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魔力が強いやつがモテる世界に生まれ変わったのでモテる為にがんばります  作者: 伊右衛門


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第三百二話 昼寝のための思索


 それからも、俺は真面目に仕事をこなした。


 いや、本当だぞ?


 朝になれば城内を見廻り、時間があればシルディア橋まで足を延ばす。騎士たちの様子を確かめ、兵にも声をかけ、廊下で使用人と顔を合わせれば何か困っていることはないかと尋ねてみる。


 最初のうちは、こちらが声をかけるたびに妙に緊張されていた。


「何か問題はないか?」


「はっ! 問題ありません!」


「そうか。何かあったら遠慮なく言えよ」


「はっ! ありがとうございます!」


 うん。


 実に頼もしい。


 頼もしいのだが、こう毎回同じ返事をされると、こっちとしては少々寂しいものがある。


 もう少し何かないのか?


 仕事が多くて困っているとか、あそこの兵が怠けているとか、食事が不味いとか。いや、最後のは俺がどうにかする話でもない気がするが、言ってくれれば話くらいは聞くぞ。


 もっとも、問題がないならそれに越したことはない。


 城がきちんと動いているということなのだから、むしろ喜ぶべきなのだろう。


 そんなことを考えながら、毎日あちらこちらを歩き回った。


 城壁の上へ行けば騎士たちが周囲へ目を配っているし、門の近くでは兵たちが通行する者を確認している。使用人たちも、それぞれ自分の仕事を抱えて忙しそうに動いていた。


 皆、実に真面目である。


 俺が顔を出したところで、特に何かが変わるわけでもない。


「ギルバート様、こちらはお任せください」


「おう。頼むぞ」


「はっ!」


 こうして、また一つ俺の仕事がなくなる。


 ……いや、違うな。


 任せるのだって立派な仕事だ。


 人にはそれぞれ役割がある。俺がいちいち口を出して、慣れた連中の仕事を邪魔する必要はないだろう。


 そう考えれば、俺はちゃんと仕事をしている。


 うん、間違いない。


 とはいえ、何も相談されないわけではなかった。


 たまには巡回の順番について意見を求められることもあるし、荷車の往来が重なった際の対応について話を聞くこともある。


 どれも大した問題ではない。


 俺が直接出向かなくても、騎士や兵たちだけで十分に解決できそうなことばかりだった。


 だが、せっかく相談してくれたのだから、適当に扱うわけにもいかない。


「それで、今はどうしているんだ?」


 尋ねると、相談に来た騎士は少し意外そうな顔をした。


「現在は従来どおりに対応しております」


「それで困ってるんだろ?」


「いえ、困っているというほどではありませんが……」


「じゃあ、何が気になる?」


 そう聞き直すと、騎士は少し考えてから、自分が気になっていることを話してくれた。


 なるほど。


 聞いてみれば、確かに少々面倒なところはある。


 とはいえ、大きな変更が必要な話でもない。今のやり方で問題がない部分はそのままにして、気になるところだけ調整すればいいだろう。


「お前たちの方が普段の様子をよく知っているんだから、無理に変えなくてもいいぞ。必要だと思うところだけ直せばいい」


「よろしいのですか?」


