第三百二十八話 割に合わない戦争
「これからはどうする?」
父上がそう尋ねてきた。
先ほどまで周囲の貴族たちへ向けられていた視線が、再び俺に戻ってくる。
ふむ、これからか。
正直なところ、まだまだやりたいことはある。今回の襲撃は思っていた以上に上手くいったし、敵の貴族たちが領地へ戻っていくというのなら、ここで終わらせるのは少々もったいない。
もちろん、俺たちも疲れている。
騎士たちはよく働いてくれたし、馬にも相応の負担がかかっている。俺自身は魔法のおかげで何とかなるとしても、他の連中まで同じように扱うわけにはいかない。
だからといって、いつまでも休んでいられるわけでもない。
少し休んで、また敵の後方へ出かける。
今のところ、それが一番良さそうだ。
「お許しいただけるのなら、数日ほど休んで、後方への襲撃を継続したいと思います」
そう答えてから、父上の反応を待つ。
俺としては、できれば認めてもらいたい。
今回の戦果が評価されているのだから、駄目だとは言われない気もするが、それを決めるのは父上だ。
何しろ、今は戦争の真っ最中である。
俺一人の都合で動けるわけではないし、父上には父上の考えがあるだろう。
「ふむ」
父上は短く唸った。
すぐには答えず、少し考えるように顎を引く。それから、ゆっくりと周囲を見渡した。
何だろう?
俺は父上の視線を追った。
帝国の軍官が頷いている。
その近くにいる貴族たちも、互いに顔を見合わせていた。
「これほどの効果があるのなら、続けるべきでしょうな」
一人がそう口にすると、別の貴族も頷いた。
「確かに。敵の貴族たちが領地へ戻っているのであれば、我らにとっても有利となります」
なるほど、反対する理由はあまりないというわけか。
まあ、そりゃそうだろう。
俺たちが十名ばかりで敵の後方を荒らしている間に、相手の貴族たちが軍勢を連れて帰ってくれるのなら、こちらとしてはありがたい話だ。
戦場で正面から戦って追い払おうと思えば、それなりの犠牲が出る。
だが、領地を襲われた貴族が自分から戻ってくれるのなら、その分だけ戦わずに済む。
少なくとも、こちらの損失を減らすことには繋がるはずだ。
帝国の軍官も、周囲の言葉を聞きながら何度か頷いている。
父上はそれらを黙って聞いていた。
ふむ。
本来なら、父上一人でも決定できるだろうにな。
俺はそんなことを考えながら、改めて父上を見た。
マバール家の軍勢を率いているのは父上だ。俺の行動についても、最終的には父上が判断する立場にある。
それでも、こうして周囲に発言の機会を与えている。
帝国から派遣された軍官もいれば、共に戦っている貴族たちもいる。皆、それぞれに立場があるわけだ。
自分たちの意見を聞かれもせず、一方的に物事が決まっていくのは面白くない奴もいるだろう。
だから、わざわざ周囲の意見を聞いているのかもしれない。
もちろん、父上が何を考えているのかなど、俺には分からん。
だが、そういう配慮も必要なのだとしたら、何とも面倒な話である。
父上も大変だな。
俺だったら、できればそんなことはしたくない。
必要なことを決めて、さっさと動く。
それで済むなら楽なのだが、人が増えるとそうもいかないのだろう。
やっぱり偉い人というのは大変だ。
お気楽な三男坊でいたかった俺には、実に向いていない仕事である。
そんなことを考えていると、父上がこちらへ視線を戻した。
「では、継続を認める」
「ありがとうございます」
おお、良かった。
思わず頭を下げかけたところで、父上が言葉を続けた。
「ただし、今後は相手の警戒が予想される。無理ならば諦めよ」
「はい」
俺は頷いた。
なるほど、もっともな話だ。
今回は上手くいったが、だからといって次も同じように上手くいくとは限らない。
敵だって馬鹿ばかりではないだろうし、領地が襲われると分かっていれば、それなりに備えるはずだ。
今までのように好き勝手に荒らせるとは限らない。
だが、その場合は諦めていいという。
ふむ。
つまり、続けるのも辞めるのも自由ってことか。
これはありがたい。
俺としても、わざわざ危険なところへ突っ込んでまで襲撃するつもりはない。
上手くいきそうなら襲うし、難しそうなら別のところを探す。それでも無理なら引き返せばいい。
父上が許してくれるというのなら、何も問題はない。
「ありがとうございます」
改めて礼を述べる。
父上は軽く頷いただけだった。
それでも十分だ。
これで当面の行動については自由が利く。
後は、どこを襲うかだな。
先ほど名前の挙がった、王家の血を引く貴族たちについても、後で誰かに詳しく確認しておこう。
ジキタリヌ家、カリウス家、マグニア家だったか。
ああいう連中は、普通の貴族と少しばかり事情が違うらしい。
なら、その事情も考慮しなければなるまい。
領地を荒らされた程度では帰らないというのなら、もっと念入りに荒らしてやる必要があるかもしれない。
まあ、そこらへんは相手の様子を見てからだ。
何にしても、次の襲撃ではもう少し考えて動いた方が良さそうだな。
そんなことを考えながら、俺は陣幕の中にいる貴族たちを眺めた。
皆、今回の戦果を喜んでいるように見える。
だが、正直なところ、俺たちの襲撃だけで戦争が終結するとは思っていない。
いくら領地を荒らしても、敵が全員帰ってくれるとは限らないし、王家の血を引く貴族たちのように、別の事情を抱えている奴もいる。
それに、敵の軍勢を実際に打ち破るのは父上たちの仕事だ。
俺たちだけでできることには限界がある。
だが、その限界があるからといって、役に立たないわけではない。
むしろ、少人数だからこそできることもある。
例えば、今回のような後方への襲撃だ。
こちらは十名。
たったそれだけの人数で敵の領地へ入り込み、あちこちを荒らして回る。
当然、十名で何でもできるわけではない。大勢の敵が待ち構えているところへ正面から突っ込めば、いくら俺たちでも面倒なことになるだろう。
しかし、相手の領地は広い。
守らなければならない場所も、一つや二つではないはずだ。
そこが重要なのだ。
俺たちは十名で襲撃できる。
だが、敵は十名で領地全体を守れるのか?
