第三百二十九話 レダリエ騎士団
父上への報告も終わり、今後の行動についてもお許しをいただいた。
うむ、これで一安心だな。
敵の貴族たちが予想以上に撤退しているというのも嬉しい話だし、何より後方襲撃を続けてもいいというのがありがたい。
後は二、三日ほど身体を休めて、また出かければいい。
さて、セバスチャンたちにも知らせておかないとな。
そう考えながら、俺は父上に軽く頭を下げ、陣幕を退出しようとした。
「そういえば、ギルバート」
「はい?」
呼び止められて振り返ると、父上がこちらを見ていた。
「騎士団の名は決まったか?」
……。
ヤバい。
忘れてた。
そういえば、そんな話もあったな。
自分の騎士団なのだから、いつまでも名前がないというのも具合が悪い。何か考えておかなければならないとは思っていたのだが、あちこち襲撃しているうちに、すっかり頭から抜け落ちていた。
どうしよう。
父上は当然、もう考えてあるものと思っているのだろう。こちらを見ながら返事を待っている。
今さらうっかり忘れていましたなんて言いづらい。
うーむ。
何かないか。
騎士団の名前なんだから、あんまり妙なものにするわけにもいかんよな。これから先も名乗ることになるのだし、できればそれなりに格好のつく名前がいい。
とはいえ、今から長々と考えているわけにもいかない。
えーっと……。
頭に浮かんだのは、当然というか何というか、俺の愛する女たちの顔だった。
レティシア。
ダリア。
リエリエール。
それから、エレオノーラ。
うん、エレオノーラも入れておこう。
まだ本人にはそんなことを言っていないが、俺の中ではもう決まっている。あの女も嫁にするつもりなのだから、別に構わんだろう。
となると……。
レ、ダ、リ、エ。
レダリエ。
……お?
悪くないんじゃないか?
「レダリエ騎士団としようと思います」
口に出してみると、思った以上にしっくりきた。
レダリエ騎士団。
うん、なかなかいい響きだ。
単に女たちの名前を並べただけなんだけどな。
我ながら適当すぎる気もするが、こういうものは響きが良ければ案外どうにかなるものである。
父上はしばらく俺を見ていたが、やがて小さく頷いた。
「ふむ、レダリエ騎士団か。ふむ、なかなか良いではないか」
おお、気に入ってくれたみたいだ。
良かった。
実に良かった。
「では、今後はレダリエ騎士団と名乗ることにします」
「うむ」
父上は満足そうに頷いている。
ふう。
どうやらバレていないようだな。
いや、別にバレたからといって怒られるようなものでもないのだろうが、さすがに愛する女たちの名前を適当に並べただけですとは言いづらい。
それを父上が真面目な顔で褒めてくれているのだから、何とも気恥ずかしいものがある。
しかも、ここには帝国の軍官や他の貴族たちまでいるのだ。
誰かに由来を尋ねられたりしたら、余計な説明をしなければならなくなるかもしれん。
いや、それは困る。
実に困る。
ここはさっさと退散しよう。
俺は改めて父上に一礼すると、今度こそ陣幕を後にした。
外へ出ると、少しばかりほっとした。
陣幕の中では大勢の貴族たちに見られていたし、父上の前ということもあって、どうしても気を使う。
別に緊張するほどのことでもないのだが、やはり気楽に話せる場所ではない。
何より、危うく騎士団の名前を忘れていたことがバレるところだった。
ああ、危なかった。
しかし、これで騎士団の名前も決まったわけだ。
レダリエ騎士団。
ふむ、何度か頭の中で繰り返してみても悪くない。
