第三百二十二話 敵の後方へ
少し長めになっちゃいました。
会議室へ戻ると、父上たちはまだ地図を囲んでいた。
先ほどより人が増えている。
ザイン殿のほかにも、新帝国貴族たちが何人か席についており、それぞれ書類を手に何やら話し合っているところだった。
……おや。
どうやら、ちょうどいいところへ戻ってきたらしい。
「父上、少しよろしいでしょうか?」
声をかけると、父上が顔を上げた。
「どうした、ギルバート」
「一つ、進言したいことがございます」
その言葉に、周囲の視線がこちらへ集まった。
……むう。
なんだか大袈裟になってしまったな。
別に難しいことを言うつもりはないんだが。
「申してみよ」
「はい。敵の貴族軍が集結しているのであれば、その後方を攻めてはいかがでしょうか?」
父上が俺を見た。
ザイン殿も顔を上げる。
しかし、他の貴族たちは何のことか分からないらしく、互いに視線を交わしていた。
「後方、ですか?」
一人が尋ねてきた。
「はい」
「敵の補給路を攻撃するということでしょうか?」
「それも悪くありませんが、少し違います」
俺は机へ近づき、先ほど父上が示していた地図へ目を落とした。
王国貴族軍が集まっている場所には印がつけられている。
その後ろに広がっているのが、連中の領地だ。
「軍を出している貴族たちの領地を直接攻撃します」
室内が静かになった。
……あれ?
何か変なことを言ったか?
いや、別におかしな話ではないと思うんだが。
軍が出払っているのなら、領地に残っている戦力は少ないはずだ。そこを攻めれば、比較的簡単に大きな被害を与えられる。
わざわざ正面から大軍を相手にする必要もないし、相手の騎士が強かろうが弱かろうが関係ない。
敵がいないところを攻める。
実に分かりやすい話じゃないか。
「……ギルバート殿」
先ほど質問してきた貴族が、慎重に言葉を選ぶように口を開いた。
「それは、敵の城や砦を攻めるということでしょうか?」
「いえ、無理に城を攻める必要はありません」
「では、何を?」
「畑や穀物の貯蔵場所、家畜、鍛治の作業場などですね。戦争を続けるために必要なものを狙います」
貴族の顔が強張った。
……ん?
どうしたんだ?
「それは……領地そのものを荒らすということですか?」
「そうなりますね」
俺が頷くと、貴族は黙り込んだ。
隣に座っていた別の貴族も、何とも言えない顔でこちらを見ている。
……そんなに駄目かな。
俺としては、かなり効率的な作戦だと思うんだが。
「ギルバート」
父上が声をかけてきた。
「理由を聞こう」
「はい」
俺は改めて地図へ視線を落とした。
「敵の貴族軍を正面から撃破すること自体は、それほど難しくないと思います。しかし、彼らを倒しても、王国側が戦争を続けるつもりであれば、また別の軍が出てくるでしょう」
「うむ」
「そうなれば、そのたびにこちらも軍を動かさなければなりません。ですが、敵の領地そのものが大きな被害を受ければ、話は変わると思うのです」
父上は黙って聞いている。
俺は地図の上で、集結地点から少し離れた場所を指した。
「領地を荒らされた貴族は、自分の領地を守らなければなりません。前線へ出している兵を戻す必要も出てくるでしょう。それだけでも、敵連合軍の戦力を削ることができます」
「ふむ」
「さらに、生産基盤へ被害を与えれば、戦争を続ける余力も失われます。領地から税が入らなくなり、食料も不足する。そうなれば、兵を維持することさえ難しくなるはずです」
ここまでは、別に難しい話ではない。
いくさをするには人も物も必要になる。
どれだけ強い騎士がいても、食料がなければ腹は減るし、馬だって何も食べずに走り続けられるわけではない。
兵を集めれば、それだけ食わせなければならない口も増える。
その食料を作っている場所を狙えばいいのだ。
「……しかし」
別の貴族が口を開いた。
「それでは、軍へ参加していない領民まで大きな被害を受けることになります」
「そうですね」
俺が頷くと、相手は少し驚いたような顔をした。
……いや、当然だろう。
領地を荒らすんだから、そこに住んでいる者たちが被害を受けるのは当たり前じゃないか。
「それを承知で行うというのですか?」
「はい」
今度こそ、室内が完全に静かになった。
……うーむ。
そんなに驚かれるようなことだろうか。
いや、まあ、褒められた作戦ではないことくらいは理解している。
敵の領地を荒らすということは、そこに住む平民たちの生活を壊すということだ。
畑が焼かれれば食べ物が減る。
家畜を失えば耕作にも影響する。
貯蔵されていた穀物まで失えば、次の収穫までどうやって食いつなぐかという問題も出てくるだろう。
その結果、飢える者が出るかもしれない。
だが、それがどうした。
……いや、どうしたというのも、ちょっと酷い言い方か。
しかし、いくさとはそういうものじゃないのか?
