第二百七十五話 大人しく待っていてよかった
翌朝。
目を覚まして身支度を整えた俺は、そのまま父上のいる広間へ向かった。
別に呼ばれているわけではない。
ただ、少しお願いがあるのだ。
昨日は帰ってきたばかりだったし、善良王のおっさんを連れてきたことで色々と慌ただしかった。父上からも休めと言われたので、そのまま引き下がったが、一晩寝れば話は別だ。
俺も戦場に出たい。
そのお願いをするだけなら、そんなに時間は取らせないだろう。
広間へ向かう途中でも人の動きは多かった。すれ違う者たちはそれぞれ急いでいるようで、立ち止まっている者はほとんどいない。
いくさの最中なんだから当然か。
そう考えながら歩き、やがて広間へ着く。
中へ入ると、父上はすでに仕事をしていた。
うちの上層部の連中もいる。
俺が広間へ足を踏み入れた瞬間、父上がこちらを見た。
ほんの少しだけ眉を顰める。
近くにいた上層部の連中も、なぜか目を見開いた。
……何でだよ。
俺は今回、すごく立派に役目を果たしたはずだぞ。
父上からは善良王のおっさんを生きたまま連れて来いと言われて、その通り連れて帰ってきた。
指一本も欠けてない。
王城も吹き飛ばしてない。
王都も吹き飛ばしてない。
貴族や騎士は多少ぶち殺したが、あれは敵だし、ある種の必要な犠牲と言える。
むしろ褒められてもいいくらいじゃないか?
まあ、今日は呼ばれて来たわけじゃない。
父上たちが仕事をしているところへ俺が勝手に来ただけだ。
ここでいきなり割り込むのはよろしくない。
お願いを聞いてもらうには、こういうところでの態度が大切なのだ。
俺は広間の片隅へ移動した。
そして、大人しく待つ。
父上や上層部の連中を見ながら。
じーっ。
父上は何かを確認している。
上層部の連中も、それぞれ仕事を続けている。
俺は待つ。
じーっ。
誰もこちらを見ない。
いや、何人かは時々ちらちら見ている。
だが、俺と目が合いそうになると、なぜかすぐに視線を外す。
……いや。
我慢、我慢。
父上やみんなは忙しいのだ。
俺のお願いを聞いてほしいからといって、仕事の邪魔をするのは良くない。
わがままはいけない。
「んっ、うぅん」
少し咳払いが出た。
これは仕方ない。
生理現象だ。
別に他意はない。
俺はそのまま静かに待つ。
……誰もこっち見ないな。
じっと父上を見てみる。
父上は顔を上げない。
今度は上層部の連中を見る。
何人かは俺の視線に気づいているはずなのに、誰もこちらを見ようとしない。
「う、んんぅん」
また咳払いが出た。
今日は少し乾燥しているのかもしれんな。
困ったものだ。
喉の調子というのは、自分の意思だけではどうにもならない。
それにしても。
誰もこっちを見ないな。
俺はもうしばらく待った。
静かに。
大人しく。
父上たちの仕事が終わるのを邪魔しないように。
……。
……。
うーん。
こうも無視されると、自分がまだ寝床で夢を見ているような気がしてくる。
もしかすると、本当はまだ寝ているんじゃないか?
だったら目をすっきり覚ますためにも――。
「一発、攻撃魔法でもぶっ放すか」
おっと。
つい声に出てしまった。
いかん、いかん。
俺は口を閉じる。
すると、広間の空気が妙に静かになった。
さっきまで動いていた上層部の連中が、なぜか硬直しているように見える。
どうしたのだろう。
よく見ると、父上も手を止めていた。
何かあったのかな?
分からないな。
俺はそのまま静かに待った。
やっぱり、忙しい時に余計なことを言うのは良くない。
少しすると、父上がこちらを見た。
「………ギルバート、何か用か?」
ようやく声がかかった。
大人しく待っていてよかった。
「はい」
俺はすぐに父上の近くへ向かう。
周囲から妙な視線を感じるが、気にしない。
父上の前まで来ると、姿勢を正した。
「父上、俺も戦場に出してください」
ちゃんと真面目にお願いする。
これは俺としても結構大事な話だ。
小競り合いならともかく、戦争はそう易々と起こるものじゃない。
俺は今までにも何度か戦ってきたが、それでも国同士が本格的にぶつかる機会なんて滅多にないだろう。
ここで戦場に出なかったら、次にいつ経験出来るか分からない。
俺としては、この機会を逃したくない。
だから結構真剣に言ったのだが。
父上の反応が鈍い。
上層部の連中も、何だかぽかんとしている。
……何だ?
そんなに変なこと言ったか?
父上は俺を見たまま、少し間を置いた。
「………それだけか?」
「はい」
頷く。
それだけだ。
戦場に出たい。
別に王都を焼かせてくれとか、城を一つ消し飛ばさせてくれとか、そんなお願いじゃない。
何だ、この変な反応。
父上は少しだけ首を傾げると、今度は上層部の連中へ視線を向けた。
その視線を受けた一人が、わずかに姿勢を正す。
「そ、そうですな」
何でそんなに慌ててるんだ?
「王都への街道筋は、すでにエディオン家などの新帝国貴族家が軍を出しておりますので……」
そこで一度言葉が止まる。
「え、えーっと、その、ギルバート様には、そうですな……」
また止まった。
何だよ。
戦場に出してくれるのか、くれないのか。
そんなに難しい話か?
俺は少しだけイラつきながら、その上層部の男をじっと見る。
男の視線が微妙に揺れた。
まだ何も言わない。
父上が口を開いた。
「エディオン家を手伝ってやれ」
「はい!」
俺はすぐに返事をした。
いいじゃないか。
エディオン家か。
それならエディオン家の戦い振りも見られるし、手助けも出来る。
バカルカがどう戦うのかも気になる。
あの大きな身体で、どんなふうに兵を動かすのか見てみたい。
それにエディオン家は義姉上の実家だ。
俺が手伝えば、義姉上も喜んでくれるだろう。
アル兄さんだって悪い気はしないはずだ。
うん。
やり甲斐のある役目だ。
「騎士団の準備が整い次第出発します!」
父上へそう告げ、そのまま広間を出ようとする。
よし。
そうと決まれば準備だ。
セバスチャンにも声をかけないとな。
せっかく休ませたばかりだが、戦場へ行くなら仕方ない。
俺が意気揚々と出口へ向かっていると、背後から小さな声が聞こえた。
「……よろしいのですか?」
誰かがそんなことを言ったような気がする。
続いて別の声。
「……大丈夫でしょうか?」
何がだ?
少しだけ気になったが、足は止めない。
すると今度は、何となく父上の声に似た声まで聞こえてきた。
「仕方あるまい。エディオン家ならば半ばこちらの身内だ。ザイン殿には後でこちらから詫びておく」
……。
何の話だろう。
俺には関係ない話だな。
たぶん気のせいだろう。
俺はそのまま広間を出た。
さて。
まずは騎士団の準備だ。
エディオン家がどんな戦い方をしているのかも楽しみだし、俺に出来ることがあるなら手伝ってやろう。
「よーし、がんばるぞ!」
本日の更新はここまでとなります。
次回更新は明日5時となります。




