地の襲撃地点へ向かっていた騎士たちは、まだ散らばっている。こちらの近くへ急速に接近している反応もない。
よし、今のところ問題なさそうだ。
「行くぞ」
俺たちは馬を進め、街へ近づいていった。
街道を進む人々がこちらに気づき、道の端へ寄っていく。騎士がまとまって現れたのだから当然だろうが、中には足を止めて俺たちを眺める者もいた。
その視線を横目に、俺は街の建物へ目を向けた。
さて、どこから壊したものかな。
街の奥には周囲より背の高い建物がいくつか見える。手前にも大きな建物があり、街路に面した壁が日差しを受けて明るく見えた。
あの辺りなら、少し離れた場所からでも狙える。
俺は手綱を引いて馬を止めた。
近くにいた人々が不思議そうにこちらを見る。そのうちの一人が俺の視線の先を追ったようだったが、何をするつもりなのかまでは分からなかったのだろう。
まぁ、そうだよな。
普通は街にやってきた騎士が、いきなり建物を吹き飛ばすなんて考えない。
俺は目標へ右掌を向け、攻撃魔法を放った。
次の瞬間、街の中で轟音が響いた。
大きな建物の壁が砕け、屋根の一部が跳ね上がる。崩れ落ちた石や木材が激しい音を立て、舞い上がった土埃が周囲の建物を覆った。
一瞬遅れて悲鳴が上がる。
道を歩いていた人々が足を止め、さらに大きな叫び声が響くと、我先にと逃げ始めた。
うむ、始まったな。
俺は別の大きな建物へ狙いを変えた。
今度の攻撃は屋根から壁にかけて命中し、建物の上部が大きく崩れた。落ちてきた瓦礫が地面を叩き、土埃の中へ周囲の人影が消えていく。
その間にも、セバスチャンたちは街の中へ散っていた。
騎士たちが建物の間を駆け抜け、燃えやすそうな場所へ次々と火を放っていく。
最初は細かった煙が、ほどなく黒く太いものへ変わり始めた。
あちらこちらで炎が上がり、街を流れる風に煽られて勢いを増していく。
木材の爆ぜる音が響き、建物の隙間から赤い炎が噴き出した。
いやぁ、今回は派手だな。
前回の襲撃では、ここまで徹底的に街を焼き払うことはしなかった。
だが、今回はジキタリヌ家に軍を引かせることが目的だ。畑や穀物だけでは足りないというなら、街も砦も壊してやる。
俺はさらに攻撃魔法を放った。
轟音とともに大きな建物が崩れ、その向こうで燃えていた炎が一瞬、舞い上がった土埃に隠れた。
街路には逃げ惑う人々の姿が見える。荷物を抱えて走る者もいれば、何度も後ろを振り返りながら建物の間へ消えていく者もいた。
あれだけの騒ぎだ。巻き込まれた者もいるだろう。
もっとも、今から一人ひとり確かめるつもりはない。
俺は感知魔法へ意識を戻した。
まだ敵騎士たちが近くへ集まってきた様子はないが、これだけの騒ぎになれば、いずれ動き始めるはずだ。
その頃には、こちらは次の場所へ向かっている。
「若様!」
建物の間から戻ってきたセバスチャンが声をかけてきた。
「そろそろよろしいんじゃありやせんか?」
俺は街を見渡した。
すでに何か所からも黒煙が上がっている。火の回った建物の向こうでは、さらに別の屋根が燃え始めていた。
これ以上続ければ、こちらも炎や崩れる建物の間を移動することになる。
さすがに、そこまでして居座る理由はない。
「ああ、十分だ。全員引き揚げろ」
「へい!」
セバスチャンが騎士たちへ声をかけ、散っていた者たちが戻ってくる。
俺は最後に街の奥を見た。
つい先ほどまで日差しを受けていた建物が、今は炎と煙に包まれている。屋根が崩れる音が響くたびに、街のあちこちから叫び声が上がった。
なかなか酷い有様だな。
まぁ、これでも軍を引かないというなら、ジキタリヌ家も相当なものだ。
俺たちは全員が揃ったことを確認し、馬を走らせた。