敵軍を倒せば、その敵兵にも家族がいるだろう。
貴族を殺せば、その家で働く者たちだって困るはずだ。
だからといって、誰も傷つけずに戦争を終わらせることなどできない。
それなら、少しでもこちらの損害が少なくなる方法を選ぶべきだと思うんだが。
「ギルバート殿のお考えは理解できますが、あまり褒められた方法ではありませんな」
ザイン殿が静かに言った。
「そうですね」
俺は素直に頷いた。
「そこは否定しません」
別に褒められたいわけではない。
勝ちたいのだ。
いや、正確には、できるだけ面倒な戦争を早く終わらせたい。
いつまでも王国貴族たちの相手をしている暇などないからな。
「ですが、こちらの騎士や兵が大きな損害を受けるよりは良いと思います」
ザイン殿は俺を見たまま黙っていた。
その隣では、一人の貴族が腕を組んで考え込んでいる。
「それに、敵の領地を荒らすことには、もう一つ利点があります」
「……まだあるのですか?」
何やら疲れたような声で尋ねられた。
……おいおい。
そんな顔をしなくてもいいじゃないか。
俺は真面目に考えているんだぞ。
「戦争が終わった後のことです」
そう言うと、父上の目がわずかに細くなった。
「続けよ」
「はい。仮に今回の戦争で王国側が敗北を認めたとしても、彼らが将来また敵対しないという保証はありません」
「それはそうだな」
「ですが、領地が大きな被害を受けていれば、戦後は自らの領地を立て直す必要があります。壊れたものを修復し、失った家畜を補い、畑を元に戻す。そのためには金も人手も必要でしょう」
俺は地図から顔を上げた。
「そうなれば、こちらへ敵対する余裕などなくなると思うのです」
再び沈黙が落ちた。
……おや?
今度は父上まで黙ってしまったぞ。
何か問題があっただろうか。
俺としては、かなり筋の通った話をしているつもりなんだが。
目の前の敵軍だけを倒すのではなく、その背後にある力を削る。
そうすれば戦後の安定にも繋がる。
少なくとも、領地を荒らされた貴族がすぐに新しい軍を編成することは難しくなるだろう。
……うん。
やはり、なかなか良い案じゃないか。
「なるほど……」
ザイン殿が低く呟いた。
「戦後まで見据えてのことですか」
「はい」
「しかし、あまりにも被害を与えすぎれば、恨みも残りましょう」
「それは仕方がありません」
俺は肩をすくめた。
「こちらが何もしなくても、王国側の貴族たちはすでに我々を恨んでいるでしょうから」
そもそも俺たちは、もともと王国貴族だったのだ。
それが帝国側へ移り、今では王国と戦争をしている。
恨まれないわけがない。
そんな連中に今さら少しばかり気を使ったところで、喜んで仲良くしてくれるとは思えないんだが。
「……ギルバート殿」
向かいの貴族が、何とも困ったような顔で口を開いた。
「王国側の貴族たちも、いずれ我々と同じ帝国貴族になる可能性があります」
「はい」
「その者たちの領地を徹底的に荒らしてしまえば、後の統治に差し障るのではありませんか?」
……ああ、なるほど。
確かに、それは考えておいた方がいいかもしれない。
帝国が王国領をどこまで手に入れるつもりなのかは、俺には分からない。
王国が敗北を認めた時点で戦争を終わらせるのか、それとも王国そのものがなくなるまで戦うのか。
その判断をするのは俺ではないし、父上だけでも出来ないだろう。
そうなると、将来味方になるかもしれない貴族の領地を荒らすのは、確かに少々もったいない気もする。
……しかし。
「それでしたら、早く降伏してもらえばよいのでは?」
俺がそう返すと、貴族は口を閉じた。
「今の段階でこちらへ降伏するのであれば、領地を荒らす必要はありません。ですが、軍を出して敵対を続けるのであれば、当然攻撃対象になると思うのです」
「それは……」
「敵対する貴族の領地だけを狙えばよいでしょう」
別に王国全土を手当たり次第に焼き払おうと言っているわけではない。
こちらへ敵対する意思を示し、実際に軍を出している貴族たちが対象だ。
その領地を攻められて困るというなら、軍を引けばいい。
