第二百八十七話 出て来い
数日後。
高台の陰で野営を続けながら、俺たちは交代で街道を見張っていた。
エラム城へ近づきすぎるわけにはいかない。
だからといって、エディオン家が来たことを見逃しても困る。
騎士たちは順番に高台へ上がり、街道とエラム城の様子を確認しては戻ってくる。それを何度か繰り返しているうちに、俺までこの辺りの景色を見慣れてきていた。
川。
池。
遠くに見えるエラム城。
そして、そこへ向かって伸びる街道。
最初のうちは何もなかった。
時折、人や馬らしきものが見える程度で、とても軍勢とは呼べない。
まだか。
そう思って待つ。
それでも来ない。
まあ、俺たちは先に着くために急いできたんだから、待つことになるのは当然なんだが。
分かっていても、待つのは暇だ。
それに、待っている間に余計なことまで考えてしまう。
本当にこっちへ来るよな?
途中で何かあったりしてないよな?
いや、バカルカだぞ。
あいつが率いているなら大丈夫だろ。
いや、でも、実際に見た事は無いしなぁ。
いや、大丈夫、大丈夫だ、信じろ。
そんなことを考えながら街道を眺めていた時だった。
「若様」
少し離れた場所にいた騎士の声が飛んできた。
俺はすぐそちらへ向かう。
「見えたか?」
「はい。街道に人影が」
言われた方角を見る。
最初は分からなかった。
細く伸びる街道のかなり先。
そこに、小さな黒い点のようなものが見える。
「……あれか」
目を凝らす。
一つではない。
最初に見えた人影の後ろから、さらに人影が増えていく。
馬らしきものも見えた。
時間が経つにつれ、それは少しずつ大きな集まりになっていく。
来たか。
俺はさらに目を細めた。
その先頭近く。
小さく揺れるものがある。
白い旗。
「来たな」
今度は間違えない。
エディオン家だ。
俺は街道からエラム城へ視線を移した。
まだ城そのものに大きな動きはないように見える。
だが、エディオン家の軍勢は確実に近づいている。
このまま進めば、向こうからも気づくはずだ。
俺たちはここへ着いてから姿を隠している。
魔力も余計に使っていない。
少なくとも、俺たちが先に回り込んでいることをエラム家が知っている様子はない。
後は。
出てくるかどうかだ。
しばらく城を見ていると、城壁の上に見える人影が増えた。
一人が動く。
別の者も走る。
距離があるので何をしているのかまでは分からないが、さっきまでとは明らかに様子が違う。
エディオン家の軍勢が見えたのか?
たぶんそうだろう。
俺は腕を組みながらエラム城を眺めた。
さて。
どう動く。
せっかく川に囲まれた城だ。
あそこへ籠もれば、攻める側はかなり面倒そうに見える。
水を越えて城壁へ近づかなければならない場所もある。
俺が城を守る側なら、利用したくなる。
だが、セバスチャンの話ではエラム家は国内貴族にしては武を誇る家らしい。
それなら。
籠城するかな。
それとも討って出るかな。
一応、討って出てくると思っているんだが。
どうかな。
「どうしやす?」
横からセバスチャンの声がした。
俺は城から目を離さない。
「待つ」
それだけ答えた。
まだ早い。
ここで俺たちが動いて、向こうに存在を知られるのはまずい。
せっかくエディオン家しか見えていないのだ。
俺たちまで出ていけば、相手は二方向に敵がいると分かる。
そうなれば城へ籠もるかもしれない。
それは面倒だ。
出来ることなら、自分から出てきてほしい。
城壁の向こうから。
川に囲まれた安全そうな場所から。
わざわざこちらが吹き飛ばしやすいところまで。
……いや。
吹き飛ばしやすいというのは少し違うか。
とにかく出てきてくれ。
俺は足元にあった適当な石へ片足を乗せた。
そのまま腕を組む。
うむ。
なんかそれっぽい。
高い場所から戦場を見下ろしている指揮官っぽい気がする。
別に、この姿勢に何か意味があるわけではない。
ただ立って待っているだけよりは、自信満々に見えるだろう。
たぶん。
実際のところ、俺の内心はそこまで余裕じゃない。
出て来い。
出て来い。
頼むから、その城に籠もるなよ。
ここまで先回りして、何日も待って、結局敵が一歩も外へ出ませんでしたでは困る。
バカルカにも作戦を話したんだぞ。
俺は余裕のある顔を作ったまま、エラム城を見下ろす。
城壁の上ではまだ人影が動いている。
城門は。
……まだ動かない。
もう少しだ。
たぶん。
「さすがバカルカですな」
隣でセバスチャンが静かに言った。
俺は顔を向けない。
「数を隠して近づいてますぜ」
「うむ」
一度だけ頷く。
それ以上は何も言わない。
うむ、さすがバカルカだな。
俺の作戦を聞いて、ただ兵を連れて正面へ近づくだけの男ではない。
エラム家を城の外へ出したい。
その意図を理解した上で、自分の軍勢を動かしている。
そういうことだろう。
そして。
……セバスチャンにはバレてるな、これは。
俺が何を心配しているのか。
バカルカがちゃんと動いているから心配するな。
たぶん、そういう意味で言ったんだろう。
長い付き合いというのも考えものだ。
とはいえ、ここで安心したような顔をするわけにもいかない。
俺はそのまま腕を組み、片足を石へ乗せた姿勢を崩さなかった。
うむ。
俺は最初から何も心配してません。
全部予定通りです。
そんな顔をしておく。
エラム城を見る。
まだだ。
出ろ。
早く出ろ。
何してる。
敵が迫ってるんだぞ。
武を誇る貴族家なんだろ。
だったら出て来い。
俺は表情を変えないまま、内心だけでエラム家を急かし続けた。
街道のエディオン家の軍勢は少しずつ近づいている。
白い旗も先ほどより見やすくなった。
城壁の人影はさらに慌ただしく動いているように見える。
なのに城門は動かない。
おい。
まさか籠城する気じゃないだろうな。
それはやめろ。
ここまで待ったんだから出て来い。
出ろ。
出ろ。
とっとと出て――。
「……出た」
思わず声が漏れた。
城門のところに動きがある。
じっと目を凝らす。
間違いない。
馬に乗った者たちが、城門から外へ出始めている。
一人。
その後ろからまた一人。
さらに続く。
俺は石から足を下ろした。
さっきまでの格好つけた姿勢なんて、もうどうでもいい。
「よし! 動くぞ!」
「応!」
騎士たちの声が重なった。
空気が一気に変わる。
待っていた者たちが馬のところへ走り、繋いでいた縄を外していく。
俺も自分の馬へ向かい、そのまま鞍へ身体を上げた。
ようやく出た。
ヒヤヒヤさせやがって。
手綱を握り、高台の下へ馬首を向ける。
後ろでは騎士たちが次々と馬へ乗っていた。
もう待つ必要はない。
エラム家が自分から城を出た。
後は俺たちも動くだけだ。
俺は馬の腹を軽く蹴った。
高台を下り始める。
待ってろ。
吹き飛ばしてやる。
本日はここまでとなります。
ありがとうございました。
次回は明日、5時となります。