「問題が出たらまた考えればいいだろ」


「はっ。ありがとうございます」


 騎士は安心したように頭を下げた。


 そんなに大したことを言ったつもりはないんだがなぁ。


 だが、こういう小さなことを放置しないのは大事だと思う。


 何か相談しても適当に追い払われるだけだと分かれば、そのうち誰も話を持ってこなくなるだろう。


 逆に、些細なことでもきちんと聞いてもらえると分かれば、本当に困った時にも相談しやすくなる、はずだ。


 信頼というのは、結局そういう小さなことを一つずつ積み重ねていくしかないんじゃないだろうか。


 ……面倒だけど。


 いや、本当に面倒なんだよ。


 俺としては、適当な仕事を少しだけ片づけて、あとは好きなことをしていたい。


 だが、そんなことばかり言ってもいられない。


 父上からシルディア城を任された以上、少なくとも父上が戻ってくるまでは、きちんと役目を果たさなければならないのだ。


 そんなわけで、俺は頑張った。


 我ながら、なかなか真面目に働いていたと思う。


 ただ、その間に大きな問題が起きたかといえば、これが驚くほど何も起きなかった。


 王国とはいくさの最中だというのに、実に平穏である。


 警戒していた死兵も、結局一度も姿を見せていない。


 もちろん、見つかっていないだけという可能性はある。


 何せ、連中は平民だ。


 魔力を持たない相手は感知魔法で見つけられないし、見た目だけで怪しい奴を選び出せるなら、セバスチャンだって苦労はしないだろう。


 だから警戒を緩めるわけにはいかない。


 それは分かっている。


 分かっているのだが、何も起きない日がこうも続くと、どうしても気が抜けてくる。


 たまに見つかるのは、抜け荷や密行者くらいのものだった。


 あの「特別警戒中」の旗が役に立っているのだろうか。


 橋へ行くたびに旗を見上げては、少しだけ首を傾げる。


 思いつきで言ってみただけなのに、案外効果があるらしい。


 もっとも、死兵を見つけるという本来の目的は果たせていないのだから、手放しで喜ぶわけにもいかない。


 セバスチャンは相変わらず厳しい顔で警戒しているし、橋を守る騎士たちも真面目に仕事を続けている。


 それを見ていると、俺もあまり気を抜いてはいけないと思う。


 思うんだが……。


 平和だなぁ。


 城壁の向こうを眺めながら、思わずあくびが出そうになる。


 日差しは穏やかで、風も気持ちいい。


 遠くから聞こえてくる人の声や馬の蹄の音も、今のところ騒ぎとは無縁だった。


 こういう日には、何かしなければならないと思う方が間違っているんじゃないだろうか。


 むしろ、少し休むべきだ。


 休める時に休むのも、いくさの最中には必要なことだろう。


 うん。


 そうに違いない。


 そんな立派な考えに至った俺は、その日、最近お気に入りになっている見張り塔へ向かっていた。


 その塔は、シルディア橋へ続く道とは反対側にあった。


 周囲には木々が茂っており、上まで登っても、肝心のシルディア橋はほとんど見えない。


 ……これ、何のための見張り塔なんだろうな?


 初めて登った時には、思わず首を傾げたものだ。


 もちろん、橋以外の場所を見るために造られたという可能性もある。


 だが、俺にはどうにも納得しにくい。


 見張り塔というくらいなのだから、もう少し見晴らしのいい場所に造ればよかったんじゃないか?