降伏するという選択肢だってある。
それでも戦いたいというなら、こちらも相応のことをするだけである。
「もっとも、降伏した後に領地を荒らすのは問題でしょうけどね」
俺が付け加えると、ザイン殿が小さく頷いた。
「そこは当然ですな」
「はい」
当然だ。
降伏した相手まで攻撃していたら、今後誰も降伏しなくなってしまうじゃないか。
そうなれば、余計に戦争が長引く。
俺としては、できれば早く終わってほしいのだ。
……まあ、戦うのが嫌いというわけではないけどな。
ただ、戦争が長引くのは困る。
マバール城には帰りたいし、レティシアたちのことも気になる。
それに、子供だって生まれるんだぞ。
父親がいつまでも戦場をうろついているというのは、あまり良くない気がするじゃないか。
「それで、ギルバート」
父上が口を開いた。
「誰にその役目を任せるつもりだ?」
「私が参ります」
即答した。
父上の眉がわずかに動いた。
「お前が?」
「はい。私の直属騎士団であれば、少人数でも十分に行動できます。大軍を動かす必要もありません」
そもそも、敵の領地を荒らすために大勢の兵を連れていく必要などない。
もちろん、相手の城を本格的に攻めるなら話は別だ。
だが、今回は城を落としたいわけではない。
「城や砦の攻略が目的ではありませんから、敵の主力軍と戦う必要もありません。むしろ、少人数の方が動きやすいと思います」
「しかし、敵領の奥深くまで進むことになりますぞ」
先ほどから難色を示していた貴族が、再び口を開いた。
「周囲は全て敵です。いかにギルバート殿といえども、万一のことがあれば……」
「それは承知しています」
俺は頷いた。
まあ、心配する気持ちは分かる。
俺が捕まったり死んだりすれば、マバール家としても困るだろうし、今回の戦争にも影響が出るかもしれない。
だが、危険だからという理由だけで動かないのなら、俺が戦場に出ている意味がない。
それに、少人数で敵地を動き回るのは今回が初めてというわけでもないからな。
「もっとも、無理に戦うつもりはありません。相手にできないような軍が現れれば退きますし、危険だと判断すれば作戦を中止します」
……うん。
実に慎重な判断だ。
我ながら立派なものじゃないか。
「ギルバート」
「はい」
「お前の考える少人数とは、どれほどだ?」
「直属騎士団を中心に考えております。細かな人数は、セバスチャンと相談したいと思いますが」
父上が頷いた。
そのまま少し考えるように地図へ目を落とす。
ザイン殿も黙っている。
俺は返答を待ちながら、机の端に置かれていた水差しへちらりと視線を向けた。
……喉が渇いたな。
会議室って、どうしてこうも喉が渇くんだろう。
話している内容が内容だけに、気軽に水を飲むのも何となく気が引ける。
そんなことを考えていると、父上が顔を上げた。
「セバスチャンを呼べ」
扉近くに控えていた騎士が一礼し、部屋を出ていった。
……おや。
どうやら、もう少し具体的な話になりそうだ。
俺は父上の許可を得て椅子へ腰を下ろした。
向かいの貴族は相変わらず難しい顔をしている。
しかし、先ほどのように反対意見を口にすることはなかった。
まあ、仕方ないよな。
自分の領地を荒らされる時のことを考えれば、気分の良い作戦ではない。
俺だって、マバール領で同じことをされたら腹が立つ。
……いや、腹が立つどころじゃないな。
そんなことをする奴がいたら、絶対に許さんぞ。
だが、それとこれとは別である。
俺はマバール家の人間なのだ。
守るべきは自分たちの領地であり、家族であり、家に仕える者たちである。
敵の領地を守るために、こちらの騎士や兵を危険へ晒すつもりはない。
……うん。
考えてみれば、随分と立派な貴族になったものだな。
前世の俺が聞いたら、どう思うだろう。
……いや。
たぶん、ドン引きするだろうな。
そんなことを考えているうちに、扉が開いた。
「お呼びですかい?」
入ってきたセバスチャンは、俺がまだ座っているのを見ると、わずかに眉を上げた。
……なんだよ。
何か文句でもあるのか?
