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魔力が強いやつがモテる世界に生まれ変わったのでモテる為にがんばります  作者: 伊右衛門


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第三百一話 特別警戒中


 シルディア橋の袂は、相変わらず賑わっていた。


 城から歩いてきた道も人が多かったが、橋の近くまで来ると、さらにその数が増える。荷物を抱えた者、荷車を押す者、馬車を引く者が入り交じり、あちらこちらから声が聞こえてきた。橋の袂に並ぶ屋台の方からは食べ物の匂いも漂ってくる。


 うん、なかなかの賑わいだ。


 戦の最中だというのに、これだけ人が行き来しているのは悪いことじゃない。少なくとも、誰も通らない橋よりはよほどいい。


 そんなことを考えながら橋へ向かうと、見慣れた顔が目に入った。


 いや、正確には見慣れた傷だらけの顔だ。


 橋を通る者たちへ厳しい視線を向けている男がいる。近づくまでもなく分かった。あの顔を見間違えるはずがない。


 セバスチャンである。


 ……何してるんだ、あいつ。


 ただでさえ傷だらけで人相が悪いというのに、わざわざ眉間に皺まで寄せている。橋を通る者たちをじっと見つめ、荷車が通ればそちらへ顔を向け、次の一団が近づけばまた目を向ける。


 営業妨害でもしてるのか?


 ここを通る人たちは、ただでさえ戦のせいで気を張っているだろう。それなのに、あんな怖い顔をした騎士が睨んでいたら、余計に落ち着かなくなるんじゃないか。


 まあ、本人は睨んでいるつもりなどないのかもしれないが。


 ……いや、あれは睨んでるな。


 俺は人の流れを避けながら近づき、セバスチャンの隣に並んだ。


「何してるんだ? みんな怖がっているぞ」


 声をかけると、セバスチャンはこちらを向いた。


「ひでぇですな」


 傷のある顔を緩め、苦笑する。


 ……笑っても怖いな。


 もっとも、こいつの顔は昔から見慣れている。初めて会った頃ならともかく、今では表情を見るだけで、だいたい何を考えていそうか分かるようになった。


 もちろん、全部分かるわけじゃない。こいつは時々、とんでもないことを平然と言い出すからな。


 俺はセバスチャンの隣から橋を眺めた。


 改めて見ると、人が多い。


 通れなくなるほどではないが、橋へ向かう者と渡ってくる者が重なると、少し動きにくそうにしている。荷車を押している者は前の人間が進むのを待ち、歩いている者はその脇を抜けようとする。馬車もいるから、皆が好きな速さで進むわけにはいかない。


 橋の上を流れていく人々を眺めながら、ふとセバスチャンの横顔を見た。


 こいつが何の考えもなく、こんなところで怖い顔をしているとは思えない。


 ……あいつらか。


 むろん俺も知っているが、昨日、父上から聞いた話が頭に浮かんだ。


 魔力を持たない平民兵。普通の兵とは違う動きをし、実際に騎士を殺している連中だ。感知魔法で見つけられないというのは、実に厄介な話である。


 これだけ人が行き交う場所なら、紛れ込もうと思えば難しくないのかもしれない。


「あいつらを警戒してるんだろ。怪しい奴はいたか?」


 俺が尋ねると、セバスチャンは橋へ視線を戻した。


「見つけていりゃとうに殺してますよ」


 ……物騒だなぁ。


 しかも笑いながら言っている。


 だが、こいつの場合は冗談に聞こえない。本当に見つけていたら、その場で殺しているんだろう。少なくとも、敵と判断した相手をのんびり見逃すような奴じゃない。


 ということは、今のところ怪しい奴はいなかったということか。


 いや、待てよ。


 そもそも、そんな連中を見つけられるものなのか?


「見たら分かるのか?」


 何となく気になって尋ねてみると、セバスチャンがこちらを向いた。


「分かる訳ないでしょうが」


 笑われた。


 ……おい。


 俺はわりと真面目に聞いたんだが。


 もちろん、見ただけで何でも分かるとは思っていない。だがセバスチャンは経験豊富な騎士だ。俺には分からないような、人の動きの違いや怪しさを見抜けるのかもしれないじゃないか。


 そう思ったから尋ねたのに、あっさり否定されてしまった。


 俺は改めて通行人を見た。


 荷を担いだ男が歩いている。その後ろから家族らしい一団が続き、さらに馬車がゆっくり進んでいく。どの顔も知らないし、何を考えているのかも分からない。


 この中に敵が紛れていたとして、俺に分かるだろうか。


 ……無理だな。


 魔力を持っている相手ならともかく、魔力のない平民を感知魔法で見つけることはできない。目で見て怪しいと思うことはあっても、本当に敵なのかどうかは別の話だ。


 それなら、セバスチャンは何をしているんだ?