背後では炎がさらに勢いを増している。
街を離れて少し進むと、建物の姿は見えなくなったが、黒煙だけはまだ空へ立ち上っていた。
あれなら遠くからでも分かるだろう。
さて、そろそろ次の仕事だ。
「砦へ向かうぞ」
俺の言葉にセバスチャンが頷いた。
「いよいよですな」
「ああ。ただし、敵の動きを見ながらだ。無理そうならやめる」
「分かっておりやす」
俺は感知魔法を広く展開し、先ほどから追っていた騎士たちの反応を探った。
ふむ。
予想したとおり、まとまった数の反応が動いている。
向かっている方向から考えると、どうやら先ほど襲撃した街を目指しているらしい。
なるほど、なるほど。
やっぱりそう来るか。
街が襲われたと知れば、当然騎士たちは駆けつける。これだけ大きな街なら、なおさらだろう。
問題は、その騎士たちがどこからやってきたかだ。
俺は魔力反応の移動を確かめながら、最初に騎士たちが集中していた場所へ意識を向けた。
うむ、減っているな。
完全にいなくなったわけではないが、少なくとも先ほどまでとは明らかに違う。
これならやれるかもしれん。
ただし、敵騎士たちの進む方向へ、そのまま突っ込んでいくわけにはいかない。
いくら俺の感知範囲が広くても、近づきすぎれば向こうの感知魔法に引っかかる。
せっかく敵を街へ向かわせたのに、途中でこちらを発見されて引き返されるなんて、馬鹿馬鹿しいことはしたくない。
「少し大回りするぞ」
「敵がいるんですかい?」
「ああ、先ほど襲った街へ向かっているようだ。まともに進むと近づきすぎる」
俺は騎士たちの反応がある方向を示し、それを避けるよう進路を変えた。
街道を離れると、馬の足元が悪くなる。
緩やかな起伏を越え、草の茂った場所を抜けながら進む。まっすぐ向かえばもっと早く着けるだろうが、今回は速さよりも確実さが大事だ。
途中でも何度か感知魔法を使い、敵との距離を確かめた。
騎士たちは街へ向かって移動を続けている。
よしよし、いいぞ。
そのまま行ってくれ。
俺たちのことは気にしなくていいからな。
もっとも、相手がこちらの存在を知っているなら、そんなに都合よくはいかないだろう。
だからこそ、魔力を抑えながら進んでいるわけだ。
騎士たちにも余計な魔力を放出しないよう命じ、慎重に砦へ近づいていく。
やがて丘を越えた先に、石造りの砦が見えてきた。
ふむ、あれか。
遠くからでも分かる程度には大きく、石壁の向こうには塔が突き出している。
周囲の地形と見比べながら眺めてみるが、少なくとも一見したところ、そう簡単に壊れそうな建物には見えなかった。
まぁ、砦なんだから当然か。
簡単に崩れるようでは、軍事施設として役に立たんだろう。
俺は馬の速度を落とし、砦の方向へ感知魔法を集中させた。
……少ないな。
騎士の魔力反応は、数えるほどしか残っていない。
最初にこの場所を感知した時には、それなりの数がまとまっていたはずだ。
それが今では、ほとんどいなくなっている。
なるほど。
自分たちの砦が襲われるとは考えていないようだな。
いや、考えていたとしても、これだけの騎士を街へ向かわせなければならない事情があるのかもしれない。
いずれにしても好都合だ。
俺は隣のセバスチャンを見た。
「どうやら予定どおりにいきそうだぞ」
「砦の様子は?」
「騎士はほとんど残っていない。多くはさっきの街へ向かったようだな」
セバスチャンが砦へ目を向ける。
「そいつは結構なことで」
「ああ。ただし、油断するなよ。数人は残っているぞ」
俺は後ろの騎士たちにも聞こえるよう声を張った。
「敵騎士の多くは先ほど襲った街へ向かったようだが、砦にはまだ数人残っている。少ないからといって甘く見るな」