「ギルバートの進言だ」
父上が机の地図を指した。
「敵の後方へ入り、軍を出している貴族たちの領地を荒らすという」
「……ほう」
セバスチャンが俺を見た。
その顔に浮かんだ表情は、何とも言い難いものだった。
……だから、なんだよ。
「若様らしい考えですな」
「おい。それ、どういう意味だ?」
「さて、どういう意味でしょうな」
こいつ……。
俺が睨むと、セバスチャンは口元を歪めたまま地図へ近づいた。
しかし、次の瞬間には表情が変わっていた。
「それで、どこまでやるおつもりで?」
「敵の領地を荒らす。軍を出している貴族たちの領地が対象だ」
「城は?」
「無理に攻めない」
「騎士が残っていたら?」
「必要なら倒す。ただし、そいつらを倒すことが目的じゃない」
セバスチャンが頷いた。
「なるほど。軍を相手にするんじゃなく、領地そのものを狙うわけですかい」
「そういうことだ」
こいつは話が早いな。
さすがに長年戦場を経験してきただけのことはある。
もっとも、俺の考えを理解したからといって、賛成しているとは限らないが。
「それなら確かに、大軍は邪魔でしょうな」
「だろ?」
「ですが、敵地で長く動くとなりゃ話は別ですぜ」
……おや。
やっぱり、そう簡単にはいかないらしい。
「どういうことだ?」
「兵が少なけりゃ動きやすい。そいつは間違いありやせん。ですが、どこへ行っても敵ばかりってのは、なかなか面倒なもんです」
セバスチャンは地図の上を指でなぞった。
「敵の騎士に追われることもありましょうし、馬を休ませる場所だって考えなきゃなりません。食い物も同じです。若様だけならともかく、同行する騎士まで何も食わずに動けるわけじゃありませんからな」
「それは分かってる」
「なら結構です」
……むう。
なんだか、また説教されている気分になってきたぞ。
いや、こいつの言っていることは正しいんだが。
少人数で動けば、当然持っていける物資にも限りがある。
敵地の中で補給を受けることも難しいだろう。
それに、長く動き回れば馬も疲れる。
肉体強化魔法で補える部分はあるにしても、休息が不要になるわけではない。
……まあ、そのあたりはこいつに任せればいいか。
俺が全部考えるより、よほど確実だろう。
「だから、お前に相談しているんだろ」
「へえへえ。そういうこったろうと思いやしたぜ」
セバスチャンが笑った。
……くそ。
なんだか悔しいな。
しかし、こいつがいれば心強いのも確かである。
俺一人なら、たぶん敵の領地へ入って適当に暴れ回り、気が済んだところで帰ってくるだけになりそうだ。
それでも相応の被害は与えられると思うが、継続して作戦を行うなら、もう少しきちんと考えた方がいいだろう。
「セバスチャン」
父上が口を開いた。
「実行は可能か?」
「可能でしょうな」
返答は早かった。
「若様の魔力なら、城や砦を落とすより、こういう仕事の方がよほど簡単でしょう」
……おや。
褒められたぞ。
いや、褒められているのか?
