第二百八十九話 溶けた大地
崩れた城門の方から、まだ土煙が上がっていた。
なかなか盛大に崩れたもんだな。
馬上からちらりと振り返ってみるが、今さらどうにもならん。城門のあった辺りは瓦礫で埋まり、少なくとも騎士たちが馬に乗って通り抜けられるような状態には見えなかった。
うん、目的は達成した。
あとは後始末を何とかしてもらえばいいだけだ。
……バカルカ、頑張ってくれよ。
心の中で勝手なことを考えながら、俺は前方へ視線を戻した。
エラム家の騎士たちは、こちらから逃れるように前進している。
もちろん、全員が大人しく逃げてくれるわけではない。中にはこちらへ向き直り、攻撃魔法を放ってくる者もいた。
だが、こちらにはオルドたちがいる。
騎士たちは馬を進めながら次々と攻撃魔法を放ち、エラム家の軍勢を押していた。
俺も前方へ攻撃魔法を放つ。
ただし、威力には十分注意する。
敵の向こう側にはエディオン家がいるのだ。下手に強力な攻撃魔法を放てば、敵だけでなく味方まで巻き込んでしまう。
さすがにそれはまずい。
先ほどの城門とは訳が違う。
いや、城門だって十分まずいことをしたような気もするが、あれはもう終わったことだ。
今は目の前の敵に集中しよう。
エラム家の騎士たちは、こちらの攻撃を避けながら前へ進んでいる。
その先では、エディオン家の騎士たちが迎え撃っていた。
遠目にも、両軍が激しく攻撃魔法を撃ち合っているのが分かる。
おお、やってるな。
敵にとってはたまったもんじゃないだろう。
前へ進めばエディオン家、後ろへ戻ろうとすれば俺たちがいる。
しかも、城門は崩れてしまった。
戻る場所がないとなれば、何とか前方を突破しようとするしかない。
そこへ、後方から俺たちが攻撃する。
なるほど。
こうして実際にやってみると、挟み撃ちというのはなかなか恐ろしいもんだな。
もっとも、相手だって騎士だ。
ただ逃げ回るだけではない。
前方で数騎が向きを変え、こちらへ突っ込んできた。
おっと。
俺を狙っているのか、それとも包囲を抜けたいのか。
どちらにしても、通すわけにはいかんな。
向かってくる騎士の一人が攻撃魔法を放った。
俺は防御魔法で受け止めながら、そいつに攻撃魔法を返す。
騎士の身体を包んでいた防御魔法が、あっさりと破れた。
続いて馬上の身体が大きく揺れ、そのまま地面へ落ちていく。
残りの騎士たちも俺に攻撃魔法を放ってきたが、結果は大して変わらなかった。
悪いな。
普通の騎士が展開する防御魔法で、俺の攻撃魔法を防ぐのは無理だ。
こちらへ突っ込んでくる者を次々と狙い撃ちにする。
攻撃魔法を放つたびに、前方の騎士が倒れていく。
中には俺の攻撃を避けて横へ逃げる者もいた。
……まぁ、多少は逃したかもしれん。
だが、少数なら問題あるまい。
今の目的は、敵を一人残らず俺が倒すことではない。
エラム家の軍勢を押し込み、エディオン家と協力して包囲することだ。
俺は周囲を確認する。
オルドたちも前進を続けていた。
攻撃を受けた敵が左右へ散ろうとしても、その先へ別の攻撃魔法が飛ぶ。
なるほど、上手いな。
ただ前に攻撃しているだけじゃない。
逃げ道を狭めるように攻撃している。
そうだ、その調子だ。
俺たちが押せば押すほど、前方に集まっているエラム家の騎士たちの動きが窮屈になっていく。
対面のエディオン家も、こちらの動きに合わせているようだった。
だが、どこまで押せばいいんだ?