騎士たちが頷き、それぞれ砦の方へ目を向ける。
たった数人でも、相手は騎士だ。
魔力を使って戦う連中を、人数が少ないという理由だけで侮るつもりはない。
ここまで上手くやってきたのに、最後の最後で余計な犠牲を出すなんて馬鹿馬鹿しいからな。
「行くぞ! 魔力は解放して構わん!」
俺の命令に、騎士たちの雰囲気が変わった。
ここまでは敵に気づかれないよう魔力を抑えてきたが、これからは戦闘だ。
敵に見つからないために力を抑え、そのせいでこちらの騎士が討ち取られました、なんてことになったら笑い話にもならない。
使える力は使えばいい。
そもそも、これから壊すのは軍事施設だ。
軍事施設というのは、はっきり言って生産性がない。ただひたすら物資を消費するだけの施設である。
もちろん、守るためには必要なんだろうが、敵のものなら遠慮する理由はない。
ぶっ壊しても構わないだろう。
「セバスチャン、出てくる騎士たちは任せるぞ」
「お任せくだせぇ」
頼もしい返事だ。
俺は砦を見据えながら、攻撃魔法を放つための魔力を高めた。
それなりに頑丈そうな砦だが、だからといって真正面から門を破る必要はない。
別に占領したいわけじゃないんだからな。
壊してしまえばいいのだ。
ある程度近づいたところで、俺は攻撃魔法を放った。
狙いは砦の塔だ。
特に深い理由はない。
目立っていたからな。
放たれた攻撃魔法が塔へ命中する。
激しい轟音とともに石壁が砕け、塔の上部が大きく揺れた。
次の瞬間、崩れた石材が外側へ弾け飛び、残っていた部分も支えを失って傾いていく。
おお、なかなか派手だ。
塔が崩れ落ちる音は、離れた場所にいる俺たちのところまで響いた。
砦の周囲へ土埃が広がり、その向こうで石が次々と落ちていく。
いやぁ、良い具合に壊れたじゃないか。
もっとも、当然ながら砦の中も大騒ぎになったらしい。
感知していた騎士たちの反応が動き始めた。
「来るぞ!」
俺が声をかけるのと、セバスチャンたちが動き出すのはほとんど同時だった。
砦から飛び出してきた騎士たちが、こちらへ向かってくる。
さすがに自分たちの砦を攻撃されれば、黙って見ているわけにはいかないだろう。
だが、残念ながら数が少なすぎる。
セバスチャンたちは魔力を解放したまま、敵騎士へ向かっていった。
両者が近づき、最初の攻撃がぶつかる。
激しい音が響き、地面に土埃が舞った。
敵騎士も抵抗しているようだが、こちらは人数で大きく上回っている。
セバスチャンが敵の一人へ迫り、攻撃を受け止めると、そのまま間合いを詰めた。
相手が後ろへ下がろうとしたところへ、セバスチャンの剣が振り抜かれる。
敵騎士が倒れた。
ほかの騎士たちも敵を取り囲み、次々と攻撃を加えている。
俺はその様子を確認しながら、再び砦へ向き直った。
あちらは任せておけばよさそうだ。
なら、俺は俺の仕事をしよう。
今度は塔の残骸ではなく、砦の石壁へ攻撃魔法を撃ち込んだ。
石壁が大きく抉れ、崩れた石材が地面へ落ちる。
さらに続けて放つ。
今度は壁の一部が大きく崩れ、内側の建物が見えるようになった。
ふむ、結構壊れるな。
頑丈そうに見えた石造りの砦も、こうして攻撃を続ければ少しずつ形を失っていく。
まぁ、少しずつと言っても、普通の攻城戦とは比べものにならない速度なんだろうが。
俺はさらに攻撃魔法を放った。
轟音とともに壁が崩れ、石材が積み重なっていた場所へ新たな瓦礫が降り注ぐ。
砦の中にあった建物も、崩れてくる石壁に押し潰されるように壊れていった。
土埃が濃くなり、砦の向こう側が見えにくくなる。
それでも俺は、魔力反応を確かめながら攻撃を続けた。
敵騎士たちの反応は、もうほとんど動いていない。