「んじゃ、何してるんだ。サボりか?」


 少し揶揄うように尋ねると、セバスチャンは鼻を鳴らした。


「こっちが警戒しとるところを見せとるんですよ」


「ほう?」


 なるほど。


 警戒しているところを、わざと見せているわけか。


 確かに、こいつがこんな顔をして立っていれば、誰だって気づくだろう。何も考えずに橋を渡ろうとしていた者でも、あの傷だらけの顔に睨まれれば、少しくらいは緊張するはずだ。


 俺はセバスチャンと橋を交互に見た。


 見た目だけなら、十分に効果はありそうだ。


 ……いや、怖い顔だから効果があるというのも、妙な話だが。


 それでも、敵が何かを企んでいるなら、こちらが警戒していると知るだけで動きにくくなるかもしれない。何も知らずに近づいたところを捕まえられるのが一番だろうが、そもそも近づかせないという考え方もある。


 俺には、どちらがいいのかまでは分からない。


 ただ、何もしないよりは良さそうだ。


「いくさの最中だ。もっと露骨に兵を増やしてもいいぞ」


 俺が言うと、セバスチャンは少しだけ眉を動かした。


 橋は重要な場所だ。ここを通る人間が多いのなら、それだけ注意する必要もあるだろう。父上から任されたのはシルディア城の防衛だが、橋を守ることも無関係ではない。


 それくらいなら俺の権限で許可できるはずだ。


 もっとも、具体的に何人増やすのがいいかまでは分からない。そこはこいつの方が詳しいだろう。


「混乱するかもしれやせんぜ」


 セバスチャンはそう言って、橋を渡る人々へ目を向けた。


 俺もそちらを見る。


 確かに、今でも人が多い。通行する者の脇に兵が増えれば、その分だけ通れる場所が狭くなるかもしれない。何かがあったのではないかと警戒する者も出るだろう。


 ただでさえ戦の最中なのだ。兵が増えたというだけで、何か良くないことが起きたのではないかと思われてもおかしくない。


 ……なるほどなぁ。


 警戒を強めればいいというだけの話でもないらしい。


 だが、だからといって何もしないというのも変だ。


「多少は構わんだろ。なんなら分かりやすく旗でも立てるか? 特別警戒中とか」


 俺としては冗談のつもりだった。


 兵を増やすだけでは何が起きたのか分からない。それなら最初から、今は特別に警戒しているんだと知らせてしまえばいい。


 前世でも、そんな感じのものがあった気がする。


 何となく思いついたことを口にしただけなのだが、隣から返事がなかった。


 ……ん?


 セバスチャンを見ると、腕を組んでいた。


 さっきまで橋を眺めていた目が少し細くなり、眉間にはまた深い皺が寄っている。顎をわずかに引き、考え込んでいるようだった。


 ……おいおい。


 冗談だぞ?


 そんなに真剣に考えることか?


 俺は声をかけようとして、やめた。何となく、今は考えさせておいた方がいい気がしたからだ。


 それにしても、こいつは真面目な顔になると本当に怖い。


 さっき俺が営業妨害だと思った顔も怖かったが、考え込んでいる時はもっと怖い。眉間の皺と顔の傷が合わさって、知らない人間なら近寄りたくないだろう。


 ……真面目な顔の方が怖いな。


 そんな失礼なことを考えていると、セバスチャンが顔を上げた。


「本当にやって構わんのですかい?」


 ……本気なの?


 どうやら冗談だとは受け取られなかったらしい。


 いや、別に旗を立ててはいけない理由もないんだが。俺が適当に口にした案を、こんなに真剣に考えられると、何だか妙に落ち着かない。


「構わんが、効果あるか?」


 俺が尋ねると、セバスチャンはすぐには答えず、もう一度橋へ目を向けた。


 俺もつられてそちらを見る。


 ちょうど荷車が一台、橋へ入っていくところだった。その後ろでは数人の通行人が歩く速さを落とし、荷車が進むのを待っている。何も起きていない、ごく普通の光景だ。


 こんなところに旗を立てたら、どうなるんだろうな。


 警戒していると分かれば安心する者もいるかもしれないし、逆に怖がる者もいるかもしれない。俺にはどちらになるのか想像がつかない。


「分かりやせんが、試す価値はあると思いますぜ」


 しばらくして、セバスチャンはそう答えた。


 ふむ。


 こいつにも分からないのか。


 何だか少し意外だったが、考えてみれば当然だ。やったことのないものが、必ずうまくいくとは限らない。実際に試してみなければ分からないこともあるだろう。


 少なくとも、セバスチャンはやる価値があると考えているらしい。


 それなら、俺が悩み続ける必要もない。


「ならやれ。俺が許す」


「へい」


 セバスチャンは短く答えた。


 ……決まっちゃったな。


 最初は本当に冗談だったのに、いつの間にか実行する話になっている。


 まあ、こいつが試す価値があると言うのなら、任せてみてもいいだろう。別に大げさなことを始めるわけじゃないし、効果がなければそれまでだ。


 それに、考えてみれば悪い案でもない。


 俺としては何となく前世から連想しただけなのだが、よく考えると、効果があるから前世でもやっていたんだろう。


 ……たぶん。


 もちろん、俺がその効果を詳しく知っているわけではない。単に見覚えのあるものを思い出しただけである。


 しかし、こうしてセバスチャンが真剣に考えているのを見ると、案外役に立つものなのかもしれない。


 そう思うと、少しだけ嬉しくなった。


 朝から城内を歩き回って、何か手伝えることはないかと尋ね続けていたのに、どこへ行っても仕事がなかった。厩舎でも断られ、結局は散歩のつもりで橋まで来た。


 その結果が、旗を立てる許可である。


 ……これも守護者の仕事なんだろうか?


