第三百二十五話 鉈槍の初陣
こちらへ向かって馬を走らせてくる騎士を眺めていると、隣でセバスチャンが手綱を引いた。
それに合わせるように、他の騎士たちも動き始める。
ああ、そうなるよな。
俺の前へ出て、突っ込んでくる騎士を迎え撃つつもりなんだろう。いつもならそのまま任せるところだが、今回はちょっと事情が違う。
「ああ、俺がやる。お前たちは下がってろ」
そう言って片手を上げると、セバスチャンがこちらを振り向いた。
「いいんですかい?」
「俺にもたまには戦わせろ」
俺はそう返し、手綱を握り直した。
いや、別に普段から戦っていないわけじゃない。
むしろ、このところ戦ってばかりいる気がする。
ただ、俺の場合はどうしても攻撃魔法任せになってしまうんだよなぁ。
敵が大勢いるならまとめて攻撃魔法で片づければいいし、離れたところにいるなら、わざわざ近づく必要もない。実際、その方が手っ取り早いし、安全でもある。
だが、だからといって武器を使った戦いが嫌いなわけではない。
せっかく騎士として鍛えているんだから、たまにはこういう戦いもしてみたいじゃないか。
それに、今回は試してみたいものがある。
俺は手にしていた武器へ視線を落とした。
槍というか、薙刀というか、青龍偃月刀というか。
まぁ、なんかそんな感じの武器だ。
やや短めの槍身の先に、でかくてごつい刃物が取り付けられている。普通の槍とは違って刃の部分が大きく、持ち上げると先端にずっしりとした重みを感じる。
俺としては鉈槍と呼ぶのがしっくりくる。
生産拠点の職人たちに図面を渡し、わざわざ鍛えてもらったものだ。
ただの思い付きで終わらせるには惜しいし、作ってもらった以上、実際に使ってみなければ出来栄えも分からない。
使った感想だって、ちゃんと伝えたいからな。
切れ味はどうか。重すぎないか。馬に乗ったまま振り回せるか。
そういうことは、眺めているだけじゃ分からん。
幸い、向こうからちょうどいい相手が来てくれている。
まぁ、向こうは俺の武器の試し斬りに付き合うつもりなんかないだろうが。
俺は馬の腹に軽く脚を当てた。
馬が前へ踏み出し、徐々に速度を上げていく。
同時に、身体の内側で魔力を揺り動かした。
肉体強化魔法をゆっくりと全身へ巡らせる。
腕から指先へ、腰から脚へ。馬上で身体を支える感覚を確かめながら、必要なところへ魔力を行き渡らせていく。
さらに、その流れを鞍の下にいる馬へも広げた。
馬の身体にも肉体強化魔法を巡らせると、地面を蹴る脚の運びが力強くなる。
うん、いい感じだ。
馬に無理をさせすぎないよう、強化の程度を調整する。
それから防御魔法を展開した。
俺自身だけでなく、馬の身体まで含めて覆っていく。
こちらは騎馬戦だ。
俺だけ無事でも、馬をやられたら困る。相手が槍を持っている以上、馬の方を狙ってこないとも限らないからな。
とはいえ、あまり大げさに構える必要もないだろう。
相手の槍を防げれば、それで十分だ。
前方を見る。
敵の騎士は、相変わらずこちらへ向かって走っていた。感知魔法からの反応で相手も魔法を使っている事を感じる。
俺が一人で前へ出たことにも気づいているはずだが、速度を落とす様子はない。
後ろにいた騎士たちは、今のところ付いてきていないようだ。
ふむ。
どうやら一騎討ちがご希望らしい。
面白い。
望むところだ。
双方から近づいているせいか、距離が縮まるのがずいぶん早く感じられる。
相手の槍が見える。
その穂先がこちらへ向けられ、馬の動きに合わせて小さく揺れていた。
俺は鉈槍を握り直し、刃の重みを確かめた。
馬上から振り下ろすなら、このくらいの位置で構えればいいか。
普段使う剣とは重さのかかり方が違う。先端が重いぶん、一度動かし始めたら、そのまま勢いよく振り抜けそうだ。
もっとも、初めて実戦で使う武器だからな。
思った通りになるかどうかは、やってみないと分からん。
馬の蹄が地面を叩く。
風が顔に当たり、相手の姿がぐんぐん大きくなる。
近い。
敵の騎士が身体を前へ傾けた。
「いやぁあ!」
大きな叫び声とともに、槍が繰り出された。
穂先が俺へ向かって伸びてくる。
ほう。
なかなか勢いがあるじゃないか。
俺はその動きを見ながら、鉈槍を振り上げた。
敵の槍が先に届く。
だが、その穂先は俺へ触れる直前、防御魔法に弾かれた。
硬いもの同士をぶつけたような音が響き、槍先が横へ逸れる。
それよりほんのわずかに遅れて、俺の鉈槍が振り下ろされた。
先端の重みが、そのまま刃を引っ張る。
腕に力を込めて軌道を保つと、大きな刃が敵騎士の左肩へ食い込んだ。
そのまま右腰へ向けて、一気に振り抜く。
妙な抵抗はなかった。
肉を断ち、骨を砕く感触が柄を通して手へ伝わる。刃は勢いを失わず、相手の身体を斜めに引き裂いていった。
そして、そのまま下へ抜けたところで、もう一度重い手応えがあった。
あれ?
