第三百三十三話 遅れてくる騎士たち
俺たちは再びジキタリヌ領へと近づいていた。
前回とは違う道を選び、なるべく人目につかないよう慎重に進んでいる。馬の蹄が踏み固められた土を叩き、乾いた音を立てる。街道から離れた場所では地面の凹凸が増え、馬の歩みも自然と遅くなった。
まぁ、急ぐ必要はない。
ジキタリヌ家は王家の血統を受け継ぐ貴族家の一つだ。前回の襲撃では相応の被害を与えたつもりだったが、結局、戦場から軍を引くことはなかった。
なかなか根性があるじゃないか。
いや、根性というより、領地が多少荒らされた程度では戦場から離れられない事情でもあるのかもしれない。王家の血を引いている以上、そう簡単には逃げ出せないということだろうか。
まぁ、その辺りは俺の知ったことではない。
問題は、どの程度まで荒らせば軍を退けるのかということだ。
前回と同じことを繰り返しても面白くないし、同じ結果になる可能性もある。だったら、今回はもう少し派手にやってみようじゃないか。
もっとも、相手も一度襲撃されている。こちらが再び現れる可能性を考えて、何らかの対策を取っているかもしれない。
油断して返り討ちなんてことになったら、さすがに笑えん。
俺は馬上で周囲へ意識を広げ、感知魔法を展開した。
自分を中心に魔力反応が次々と浮かび上がる。近くにいるセバスチャンたちの反応はもちろん、離れた場所に点在する反応も把握できる。
そのまま感知する範囲を広げていくと、ある方向にまとまった数の魔力反応があった。
「ふむ、それなりには騎士がいるが、それほど分散してないんだな」
思わず口にすると、隣を進んでいたセバスチャンがこちらを向いた。
「どういうことで?」
「いや、前に襲われているんだから、領地の各地に騎士を配置していると思ったんだがな。どうも違うらしい」
もちろん、魔力反応だけで相手が何をしているのかまで分かるわけではない。
しかし、領内を広く守ろうとしているなら、もう少し反応が散らばっていてもよさそうなものだ。ところが、実際にはある程度まとまっている。
「どこら辺ですかい?」
「あちらだ。距離は十キロほどだな」
俺は進行方向から少し外れた丘の向こうを指さした。
セバスチャンはそちらへ顔を向け、しばらく地形を眺めてから頷いた。
「ふむ、あちらには確か砦がありますな」
「なるほど」
砦か。
そう言われれば、騎士たちが集まっていることにも一応の説明がつく。
つまり、砦に騎士を集めておき、襲撃の知らせが届いたら急行するつもりなのかもしれない。
それなら領内のどこかで異変が起きても、ある程度まとまった戦力を送り込める。各地に少人数ずつ配置するより、戦力を集中させられるという利点もあるだろう。
だが、それって意味あるのか?
俺は丘の向こうへ目を向けたまま、首を傾げた。
襲撃の知らせが砦へ届くまでにも時間がかかる。そこから騎士たちが出発して、襲われた場所へ向かうわけだ。
その頃には、俺たちはとっくに移動しているぞ。
まぁ、俺たちの移動速度を基準に考えるのもどうかとは思うが、襲撃する側がいつまでも同じ場所にとどまっているとは限らないだろう。
うーん、もしかして二度目の襲撃を想定していないのかな。
あるいは、そこまで考えたうえで、ほかに良い方法がなかったのかもしれない。
領地は広いし、騎士の数にも限りがある。全ての街や畑に十分な戦力を置くなんて、現実的ではないだろうからな。
どちらにしても、こちらにとっては好都合だ。
「よし、まずは各地を襲撃するぞ」
俺が告げると、セバスチャンがこちらへ視線を戻した。
「前と同じようにやりやすか?」
「いや、今回はもっと徹底的にやる。畑、穀物の集積地、鍛冶場、全部襲え。なんなら商店や街も焼き払え」
セバスチャンは特に驚いた様子もなく頷いた。
「承知しやした」
あっさりしたものだ。
まぁ、俺たちが何をしに来たのかは全員分かっている。今さら街を焼くことに驚くような奴はいないだろう。
