第二百九十二話 死兵の作り方
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がんばります。
泥だらけのまま、俺はエラム城へ向かって歩いていた。
服の裾が重い。
泥をたっぷり吸った布が脚へまとわりつくたび、ぐちゃりと嫌な感触が返ってくる。さっきまで湿っていた泥も、風に当たり続けているせいか少しずつ表面が乾き始めていた。
「たまらんなぁ。これ、乾いたら臭くなるんじゃないか?」
思わず文句を漏らすと、少し後ろから遠慮がちな声が返ってきた。
「あの、私の顔も……」
ジノが自分の頬を指差している。
泥がべったりついていた。
「知らん」
「若様……」
被害の規模が違う。
お前のは顔を洗えば終わりだろうが。
俺なんか頭から足まで泥まみれだぞ。
髪にも入っているし、服なんて完全に終わっている。
袖をつまんでみる。
乾き始めた泥が、ぱらぱらと小さく剥がれて落ちた。
駄目だな、これ。
下手をすると捨てることになる。
あーあ。
貴族の服は高価なんだぞ。
何せ全部オーダーメイドだからな。
身体に合わせて一着ずつ作らせるんだから、平民が着ているような服とは値段が違う。それを泥まみれにして一回で駄目にするとか、なんとも贅沢な遊びである。
別に遊んでいたわけじゃないけど。
……そういえば。
替えの服、あったっけ?
遠征だから何着かは持ってきているはずだ。
たぶん。
いや、持ってきているよな?
少しだけ不安になりながら、俺は泥のついた靴で街道脇の草を踏んだ。
「馬に乗らんのですか?」
横から声がする。
顔を上げると、セバスチャンが馬上からこちらを見下ろしていた。
主君を見下ろすなよ。
まあ、俺の馬まで引いてくれているのはありがたいが。
「このまま乗ったら鞍まで汚れるからな」
「まぁ、一人で無茶したから仕方ありませんな」
「無茶はしてない」
即座に否定する。
「色々知りたかっただけだ」
「色々?」
「爆発の威力とか、どうやって爆発させてるかとか」
セバスチャンが俺を見る目が、少しだけ呆れたものに変わった気がした。
失礼な奴だ。
「なんぞ分かりましたか?」
「結論としては、防御魔法無しだと危険だな」
俺は歩きながら、さっきの爆発を思い返す。
何人もの男が俺へ抱きついてきた。
腕。
肩。
腰。
背中や首筋まで。
身体中へしがみつき、そのまま至近距離で吹き飛んだ。
俺は防御魔法を張っていたから何ともなかったが、普通の人間ならどうなるかなど考えるまでもない。
「複数人に抱きつかれて至近距離で爆発されると、治癒魔法が間に合わないかもしれん」
「でしょうな」
「それに、爆発させる方法がよく分からん」
細長い何か。
そこから出した液体。
身体へ振りかけた直後に爆発した。
「何か液体を振りかけていたが、その液体も吹き飛んだしな。それが爆発のきっかけなのかも分からん。たぶん、そうだとは思うが」
うーん。
なんだろうな、あれ。
前世で、水の中に放り込むと爆発するような何かがあった気がする。
水溶性なんとかだったか?
……違うな。
水溶性なら溶けるって意味だろ。
ナトリウム?
なんか塩っぽかった気がする。
いや、塩なのか?
そもそも塩がなんで爆発するんだ。
化学式なんて全然覚えてない。
学生の頃は覚えたはずなんだがなぁ。
社会人になってから一度でも使ったかと言われると、使ってない。
仕方ない。
そうだ。
どこかにE=mc2とか書いておくか。
後世で俺が天才だったとか評価されるかもしれん。
……無理か。
そもそも、この世界で同じ記号を使うことになるとは限らない。
意味不明な文字列を書き残した変な貴族として記録される可能性の方が高いな。
くだらないことを考えていると、後ろから重い馬蹄の音が近づいてきた。
一定の速さ。
軽い馬ではない。
振り返ると、大きな馬に乗ったバカルカがこちらへ来ていた。
騎乗していても大きい。
いや、馬が少し可哀想に見えるくらいだな。
バカルカは俺の近くまで来ると、泥まみれの姿を見て一瞬だけ目を見開いた。
よし。
「意地悪なジジイに沼に落とされたんだ」
「アホな事を言わんでください」
間髪入れずセバスチャンが横から口を挟んだ。
「冗談だ」
「何であっしを見るんです」
別に誰とは言ってないぞ。
セバスチャンが不満そうな顔をする横で、バカルカは馬から降りた。
地面へ降りる動作まで妙にきっちりしている。
「先程、爆発がありましたが、あれですか?」
さすがエディオン家の筆頭騎士だな。
うちの筆頭騎士とは違う。
……本人には言わんけど。
「見えたか?」
「かなり大きな爆発でしたので」
「そうだ。以前教えた奴らだ。たぶん全員消し飛んだがな」
バカルカの表情が僅かに変わった。
「以前聞いた、平民の襲撃者ですな」
「ああ」
ちゃんと覚えていたらしい。
以前会った時、ジノへ抱きついて爆発した連中の話はしてある。
「平民ってところが一番厄介だ。感知魔法で感知出来ん。不意をつかれると、魔力持ちでも死ぬ者が出かねん」
「厄介ですな」
バカルカが低く呟いた。
顔から、先ほどまであった戦勝の緩みが消えている。
「ああ」
本当に面倒だ。
感知魔法で敵を探す。
魔力反応があれば警戒する。
それが出来ない。
街中に平民が何十人、何百人といれば、その中に一人混ざっていても普通の感知魔法では分からない。
四六時中、防御魔法を張って生活するわけにもいかないしな。
「そうですかい?」
セバスチャンが首を傾げた。
俺は横目で睨む。
「言っておくが、さっきのを防げたのは俺だからだ」
普通の騎士だったらどうだった。
何人にも一斉に抱きつかれ、意味も分からないまま爆発。
防御魔法の展開が間に合ったか?
