第二百八十一話 カッコ良ければそれでいい
「覚えてどうするんですかい?」
横からセバスチャンの声がした。
見ると、くそジジイはオルドではなく俺を見ている。
「矢なんぞ防御魔法で防げるでしょうが」
「そうだな」
それは俺も思った。
わざわざ飛んでくる矢に槍をぶつけなくても、防御魔法を張ればいい。
むしろ俺なら、矢を撃ってきた奴へ攻撃魔法を返した方が早い。
槍を頭上でぐるぐる回しながら矢を待つ必要なんてない。
だが。
「別に使えなくて構わんさ」
「へい?」
「カッコ良ければそれでいい。レティシアたちに見せてやりたい」
俺がそう答えると、セバスチャンは少し黙った。
「……なるほど」
納得したらしい。
そういうことだ。
俺は別に、この型を戦場で使いたいわけじゃない。
エラム家の騎士と戦う時に、頭の上で槍をぐるぐる回して矢を防ごうとも思わない。
そもそも俺に矢が飛んできたところで、大して困らない。
欲しいのは実用性じゃない。
見栄えだ。
マバール城へ帰った時、レティシアたちの前で槍を構える。
そこから頭上へ持ち上げ、ぐるぐると回し、最後に大きく振り抜く。
うむ。
悪くない。
きっと目を輝かせて喜ぶはずだ。
「じゃあ、教えてくれ」
「分かりました」
オルドが槍を持ち直した。
「もう一度やります」
「頼む」
俺は少し離れる。
隣ではセバスチャンもそのまま見ている。
なんだ。
興味ないならどっか行けばいいのに。
オルドはさっきと同じように槍を構えた。
そこから頭上へ持ち上げる。
ゆっくり一度回し、それから速度を上げる。
長い槍が頭の上を通り過ぎ、反対側へ落ち、その勢いのまま再び持ち上がる。
何度か回したところで大きく振る。
最後に身体を戻し、最初の構え。
「こんな感じです」
「うむ」
見ているだけなら簡単そうだ。
「貸せ」
俺が手を出すと、オルドが槍を差し出した。
受け取る。
重さ自体は別にどうということもない。
槍はこれまでにも扱っている。
構えるくらいなら慣れている。
問題はそこからだ。
俺はさっきのオルドの動きを思い返しながら、槍を頭の上へ持ち上げた。
それから回す。
「おっと」
思ったより変な方向へ行った。
落とすほどではないが、槍先が少し下がる。
俺は慌てて戻した。
オルドが苦笑する。
「最初はゆっくりでいいですよ」
「見てると簡単そうだったぞ」
「慣れておりますので」
なるほど。
そういえば、こいつは実際に習ったことがあるんだった。
俺はもう一度やる。
今度はゆっくり。
槍を頭上で回す。
一周。
二周。
うん。
さっきよりはいい。
だが、まだオルドがやった時ほど滑らかではない。
妙に腕へ力が入る。
「力を入れすぎると回しにくいですよ」
「こうか?」
「もう少し楽に」
言われた通り、少し力を抜く。
するとさっきより動かしやすくなった。
ぐるり。
また回す。
今度は槍先が大きく下がらない。
「おお」
出来た。
「そのまま続けてください」
回す。
もう一度。
何度か繰り返しているうちに、少しずつ動きが繋がってきた。
これはこれで面白いな。
敵をどう倒すかを考えなくていい。
相手の動きもない。
ただ槍を見栄えよく動かせばいい。
普段の訓練とはずいぶん違う。
セバスチャンとの訓練なら、こんなことをしている間に何回殺されるか分からない。
いや、訓練だから殺されはしないけど。
たぶん痛い目には遭う。
「最後は大きく振るんだったな」
「はい」
何度か回したあと、その勢いのまま槍を振る。
ぶん、と空気を切る音がした。
そのまま構えへ戻る。
俺は少し満足して槍を見る。
「どうだ?」
オルドが少し考えた。
「初めてにしては良いと思います」
「そうか」
悪くない。
俺は横を見る。
「セバス」
「なんです?」
「カッコいいか?」
セバスチャンはしばらく俺を見た。
何だ、その間は。
「まぁ」
「まぁ?」
「若様が楽しそうなら良いんじゃねぇですか?」
「カッコいいかと聞いてるんだ」
「さぁ」
こいつ。
俺はもう一度槍を構えた。
「もう一回だ」
「はい」
オルドが頷く。
頭上へ上げる。
回す。
今度はさっきより速く。
一周、二周と続け、最後に大きく振る。
構えへ戻る。
うん。
さっきよりいい。
たぶん。
「今のはどうだ?」
「良くなっていますよ」
オルドはちゃんと答えてくれる。
やはり教わるなら、こういう素直な奴がいい。
隣のくそジジイは余計なことを言う。
「若様」
「なんだ」
「それ、戦場でやらんでくだせえよ」
「やらん」
俺は即答した。
「なんで俺が敵の前でこんなのやるんだ」
「なら良いんですがね」
「敵がいるなら普通に倒す」
「でしょうな」
セバスチャンが笑う。
だからこれは戦うためじゃない。
カッコいいところを見せるためだ。
俺はさらに何度かオルドに見てもらいながら槍を回した。
最初ほど引っかからなくなる。
動きも少しずつ滑らかになってきた。
完璧かどうかなんて知らない。
正式にエラム流槍術を習っているわけでもない。
そもそも俺が欲しいのは、見栄えのいいところだけだ。
それで十分。
何度か繰り返したところで、俺は槍を下ろした。
「こんなもんか」
「もう少し練習すれば、もっと自然になると思います」
「じゃあ、また暇な時にやる」
オルドへ槍を返す。
腕に少しだけ疲れが残っている。
朝から馬に乗って移動して、その後に槍を振り回したのだから当然か。
周囲を見ると、野営の準備もだいぶ進んでいた。
馬は休ませてある。
騎士たちもそれぞれ動いている。
明日も進まなくてはならない。
エディオン家に早く追いつきたい。
いくさにも間に合いたい。
だが、それとは別に。
俺はさっき自分が槍を回していた姿を思い返す。
うむ。
たぶんカッコいい。
マバール城へ帰ったら、レティシアたちの前で披露しよう。
レティシアも、ダリアも、リエリエールも。
きっと目を輝かせて喜ぶはずだ。
うん。
期待しよう。
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次回は明日5時となります。




