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魔力が強いやつがモテる世界に生まれ変わったのでモテる為にがんばります  作者: 伊右衛門


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第二百八十八話 奇襲の旗


 高台を降り始めてから、俺たちはほとんど魔力を使っていない。


 もちろん、マバールの旗も掲げていない。旗を掲げれば味方の士気は上がるだろうが、敵にもこちらの存在を教えてしまう。今は出来るだけ目立たず、エラム城へ近づくことが最優先だ。


 城から出てくる騎士たちを、可能な限り城外へ誘い出す。


 そして、エラム城とエラム家の軍勢との間に割り込み、退路を断つ。


 そのためには、こちらの存在を最後まで気づかせてはならない。


 出ろ、全部出ろ。


 馬の背に身体を伏せながら、俺は心の中で何度も繰り返していた。


 エラム城からどれだけの騎士が出てきているのか、ここからではよく見えない。木々や地形が邪魔をしているし、そもそも見晴らしのいい場所を避けて進んでいるのだから当然だ。


 見えないのは、こちらだけではないはずだ。


 少なくとも、そう信じたい。


 俺たちの先頭を行くのはセバスチャンだった。


 馬を走らせすぎることもなく、かといって無駄に足を止めるわけでもない。地形を確かめながら進み、時折、進む方向を微妙に変える。


 その判断に俺は一切口を挟まなかった。


 正直、俺にはよく分からん。


 目の前にあるのは木々と草、それに起伏のある地面だけだ。どこから敵に見えるのか、どこまでなら近づけるのか、俺が考えたところで確信なんか持てない。


 だが、セバスチャンなら分かるのだろう。


 こいつは俺なんかより、ずっと多くの戦場を経験している。


 俺が派手な攻撃魔法を放つことしか考えていないような場面でも、こいつは周囲を見ている。敵の動きだけじゃない。味方がどこにいて、何をすれば危険になるのかまで考えている。


 だから任せる。


 俺に出来るのは、余計なことをせずについて行くことだ。


 ……それが一番難しいんだけどな。


 馬の首筋に沿うように身を低くしながら、前方のセバスチャンを見る。


 行けるなら一気に行きたい。


 肉体強化魔法を使って馬を走らせれば、こんな距離など大したことはない。だが、ここで馬蹄を響かせれば、せっかく隠れて近づいている意味がなくなる。


 それに、こちらが魔力を使えば敵の騎士に気づかれる可能性もある。


 我慢だ。


 焦るな、俺。


 セバスチャンが急に馬を止めた。


 俺も慌てて手綱を引く。後ろの騎士たちも、それぞれ馬を止めたらしい。わずかな蹄の音が続いたあと、周囲は再び静かになった。


 何かあったのか?


 前を見ても、俺には特に変わったものが見えない。


 セバスチャンは馬上で身を低くしたまま、しばらく動かなかった。


 ……長いな。


 まだか?


 口に出したくなるのを堪え、馬の首を軽く撫でる。


 すると、馬が一歩踏み出しかけたところで、蹄を滑らせそうになった。


 おっと。


 すぐに手綱を調整し、首筋を宥めるように撫でてやる。


 地面が湿っている。


 湿地というほどではないが、草の下の土は柔らかく、場所によってはずいぶん滑りやすい。先ほどから何度か足元を取られそうになっている。


 軍馬として仕込まれた馬だから、ちょっとしたことで暴れたりはしない。それでも、蹄が滑れば怖いだろう。


 すまんな。


 もう少しの辛抱だ。頑張ってくれ。


 首筋に触れていた手へ、馬の体温が伝わってくる。


 その温かさを感じているうちに、ようやくセバスチャンが動いた。


 馬を進める。


 俺たちも続く。


 やれやれ、やっとか。


 そう思ったのも束の間、しばらく進むとまた止まった。


 ……おい。


 いや、文句は言わん。


 言わんけどさぁ。


 これで何度目だ?