それに、今回は前回の襲撃で軍を引かなかった相手だ。少しばかり厳しくしたところで、また無視されるかもしれない。
だったら、無視できなくなるまでやってみるしかない。
俺たちは進路を変え、ジキタリヌ領の奥へと入り込んでいった。
最初に目についたのは、広がる畑だった。
風に揺れる作物が一面に続き、その向こうには人の手が入った土地がさらに広がっている。なかなか立派なものだ。ここまで育てるのにも、それなりの手間がかかったことだろう。
だが、残念ながら今回は見逃すわけにはいかない。
「ここから始めるか」
俺は馬を止め、畑へ向かって攻撃魔法を放った。
魔力が解放され、畑の一角で炎が噴き上がる。乾いた葉が火に包まれ、風に煽られた炎が周囲へ広がっていった。
続けて別の場所にも攻撃を加える。
燃え始めた作物が黒く崩れ、立ち上る煙が風に流されていく。青々としていた畑の色が、あっという間に黒と赤へ塗り替えられた。
いやぁ、よく燃えるな。
もっとも、感心している場合ではない。ここで火の行方を眺め続けていたら、敵の騎士がやってくるかもしれない。
「移動するぞ」
俺の言葉に騎士たちが応じ、馬を進め始めた。
背後では炎が勢いを増している。
振り返れば、さっきまで作物が揺れていた場所から黒い煙が上がっていた。あれを元どおりにするのは大変だろうな。
まぁ、戦争なんだから仕方がない。
次に向かったのは、穀物を集めている場所だった。
建物の周囲には運び込まれた穀物が置かれ、積み上げられた荷の間には人影もあった。こちらの接近に気づいた者たちが慌ただしく動き始める。
俺は建物の様子を確認すると、騎士たちへ合図した。
近づきすぎる必要はない。
攻撃魔法を放つと、建物の一部が吹き飛び、崩れた壁の向こうから土埃が噴き出した。積まれていた荷が弾け飛び、遅れて屋根が大きく傾く。
さらに魔法を撃ち込む。
今度は建物全体が激しく揺れ、支えを失った屋根が崩れ落ちた。
轟音とともに土埃が広がり、積み上げられていた穀物も瓦礫の下へ消えていく。
うむ、これでしばらくは使えないだろう。
穀物そのものも大事だが、それを集めて保管する場所がなくなれば、何かと困るはずだ。
もっとも、どの程度困るのかまでは知らん。
そこまで確かめるつもりもないし、俺たちにはまだ襲う場所がある。
続いて見つけた鍛冶場にも攻撃を加えた。
近づくにつれて、金属を打つ音が聞こえてくる。建物の中からは火の熱気が漏れ、仕事をしていたらしい男たちの姿が見えた。
こちらに気づいた男が何か叫ぶ。
その声を聞いて別の者も振り返ったが、俺たちは足を止めなかった。
攻撃魔法が建物へ命中し、壁が砕ける。屋根の一部が跳ね上がり、金属のぶつかる音が騒々しく響いた。
もう一撃。
今度は建物の奥が大きく崩れ、舞い上がった土埃がこちらまで流れてきた。
俺は思わず顔をしかめる。
いや、少し離れているとはいえ、あまり気持ちのいいものじゃないな。
「若様、そろそろ」
セバスチャンに促され、俺は頷いた。
「ああ、次へ行こう」
俺たちは長居をせず、その場を離れた。
それからも商店を壊し、街の建物に火を放ち、目についた施設を次々と襲撃していく。
建物が崩れる音、木材が燃える音、人々の叫び声。場所を変えるたびに違う光景が広がるが、俺たちのすることは変わらない。
前回よりずっと激しい襲撃だ。
これだけやれば、さすがにジキタリヌ家も無視できないんじゃないか?
そう考えながら感知魔法を展開すると、予想していたとおり、騎士たちの反応が動き始めていた。
最初に襲った方向へ向かう反応がある。
別の場所へ移動している反応もあった。
ふむ、一応対応はしているんだな。
ただ、どうにも遅い。
俺たちは襲撃を終えた場所からすでに離れている。騎士たちが向かっている先には、さっきまで俺たちがいた場所があるだけだ。
今頃駆けつけたところで、焼け落ちた街や畑を眺めるくらいしかできないんじゃないか?