 少なくとも、城壁で見張りをしていた兵の仕事を奪うよりは、それらしいことをした気がする。


 俺は橋を渡る人々を眺めながら、小さく息を吐いた。


 何だかんだで、今日は少し仕事をしたな。


 もっとも、実際に旗を用意して立てるのは俺じゃないんだけど。


 まあいいか。


 父上から城を任されたのだから、何もかも自分でやる必要はない。できる者に任せて、必要な判断をする。それも仕事のうちだろう。


 ……そう考えると、ザイン殿の言っていたことも少し分かる気がする。


 いや、だからといって、ずっと何もせず遊んでいていいとは思わないが。


 俺はもう一度セバスチャンを見た。


 こいつはすでに橋の方へ目を戻している。さっきまでの会話などなかったかのように、また厳しい顔で通行人たちを眺めていた。


 ……うん。


 旗を立てる前から、十分警戒しているのは伝わっていると思うぞ。


 もっとも、本人にそう言えば、またひでぇですなと返されるんだろうけど。


 そんなことを考えながら、俺は橋を行き交う人々へ目を向けた。


 これだけ賑わっているのだ。


 できることなら、このまま何事も起きずに済んでほしいものである。


 ……さて。


 後日の話だが、セバスチャンは本当に「特別警戒中」という旗を掲げた。


 冗談で言った俺としては、実際にやったと聞いて少し驚いた。こいつなら言い出したことは本当にやるだろうとは思っていたが、まさかあの思いつきがそのまま形になるとはな。


 そして、これがなかなか効果を上げたらしい。


 残念ながら、警戒していた死兵が見つかったわけではない。まあ、そんな連中が簡単に見つかるなら、そもそも苦労しないだろう。


 だが、別の方面で思わぬ成果があったという。


 セバスチャンから聞いた話では、どうやら後ろ暗いところのある連中ほど、あの旗を見て妙な反応をするらしい。


 普通に通る者なら、そのまま通ればいい。警戒中だと知らされても、特に隠すことがなければ、気にはなっても通行を続けられる。


 ところが、何かやましいことをしている者は違うようだ。


 旗を見て驚いたり、急に落ち着きをなくしたり、不自然な動きをしたりするらしい。


 もちろん、旗を見て緊張したからといって、それだけで悪いことをしていると決めつけられるわけではない。


 だが、そうした反応がきっかけになって、怪しい荷を確認することもあったそうだ。


 結果として、税を誤魔化そうと荷を隠していた者や、荷物の中に人を隠していた者などが、以前より見つかりやすくなったという。


 ……ほう。


 これは、なかなか面白い。


 俺は単に、こちらが警戒していることを分かりやすく示せばいいと思っただけだ。別に税を誤魔化す者を見つけるつもりで言ったわけでもないし、荷の中に人を隠している者がいることなど、あの時は考えてもいなかった。


 それなのに、実際にはそういう連中を見つける役にも立ったらしい。


 人間、やましいことがあると、普通にしていられなくなるものなんだな。


 ……いや、俺だって父上に怒られそうなことを隠している時には、多少は落ち着かなくなるかもしれないが。


 そこはあまり深く考えないでおこう。


 何にしても、結果が出たのは良いことだ。


 セバスチャンも効果があるとは言い切れないと言っていたし、俺だって確信があったわけじゃない。それが実際に役立ったのなら、試してみて正解だったのだろう。


 俺としては、ちょっとした思いつきが仕事の役に立ったというだけで十分満足だった。


 ところが、後になってセバスチャンから、妙なことを言われた。


「若様の思いつきの中で一番役に立ちましたな」


 ……ん?


 俺は思わず、セバスチャンの顔を見た。


 あいつはいつもの調子で笑っていた。顔に残る傷が動き、いかにも機嫌が良さそうである。


 どうやら、本人としては褒めているつもりらしい。


 だが、待てよ。


 一番役に立った?


 それはつまり、これまで俺が思いついたことは、それほど役に立っていなかったという意味なのか?


 いやいや、そんなことはないだろう。俺だってこれまで色々と考えてきたし、実際に役に立ったこともあるはずだ。


 ……あるよな?


 思い返そうとしたところで、セバスチャンの笑い顔が目に入った。


 相変わらず、何とも言えない顔で笑っている。


 あいつが本気で褒めているのか、それとも俺を揶揄っているのか、どうにも判断がつかない。


 もっとも、悪い結果ではなかったのだから、ここは素直に喜んでおけばいいのだろう。


 ……褒めてるんだよなぁ。

本日の更新は、5時、12時、20時となります。

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