 最初のうちは数えていたような気もするが、もう覚えていない。進んでは止まり、止まっては進む。その繰り返しだ。


 ただ、不思議なことに、少しずつエラム城へ近づいているのは分かる。


 木々の向こうに見える城壁が、先ほどより大きくなっている。


 それを見るたびに、もう行けるんじゃないかという考えが頭をもたげる。


 だが、先導するセバスチャンはまだ動かない。


 信じろ。


 こいつが待っているなら、まだその時じゃない。


 俺は馬の背に伏せ直し、余計なことを考えないようにした。


 どれくらい経っただろう。


 実際には、それほど長い時間ではなかったのかもしれない。だが、じっとしていると時間の進み方がおかしくなる。


 何も起きていないのに、やたらと長く感じるのだ。


 その時だった。


 遠くから大きな音が響いてきた。


 続いて、幾つもの声が重なったような喊声が聞こえる。


 ……始まったか?


 思わず顔を上げかけ、慌てて伏せ直す。


 エディオン家とエラム家がぶつかったのだろうか。


 音は遠い。


 何が起きているのか、ここからでは分からない。


 俺はセバスチャンを見た。


 動かない。


 ……まだなのか?


 再び喊声が響き、今度は先ほどよりも長く続いた。


 おいおい、大丈夫か?


 まさか、エディオン家が押されているなんてことはないだろうな。


 いや、バカルカがいる。あの大男が簡単にやられるとは思えない。


 それに、エディオン家の騎士たちだって十分に強い。


 分かっている。


 分かっているんだが、見えないというのは落ち着かない。


 何か失敗したのかもしれない。


 そんな考えが頭をよぎり、胸の奥が嫌な具合にざわついた。


 だが、俺の前にいるセバスチャンは落ち着いていた。


 馬上に伏せたまま、じっと前方を見ている。


 そうだ。


 何かあれば、こいつが動く。


 俺が何も見えないところで、こいつは必要なものを見ているはずだ。


 信じろ。


 ここで俺が勝手な判断をしたら、これまでの苦労が全部無駄になる。


 じっと待つ。


 遠くから聞こえる声が、風に乗って強くなったり弱くなったりする。


 馬の呼吸が耳に近い。


 自分の息まで妙に大きく感じられる。


 その時、セバスチャンが振り返った。


 俺と目が合う。


 ほんの一瞬だった。


 だが、その目を見た瞬間、何をすべきか分かった。


 セバスチャンの右拳が高く振り上げられる。


 俺は馬上で背筋を伸ばし、腹の底から怒鳴った。


「マバールの旗を掲げろ!」


「オオゥ!」


 背後から騎士たちの声が響いた。


 それまで息を潜めていた連中が、一斉に身体を起こす。


 マバールの旗が掲げられた。


 黒地に赤い縦十字。


 ようやく姿を現した旗が風を受けて広がる。


 こいつらも耐えていたんだな。


 そう思う間もなく、セバスチャンが馬を走らせた。


 俺も続く。


 今度は隠れる必要などない。


 馬の身体が大きく動き、蹄が地面を蹴る。先ほどまであれほど気を使っていた音が、今は後方から幾重にも響いてくる。


 木々の間を抜け、起伏の陰から飛び出す。


 途端に視界が開けた。


「……こんなとこまで来てたのか」


 思わず声が漏れた。


 エラム城が近い。


 そして、その前方にはエラム家の騎士たちがいた。


 つまり、俺たちはほとんどエラム城とエラム家の軍勢との間に入り込んでいたのだ。


 しかも、どちらかといえば城の方に近い。


 おいおい。


 どうやってここまで気づかれずに来たんだ?


 つい先ほどまで、俺には木々と地面しか見えていなかったのに。


 まるで魔法だな。


 もちろん、そんな魔法は存在しない。


 あるのは、セバスチャンの経験と判断だけだ。


 ……いや、改めて考えるとすごいな、こいつ。


 そんなことを考えていると、前方のエラム家の騎士たちがこちらに気づいたらしい。


 何人もの騎士が振り向き、動きが乱れる。


 そりゃ驚くよな。


 俺だって驚いている。


 まさか、これほど都合のいい位置へ出られるとは思っていなかった。


 だが、驚いてばかりもいられない。


 ここまで来たら、やることは一つだ。


「奴らを城に戻すな! 押せ! 攻撃せよ!」


 俺の声に応じ、オルドたちが次々と攻撃魔法を放った。


 前方で光が走り、エラム家の騎士たちが散る。


 こちらへ向き直ろうとする者もいるが、突然背後から攻撃されて、すぐに態勢を整えるのは難しいだろう。


 俺たちはその隙を逃さず前進する。


 いいぞ。


 そのまま押せ。


 この位置なら、前方にいるエディオン家を巻き込む心配も少ない。


 敵の後ろから攻撃し、城へ戻ろうとする動きを封じる。


 そして、そのまま前へ追い立てる。


 予定どおりだ。


 ……ん?