いや、騎士どころか貴族でも難しいかもしれない。
最初から敵だと分かっていれば別だ。
だが、普通の平民が近づいてきたようにしか見えない状況で、突然身体へしがみつかれたら。
「いや、危ねえのは分かりやすが」
セバスチャンが言った。
「自ら死ぬ。つまり死兵を、そう簡単に鍛えられやすかねぇ」
ああ。
そっちか。
俺は少し考える。
爆発の威力。
仕組み。
防御方法。
そちらばかり気にしていたが、確かにおかしい。
人間は普通、死にたくない。
敵を殺すために自分まで確実に死ぬ人間を何人も用意する。
言葉にすると随分難しい。
「ふむ。どんな奴がやってると思う?」
セバスチャンがこちらを見る。
「ああ、鍛えてる奴じゃなく、爆発した奴の方だ」
「一番簡単なのは、身内を人質にでもして命じる事でしょうが」
セバスチャンは顎を撫でる。
「そんな感じじゃありませんでしたな」
「ふむ」
俺も思い返す。
泥まみれの顔。
俺へ伸びてきた腕。
特に叫ぶこともなく、必死に逃げることもなく、ただ抱きつこうとしてきた。
「例えば妻子を人質にされていたとしよう」
「へい」
「そんな奴の目には、怯えがあるんじゃないだろうか」
もちろん、全員がそうなるとは限らない。
俺に人の心を読む力なんてない。
だが、少なくとも俺が見た奴らは違った。
「奴らの目には怯えは無かった。少なくとも、俺が見た限りそんなものは感じられなかった」
「でしょうな」
「他ならどうだ?」
セバスチャンへ顔を向ける。
「お前ならどうする?」
「ふむ」
少し考えるかと思った。
だが、セバスチャンはすぐに答えた。
「あっしなら、物心つく前の年頃のガキを攫って鍛えますな」
「……は?」
「命令に従う事が正しいと、徹底的に教え込みます」
あっさり言いやがった。
俺は思わず苦笑する。
「そんなに上手くいくか?」
「失敗したガキは殺しますな」
さらにあっさりしていた。
「脅しにもなるでしょうし」
「お前、怖いことを平然と言うな」
「若様に聞かれたから答えただけですぜ」
それはそうなんだが。
俺は前を向いた。
物心つく前の子ども。
命令に従うのが正しいと教え込む。
失敗すれば殺す。
……出来るかどうかは分からない。
だが、平民の子どもなら攫っても、それほど大きな騒ぎにはならないかもしれない。
もちろん親は騒ぐだろう。
村の人間だって探すかもしれない。
だが、攫った相手が貴族だったらどうする?