もちろん、火を消したり、被害を調べたりする仕事はあるだろう。
まぁ、被害報告書くらいは作れるか。
俺は馬上で小さく笑った。
敵も騎士である以上、感知魔法を使ってこちらの動きを探っているはずだ。
問題は、その感知範囲である。
俺が今こうして把握している敵の反応は、ずっと離れた場所にある。こちらからは位置も移動も分かるが、向こうが同じ距離から俺たちを感知できるわけではない。
この差は大きい。
相手の感知範囲へ入る前に、こちらは進む方向を変えられる。敵がどこへ向かっているのかを確かめながら、余裕を持って移動できるわけだ。
何とも便利なものだな。
広域感知魔法がこれほど役に立つとは、今さらながら感心する。
いや、前から役には立っていたけど、こういう襲撃を繰り返す場合には特に便利だ。
敵に見つかる前に敵を見つけられる。
しかも、相手は俺たちを追っているつもりでも、こちらからすれば、その動きが丸見えなのだ。
これじゃあ、追いかけっこにもならんな。
もっとも、油断は禁物だ。感知魔法で分かるのは魔力反応だけで、魔力のない平民まで見えるわけではない。
道の先に何があるかは、ちゃんと目でも確認しなければならない。
だからこそ、俺たちは周囲を警戒しながら移動を続けている。
その間にも、感知している騎士たちの位置は少しずつ変わっていた。
襲撃地点へ向かっていく反応を追いながら、俺はふと別の方向へ意識を向けた。
最初に見つけた、騎士たちが集中していた場所だ。
確か、セバスチャンは砦があると言っていたな。
そこから出ていったらしい反応が、襲撃地点へ向かっている。
ということは……。
俺は頭の中で、騎士たちの動きを整理してみた。
砦に集まっていた騎士が襲撃の報を受けて出発する。俺たちが攻撃を終えた街や畑へ向かい、そこで被害を確認する。
その間、砦に残っている騎士はどうなる?
当然、減っているよな。
場合によっては、ほとんど空になっているかもしれない。
ふむ。
なかなか面白いことに気づいたんじゃないか?
こちらが街を襲えば、敵はそこへ向かう。だが、俺たちは敵より先に動ける。
だったら、わざわざ敵が向かっている場所に残る必要はない。
むしろ、敵が出ていった場所を襲えばいいじゃないか。
俺は思わず口元を緩めた。
すると、隣にいたセバスチャンがこちらを見ていた。
「なんぞ、悪どい事でも思いつきやしたか?」
おいおい。
人の顔を見るなり、それはないだろう。
「人聞きの悪い事を言うな。知らない者が聞いたら誤解するかもしれんぞ」
苦笑しながら返すと、セバスチャンは何とも言えない顔をした。
いや、何だよ、その顔は。
俺は別に悪事を思いついたわけじゃないぞ。
敵の動きを見て、ちょっと良さそうな作戦を考えただけだ。
まぁ、その作戦で何をするのかと聞かれたら、敵の砦をぶっ壊すと答えることになるんだが。
……うん。
あまり深く考えるのはやめておこう。
「次にデカい街を襲撃したら、すぐに奴らの砦へ向かう」
俺がそう告げると、セバスチャンの表情が引き締まった。
「砦ですかい?」
「ああ。奴らの帰る場所を無くしてやろう」
セバスチャンはすぐには答えず、俺の顔を見てから丘の向こうへ視線を向けた。
「なるほど。街を襲えば、また騎士たちが出てくると」
「そういうことだ。もちろん、砦に十分な戦力が残っているなら無理はしない。だが、今の連中の動きを見る限り、やれそうな気がする」
砦がどれほど頑丈なのかは、実際に見てみなければ分からない。
守備についている騎士も、全員が出払うとは限らない。少人数でも厄介な相手が残っている可能性はある。
だが、こちらには感知魔法がある。
敵の騎士がどこへ移動したのかを把握したうえで、砦へ近づくことができる。無理そうなら、その時点で引き返せばいい。
何も正面から大勢の騎士に突っ込む必要はない。極論すれば戦争とは弱い者いじめの連続だからな。
「ふむ、確かにそれなら」
セバスチャンが頷いた。
「騎士たちが戻る前に砦を壊せれば、連中もさぞ困るでしょうな」
「だろう?」
俺は笑いながら、もう一度感知魔法で遠くの反応を確かめた。
敵騎士たちは、相変わらず俺たちの襲撃した場所へ向かっている。
これだけ動いてくれるなら、もう少し大きな街を襲えば、さらに多くの騎士が出てくるかもしれない。
もちろん、そう都合よくいくとは限らないが、試してみる価値はありそうだ。
畑や商店を焼かれたうえに、頼りにしている砦まで壊されたらどうなるだろう。
少なくとも、ジキタリヌ家にとっては面白くない話だろうな。
それでも戦場から軍を引かないというなら、さらに別の場所を襲えばいい。
俺たちがやっているのは、何も一度きりの襲撃じゃないのだ。
「よし、次の街へ向かうぞ」
俺は騎士たちへ声をかけ、馬の向きを変えた。
背後に残してきた煙は、もう遠くなっている。
敵の騎士たちは、今もその煙の下を目指しているのだろう。
ご苦労なことだ。
せっかく駆けつけても、俺たちはもういない。
そして、次はもっと面倒なことになるかもしれないぞ。
俺は丘の向こうにあるという砦の方角を一度だけ眺め、それから前を向いた。
さて、どんな砦なのか楽しみだな。
本日は、5時、12時、20時の更新です。