 ふと、あることに気づいた。


 俺は振り向いた。


 後方にはエラム城がある。


 そして、城門も見えていた。


 なるほど。


 あれを崩せばいいんじゃないか?


 城へ戻る道そのものを塞いでしまえば、エラム家の騎士たちも前へ進むしかなくなる。


 なかなかいい考えだ。


 そう思った時には、もう攻撃魔法を放っていた。


 城門に向かって一直線に攻撃が走り、激しい音が響く。


「若様!」


 セバスチャンの怒鳴り声が飛んできた。


 なんだよ。


 そんなに驚くことか?


「城門を崩すだけだ!」


 返事をしながら、攻撃した場所を見る。


 城門の周辺から土煙が上がっていた。


 うむ。


 悪くない。


 これで敵の退路はさらに狭くなるはずだ。


「城門を崩すと後で入れませんぜ!」


 ……あ。


 思わずセバスチャンの方を見る。


 そういえば、そうだな。


 城門を崩せば敵が戻れなくなる。


 だが、俺たちも入れなくなる。


 ……なるほど。


 そこまでは考えていなかった。


「……大丈夫だ、ちゃんと加減する!」


 とりあえず、そう答えておいた。


 だが、どうやって加減すれば城門だけ都合よく崩れるのだろう。


 いや、もう攻撃しちゃったしなぁ。


 今さら元へ戻すわけにもいかん。


 俺は再び城門を見る。


 まだ残っている部分がある。


 中途半端に残っていては、敵がそこを通ろうとするかもしれない。


 それでは意味がない。


 やはり、ここはきちんと崩しておくべきだろう。


 後で入れないという問題は……まぁ、何とかなる。


 バカルカは身体もデカい。


 エディオン家には肉体強化魔法を使える騎士が大勢いるし、平民兵だっている。


 瓦礫を撤去するくらいなら、きっと出来るだろう。


 うん。


 大丈夫だ。


 後始末は任せよう。


 そう決めた俺は、さらに城門へ攻撃魔法を撃ち込んだ。


 今度は先ほどよりも大きく崩れた。


 重い音が続き、土煙が盛大に立ち上がる。


 その向こうで、崩れたものがさらに崩れていく。


 ……おお。


 思ったより崩れたな。


 城門のあった辺りが、すっかり瓦礫に埋もれている。


 少しばかり派手にやりすぎたかもしれない。


 だが、目的は達成した。


 これなら簡単には戻れまい。


 たぶん、城そのものは無傷だろう。


 少なくとも、俺が狙ったのは城門だけだ。


 そこは間違いない。


 ……いや、だからといって、周りが無傷とは限らんけど。


 俺は何となくセバスチャンの方を見た。


 こいつは一瞬だけ崩れた城門へ顔を向け、それから俺を見た。


 何か言いたそうな顔をしている。


 やめろ。


 何も言うな。


 分かっている。


 分かっているから。


 その視線から逃れるように、俺は馬を前へ向けた。


 前方ではオルドたちが攻撃を続けている。


 エラム家の騎士たちは、こちらから逃れるように前進していた。


 そうだ。


 そのまま進め。


 城門も崩した。


 退路も断った。


 あとはエディオン家と挟み込むだけだ。


 ……それにしても、あの瓦礫を片づけるのは、ちょっと大変かもしれんな。


 俺は背後に立ち上る土煙をちらりと見てから、何事もなかったように前方へ視線を戻した。


 まぁ、バカルカなら何とかするだろう。


 あいつ、デカいしな。

本日もよろしくお願いします。

本日の更新は、5時、12時、17時、20時となります。

イレギュラーですのでご注意ください。

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