「ただ、あっしとしては若様を敵地へ長く置くのは勧めませんぜ」
セバスチャンは続けた。
「やるなら、いつでも戻れるようにしておくべきでしょうな」
「うむ」
父上が短く頷いた。
「ギルバート、お前も異論はないな?」
「ありません」
もちろんだ。
俺だって、わざわざ敵地で死にたいわけじゃない。
必要なら戻るし、無理だと思えば逃げる。
……いや、逃げるという言い方は少々格好悪いか。
撤退だな。
立派な戦術的撤退である。
「では、作戦の詳細はセバスチャンと詰めよ」
「はい」
「ただし、攻撃対象はよく見極めよ。降伏した貴族の領地まで荒らすことは許さん」
「承知しております」
父上の言葉に、俺は背筋を伸ばした。
そこは当然だ。
せっかく降伏した相手まで攻撃したら、他の貴族たちも最後まで抵抗するようになってしまう。
そんなことになれば、何のために戦争を早く終わらせようとしているのか分からない。
「それから、敵領へ深く入りすぎるな。こちらの主力軍との連絡が取れなくなるような行動も避けよ」
「はい」
……うむ。
なんだか、あれこれ制限がついてきたな。
まあ、仕方ないか。
父上としても、息子を好き勝手に敵地へ送り込むわけにはいかないんだろう。
それに、俺自身も家族を残している身である。
無茶をするつもりはない。
……いや、俺の無茶というのは、いったいどの程度からなんだろう。
今までのことを思い返すと、少々自信がなくなってきたぞ。
「ギルバート殿」
ザイン殿が声をかけてきた。
「一つ、よろしいですかな」
「はい」
「敵の領地を荒らすという策そのものには、まだ思うところがあります」
俺は黙って頷いた。
その気持ちは分かる。
もともと同じ王国貴族だった者たちを攻撃するのだから、あまり気分の良いものではないだろう。
「ですが、すでにいくさが始まっている以上、敵の力を削ぐことを考えねばならぬのも事実です」
「はい」
「ただし、領地を荒らすことばかりに気を取られ、本来の目的を見失わぬようにな」
……本来の目的か。
俺は机の地図を眺めた。
王国側の貴族領が、そこにはいくつも記されている。
この一つ一つに城があり、町があり、村があり、そこに住む人間がいる。
それを壊して回る。
うん。
やっぱり、酷いことを考えているよなぁ。
だが。
「承知しました。敵の領地を荒らすことが目的ではなく、敵を降伏させる事が目的ですから」
俺がそう答えると、ザイン殿はしばらくこちらを見てから、小さく頷いた。
「……分かっておられるなら結構です」
どうやら、納得してもらえたらしい。
もっとも、完全に賛成というわけではなさそうだ。
それでも、作戦そのものを止められることはなかった。
父上はすでに別の書類へ目を向けている。
俺の進言については、ひとまず結論が出たということだろう。
……よし。
これで、面倒な敵の相手を少しは楽にできるかもしれない。
◇
会議室を出ると、セバスチャンが隣へ並んだ。
「いやはや、若様もなかなか酷いことを考えますな」
「なんだよ。お前だって賛成しただろ」
「可能だとは言いやしたが、褒めちゃいませんぜ」
「……むう」
そう言われると、反論しにくい。
実際、褒められた作戦ではないのだから。
だが、戦場で敵を殺すことは許されて、敵の領地を荒らすことは褒められないというのも、何だか妙な話じゃないか?