交錯した馬が、そのまま数歩ほど進んでいく。
俺も馬を走らせたまま振り返った。
そこには、首を深く切り裂かれた敵の馬と、その背で大きく崩れた騎士の姿があった。
しまった。
馬まで斬っちまったのか。
俺が振り返るのとほとんど同時に、敵の馬の脚が折れるように崩れた。
騎士の身体も一緒に傾き、どう、と重い音を立てて地面へ倒れる。
土が舞い上がり、倒れた馬の身体がわずかに揺れた。
そのまま起き上がる様子はない。
俺は手綱を引き、馬の速度を落とした。
いやぁ……。
馬は狙ってなかったんだがなぁ。
敵の騎士を斬るつもりだったのに、勢い余って馬まで引き裂いてしまったらしい。
何とも可哀想なことをした。
別に馬には恨みなんかないんだけどな。
まぁ、戦場なんだから仕方がないと言えば仕方がないんだが、それでも少し申し訳ない。
俺は倒れた馬を眺めてから、手元の鉈槍へ目を落とした。
……しかし、思った以上に刃の部分が長かったな。
相手も防御魔法は使っていただろうに、騎士の身体を引き裂いた後も、刃がそのまま下へ抜けてしまった。
実際に振ってみると、図面を眺めていた時とは感覚が違う。
なるほど、こうなるのか。
刃先を軽く持ち上げ、角度を変えてみる。
切れ味はいいな。
あれだけ勢いよく振り下ろしたのに、途中で引っかかるような感触はほとんどなかった。
それに、重量が先端にあるのも悪くない。
普通の槍とは違い、振り始めると刃が勝手に下へ落ちていくような感覚がある。勢いをつけて斬るには、むしろ都合がいい。
もちろん、重いぶん取り回しには慣れが必要だろう。
だが、肉体強化魔法を使っていれば、振り回すくらいは問題なさそうだ。
うん。
これはなかなかいい。
初めて使ったにしては、満足のいく出来栄えじゃないか。
あとは、何度か使って細かいところを確かめればいいだろう。
そんなことを考えながら視線を上げると、残った敵騎士たちがこちらを見ていた。
あれ?
どうしたんだ、こいつら。
先頭の男が倒れた場所と、俺の方を交互に見ている者もいる。
馬を止めたまま、ほとんど動こうとしない。
どうやら、あまりにあっさり仲間が倒されたので驚いたらしい。
まぁ、気持ちは分からなくもない。
威勢よく突っ込んできた男が、たった一度すれ違っただけで死んじまったんだからな。
しかし、だからといって、いつまでも眺めているわけにはいかない。
こっちは父上のところへ帰る途中なんだ。
これ以上、余計な時間を使いたくない。
俺は後ろに待機していたセバスチャンたちへ顔を向けた。
「皆殺しにしろ」
命令すると、セバスチャンたちが動いた。
馬が地面を蹴り、一斉に駆け出す。
それまで俺の戦いを見ていた騎士たちが、残った敵へ向かって突っ込んでいった。
俺も手綱を握り直した。
せっかく鉈槍を試しているんだから、もう少し使ってみるか。
馬の向きを変え、俺も駆け出す。
敵騎士たちは、ようやくこちらの動きに反応した。
慌てて馬を動かす者、武器を構える者。だが、俺たちとの距離はすでに縮まり始めている。
最初の一騎討ちの時とは違い、今度はセバスチャンたちも一緒だ。
こちらから斬り込んでいけば、相手はそれぞれ目の前の敵に対応するしかなくなる。
俺は近くにいた騎士へ馬を寄せた。
相手が武器をこちらへ向けてくる。
それを見ながら鉈槍を持ち上げ、馬がすれ違う瞬間に横から振り込んだ。
重い刃が走る。
肉体強化魔法で腕を支えているため、先端の重量に振り回されることもない。
相手の身体に刃が食い込み、そのまま勢いよく引き裂いた。
騎士が馬上で大きく傾き、地面へ落ちていく。
おお。
横に振っても悪くないな。
振り下ろした時ほど刃の重みを利用できるわけではないが、それでも十分な威力がある。
ただし、思ったより大きく刃が回る。
これを狭いところで使うのは、ちょっと面倒かもしれない。
そんなことを考えながら、俺は次の敵へ向かった。
視界の端では、セバスチャンたちが次々と敵を倒している。
馬が激しく向きを変え、金属のぶつかる音が響く。誰かの身体が鞍から崩れ落ちるたび、土煙が舞い上がった。