どうにも出来ない。
少なくとも貴族の子どもを攫うより、ずっと安全で簡単だ。
平民には家の力も騎士もいない。
下手に逆らえば、自分たちまでどうなるか分からない。
泣き寝入りするしかない場合も多いだろう。
子どもではないが、似たようなことならある。
貴族が平民の女を見初め、そのまま無理矢理連れていく。
珍しい話でもない。
子を成すことは貴族にとって重要だ。
平民の女一人を連れ去ったところで、それだけで大問題になるような世界でもない。
それが子どもだったら。
……ありそうだな。
何より俺自身、事情はあったがダリアを攫ったようなものだ。
あれも外から見れば、帝国で気に入った平民の女をそのまま持って帰っただけだろう。
「ですが」
それまで黙って聞いていたバカルカが口を開いた。
「あのような爆発する死兵など、聞いた事もありません。あのような死兵がいるのなら、噂くらいにはなるのでは?」
確かに。
何年も何十年も前から存在しているなら、誰かが使っていてもおかしくない。
戦で使えば目立つ。
暗殺でも使える。
爆発そのものが珍しいなら、なおさら噂くらい残るだろう。
「そりゃ、あの爆発する妙なもんは最近出来たんじゃねぇですかい?」
セバスチャンがまたあっさりと言った。
俺とバカルカが同時にそちらを見る。
「ふむ」
あり得る。
「可能性はあるな」
人間とは、作れば使いたくなる生き物だと俺は思う。
便利な物を作れば使う。
強い武器を作れば試す。
面白い物を作れば誰かに見せたくなる。
それは前世でもこっちでも、そんなに変わらない気がする。
「昔からあるなら、どこかで使われているだろう」
「でしょうな」
「だが」
俺は少し眉を寄せた。
「なぜ今なんだ?」
タイミングが妙だ。
もちろん偶然かもしれない。
偶然、新しい物が完成した。
偶然、俺たちが王都へ行った。
偶然、帰り道で襲われた。
偶然、今度はエラム城の前にいた。
あり得ないとは言えない。
言えないが。
「たまたまか?」
自分で口にしてみても、少し引っかかる。
「いくらなんでも、タイミングが良すぎる感じがするな」
バカルカが険しい顔のまま頷いた。
「あのような死兵を内密に鍛え、あのような武器を内密に作る。一介の貴族家には難しいと思います」
その言葉で、一つの場所が頭に浮かんだ。
「つまり、王都絡みか」
「おそらくですが」
バカルカが頷く。
「うーむ」
やっぱり。
「王都は吹き飛ばしておけば良かったな」
セバスチャンが苦笑した。
「別に王都と決まった訳じゃありませんぜ。それに人の多い王都より、その郊外で鍛えるんじゃねぇですかい?」
「そうか?」
俺は首を傾げる。
「俺なら人の多い王都で鍛えるぞ」
「へぇ?」
「人は人の中に隠した方が目立たんだろう」
誰も来ない場所に毎日大量の食料を運ぶ。
人が出入りする。
子どもを何人も抱える。
そっちの方が怪しくないか?
「滅多に人の来ない場所より、普段から人通りのある場所の方が目立たない。食料の世話なんかも楽だと思うんだが?」
「うーむ」
セバスチャンが唸った。
珍しい。
「どうだ? 参ったか」
少し得意になる。
「まぁ、全部仮定の話だがな」
「そうですね」
バカルカがエラム城の方へ目を向けた。
「とりあえずエラム城を占領してから、改めて話し合いましょう」
「そうだな」
俺とセバスチャンも頷く。
考えても情報が無さすぎる。
爆発した奴らは消し飛んだ。
使っていた物も、ほとんど残っていない。
なら今は目の前の仕事を片づける方が先だ。
俺たちはそのままエラム城へ向かった。
バカルカは馬を引いたまま、俺たちと一緒に歩いている。
別に乗ればいいのに。
律儀な男だなぁ。
やがて城が近づき、俺たちは揃って足を止めた。
正面にあるのは城門。
……だったものだ。
「けっこう壊れたなぁ」
思わず口から漏れる。
城門だけではない。
その周囲の城壁まで崩れ、石と木材がごちゃごちゃに重なっている。割れた石材の間から折れた木片が突き出し、元々どこまでが門だったのか少し分かりにくい。
おかしいな。
ちゃんと加減したんだが。
横を見る。
セバスチャンが俺をじっと見ていた。
無視しよう。
「まぁ、なんとか瓦礫を乗り越えれば入れるんじゃないか?」
明るく言ってみる。
バカルカは壊れた城門をしばらく眺め、それから静かに首を振った。
「別の入り口を探しましょう。裏門くらいあるでしょう」
「まぁ、出入り口が一箇所な訳ないか」
俺たちは崩れた城門を離れ、城壁に沿って歩いた。
エラム城の周囲はやはり水が多い。
暗く湿った水面が城壁の近くまで続き、その向こうに草が揺れている。足元も場所によって柔らかく、油断すると靴が少し沈んだ。
城の裏側へ回り込む。
「あれか?」
細い橋が見えた。
正面の城門へ続く道とは比べ物にならないほど小さい。
橋の先には、人が二人並べるかどうかという程度の出入り口が開いている。
たぶん使用人とかが使うんだろう。
一種の通用口だな。
しかし。
「これじゃ軍勢は入れんな」
不可能というほどではない。
一列、あるいは二人ずつ。
きちんと整列して順番に入れば全員通れる。
だが、それで軍勢を城内へ入れるとなると随分時間がかかるだろう。
俺は横目でバカルカを見る。
バカルカは小さな入口を眺め、それから正面の方角へ一度だけ目を向けた。
壊れた城門。
積み上がった瓦礫。
そして再び、小さな通用口。
しばらく無言だったが、やがて顔から何かが抜け落ちたように息を吐いた。
「とりあえず我らだけ入りましょう」
妙にさっぱりした顔で言う。
「部下たちには、瓦礫の撤去を命じておきます」
……諦めがついたのだろうか。
本日もよろしくお願いします。
更新は、5時、12時、20時となります。