愛する女たちの名前が入っているというのも、俺としては気に入っている。
まあ、本人たちが聞いたらどう思うのかは知らんが。
……。
そこはあまり考えないことにしよう。
今は戦争中なのだ。
余計なことを考えている場合ではない。
自分にそう言い聞かせながら歩き、セバスチャンたちと合流した。
騎士たちは俺の姿に気づくと、こちらへ顔を向けた。
さて、忘れないうちに言っておこう。
「俺たちの騎士団の名は、レダリエ騎士団となったぞ」
そう告げると、騎士たちの間で小さな声が上がった。
「レダリエ……」
「レダリエ騎士団ですか」
「ふむ、レダリエ……」
それぞれ口に出して、名前の響きを確かめているようだ。
うん。
今のところ、不満そうな声は聞こえてこない。
別に全員に気に入ってもらわなければ困るというものでもないのだが、やはり自分がつけた名前を嫌がられるのは面白くない。
何しろ、俺の愛する女たちの名前だからな。
できれば良い名前だと思ってもらいたい。
騎士たちは互いに顔を見合わせたり、何度か繰り返したりしている。
よしよし。
どうやら問題なさそうだ。
そう思ったところで、セバスチャンが首を傾げた。
「ふむ、レダリエ? なんぞ古語で意味がありましたかな?」
……。
おい。
余計なことを考えるんじゃない。
俺は思わずセバスチャンを見た。
本人は至って真面目な顔をしている。
うーむ、困った奴だ。
どうしてお前はそういうことを気にするんだ。
古語も何も、そんな大層な意味なんぞない。
レティシアのレ、ダリアのダ、リエリエールのリ、エレオノーラのエ。
それだけだ。
むしろ、古語なんぞに意味があったら俺の方が驚くわ。
とはいえ、わざわざ本当のことを教えてやる必要もない。
「詳しくは知らんが、響きがいいのでな。そうしたんだ」
俺は何でもないことのように答えた。
「ふむ……」
セバスチャンはまだ考えている。
やめろ。
あんまり考えるな。
ハゲるぞ、くそジジイ。
いや、本当にハゲられても困るんだけどな。
こいつは妙なところで勘がいいから、あまり深く考えられると困るのだ。
古語の意味を調べるくらいならまだいい。
しかし、俺の周囲にいる女たちの名前を思い浮かべたりしたら、ひょっとすると気づくかもしれん。
それはちょっと恥ずかしい。
いや、かなり恥ずかしい。
そもそも、エレオノーラについては俺の内心で勝手に決めているだけなのだ。
そのあたりまで知られたら、何を言われるか分かったものではない。
勘のいい奴というのも、こういうときは実に厄介だな。
セバスチャンはまだ小さく首を傾げているが、どうやら今のところ名前の由来には気づいていないらしい。
うん。
この話は終わりだ。
さっさと別の話をしよう。
「それより、二、三日休んだら敵後方への襲撃を続けるぞ。父上からのお許しも出たからな」
「おおっ!」
騎士たちが一斉に声を上げた。
それまで騎士団の名前について話していた連中も、途端に表情を明るくしている。
何とも分かりやすい奴らだな。
いや、俺も人のことは言えんか。
何しろ、襲撃は楽しいからなぁ。
敵の領地を荒らして回るのはなかなか愉快だし、今回のように予想以上の成果が出るならなおさらだ。
もちろん、無茶をするつもりはない。
だが、せっかく父上から許可をいただいたのだから、もう少し頑張ってみてもいいだろう。
騎士たちが嬉しそうに声を交わしている中、セバスチャンだけが少し違った顔をしていた。
「本当にお許しいただけたんですね?」
おいおい。
疑うなよな。
俺が父上のお許しもなく勝手に襲撃を続けるとでも思っているのか?
