第二百八十四話 でこぼこの鍋
「そうすりゃ、味方が射線に入ることはないでしょう」
セバスチャンはそう言うと、いつの間に拾ったのか、自分も細い木の棒を手にしていた。
俺が地面に描いた城と軍勢の間へ棒先を置き、土を削るようにして線を引いていく。
真っ直ぐではない。
左右へ大きく膨らませ、そのままこちら側へ曲げていく。
半円状。
出来上がった絵を眺めると、なんとなく見覚えのある形になった。
「鍋みたいだな」
「鍋ですかい?」
「ああ。底が丸いやつ」
セバスチャンが何とも言えない顔をしたが、分かりやすいのだからいいだろう。
俺は地面にしゃがんだまま、その半円を眺める。
横一列なら、敵が部隊の間を抜けて横へ走った時、その敵へ攻撃魔法を撃とうとすれば、さらに向こうにいる味方が邪魔になる。
だが半円なら違う。
敵が横へ逃げれば、その方向にいる別の部隊が正面から受け止められる。
それに間を駆け抜けようとしてもある程度は攻撃魔法が撃てる。と思う。
わざわざ味方のいる方向へ向かって攻撃魔法を撃つ必要がない。
もちろん、全部が綺麗にいくとは限らない。
戦いなのだから、敵だって俺たちの都合のいいようには動かないだろう。
それでも横一列よりはずっとやりやすそうだ。
「ふむ。失礼」
バカルカがセバスチャンへ手を伸ばした。
セバスチャンが棒を渡す。
バカルカは俺たちが描いた絵をしばらく見つめると、半円の内側を棒先でなぞった。
「つまり、この半円の範囲に入った敵を殲滅するわけですな」
「そうだ。その理解で問題ない」
俺は頷く。
半円の開いている側。
エラム家の城がある方を棒で示した。
「そして俺たちは後方から追い立て、半円に蓋をする」
セバスチャンから戻された棒を使い、鍋の上へ横線を一本引く。
これで閉じた。
前にはエディオン家。
後ろには俺たち。
左右へ逃げようとすれば、半円状に展開した別の部隊に当たる。
完璧じゃないか。
自分で描いた地面の絵を見ていると、本当に上手くいきそうな気がしてくる。
「うーむ」
だが、バカルカはすぐには頷かなかった。
腕を組むようにしながら地面を見つめ、半円の左右へ何度か視線を動かす。
「そうなると、騎士たちがお互い正面にならないように展開しなくてはいけませんな」
「ああ」
そう言われ、俺も改めて絵を見る。
確かに。
ただ綺麗な半円を作っただけでは駄目だ。
円の端にいる騎士が真っ直ぐ内側へ攻撃魔法を放ち、その向こう側に別の味方がいたら意味がない。
「そうだな。そうすると……」
俺はまた地面へ棒を当てた。
半円の線をそのまま使うのではなく、ところどころを崩す。
ここは少し外へ。
その隣は少し斜め。
こっちは向きを変えて、正面同士にならないようにする。
部隊と部隊の間も残す。
少し離れすぎたと思ったところは近づける。
そんなことをしているうちに、最初はそれなりに綺麗だった半円が、随分と妙な形になってきた。
「……なんかえらくでこぼこの鍋だな」
思わず首を捻る。
半円と言われれば半円だが、綺麗な丸みはもうほとんど残っていない。
あちこちが出っ張り、引っ込み、少し斜めになっている。
俺ならこんな鍋は買わない。
「いえ、この方が良いでしょう」
バカルカは俺とは違って真面目な顔で頷いた。
どうやら鍋としての美しさはどうでもいいらしい。
当然か。
横からセバスチャンが地面を覗き込み、顎を軽く撫でた。
「つまり、鍋の中に四方から攻撃を加えるんですな」
「そうだ」
俺は棒の先で、でこぼこの鍋の内側をぐるりと指した。
前から攻撃される。
横へ逃げれば横から攻撃される。
後ろへ戻ろうとすれば、俺たちが追い立てる。
逃げ道を探して動けば、そのたびに別の敵とぶつかる。
「四方から攻撃された敵はいずれ中央に集まるだろう」
俺は鍋の真ん中へ大きめの丸を描いた。
ぐるり、と一周。
……ちょっと歪んだ。
まぁいい。
敵だし。
別に綺麗な丸にしてやる必要もない。
俺はその歪んだ丸を棒の先で突いた。
「それを俺が一気に殲滅する」
言ってから顔を上げる。
バカルカは何も言わなかった。
腕を組み、地面に描いた丸を見ている。
何を考えているのかは分からない。
だが隣にいたセバスチャンは、特に驚いた様子もなく頷いた。
「若様なら出来ますな」
「だろ?」
「むしろ、味方を巻き込まんようにして貰わにゃ」
そっちか。
「分かってる」
俺だって別に味方ごと吹き飛ばしたいわけではない。
敵だけをまとめて消せるなら、その方がいいに決まっている。
そう考えてから、改めて中央の丸と、その周囲のでこぼこの線を見比べる。
「ああ、注意はするが、あまり中心には寄らないでほしいな」