敵が集まりつつあるのは分かる。
エディオン家が包囲しようとしているのも見える。
しかし、俺には今がその時なのか、もう少し押すべきなのか判断できない。
こういうのは難しいな。
敵を追い立てるだけなら出来るんだが、その後の細かい調整はさっぱりだ。
俺は近くにいるセバスチャンへ声をかけた。
「セバスチャン、合図は任せるぞ!」
セバスチャンがこちらを向き、頷いた。
よし。
これで大丈夫だ。
正直よく分からんから、全部こいつに押し付けよう。
無責任だと言われそうだが、俺が判断するよりずっと確実だろう。
俺は再び前を向き、攻撃魔法を放った。
今度は敵の足を止めるように加減する。
放った攻撃魔法が地面を叩き、土が跳ね上がった。
馬を止める者、進路を変える者。
その動きに合わせ、オルドたちも攻撃を続けている。
少しずつ、敵の集まっている一帯が狭くなっていった。
遠くに見えるエディオン家の騎士たちは、敵を囲むような形になっている。
完全な円ではない。
半円状に広がり、こちらへ向かってきた敵の前進を妨げている。
そこへ俺たちが後方から押し込んでいるわけだ。
うむ。
いい感じじゃないか。
このまま進もう。
「若様!」
突然、セバスチャンの声が響いた。
ん?
振り向くと、セバスチャンが片手を空へ向けていた。
俺を見る目が真剣だ。
……ああ、なるほど。
もう十分に押し込めたらしい。
俺は馬を止め、頷いた。
それを見たセバスチャンが攻撃魔法を放つ。
一度。
二度。
三度。
三つの攻撃魔法が空高く上がり、派手に弾けた。
おお。
けっこう綺麗だな。
青空に光が広がり、すぐに薄れていく。
なんだか花火みたいだ。
前世で見た花火とはずいぶん違うが、遠くからでもはっきり分かる。
これならエディオン家の連中にも見えただろう。
合図を終えたセバスチャンが、今度は前方へ視線を向ける。
俺たちはその場に留まり、エラム家の騎士たちが戻ってこないように攻撃を続けた。
ただし、もう積極的に敵を倒す必要はない。
ここから引き返しても危険だと分からせれば、それで十分だ。
俺も時折、前方へ攻撃魔法を放つ。
敵の近くで地面が跳ね上がり、戻ろうとしていた騎士が馬を止めた。
そうそう。
そのままそっちにいろ。
もう少しだけ大人しくしてくれればいい。
対面ではエディオン家の動きが変わり始めていた。
先ほどまで敵を押し込んでいた騎士たちが、少しずつ距離を取っている。
なるほど。
今度はあちらが退く番か。
エラム家の騎士たちも、当然その動きに気づいたらしい。
離れていくエディオン家を追おうとする者もいる。
だが、俺たちが後方にいる以上、そう簡単には逃がせない。
エディオン家の騎士たちは、攻撃を続けながら少しずつ離れていった。
うーん。
こうして見ると、簡単なようで難しいことをやっているな。
ただ逃げればいいわけじゃない。
敵をこちらへ戻さず、しかも自分たちは安全な距離まで退かなければならない。
少しでも判断を間違えれば、包囲が崩れるかもしれん。
だが、エディオン家の騎士たちは落ち着いていた。
その動きに乱れはないように見える。
やっぱりバカルカは大した男だな。
あのデカい身体ばかり目立つが、騎士を率いる腕前だって相当なもんだ。
俺がそんなことを考えている間にも、エディオン家と敵との距離は広がっていった。
そして、しばらくすると対面の空に光が上がった。
一度。
二度。
三度。
こちらと同じように、空高く上がった攻撃魔法が派手に弾ける。
おお、また花火だ。
やっぱり綺麗だな。
少し離れて見ると、さっきよりよく見える。
思わず空を見上げていると、
「若様!」
またセバスチャンに怒鳴られた。
……分かってるよ。
そんなに何度も怒鳴らなくてもいいじゃないか。
「大丈夫だ、安心しろ」
俺はそう返し、改めて前方へ視線を向けた。
エディオン家はすでに敵から十分に離れているらしい。
あとは俺が攻撃するだけだ。
さて。
どれくらいにしておくかな。
体内の魔力を練り始める。
魔力がゆっくりと動き、それにつれて身体の内側に力が満ちていく。
まだ足りない。
もう少しだ。
俺は意識を集中し、魔力をさらに練り上げていった。
前方にはエラム家の騎士たちが集まっている。
かなりの数だ。
普通の攻撃魔法を何度も放って倒すことも出来るだろうが、それでは時間がかかる。
何より、散らばって逃げられるのが面倒だ。
ここはまとめて片づけてしまおう。
「やりすぎんでくださいよ」
横から声がした。
見ると、セバスチャンがこちらを見ている。
……なんだよ。
そんなに信用できないか?