もちろん、そこに違いがあることは分かる。
騎士同士が戦うのと、畑を焼いて平民たちの生活を壊すのとでは、受け取られ方も違うだろう。
……しかしなぁ。
「お前なら、どうする?」
俺が尋ねると、セバスチャンはこちらへ顔を向けた。
「何がです?」
「敵の貴族軍が集まってきたら、どうやって倒す?」
「そりゃ、状況次第ですぜ」
「まあ、そうだろうけどさ」
「若様の言うように後ろを荒らすのも一つの手です。ですが、そいつだけで全部片づくと思っちゃいけませんな」
セバスチャンは歩きながら続けた。
「領地が荒らされたからって、すぐに軍を引く貴族ばかりじゃありますまい。意地になって向かってくる奴もいるでしょうし、逆に領地を見捨てる奴だっているかもしれませんぜ」
「……なるほど」
確かに、その可能性はある。
自分の領地が荒らされていると聞けば、普通なら慌てて戻ると思うんだが、貴族にも色々な奴がいるからな。
むしろ、俺たちに仕返ししてやろうと躍起になる奴もいるだろう。
……面倒くさい。
「なら、戻ってきた奴はどうする?」
「必要なら相手をするだけですな。ただし、若様の仕事はそいつらを倒すことじゃねえでしょう?」
「ああ、そうだな」
敵の後方を荒らすために出かけて、わざわざ敵の主力軍と戦っていたら意味がない。
それこそ本末転倒である。
「まあ、そこはお前に任せるよ」
「……へい?」
「俺は敵を倒すのは得意だが、こういう作戦を長く続けるなら、お前の方が詳しいだろ。必要なことは任せる」
セバスチャンが足を止めた。
俺もつられて立ち止まる。
……なんだ?
「どうした?」
「いや、若様が随分と素直なことを仰るもんで」
「おい」
「明日は雪でも降りやすかね」
「ぶっ飛ばすぞ、クソじじい」
セバスチャンが声を上げて笑った。
まったく、失礼な奴だ。
俺だって、専門家の意見を聞くくらいの分別はあるんだぞ。
そもそも、こいつを筆頭騎士にしているのは、こういう時に頼りになるからじゃないか。
……まあ、普段は腹の立つことばかり言っているけどな。
「では、騎士たちにも準備をさせやしょう」
「ああ、頼む」
「ただし、若様」
「ん?」
「領地を荒らすとなりゃ、敵さんも黙っちゃいませんぜ。今まで以上に恨まれることになるでしょうな」
セバスチャンの声から笑いが消えていた。
俺は少し考えてから頷いた。
「そうだろうな」
「それでも?」
「ああ」
俺は窓の外へ目を向けた。
シルディア城の中庭では、兵たちが慌ただしく動き回っている。
その向こうには城壁があり、さらに先には王国の領地が広がっている。
あそこにいる連中は、今ごろ俺たちをどう思っているんだろう。
裏切り者か。
侵略者か。
あるいは、単なる敵か。
……まあ、どれでもいいか。
「恨まれるのは仕方ないだろ。俺だって、マバール領を荒らされたら相手を絶対に許さないからな」
「でしょうな」
「だから、向こうがこちらを恨むのも理解できる。だが、こちらだって負けるわけにはいかない」
セバスチャンは何も言わなかった。
俺は窓から視線を戻した。
「それに、戦争が終わった後まで、あいつらの相手をしたくないんだよ」
「……へえ」
「領地の復興で忙しくしてくれれば、それでいい。こちらへ攻め込む余裕がなくなれば、俺としては万々歳だ」
もちろん、敵の領地を荒らしたところで、全てが思い通りになるとは限らない。
戦後に恨みを募らせ、何年もかけて復讐の準備をする貴族だっているかもしれない。
だが、何もせずに力を温存させるよりは、よほどいいだろう。
少なくとも、そのための金や兵を用意する時間は必要になるはずだ。
「俺は敵より味方の方がずっと大事なだけだ」
「……若様らしいですな」
セバスチャンが呟いた。
「だから、それはどういう意味だ?」
「さあて」
また笑いやがった。
……まったく。
俺は軽くため息をつき、廊下を歩き始めた。
とりあえず、作戦の許可は得られた。
あとは実行するだけだ。
さてさて。
王国の貴族様方には、少々痛い目を見てもらうとしよう。
何しろ、俺は早く戦争を終わらせて帰りたいのだから。
次の更新は、20時となります。