戦っているうちに敵を追って、そのまま内側へ入りすぎる奴もいるかもしれない。
それは困る。
敵と味方が混ざった状態では、俺も好きに撃てない。
「正直、騎士の防御魔法で俺の本気の攻撃魔法は防げん」
俺がそう言うと、バカルカが初めて地面から顔を上げた。
少し間を置いてから口を開く。
「……複数の騎士が、防御魔法を同時に展開してもですか?」
「無理だと思うぞ」
絶対に無理だ、とまでは言い切らない。
何人集まるかにもよるだろうし、相手の強さにもよる。
だが普通の騎士が何人か集まって防御魔法を重ねたくらいで、俺が本気で撃った攻撃魔法を受け止められるとは思えない。
それに、本気で撃つなら別に一点を貫く必要もない。
中央に集まった敵をまとめて倒したいのだから、広く撃てばいい。
バカルカはまた黙った。
その横で、セバスチャンが嫌そうに眉を寄せる。
「むしろ多少は抑えてくださいや」
「なんだよ」
「若様が全力全開で攻撃魔法を撃つと、どこまで巻き込まれるか分かりやせんぜ」
「そんなに適当には撃たん」
「そう言ってる時が一番怖いんですがね」
「失礼な」
ちゃんと狙う。
多分。
そもそも味方が十分離れてくれれば、俺だって撃ちやすい。
そう思っていると、バカルカが腕をほどいた。
「ふむ。それなら、むしろ合図を決めて後ろに下がった方が良さそうですな」
「合図?」
「ええ。敵を中央へ追い込んだとして、そのまま戦い続ければ、こちらの騎士も中心へ寄ってしまいます」
「それは困るな」
「ならば、十分に追い込んだところで一度離れるべきでしょう」
なるほど。
それなら分かりやすい。
敵を追い込む。
頃合いを見てエディオン家の騎士たちが一斉に下がる。
中央に敵だけを残す。
そこへ俺が撃つ。
うん。
いいな。
俺はセバスチャンを見る。
「お前、適当なとこで空に派手めに攻撃魔法を放てよ」
「へ?」
「三連発とかしたら分かるだろ?」
広い戦場でも、空へ派手に三発上がれば気づくはずだ。
一発では戦闘中に誰かが撃っただけだと思われるかもしれない。
二発でも微妙だ。
三発なら、少しは合図っぽい。
何となくだが。
セバスチャンは俺を見て、それから地面の絵へ視線を戻した。
「そりゃ構いませんが、それですぐに攻撃魔法を撃たんでくださいよ」
「……分かってる」
俺は少し間を置いて答える。
そんなに信用がないのか。
セバスチャンの三発は、撤退を始める合図。
そこから実際に騎士たちが下がるまで待たなくてはいけない。
さすがの俺でも、そのくらいは分かる。
俺の返事を聞いたバカルカが、少し考えてから頷いた。
「それなら、撤退が完了したら私も分かるように、空に三度攻撃魔法を放ちましょう」
「おお」
それならさらに分かりやすい。
セバスチャンが三発。
エディオン家が下がる。
全員が十分に離れたのをバカルカが確認して、さらに三発。
その後なら俺が撃ってもいい。
これなら間違えて味方まで巻き込むこともないだろう。
「いいな。それでいこう」
俺は地面の絵を眺めた。
最初は適当に描いた城と軍勢だけだったのに、いつの間にか随分と線が増えている。
四角。
丸。
半円。
でこぼこした鍋。
中央に描いた大きな歪んだ丸。
俺たちが蓋をするための一本線。
なんだか子供が遊んだ跡みたいだ。
だが、話している内容は結構物騒だな。
まぁ、戦だから仕方ない。
俺は手にしていた棒を地面へ置き、立ち上がった。
しゃがんでいたせいで少し固まった脚を伸ばす。
そしてバカルカを見る。
「どうだ? やれるか?」
ここまで考えても、実際にエディオン家の軍勢を動かすのはバカルカだ。
無理なら別のやり方を考えればいい。
最初に言っていたように、普通に正面からぶつかるのでも構わない。
俺は戦えればそれでいい。
だが、どうせなら面白そうな方をやりたい。
バカルカはもう一度、地面に残ったでこぼこの鍋へ目を落とした。
しばらく眺める。
それから俺へ顔を向けた。
「やりましょう」
「よし」
頷く。
これで決まりだ。
エラム家が城から出てきたら、エディオン家が正面で受け止める。
俺たちは後方へ回り、城へ戻れないように追い立てる。
エディオン家は半円状に展開して、敵を中へ押し込む。
逃げようとすれば別の部隊が叩く。
中央へ集まったところで、セバスチャンが空へ三発。
エディオン家が後退する。
撤退が終わればバカルカが三発。
そして最後に俺がまとめて吹き飛ばす。
完璧だ。
たぶん。
こうして、ここにエラム家攻略作戦が決定した。
まぁ、後はやりながら考えよう。
なんとかなるだろ。
たぶん。
本日はここまでとなります。
ありがとうございました。
次回は明日、5時となります。