 わざわざ木々に視界を遮られる場所を選ばなくてもいいだろうに。


 俺の予想では、おそらく見た目の問題だ。


 城の周囲に塔がいくつかあるのに、一か所だけ妙に間隔が空いていたら格好が悪い。


 だから、ある程度等間隔に塔を並べたかったんじゃないだろうか。


 塔だけに。


 ……うん。


 実に立派な推理だ。


 誰かに話しても、あまり感心してもらえないような気はするが。


 まあ、造られた理由なんて今さらどうでもいい。


 重要なのは、この塔には人がほとんど来ないということだ。


 橋の様子を見るなら別の場所の方がいいし、普段の巡回でも長居する者は少ない。


 つまり、ここにいれば、多少昼寝をしていても見つかりにくい。


 素晴らしい。


 俺のために造られたような塔ではないか。


 もちろん、ただ塔に登っただけでは、誰かが用事を持ってくる可能性がある。


 せっかく気持ちよく寝ているところを起こされたら、たまったものではない。


 だから、俺はあらかじめ言っておいた。


「落ち着いて思索してくる」


 うん。


 いい言葉だ。


 何だか、とても大事なことを考えに行くように聞こえる。


 実際には昼寝をしたいだけなのだが、誰もわざわざ邪魔しようとは思わないだろう。


 これで準備は整った。


 塔の頂上へ出ると、風が頬を撫でた。


 周囲の木々がゆっくりと揺れ、葉の擦れる音が耳に届いてくる。


 石の上に腰を下ろしてみる。


 悪くない。


 そのまま背中を倒すと、視界いっぱいに空が広がった。


 おお。


 これはなかなかいいぞ。


 昼寝がしたくなったら、素直に昼寝をするべきだ。


 我慢は身体によくない。


 健康で健全であることは、貴族としての義務でもある。


 つまり、今から俺がする昼寝は、立派な仕事なのだ。


 ……完璧だな。


 自分でも感心するくらい隙のない理屈である。


 これなら誰に何を言われても堂々としていられる。


 もっとも、セバスチャンあたりに見つかったら、こんな理屈を説明する前に怒られそうな気もするが。


 まあいい。


 俺は腕を楽な位置へ動かし、ゆっくりと息を吐いた。


 目を閉じようとして、ふと考える。


 そういえば、これからマバール家はどうなるんだろうな。


 ……いかん。


 せっかく昼寝をしようとしているのに、また面倒なことを考え始めてしまった。


 だが、一度気になったものは仕方がない。


 どうせ誰も来ないだろうし、少しくらい考えてから寝ればいいか。


 俺は空を見上げたまま、ゆっくりと思考を巡らせた。


 今のマバール家は、帝国内でも相当に強大な貴族家だと思う。


 何せ、元は王国の辺境伯家だ。


 それが今では帝国公爵家となっている。


 爵位の呼び方が変わったところで、それまで培ってきた力が消えてなくなるわけではない。


 むしろ、俺たちが帝国側に加わったことで、帝国内の力関係にもそれなりの変化があったはずだ。


 ただし、それを帝国貴族全員が喜んでいるかといえば、そんなことはないだろう。


 もちろん、マバール家にはマバール家なりの事情があった。


 父上だって、何も考えずに王国を離れたわけではない。


 俺も、あの時の判断は間違っていなかったと思っている。


 だが、どれほど事情を説明したところで、王国を裏切って帝国へ移ったという事実が変わるわけではない。


 それを、帝国貴族たちはどう受け止めているんだろうな。


 王国を裏切ってよくぞ帝国へ来てくれた。


 そう考えてくれる貴族なら、まあ、それほど問題にはならない気がする。


 少なくとも、マバール家が帝国へ加わることの利益を理解しているわけだからな。


 ある意味、現実が見えていると言っていい。


 だが、そうでない連中もいるだろう。


 所詮は裏切り者ではないか。


 一度主君を裏切った者が、今度は帝国を裏切らない保証などどこにある。


 そんなふうに考える貴族がいたとしても、俺は別におかしいとは思わない。


 むしろ、ごく自然な感情じゃないだろうか。


 俺だって、今まで敵だった貴族家が突然味方になったからといって、何も考えずに信用できるかと言われれば難しい。


 いくら事情があったとしても、裏切ったという事実は残るからな。


 そう考えると、マバール家を警戒する帝国貴族がいるのも当然だろう。


 もちろん、あまり感情的に判断されると困る。


 理屈で話をしているつもりなのに、相手が感情で動いてしまえば、こちらの予想も外れやすくなる。


 何をするか分からないという意味では、少々厄介だ。


 だが、そういう相手は、ある意味正直でもあると思う。


 嫌いだから信用しない。


