第二百七十三話 ひと月後
あの後、俺は自室へ戻った。
父上からも今日は休めと言われたので、セバスチャンにも休むよう命じてある。他の連中についても、ちゃんと休ませるようセバスチャンから伝えてもらった。あのクソじじいのことだから、自分だけ何か仕事を見つけて動き回っていそうな気もするが、そこまで面倒を見る必要はないだろう。
部屋へ入って扉が閉まると、俺はそのまま椅子へ向かった。腰を下ろし、背を預ける。
「ふー……」
大きく息を吐く。
王都へ行って、王城へ入って、善良王のおっさんを掻っ攫って、帰り道では妙な黒づくめに襲われて、それでもどうにかシルディア城まで戻ってきた。
ひとまず、父上から命じられた仕事は終わった。
そう思うと、少しだけ身体から力が抜ける。
正直、マバール城に帰りたい。
だが、いくさが始まったばかりで、そんなことを言えるわけがない。それに善良王のおっさんも、ひと月後には処刑されることになった。父上があれだけ大勢の前で言い切った以上、これから何かと騒がしくなるだろう。
それでも、帰りたいものは帰りたい。
レティシアは何してるかな。
今頃もいつも通り仕事をしているんだろうか。帰った時に顔を見れば、それだけでかなり安心する気がする。あいつの顔を見ながら何でもない話をして、近くに座らせて、しばらく離さずにいたい。
ダリアの腹の子は順調だろうか。
前に戻った時も体調は気になった。俺の魔力が強すぎるせいで、妊婦へ頻繁に会いに行くのはあまり良く思われないし、本当に影響があるのかどうかも分からない。だから好き勝手に会いに行くつもりはないが、それと気になるかどうかは別だ。
腹がどれくらい大きくなったのかも見たいし、ダリア自身の顔も見たい。
リエリエールは元気かな。
城での生活には慣れていると聞いていたが、俺がずっといない間も変わりなく過ごしているだろうか。せっかく俺のところへ来たのに、その俺が城にいない時間の方が長いというのも、なんだかなぁ。
「うーん……」
会いたい。
もっと露骨に言えば、全員を抱きしめたい。
レティシアも、ダリアも、リエリエールも、まとめてとは言わないから一人ずつ抱きしめたい。
「あーあ」
椅子の背へ身体を預けたまま、天井へ顔を向ける。
いっそのこと父上に願い出るか?
パパ、僕、彼女たちが抱きたいから仕事サボってもいい?
……うん。
絶対ダメだな。
いや、待てよ。貴族男子が子を成すことを重視するこの世界なら、もしかしたら通る可能性はあるのか? 俺は魔力も強いし、子供を増やすこと自体は家にとって悪いことじゃない。
仕事を放り出して女のところへ帰ります、ではなく、お家のために子を成す大切な役目です、とでも言えば……。
……いやいや。
仮に父上が許したとしても、俺が嫌だ。
いくさが始まった途端、女を抱きたいから帰らせてください、なんて言うのはあまりに情けない。さすがにそこまでお間抜けな三男坊になるつもりはない。
「ふう……」
もう一度息を吐いたところで、さっき広間で聞いた父上の声が頭へ戻ってきた。
ひと月後。
善良王のおっさんを処刑する。
ついさっきまで普通に俺の後ろを歩いていたおっさんが、ひと月後には死ぬことになった。
……王国はどう出るかな?
俺は椅子に座ったまま、腕を組んだ。
一番分かりやすいのは、無理矢理にでも善良王のおっさんを取り返しに来ることだ。
王が敵に攫われ、そのまま処刑されるとまで公表された。放っておける話じゃないだろう。
だが、取り返すと言っても簡単じゃない。
ここはもう王国の城じゃないし、父上たちも何もせず待っているわけがない。善良王のおっさん一人を取り返すために攻め込んできたとして、どれほどの犠牲が出る?
王国側だって、それぐらいは考えるはずだ。
なら、新しい王を即位させるか?
「うーん……」
それも難しいよな。
善良王のおっさんがまだ生きているうちに新しい王を即位させて、その後こちらが処刑を取りやめたらどうなる。
……簒奪になりかねんな。
しかも父上なら、それぐらいやるかもしれない。
処刑すると言っておいて、王国が新しい王を立てたところで善良王のおっさんを解放する。
「……ん?」
俺は組んでいた腕を少し緩めた。
それが狙いか?
善良王のおっさんをひと月後に処刑すると公表する。
王国がその前に新しい王を即位させる。
その後に、善良王のおっさんを解放する。
……すると、どうなる?
王国貴族たちは、善良王のおっさんに従うのか、新しい王に従うのか。
善良王のおっさんが右と言って、新しい王が左と言う。
どっちを向く?
今まで王だった男が戻ってきたから、はい全員そっちへ戻ります、で済むのか。かといって、生きて帰ってきた善良王のおっさんを、もう王じゃありませんと簡単に切り捨てられるのか。
迷うはずだ。
貴族ごとに向く方が違えば、それだけでも面倒そうだ。いくさをしている最中なら、なおさらだろう。
「うーん……」
いや。
それなら善良王のおっさんが処刑されてから新しい王を立てればいいか。
生きている王がいるからややこしくなるのであって、ひと月待って本当に処刑された後なら、次の王を立てる方がまだ分かりやすい。
まぁ、それでも王国の面子は丸潰れだけどな。
敵に王を攫われて、取り返せないまま処刑される。
前世で例えて言うなら、超大国の大統領を敵国に攫われて、そのまま勝手に処刑されるようなもんだ。そんなことになれば、平気な顔で次を選んで終わり、とはならないだろう。
父上からすれば、どう転んでも損は無いだろうな。
ひと月後に処刑すると公表するだけでも、王国は混乱するだろうし、処刑すればもっと混乱する。
無理に取り返そうとすれば兵を動かすことになる。新しい王を立てようとすれば、善良王のおっさんがまだ生きていることが邪魔になる。何もせず待てば、そのまま王を処刑される。
前の王を敵にむざむざ処刑され、その後に即位した新しい王が、最初から何の問題もなく王国貴族たちに信頼されるとも思えない。
……父上は、そこまで考えてたのかな?
俺はそこまでは考えて無かった。
俺が考えていたのは、善良王のおっさんを攫えば王国貴族たちの結束を崩せるとか、生かしておけば降伏を命じさせるのに使えるとか、その程度だ。
連れて帰った後、ひと月という期限を切って処刑を公表し、それを聞いた王国がどう動くかまで利用する。
もし本当にそこまで考えていたのなら、善良王のおっさんを連れて帰ってきた時点で、もう次の手まで決まっていたことになる。
「うーん……」
俺は椅子の背へもう一度身体を預けた。
怖い父上だ。
頼もしいけど。
本日の更新は、5時、12時、20時となります。