無理だろう。
少なくとも、俺にはそんな芸当ができるとは思えない。
広い領地のどこに敵が現れるか分からないのだ。
俺たちが次にどこへ向かうのか、敵が知っているわけでもない。
領地のあちこちを守ろうと思えば、それなりの人数を配置しなければならなくなる。
百名か、千名か。
正確なところは知らん。
だが、十名では到底足りないはずだ。
そして、領地を守るために騎士たちを配置すれば、その分だけ戦場へ連れてこられる人数が減る。
実に結構な話ではないか。
しかも、その効果は必ずしも貴族本人が撤退することだけではない。
先ほどザイン殿が教えてくれたように、領地を荒らされた貴族のほとんどは帰っていった。
だが、残った貴族たちはどうだろう。
本当に全員がそのまま軍勢を率いて残っているのか?
俺には少々疑問である。
王家の血を引いているからといって、自分の領地が大切ではないということにはならないだろう。
戦場に残って功績を立てたいと思っていたとしても、領地を放っておけるわけではない。
家族もいるだろうし、財産もある。
領地が荒らされ続ければ、当然困るはずだ。
だったら、何割かの騎士を領地防御のために戻しているのではないだろうか。
もちろん、実際にどうなっているかは分からない。
今のところ、そういう報告を聞いたわけでもないしな。
だが、ありそうな話ではある。
俺が逆の立場だったら、やはり気になるだろう。
自分が戦場にいる間に、領地のどこかを好き勝手に荒らされている。
しかも、次にどこを襲われるか分からない。
そんな状況で、何の備えもしないまま全員を戦場に残しておけるだろうか?
少なくとも、俺なら嫌だ。
そう考えると、なかなか面白いことになっているのかもしれない。
百の兵力で攻めてくるはずだった相手が、七十になる。
さらに六十になる。
それだけでも、十分な成果ではないか。
別に相手の軍勢を全部消し去る必要はない。
こちらへ向かってくる人数を減らせるなら、それだけ父上たちが戦いやすくなる。
もちろん、実際にどれほど減っているのかは分からないが、敵が領地の防御を考えなければならなくなった時点で、多少なりとも負担は増えているはずだ。
こちらは十名で動けばいい。
あちらは、その十名がどこへ来るのか分からないまま、広い領地を守らなければならない。
しかも、いつまで続くのかも分からない。
考えれば考えるほど、なかなか割に合わない話である。
俺たちが襲撃を続けている限り、敵は安心して戦場に兵力を集めることが難しくなる。
それが狙いだ。
もっとも、今回の戦争でそれなりに効果があったとしても、それだけで満足するつもりはない。
俺が本当に敵に覚え込ませたいのは、もっと単純なことだ。
マバール家を攻めるのは、コストが高い。
それを、奴らに叩き込みたい。
マバール家へ攻め込めば、こちらも反撃する。
しかも、必ずしも正面から相手をするとは限らない。
軍勢を率いてやって来たところで、自分たちの領地のどこを、いつ襲われるか分からない。
戦場で勝とうが負けようが、その間に大切な領地を荒らされるかもしれない。
そんなことを考えなければならない相手と、わざわざ戦いたいと思うだろうか?
俺だったら嫌だな。
面倒にもほどがある。
戦争というのは、何も相手を倒せばそれで終わりというものではない。
勝ったところで損害が大きすぎれば、結局は困る。
しかも、こちらは十名しか動かしていないのに、相手はその何倍もの騎士を領地へ戻さなければならない。
そんな効率の悪い戦争、俺なら御免である。
だからこそ、相手にもそう思ってもらいたい。
マバール家を攻める。
それがどれほど割に合わないことなのか。
どれほど効率が悪く、どれほど不利な負担を強いられるのか。
その非対称性を、身をもって知ってもらいたいのだ。
もちろん、今回の戦争で全員が理解してくれるとは限らない。
だが、一度でも酷い目に遭えば、次に同じことをしようとしたときには思い出すだろう。
マバール家を相手にすれば、自分の領地が危ない。
そう考えてくれれば、それでいい。
俺は別に、誰彼構わず戦いたいわけではない。
できることなら、面倒な戦争などせずに済ませたい。
父上や兄さんたちが余計な戦争に巻き込まれず、俺も好きなことをして過ごせる。
それが一番だ。
そのために、今は少々面倒なことをしているわけだが。
まあ、仕方がない。
将来の面倒を減らすための投資だと思えば、まだ我慢できる。
マバール家を攻めることの効率の悪さを、敵対する貴族たちが理解してくれる。
そうすれば俺たちはかなり安全となる。
続きは、20時となります。