セバスチャンたちの方を見れば、最後まで抵抗していた敵騎士が倒れるところだった。
うむ、終わったか。
それなら、こちらもそろそろ仕上げだな。
俺はまだ形を保っている石壁へ狙いを定めた。
攻撃魔法が命中し、ひび割れた壁が大きく崩れる。
続いて別の場所にも撃ち込むと、今度は残っていた建物の屋根が落ち、その下の壁まで巻き込んで瓦礫の中へ消えていった。
かつて塔が立っていた場所には、もう元の形を想像するのも難しいほど石が積み重なっている。
砦を囲んでいた壁も、あちこちが崩れていた。
それなりに立派な砦だったんだろうが、こうなってしまえばただの瓦礫の山だ。
俺は攻撃を止め、しばらくその光景を眺めた。
舞い上がっていた土埃が風に流され、崩れた石材の隙間から砕け残った壁が顔を出す。
しかし、もう砦として使えるようには見えない。
これなら十分だろう。
「若様!」
セバスチャンが戻ってきた。
「騎士どもは全員片づけやした」
「ご苦労。こちらも終わりだ」
俺が砦を指さすと、セバスチャンは崩れた石壁と積み上がった瓦礫を眺めた。
「こいつはまた、ずいぶん派手にやりやしたな」
「砦なんだから頑丈だろうと思ってな。少し念入りに壊しておいた」
「少し、ですかい?」
「何だ、不満か?」
「いえいえ、とんでもございやせん」
セバスチャンが笑う。
何がおかしいのかは知らんが、とりあえず砦を壊すという目的は達成した。
さて、あとは帰るだけだな。
いや、帰るというのは少し違うか。
まだジキタリヌ領の襲撃は終わっていない。
俺は周囲を見渡し、残っている敵がいないか確かめた。
すると、崩れた砦から離れていく人影がいくつか見えた。
平民兵か。
どうやら騎士たちが戦っている間に逃げ出したらしい。
何人かが振り返りながら走り、瓦礫から十分に離れたところでさらに速度を上げていた。
俺はその後ろ姿をしばらく眺めた。
「若様、あいつらは?」
「放っておけ」
俺が答えると、セバスチャンは逃げていく兵士たちを見てから頷いた。
「よろしいんで?」
「ああ、別に追いかける必要はないだろう」
平民兵をわざわざ追いかけて殺したところで、こちらに大した得はない。
それより、生きて逃げてもらった方が面白い。
何しろ、あいつらは今の光景を見ていたのだ。
どこからともなく現れた謎の騎士たちが、砦に残っていた騎士を殺し、石造りの砦をあっという間に瓦礫の山へ変えてしまった。
そんな話を聞いたら、ほかの連中はどう思うだろうな。
まぁ、どこまで正確に伝わるかは分からない。
話しているうちに大げさになるかもしれないし、逆に信じてもらえない可能性もある。
だが、砦そのものがこうして壊れている以上、少なくとも何か恐ろしいことがあったとは分かるはずだ。
俺は逃げていく平民兵たちの後ろ姿へ目を向けた。
ぜひ頑張ってほしい。
できれば、ジキタリヌ領のあちこちで話してもらいたいものだ。
騎士たちが街を守りに出かけたら、その間に砦が壊されてしまった、と。
さて、街へ向かった騎士たちが戻ってきたら、どんな顔をするんだろうな。
自分たちが守ろうとした街は燃え、帰るはずだった砦は瓦礫の山になっている。
なかなか笑えない話だ。
俺はもう一度、崩れ落ちた砦を眺めた。
目立っていた塔は跡形もなく、石壁もまともに残っていない。
先ほどまでここにあった砦が、今では見る影もないのだから、あいつらも驚くだろう。
もっとも、その反応をわざわざ見届ける必要はない。
俺たちには、まだやることがある。
逃げていく平民兵の姿が遠ざかるのを横目に、俺は馬の手綱を握り直した。
帰る砦を失った騎士たちには悪いが、これで終わりにするつもりはないぞ。
次は、20時に更新となります。