「信用しろよ」
そう答えたが、セバスチャンは何とも言えない顔をした。
失礼な奴だな。
俺だって加減くらい出来るぞ。
たぶん。
まぁ、少なくとも全力ではない。
そこまで魔力を練っているわけじゃないし、以前よりはずいぶん調整も出来るようになった。
とはいえ、並の貴族では出せない程度の魔力にはなっているだろう。
……うん。
これくらいでいいか。
俺は練り上げた魔力を攻撃魔法へと転換していく。
目標は前方、エラム家の騎士たちが密集している一帯の中央だ。
周囲の地面は湿っている。
あまり大きく吹き飛ばすと、後で面倒なことになるかもしれない。
まぁ、城門を崩した時点で十分面倒なことにはなっている気もするが。
そこは考えないことにしよう。
「やるぞ。一応、防御魔法を展開しとけ」
セバスチャンたちに告げる。
俺が加減するつもりでいるとはいえ、念のためだ。
たぶん大丈夫だとは思うが、万一ということもある。
あくまでも万が一だが。
近くの騎士たちが防御魔法を展開するのを確かめ、俺は前方を見据えた。
狙うのは敵の中央。
よし。
俺は攻撃魔法を放った。
次の瞬間、視界が激しい光に包まれた。
灼熱が広がり、轟音が響き渡る。
空気が震えた。
いや、空気だけではない。
大地そのものが一瞬、確かに揺れた。
続いて、凄まじい勢いで土煙が噴き上がった。
強い風が吹き荒れ、馬が大きく身体を揺らす。
「おっと!」
俺は手綱を握り直し、馬を宥める。
耳の奥には、まだ轟音の余韻が残っていた。
……あれ?
ちょっと待て。
これ、もしかして。
……やりすぎたかな?
背筋を嫌なものが走った。
いやいや。
ちゃんと加減したぞ。
全力なんか出していない。
それは間違いない。
だが、前方には猛烈な土煙が立ち込めていて、何がどうなったのかさっぱり分からん。
風が吹き、少しずつ土煙が薄くなっていく。
俺は目を凝らした。
最初に見えたのは、地面だった。
いや。
地面と言っていいのか?
エラム家の騎士たちがいた一帯が、大きく窪んでいる。
……おお。
ずいぶん派手にやったな。
瓦礫だらけになっているかと思ったが、意外にもそうではない。
大きな窪みの中に、妙な色が見える。
ん?
なんだ、あれ。
赤い。
いや、赫いというべきか。
窪んだところが、内側から光っているように見えた。
俺はしばらくそれを眺めた。
……大地が溶けてるな、これは。
どうやら、攻撃魔法を受けた場所の地面そのものが溶けてしまったらしい。
熱を帯びた地面が、少しずつ色を失っていく。
赫かった部分が暗くなり、黒いところが広がっていった。
その表面からは白いものが立ち昇っている。
水蒸気か?
そういえば、この辺りは妙に湿気が多かったな。
馬の蹄も滑りやすかったし、迷宮から水が溢れているという話だった。
……ひょっとして、水蒸気爆発もしたのか?
いや、分からんけど。
あれだけ熱くなれば、地面に含まれていた水も一気に蒸発するだろう。
もしかしたら、それで威力が大きくなったのかもしれない。
うむ。
そういうことにしておこう。
俺だけが悪いわけじゃない。
水を溢れさせているという迷宮にも、責任の一端はあるはずだ。
……たぶん。
そんなことを考えながら、さらに薄れていく土煙の向こうを見た。
動いている者は誰もいない。
それどころか、倒れている者すら見当たらなかった。
……死体もないな。
つい先ほどまで、あそこには大勢の騎士たちがいたはずだ。
それが、跡形もなく消えている。
俺は何となく周囲を見回した。
妙に静かだった。
風は吹いている。
木々の葉が擦れ合う音も聞こえる。
遠くでは馬が嘶いた。
それなのに、人の声がしない。
セバスチャンも、オルドたちも黙っている。
対面にいるエディオン家の騎士たちも、動いていないように見えた。
……ん?
なんだ?
どうした?
俺は近くの騎士たちを見る。
皆、前方を見つめていた。
何だかぽかんとしているような気がする。
……呆れられたか?