……。
いや、まあ。
そう思われても仕方がないところはあるかもしれんが。
「本当だ。無理なら諦めていいとは言われたがな」
「ふむ」
セバスチャンが短く頷いた。
何やら考えているらしい。
だから、あんまり難しく考える必要はないんだって。
「つまり、好きにしていいってことだ」
俺がそう言うと、騎士たちはさらに喜んだ。
それまでよりも大きな声が上がり、互いに顔を見合わせて笑っている者もいる。
うんうん、結構なことだ。
好きにしていいというのは実に素晴らしい。
相手の警戒が厳しくて無理そうなら引き返してもいいし、隙があるなら襲撃すればいい。
こちらの判断で動けるというのは、何ともありがたい話ではないか。
俺たちにとっては、それが一番やりやすい。
そんなふうに考えていると、セバスチャンが少し苦い顔をしていることに気づいた。
……何だよ、その顔。
そんな顔するな。
怖いから。
まるで俺がこれから何かとんでもないことをしでかすみたいじゃないか。
俺はただ、父上からいただいた許可の範囲で行動しようと思っているだけだぞ。
何も問題はない。
少なくとも、今のところはな。
俺は軽く息を吐くと、騎士たちを見渡した。
さて、名前も決まったし、襲撃の継続も認められた。
ならば、次の方針についても伝えておいた方がいいだろう。
今回の報告で、俺も少しばかり考えを改めたところだ。
「これからは少し方針を変える」
そう告げると、騎士たちの声が静かになった。
先ほどまで笑ったり、互いに話しかけたりしていた連中が、次々とこちらへ顔を向ける。
うん。
実に素晴らしい。
さすがレダリエ騎士団だな。
……まあ、さっき名前をつけただけなんだけど。
それでも、自分の言葉を聞こうとしている騎士たちの顔を見るのは悪くない。
俺は一人一人へ視線を向けながら、先ほど父上の陣幕で聞いた話を思い返した。
ジキタリヌ家、カリウス家、マグニア家。
王家の血を引く貴族たち。
領地を荒らされたにもかかわらず、撤退しなかった連中だ。
理由は分からない。
ザイン殿は王家との血縁が影響したのだろうと言っていたし、俺もその可能性は高いと思っている。
だが、いずれにしても、領地を荒らされても戦場に残るという選択をしたのは確かなのだろう。
それなら、こちらも少し考えなければならん。
「王家の血を受け継ぐ貴族家に対しては、これまで以上に苛烈に攻める。どうもいらん事を考えているらしいからな」
騎士たちは黙って聞いている。
俺はその顔を見渡した。
今回の襲撃では、敵の貴族たちが領地へ帰ってくれるように仕向けた。
だが、あれだけでは足りない奴らがいるらしい。
ならば、もっと酷い目に遭ってもらえばいい。
何も全員を同じように扱う必要はないのだ。
こちらの狙い通りに撤退する奴もいれば、そうでない奴もいる。
その違いを考えながら攻めればいい。
もちろん、相手が警戒しているところへ無理に突っ込むつもりはない。
父上からも、無理なら諦めよと言われている。
だが、襲える機会があるのなら、今度はもう少し念入りに荒らしてやる。
王家の血を引いているからといって、俺たちが遠慮してやる必要などない。
むしろ、そこまで頑張って戦場に残るというのなら、その覚悟に見合うだけの負担を背負ってもらおうではないか。
何しろ、俺たちはマバール家を守るために戦っているのだ。
そのためなら、多少の悪評など知ったことではない。
恐れられるというのなら、存分に恐れてもらおう。
俺は騎士たちを見渡し、声を張り上げた。
「我らレダリエ騎士団の恐ろしさを思い知らせてやれ!」
「おおおおおぅ!」
騎士たちが一斉に右拳を振り上げた。
力強い歓声が周囲に響き、目の前には高く掲げられた拳が並ぶ。
俺はその様子を眺めながら、思わず口元を緩めた。
うん。
いいじゃないか。
つい先ほどまで名前もなかった俺たちの騎士団が、こうして一つの名前の下で声を上げている。
レダリエ騎士団。
我ながら、なかなかいい名前をつけたものだ。
……まあ、愛する女たちの名前を並べただけなんだけどな。
そこは絶対にバレないようにしよう。
本日はここまでとなります。
次回は、明日5時の予定です。




