第二百七十九話 流派なんぞ要りません
翌朝、俺たちはシルディア城を出た。
朝の冷たい空気を切りながら、馬が街道を進んでいく。背後からは何頭もの蹄の音が重なり、俺の直属騎士たちが続いていた。
昨日のうちに準備はさせてある。
あとは進むだけだ。
出来れば、かなり急いで。
先行しているエディオン家とは、少しでも早く合流しなくてはいけない。
向こうは平民兵まで含めた軍勢だ。俺たちのような少人数の騎士団より移動は遅いだろうし、昨日セバスチャンと話した通り、俺たちなら街道を外れて進むことも出来る。
追いつけるとは思う。
だが、だからといってのんびりしていいわけではない。
遅すぎれば、俺が考えた作戦が実行出来ない。
エディオン家の正面に並んで一緒に戦うんじゃなく、その先へ出て敵の向こう側へ回り込み、後ろから叩く。そのためにはエディオン家が敵とぶつかる前に追いついて、バカルカと話をしておきたい。
何より、あまり遅くなると、いくさそのものに参加出来ないかもしれない。
それは困る。
せっかく父上から戦場へ出る許可をもらったのだ。
俺は手綱を握り直した。
「行き先は分かっとるんでしょうな」
隣から声がした。
横を見ると、セバスチャンが馬を並べたままこちらを見ている。
「ああ。エラム家だ」
「ほう」
短い返事だった。
なんだ、その反応。
「知ってるのか?」
「知らんのですか?」
逆に聞き返された。
俺は少し黙った。
「……名前だけは知っている」
昨日聞いたからな。
エディオン家がどこへ向かっているのか、それくらいはちゃんと確認してきた。
ザイン殿もいたし、上層部の連中も教えてくれた。
その時、エラム家について何やら説明しようとしていた気もする。
だが、面倒だったのでちゃんとは聞かなかった。
エディオン家がエラム家へ向かっている。
そこまで分かれば十分だろう。
どうせ倒すんだし。
相手の家の歴史だの何だのを詳しく聞いたところで、いくさになればやることは同じだ。
俺が前を向いていると、横から視線を感じた。
セバスチャンだ。
呆れたような目で俺を見ている。
なんだ。
必要なことはちゃんと聞いてきたぞ。
「国内貴族の割には武名の高い家ですぜ。エラム流剣術やエラム流槍術なんかが有名ですな」
「ふーん、知らん」
エラム流?
なんだ、それ。
馬の揺れに身体を合わせながら少し考える。
そういえば、剣の扱い方も槍の扱い方も教わった。
主に隣のくそジジイから。
戦場へ出る前から散々しごかれたし、その後も何度も訓練させられている。
剣も持った。
槍も持った。
戦場でどう動くかも教えられた。
だが、何々流とかいう名前を聞いた覚えはない。
俺って何流なんだろう。
「セバス」
「へい」
「お前は何流なんだ?」
「さぁ」
セバスチャンは少し笑った。
「別に殺すのに流派なんぞ要りませんからな」
なるほど。
まぁ、それもそうか。
何々流と名乗ったところで、それだけで相手が死ぬわけじゃない。
そう考えてから、ふと思う。
というか、俺はセバスチャンがきちんと戦っているところを見たことがない気がする。
いや、戦ってるのは何度も見ている。
殺してるところなら、もっと見ている。
だが、なんというか、こう――向かい合って礼をして、構えて、始めと言われて戦って、待てと言われたら止まる。
そういうのだ。
そんなセバスチャンは見たことがない。
どちらかといえば、相手が何かする前にいきなり襲いかかって、そのまま倒している方をよく見る。
戦場なんだから当然と言えば当然なのだろう。
俺だって、相手が準備を終えるまで待ってやろうとは思わない。
出来るなら向こうが何も出来ないうちに倒した方が楽だ。
「私はエラム流槍術を学んだ事がありますよ」
後ろから声がした。
振り向くと、少し後ろを進んでいたオルドがこちらを見ていた。
「ほう。どんなのだ?」
面白そうだ。
俺が聞くと、オルドは少し考えるように目を動かした。
「そうですね。基本的には型の習得が主になります。こう構える、こう振る、こう突く。それらをこう防ぐ。それらの繰り返しですね」
「ふーん」
型か。
言われてみれば、何となく想像は出来る。
決まった構えから決まった動きを繰り返して、身体に覚えさせるのだろう。
「役に立つのか?」
オルドが一瞬だけ黙った。
俺は前を向き直る。
極論すれば、実戦なんて意表を突くことにあると思うんだがなぁ。
相手の準備が整う前に襲う。
そのまま倒す。
後ろから行けるなら後ろから行けばいいし、寝ているなら寝ているうちに倒した方が安全だ。
実際、今だってエディオン家の正面に並ぶより、敵の後ろへ回り込もうとしている。
そう考えると、決まった型にはめて動く方が危ない気もする。
相手が型通りに動いてくれるとは限らないんだから。
俺の問いに、オルドは少し苦笑した。
「まぁ、槍の扱いには慣れますよ。それに槍を振り回す筋肉は付きますし」
「なるほど」
そう答えるってことは、あまり実戦では役に立たないのかな。
いや、まったく役に立たないということもないだろう。
槍をまともに扱えないより、扱える方がいい。
身体も鍛えられる。
それは分かる。
だが、それなら結局どうなんだ。
「それで結局、強いのか?」
俺が聞くと、オルドではなく隣のセバスチャンが答えた。
「まぁ、試合では強いんじゃねぇですか?」
「試合ではか」
俺は少し眉を寄せる。
稽古や鍛錬が無駄だとは思わない。
そんなことを言ったら、今までセバスチャンにやらされた訓練のほとんどが無駄になってしまう。
鎧を着て走らされた。
剣も槍も扱った。
魔法を使わず動くことも散々やらされた。
どれもきつかったが、実際に戦場へ出てみれば意味があるのは分かった。
だから鍛錬そのものを否定する気はない。
ただ、実際に戦って殺すための鍛錬が、いつの間にか試合に勝つための鍛錬になるのは、ちょっと違う気がする。
少なくとも、俺は試合用の稽古なんてさせられた覚えがない。
このくそジジイから具体的に教わったのは、敵を殺して自分が生き残る方法だ。
うーむ。
これって歪んだ教育なのだろうか。
ちらりと隣を見る。
セバスチャンは何も気にした様子もなく馬を進めている。
まぁ、歪んだくそジジイから教わったんだから仕方ないよな。
そう考えていると、さっきの型の話が少し気になった。
実戦で役に立つかはともかく、どんなものなのか見てみたい。
「なぁ、俺にもその型っての後で教えてくれ」
俺は後ろのオルドへ声をかけた。
「私が、ですか?」
「ああ」
すると隣のくそジジイが顔を向けてくる。
「やりてえんですかい?」
「いや、大して」
「……大して?」
変な顔をされた。
俺は少し考えてから答える。
「だが、覚えとくとかっこいいかもしれんだろ」
実戦で使うかどうかは別だ。
役に立たなくても、見栄えが良ければそれはそれで価値がある。
何より、何々流の型というくらいだ。
きちんと出来れば、それなりにかっこよく見えるかもしれない。
覚えたら、マバール城へ帰った時にレティシアたちへ見せてやろう。
きっと喜ぶ。
俺がそんなことを考えていると、後ろでオルドが苦笑した。
「では見栄えのいいのを少しだけお教えします」
本日もよろしくお願いします。
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