いや、違うんだ。
確かに俺が攻撃魔法を放った。
それは間違いない。
だが、水蒸気爆発もしたと思うんだよな。
俺の攻撃魔法だけでこうなったわけじゃない。
たぶん。
だから、そんな顔をしなくてもいいじゃないか。
俺はちゃんと手加減したんだから。
セバスチャンを見ると、こいつは俺の方を向いていた。
そして、何とも言えない顔をしている。
……おい。
何か言えよ。
怒るなら怒る、褒めるなら褒める。
黙っていられると、こっちが困るじゃないか。
そんなことを考えていると、遠くの人影がわずかに動いた。
エディオン家の騎士だろうか。
一人が何かを掲げたように見える。
続いて、周囲の騎士たちも動き始めた。
その動きが、ゆっくりと広がっていく。
そして。
「うおおぉぉぉぉ!!」
突然、凄まじい歓声が響き渡った。
おおっ。
何だ何だ?
先ほどまでの静けさが嘘のようだ。
遠くから声が重なり、こちらでも騎士たちが叫び始める。
気がつけば、オルドたちも大声で歓声を上げていた。
俺は思わず周囲を見回す。
皆、興奮しているようだ。
中には攻撃魔法が命中した場所を指差している者もいる。
……なるほど。
つまり、これは褒められているってことだな。
やっぱりな。
そうだよな。
俺はちゃんと手加減したもんな。
うん。
よかった、よかった。
セバスチャンはというと、相変わらずにやにや笑っているだけだった。
……何だよ、その顔。
まぁ、怒られていないだけいいか。
俺は小さく息を吐き、改めて前方を見た。
大地はまだ黒く変わり続けている。
ところどころから白い水蒸気が立ち昇り、風に流されていた。
ついさっきまで敵がいたとは思えない光景だ。
これで、エラム家の軍勢はほとんど片づいたんじゃないか?
多少逃げた奴はいるかもしれないが、少なくとも目の前にいた連中はもういない。
さて。
あとは城か。
そう思って、何となく振り返った。
エラム城が見える。
先ほど崩した城門の辺りには、まだ土煙が残っているようだった。
……うん。
あそこは後で何とかしてもらおう。
そんなことを考えていた俺の目に、妙なものが映った。
白い。
何だ、あれ?
城の一番高いところに、何やら白いものが見える。
それだけではない。
城の正面にも白いものがある。
旗か?
いや、何だか大きさが違うな。
よく見ると、布のようだった。
大きな布もあれば、小さな布もある。
それが何枚も掲げられている。
……何をやっているんだ?
俺は首を傾げた。
もしかして、エディオン家に阿っているのか?
いや、エディオン家の旗は白いが、あれはどう見ても旗じゃない。
ただの布だ。
しかも、あちこちに掲げられている。
そんなことを考えていた俺は、突然、その意味に気づいた。
……あ。
白旗か!
降伏の合図じゃないか!
あまりにも唐突だったので、一瞬分からなかった。
そうだよな。
城外に出した騎士たちはほとんどいなくなった。
目の前では大地が溶けている。
城門も崩れた。
……うん。
そりゃ降伏するよな。
何とも言えない気分でエラム城を眺めていると、俺の視線に気づいたオルドたちも城の方を向いた。
最初は何が起きたのか分からなかったらしい。
だが、すぐに誰かが声を上げた。
それが周囲へ広がっていく。
再び歓声が響いた。
今度は、さっきよりも大きい気がする。
俺はその声を聞きながら、城に掲げられた白い布を見つめていた。
やれやれ。
終わったのか。
ようやく。
ここまで随分と面倒だったな。
高台からの移動も、セバスチャンに任せていたとはいえ、なかなか気が気じゃなかった。
だが、どうやら上手くいったらしい。
ふと、近くに馬の気配を感じた。
見ると、セバスチャンが静かに近づいてきていた。
こいつは歓声を上げるでもなく、相変わらず少し笑っている。
そして、俺の隣まで来ると、短く言った。
「やりましたな」
俺はもう一度、エラム城を見た。
白い布が風に揺れている。
前方では騎士たちの歓声が続いていた。
大地にはまだ熱が残り、白い水蒸気が立ち昇っている。
それらを眺めながら、俺も短く答えた。
「ああ」
そうして、エラム城。
つまり、エラム家は降伏した。
次の更新は、17時となります。
ご注意ください。