 信用できないから嫌い。


 その理由が本人の感情にあるなら、こちらもまだ理解しやすい。


 少なくとも、何が気に入らないのか分からない相手よりは、ずっとましだ。


 納得さえしてくれれば、味方になってくれる可能性もあるだろう。


 最初は嫌っていた相手でも、付き合ってみれば案外悪い奴ではなかった、なんてことはある。


 ……まあ、実際にそうなってくれるかどうかは別の話だが。


 俺が本当に面倒だと思うのは、もっと現実的な理由で反対している貴族たちだ。


 マバール家が帝国へ加わったことで、自分たちの相対的な価値が下がってしまった連中。


 あるいは、今までは手が届きそうだった地位や役割に、新しく加わったマバール家が割って入ってくると考える連中だ。


 そういう貴族たちにとっては、俺たちがどれほど誠実に振る舞っても、それだけで問題が解決するわけではない。


 マバール家が嫌いだから反対しているのではなく、マバール家がいることで自分たちが不利益を受けるから反対している。


 だとすれば、いくら仲良くしましょうと言ったところで意味は薄いだろう。


 相手の不利益がなくならない限り、こちらを歓迎する理由がないのだから。


 ……うーん。


 やっぱり面倒だなぁ。


 王国貴族たちのことなら、もうそれほど気にならないんだが。


 大きな貴族家もあれば、小さな貴族家もある。


 強い家もあれば、弱い家もあるだろう。


 それぞれ考えていることは違うはずだが、俺からすれば、敵として相手をするならそれほど難しくない。


 極端な話、滅ぼせばいいだけだからな。


 いつ、どこの誰をどの程度滅ぼすか。


 考えるのはそれくらいで済む。


 もちろん、実際には父上の命令もあるし、勝手に攻めていいわけではない。


 だが、戦うことそのものなら、俺には対抗する手段がある。


 問題は、同じ帝国に属する貴族たちだ。


 反マバール家勢力、とでも言えばいいのだろうか。


 そんなものが実際にどの程度いるのかは知らないが、存在したとしても不思議ではない。


 そして、そいつらがどれほど邪魔だからといって、王国貴族と同じように滅ぼすわけにはいかない。


 それこそ、王国を裏切って帝国へ加わったばかりのマバール家が、今度は帝国貴族を攻撃するなんてことになれば、何を言われるか分かったものではない。


 裏切り者はやはり裏切り者だった。


 そんな話になってしまったら、目も当てられないだろう。


 こちらとしては正当な理由があったとしても、相手や世間がどう受け止めるかは別の問題だ。


 まして、まだ帝国貴族になったばかりの俺たちには、あまり無茶なことはできない。


 立場が逆なら、いろいろやりようもあるんだろうがなぁ。


 俺は頭の下へ腕を入れ、ゆっくりと寝返りを打った。


 石の感触が少し硬い。


 もう少し楽な姿勢はないものかと身体を動かしながら、考えを続ける。


 武力だけなら、今のマバール家は帝国貴族の中でもトップクラスだと思う。


 少なくとも、そう簡単に負けるような家ではない。


 だが、政治的な立場となると話は違う。


 俺たちは、帝国へ新しく加わった側なのだ。


 強いからといって、誰からも歓迎されるわけではない。


 むしろ、強いからこそ警戒する者もいるだろう。


 ……なるほどなぁ。


 そう考えると、父上やザイン殿が何をしようとしているのか、少し分かる気がする。


 新しく帝国貴族となった者たちが、ばらばらに行動していたらどうなるか。


 それぞれが既存の帝国貴族たちと向き合わなければならないし、利害が衝突した時にも、簡単には助け合えないかもしれない。


 だが、最初から互いに協力できる関係を築いておけば、少なくとも一つの家だけで問題を抱え込まずに済む。


 父上もザイン殿も、そういうことを考えているんじゃないだろうか。


 新帝国貴族として結束し、既存の帝国貴族たちと向き合っていく。


 うん。


 俺には面倒に思えるが、必要なことなのだろう。


 父上たちは、そのあたりも分かった上で動いているんだろうな。


 さすがというべきか。


 俺には、まだまだ面倒なことが多すぎる。


 空を見上げると、先ほどと変わらず、穏やかな光が広がっていた。


 木々の葉が風に揺れている。


 こんなに平和な場所で寝転がっているのに、考えていることは帝国貴族同士の利害関係か。


 ……何だかなぁ。


 俺は小さく息を吐いた。


 やっぱり、政治って面倒だ。


 だからこそ、父上やザイン殿は新帝国貴族として結束して対抗しようとしているんだろうけどな。

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