逃げようとしているように見える騎士もいたが、そう簡単には離れられない。
俺は鉈槍を振り上げ、目の前に現れた敵へもう一度振り下ろした。
今度は刃を振り抜く位置に気をつける。
さっきのように馬まで巻き込むのは避けたいからな。
敵の身体を切り裂いたところで手元を引き、刃の向きを変えた。
ふむ。
やっぱり、多少慣れが必要だな。
先端が重いぶん、止めようと思ってもすぐには止まらない。
まぁ、それを承知で使えば問題はないだろう。
敵を斬り倒して振り返ると、すでに周囲の騒がしさは収まり始めていた。
あれだけ威勢よく追いかけてきた騎士たちが、今ではほとんど地面に転がっている。
馬の蹄が土を踏む音と、倒れた者たちの周囲を動く騎士たちの姿が残るばかりだった。
結局、ほんのわずかな間に敵は全員、大地に横たわることになった。
俺は馬を止め、周囲を見回した。
……いったい、何がしたかったんだ、こいつら?
わざわざ俺たちの後を追いかけ、追いついたと思ったら勝手に怒鳴り始めて、そのまま突っ込んできた。
挙げ句、あっさり全滅である。
何とも馬鹿馬鹿しい話だ。
もしかして、自殺でもしたかったんだろうか。
いや、まさかなぁ。
本人たちは勝つつもりだったんだろうが、だからといって、こちらに何人いるかくらいは見れば分かるだろうに。
まぁ、人数が同じくらいだから勝てると思ったのかもしれん。
それならそれで、ずいぶん自信があったんだな。
俺は肩をすくめ、鉈槍に付いた血を眺めた。
刃にはまだ赤いものが残っているが、大きく欠けたようなところは見当たらない。
うん、なかなか丈夫そうだ。
あれだけ乱暴に振り回しても問題がなさそうなのはありがたい。
生産拠点へ戻ったら、職人たちにもそう伝えてやろう。
そんなことを考えていると、少し離れたところでセバスチャンが何やら作業をしているのに気づいた。
ん?
何をしているんだ?
よく見ると、倒れた騎士の身体を持ち上げ、生き残った敵の馬の背に乗せていた。
そのまま身体を馬へ括り付けている。
周囲へ目を向けると、他の騎士たちも同じようなことをしていた。
死体を馬に乗せて、いったい何をするつもりなんだろう。
持ち帰るにしても、俺たちが運ぶわけじゃなさそうだし。
「何してんだ?」
俺が馬を寄せて尋ねると、セバスチャンはこちらを振り向いた。
「こうしておけば馬が勝手に故郷に帰ります。まぁ、無理でしょうが」
「ん? 無理なのか?」
思わず聞き返してしまった。
なんだそりゃ。
帰るようにするために死体を乗せているんじゃないのか?
馬は賢い動物だからな。
普段から走っている道なら、主人に指示されなくても帰れることくらいありそうな気がする。
ましてや、こいつらはついさっき俺たちを追いかけてきたんだ。来た道を戻ればいいだけじゃないのか?
俺がそんなことを考えていると、セバスチャンが肩をすくめた。
「無理ですな。途中でいろいろ剥ぎ取られますし、それに噂にもなりますからな」
……ああ、なるほど。
そういうことか。
死体を括り付けられた馬が、誰にも見つからず故郷まで帰れるとは限らない。
途中で誰かに見つかれば、馬だって持っていかれるかもしれないし、死体の持ち物だって無事では済まないだろう。
おまけに、そんな馬がどこかで見つかれば、何があったのかと噂にもなる。
いやはや。
なんとも残酷な現実を教えられた気分だ。
俺は馬の背に死体を括り付けているセバスチャンを眺めた。
こいつ、さも当たり前のことのようにやっているが、なかなかひどいことを考えるもんだな。
まぁ、戦場経験が豊富なだけのことはある。
「悪党め」
俺がそう言うと、セバスチャンは手を止めてこちらを見た。
「ひどいですな」
少しも傷ついた様子のない声だった。
俺は思わず笑ってしまった。
「褒め言葉だ」
するとセバスチャンも、口元を緩めた。
まったく、頼りになるクソじじいだ。
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