第三百二十六話 鉈槍の改良案
セバスチャンは俺の言葉に笑いながら、括り付けていた死体をもう一度確かめていた。
他の騎士たちも後始末を終えつつあるらしい。先ほどまで敵が倒れていた場所では、生き残った馬が何頭か落ち着かない様子で首を動かしていた。
まったく、わざわざ追いかけてきた挙げ句、こんなことになるとはねぇ。
俺は馬上で鉈槍を持ち直した。
刃に残っていた血はだいぶ落ちていたが、まだところどころ赤いものが付いている。何度か敵を斬ったわりには刃先も傷んでいないようだし、少なくとも頑丈さについては悪くなさそうだ。
なかなかいい仕事をしてくれたじゃないか。
生産拠点の職人たちには、ちゃんと褒めてやらないとな。
「そいつ、なかなか使いやすいようですな」
セバスチャンが俺の手元を見ながら言った。
どうやら、鉈槍のことらしい。
「うむ、思ったより振りやすいな。それに雑に扱えるのがいい」
俺は柄を握り直し、刃の向きを少し変えてみた。
普通の槍よりも先端が重く、片手で扱おうとするとどうしても刃の方へ引っ張られる。だが、肉体強化魔法を使っていれば、その重みもさほど苦にならない。
むしろ、思い切って振り下ろす時には都合がよかった。
何しろ、刃自体に重さがある。
腕の力だけで斬り込むのではなく、鉈槍そのものの重みを利用できるのだ。
「重量があるからな。切れ味が多少鈍っても、鈍器として使えそうだし」
「ほう」
セバスチャンが興味深そうに鉈槍へ目を向けた。
俺としては、そこも気に入っているところだった。
剣や槍だって切れ味が落ちれば不便になるが、こいつの場合は刃の部分そのものがでかくて重い。多少刃先が傷んだところで、力任せに叩きつければ、それなりの威力は出せるだろう。
もちろん、切れるに越したことはない。
だが、戦っている最中にいちいち刃の状態を気にしていられるとは限らないからな。
その点、雑に扱える武器というのはありがたい。
「使ってみろ」
俺は鉈槍の柄をセバスチャンへ差し出した。
「よろしいんで?」
「ああ。俺一人の感想じゃ分からんこともあるからな」
セバスチャンは頷くと、俺から鉈槍を受け取った。
ずっしりとした刃が移動するのに合わせ、柄が一度傾く。
しかし、セバスチャンはすぐに持ち直し、刃先を持ち上げてみせた。
さすがだな。
別にこいつがこの程度の重さで困るとは思っていないが、初めて触った武器でも扱いが落ち着いている。
セバスチャンは周囲の騎士たちから少し距離を取り、鉈槍を何度か軽く振り回した。
まずは振り下ろすように動かし、続いて横へ払う。
大きな刃が空気を切り、柄を握る手の位置がわずかに変わった。
「ふむ」
何やら考えているらしい。
俺はその様子を眺めながら、返事を待った。
セバスチャンは直属騎士たちの中でも、特に戦場経験が豊富な男だ。普段から散々世話になっているし、武器の扱いについても俺よりずっと詳しいだろう。
こういう時こそ意見を聞いておきたい。
「どうだ?」
俺が尋ねると、セバスチャンはもう一度鉈槍を持ち上げた。
「重量があるので、平民兵には無理でしょうな」
「うむ」
それは俺も考えていた。
何しろ、こいつは重い。
肉体強化魔法を使っている俺には問題なくても、普通の平民兵が同じように振り回せるとは思えない。
持ち上げるだけならできる奴もいるだろうが、戦場で何度も振り下ろしたり、素早く構え直したりとなると話は別だ。
振った後に自分の武器を持て余しているようじゃ、使い物にならんからな。
やっぱり、平民兵に持たせるなら、もう少し軽くて扱いやすい武器の方がいいだろう。
せっかく新しいものを作ったからといって、誰にでも使わせればいいというわけじゃない。
「ですが、肉体強化魔法が使える騎士なら使えますな」
「そうだよな」
うん、俺もそう思うんだよ。
そもそも、平民兵に持たせるつもりで考えた武器じゃない。
馬に乗って戦うことを考えていたんだからな。
馬上だと、剣ではどうしても短いことがある。相手との距離が少し開いただけでも、刃が届かなくなってしまう。
かといって、普通の槍では突きが中心になる。
いや、槍だって振り回せば叩くことはできるだろうが、俺が欲しかったのはそういう武器じゃない。
馬に乗ったまま、ある程度離れた相手を大きな刃で斬り裂ける武器が欲しかったのだ。
それで思い付いたのが、この鉈槍というわけだ。
鉈のようにある程度雑に扱えて、槍のようにある程度長さがある。そんなのをイメージしてみた。
実際、さっきの戦いではなかなかいい働きをしてくれた。敵騎士を一撃で斬り倒すことができたし、その後も何人か斬ったが、振りにくいと感じることはほとんどなかった。
もちろん、俺が肉体強化魔法を使っていたからこそだろう。
ならば、最初から騎士向けの武器と考えてしまえばいい。
「ですが……」
セバスチャンが鉈槍を持ち直した。
ん?
まだ何かあるのか?
