第二百七十七話 敵の向こう側
シルディア城へ戻った俺たちは、人の少ない一室へ入った。
扉が閉まると、橋の周りにあった喧騒が遠くなる。
さて。
ここからが本題だ。
「エディオン家の応援に向かう」
俺がそう告げると、向かいに立ったセバスチャンが少しだけ眉を動かした。
「ほう」
それだけだった。
何だ、その反応。
「なんだよ? 何か不満か?」
「不満ってほどじゃありませんが……応援ですかい?」
「いいだろ、戦場に出れるんなら」
俺は笑った。
父上から許可はもらった。
しかも行き先はエディオン家のところだ。
王都まで善良王のおっさんを攫いに行った時と違って、今度は堂々と戦場へ行ける。
何の問題もない。
そう思っていると、セバスチャンが深く息を吐いた。
「ふう……何か企んどるんなら言ってくださいや」
「企んでるって何だよ」
失礼な奴だな。
俺はただ、父上の命令通りエディオン家を手伝いに行くだけだ。
ただ。
どうせ手伝うなら、俺たちに向いたやり方がある。
「可能ならだが、エディオン家の前に出たい」
「前?」
「ああ。正しくは前というより、向こう側だが」
セバスチャンが首を傾げた。
「向こう側?」
「そうだ。敵の向こう側」
言いながら、俺は頭の中で位置を並べる。
こっちから進んでいるエディオン家。
その前にいる敵。
そして、そのさらに先。
「俺たちが敵の後方まで回って、向こう側から攻める」
セバスチャンの顔から、さっきまでの呆れたような色が少し消えた。
俺はそのまま続ける。
「俺たちが後ろから攻めれば、敵は前へ動く。そこにはエディオン家がいる」
逃げようとしても、前にはエディオン家。
後ろには俺たち。
左右へ抜ける奴も出るだろうが、全部を逃がす必要なんてない。
「そこへ追い立てて、包囲殲滅を狙う」
俺が言い切ると、セバスチャンはすぐには答えなかった。
腕を組む。
視線が少し下へ落ちた。
頭の中で何かを組み立てているように見える。
しばらく待っていると、セバスチャンが顔を上げた。
「エディオン家の狙いは分かっとるんですか?」
「いや」
まだ知らない。
父上から言われたのは、エディオン家を手伝ってやれということだけだ。
「それに、エディオン家の軍はかなり先行しとりますぜ」
「狙いなら武官たちに聞けば分かるだろ。ザイン殿もいるし」
父上たちが何も知らずに軍を出しているとは思えない。
少なくとも、エディオン家がどちらへ向かっているのかくらいは分かるはずだ。
問題は距離だが。
「先行してても、俺たちなら追い越せるだろ」
俺がそう言うと、セバスチャンは腕を組んだまま俺を見た。
そんなに変な話でもないと思うんだが。
俺たちは今まで何度も街道を無視して移動してきた。
帝国内を走り回った時もそうだ。
王国内でもそうだった。
街道は便利だが、街道に沿って進めば必ずしも近いとは限らない。基本的に街道は進みやすいところに出来るからな。山はもちろん、丘や森も回避して造られる。
俺たちみたいに少人数で動くなら、馬で進める場所を選びながら街道を外れることも出来る。
大きな軍勢には、それが難しい。
人が多い。
荷も多い。
全員が同じように森や草地を抜けられるわけじゃない。
エディオン家の軍勢が街道を進んでいるなら、俺たちが直線的に距離を詰めれば充分追いつけると思う。
それどころか、進路次第では先へ出ることも出来る。
「どうだ?」
聞こうとして、やめた。
セバスチャンはまだ考えている。
なら、待とう。
こういう時は俺があれこれ口を挟むより、こいつに考えさせた方がいい。
戦場での経験は、俺よりセバスチャンの方がはるかに多い。
俺も戦ってきた。
人も殺した。
山賊みたいな真似もしたし、城や砦も攻めた。
だが、それでもセバスチャンが今まで経験してきた戦の数には届かないだろう。
腕を組んだまま黙っている横顔を見る。
俺の提案は、このクソじじいの目にはどう映っているんだろうな。
出来ないなら出来ないでいい。
別のやり方を考えればいいだけだ。
父上から言われたのは、エディオン家を手伝えということ。
普通に合流して一緒に戦うだけでも命令には従える。
ただ、それでは少しつまらない。
せっかく俺たちだけで動けるんだ。
大軍と同じ場所を歩いて、同じ方向から敵を殴る必要はない。
敵が前だけ見ているなら後ろから殴る。
後ろを警戒するなら、その分だけ前が薄くなる。
そこをエディオン家が叩けばいい。
上手くいけば面白そうなんだが。
セバスチャンが小さく息を吐いた。
組んでいた腕が解ける。
「エディオン家が狙っとる場所次第ですが」
俺は黙って続きを待った。
セバスチャンは一度だけ頷く。
「出来そうですな」
よし。
俺は思わず口元を緩めた。
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