俺が顔を向けると、セバスチャンは刃先を前へ向け、少しだけ突き出すように動かしてみせた。
「ちと、突きがしにくいですなぁ」
「うむ」
ああ、やっぱりそこか。
俺も気にはなっていたんだよなぁ。
セバスチャンは柄を引き戻し、今度は刃の角度を確かめている。
鉈槍の刃は、斬り裂くことを考えて湾曲させてある。
そのため、槍のようにまっすぐ突き出したつもりでも、刃先が少しずれてしまうのだ。
突けないわけじゃない。
だが、普通の槍と同じような感覚で狙おうとすると、ちょっと扱いにくい。
相手に届くかどうかというだけならともかく、狙った位置へ正確に突き込むとなると、刃の形が邪魔になる。
俺はセバスチャンが持っている鉈槍を眺めた。
ふーむ。
これを何とかするなら、刃の湾曲を小さくすればいいんだろうが……。
それだと、そもそも何のためにこの形にしたのか分からなくなる。
斬り裂くために大きく曲がった刃を付けたのに、突きやすくするために真っ直ぐに戻してしまうのでは本末転倒だ。
かといって、突きがしにくいという欠点をそのまま放置していいものか。
どうしたもんかねぇ。
俺が腕を組みかけたところで、セバスチャンが口を開いた。
「重量が増えても、いっそ刃先をもっとデカくしたらどうです? それなら多少ズレても構わんでしょう」
「……ふーむ」
なるほど。
そういう考え方もあるのか。
俺は改めて鉈槍の刃を見た。
今の形だと、柄をまっすぐ突き出しても、湾曲しているぶん狙ったところから刃先が少し外れる。
だが、刃先そのものをもっと大きくしたらどうだろう。
上へずれたとしても、大きな刃の一部が目標に届けばいいわけだ。
「なるほど。上にズレても、刃先がデカければ目標も突ける訳だな」
「そういうことですな」
セバスチャンが頷いた。
俺は少し考え込んだ。
確かに、それなら湾曲をなくす必要はない。
斬り裂くための形を残したまま、突きにもある程度対応できるかもしれない。
もちろん、刃を大きくすれば、そのぶん重くなる。
今だって十分に重いのに、さらに重くするというのもどうかと思うが……。
いや、待てよ。
そもそも、平民兵に使わせることは最初から考えていない。
肉体強化魔法を使える騎士が、馬に乗った状態で扱う武器なんだから、多少重量が増えたところで問題にならない可能性はある。
少なくとも、普通の平民兵が振り回せる重さに抑える必要はないわけだ。
うーん。
確かに、そこまで思い切ってもいいのかもしれん。
ただし、実際に刃を大きくしてみなければ、今と同じように振り回せるかどうかは分からない。
重さが増えれば、今気に入っている取り回しのよさが失われる可能性だってある。
まぁ、その辺りは作ってみてから考えればいいか。
少なくとも、改良の方向としては悪くなさそうだ。
俺はセバスチャンを見た。
さすがだなぁ。
俺はどうしても、今の形をどう直すかというところばかり考えていた。
だが、こいつは最初から、武器の重量を増やすことも含めて考えていたらしい。
こういうところが、経験の差なのかねぇ。
戦場でいろんな武器を見てきたからこそ、思い付くこともあるんだろう。
うん、なかなか参考になった。
まぁ、言わんけど。
そんなことを考えていると、セバスチャンが鉈槍を俺へ差し出してきた。
「まぁ、総じていい武器ですぜ。若様の思い付きにしちゃ」
「一言余計だ」
俺は鉈槍を受け取りながら言い返した。
まったく、せっかく感心してやっていたというのに、余計なことを言いやがる。
素直に褒めればいいだろうに。
セバスチャンは楽しそうに笑っている。
……まぁ、こいつにそんなことを期待する方が間違っているのかもしれん。
もっとも、俺だって偉そうなことは言えない。
本当のところ、この鉈槍は完全な思い付きというわけでもないんだからな。
前世で知っていた薙刀だの青龍偃月刀だの、そういう武器を参考にしたものだ。
要するに、パクリである。
もちろん、細かい形なんか正確に覚えていたわけじゃないし、実際にどんな使い心地だったのかも知らない。
だからこそ、図面を描いて作ってもらったわけだが。
それでも、元になるものを知っていたという点では、俺が一から考えたわけではない。
まぁ、そんなことをセバスチャンに説明するつもりはないけどな。
俺は鉈槍を持ち直し、少しだけ刃先を眺めた。
今度、生産拠点へ戻ったら、職人たちに相談してみるか。
刃の部分をもう少し大きくしたものを作ってもらえば、今の鉈槍と比べることもできるだろう。
どちらが使いやすいかは、実際に試してみなければ分からん。
何しろ、今回は最初の一振りから予想外のところまで切ってしまったんだからなぁ。
あれはちょっと気をつけないといかん。
とはいえ、現時点でも十分満足できる武器ではある。
無理に改良して、かえって使いにくくなるのも馬鹿馬鹿しいしな。
俺は鉈槍を手元に収め、周囲を見回した。
セバスチャンたちの後始末も、そろそろ終わったらしい。
生き残った敵の馬には死体が括り付けられ、騎士たちはそれぞれ自分の馬へ戻っている。
先ほどまであれほど騒がしかった場所も、今では馬の鼻息や蹄の音が聞こえる程度になっていた。
まったく、余計な時間を使ってしまった。
追いかけてきた連中はもういない。
ならば、こんなところにいつまでも留まっている必要もないだろう。
「さて、行くか」
「へい」
セバスチャンが頷いた。
俺は手綱を握り直し、馬を前へ進めた。
他の騎士たちも続いてくる。
鉈槍の出来栄えは上々。
使ってみたかった武器も試せたし、改良するならどうするかという話もできた。
まぁ、途中で余計な敵に絡まれたことを除けば、悪くない時間だったのかもしれない。
いや、そもそも絡まれなければ、もっと早く帰れたんだけどな。
俺は小さく息を吐き、進行方向へ目を向けた。
さっさと父上のところへ戻ろう。
俺たちはそのまま、マバール軍の本陣へ向かった。
本日はここまでとなります。
明日5月に次回を更新します。




