第二百七十話 腕がなります
善良王のおっさんから視線を外し、俺は前へ向き直った。
さっきまで遠くに見えていた軍勢は、もう旗の色だけを見分けるような距離ではない。
街道いっぱいに人と馬が続き、風が吹くたび、その頭上でいくつもの旗が揺れている。その中でも、やはり白い旗はよく目についた。
エディオン家。
さすがに今度は間違えない。
俺たちはマバール家の旗を掲げたまま、その軍勢へ向かって馬を進めた。
向こうもこちらに気づいている。
何人もの騎士がこっちを見ていたが、黒地に赤い縦十字を見れば、少なくともどこの連中かは分かるらしい。武器を構えて騒ぎ出すような奴はいなかった。
まあ、帝国側に移ったばかりとはいえ、今は同じ側だからな。
そのまま近づいていき、俺たちはエディオン家の軍と合流した。
真っ先に探したのはザイン殿だった。
白い旗があるのだから、もしかしたら本人もいるんじゃないかと思っていたのだが。
「ザイン殿はいないのか?」
近くまで来たところで聞くと、返ってきた答えは残念なものだった。
いないらしい。
「そうか」
ちょっと残念だな。
せっかくなら、ここで会えれば話が早かったんだが。
ただ、その代わりにもっと欲しかった情報は手に入った。
父上の居場所だ。
父上はまだシルディア城にいるらしい。
しかも、ザイン殿も一緒だという。
なるほど。
セバスチャンが言った通りだったな。
父上がいきなり前線まで出ている可能性も考えていたが、やはり全体を見られる場所に残っていたらしい。
さらに話を聞けば、父上が全体へ指示を出し、ザイン殿は新帝国貴族たちへ指示を出しているそうだ。
ふむ。
それならザイン殿がここにいないのも分かる。
エディオン家の軍だからといって、当主本人が先頭に立って全部率いる必要はないということか。
では、誰が率いているのか。
その答えも、すぐに分かった。
軍の中からこちらへやって来る大きな男を見つけ、俺は少しだけ口元を緩めた。
見覚えがある。
エディオン家の筆頭騎士、バカルカだ。
相変わらずでかい。
正装ではない今でも肩幅の広さはよく分かるし、馬上にいても身体の厚みが目立つ。ただ大きいだけではなく、姿勢まで妙に整っているところも以前と同じだった。
ああ。
やっぱり騎士って感じがするな。
「ギルバート様」
「久しぶりだな」
バカルカが近くまで来る。
声も相変わらず太い。
だが、セバスチャンみたいにわざと崩した話し方をするわけではなく、きっちりしている。
俺はその後ろに続く軍勢を見た。
これだけの人数を連れて、これから王国側へ進んでいく。
目的地がどこかまでは知らないが、のんびり散歩というわけではない。
「大変だな」
そう声を掛けると、バカルカの口元が大きく持ち上がった。
「腕がなります」
そう言って、大きく笑う。
「ははははっ!」
うん。
騎士だなぁ。
なんというか、実に騎士らしい騎士だ。
これからいくさへ向かうというのに、嫌そうな感じがまるでない。
いや、内心まで俺には分からんが、少なくとも目の前で笑っている姿だけ見れば、実に頼もしい。
俺の筆頭騎士とは随分違う。
何となくそう思って、隣を見る。
「ふぁ……」
セバスチャンが欠伸をしていた。
おい、おい。
何してんだ。
こっちは今、同じ筆頭騎士を見ながら感心していたところだぞ。
片や胸を張って「腕がなります」と大笑い。
片や欠伸。
同じ筆頭騎士でも随分違うもんだな。
もっとも、どちらが強いのかという話になると、俺にはよく分からん。
前に会った時も、この二人は妙にお互いを見ていた。
なんか目で話してる感じがしたんだよなぁ。
あれが何だったのかは今でも知らないが。
俺がセバスチャンを見ている間に、バカルカの視線がわずかに動いた。
俺の後ろ。
善良王のおっさんの方だ。
ほんの一瞬だけだった。
すぐに視線は戻ってくる。
「シルディア城に向かいますか?」
「ああ」
俺は頷きながら、少しだけバカルカを見る。
今、見たよな。
善良王のおっさんを。
まあ、見るか。
俺たちの中に知らない男が混じっているんだから、それだけでも目に入るだろう。
ただなぁ。
バカルカくらいの騎士なら、ザイン殿の供として王都へ行ったことぐらいあるだろうし、善良王の顔を知っているかもしれない。
いや、知らないかもしれないけど。
俺はバカルカが王都へ行くところを毎回見ていたわけでもない。
ザイン殿から何か聞いている可能性もある。
善良王を掻っ攫う話はザイン殿も知っているのだから、筆頭騎士であるバカルカに多少話していたとしても不思議ではない。
だが、バカルカは何も言わなかった。
善良王ですな、とも。
王を捕まえたのですか、とも。
何も聞かなかった。
ふむ。
知っていても何も言わないのかもしれない。
知らなくても、妙な男を連れているからといって、その場で何でも聞くような奴ではないのかもしれない。
それくらいの度量はあるだろう。
「ああ、父上に土産を持ってきたからな。おそらくザイン殿も喜んでくれるだろう」
言いながら、俺は横目で善良王のおっさんを見る。
おっさんは特に何も言わない。
それを見たのかどうか。
バカルカの視線が、またほんの少しだけ善良王のおっさんへ向いた。
「それは何よりです。我が主も喜ぶでしょう」
「……ふむ」
うん。
これは知ってるっぽいな。
もちろん、本当に知っているのかは分からん。
今の俺の言い方を聞いて、その場で察しただけかもしれない。
だが、少なくとも何か分かったようには見える。
それでも余計なことは言わない。
善良王本人を目の前にして、
なるほど、これが土産ですか。
などと言うこともない。
自分は何も言わない、そういう意思表示でもあるのだろう。
なら、俺もわざわざ説明する必要はない。
「それで、この先は?」
話を変える。
バカルカも、そのまま普通に答えた。
ここからシルディア城までの様子。
城の周辺の状況。
父上とザイン殿がまだ城に残り、次々と指示を出していること。
俺たちが王都へ向かっている間に始まったいくさは、もう実際に人と軍を動かしていた。
遠くから旗を眺めていた時より、こうして中に入って話を聞く方が分かりやすい。
あっちへ軍が進み、こっちから別の軍が動く。
その元になる指示を父上が出し、新帝国貴族たちにはザイン殿が話を通している。
父上も忙しそうだな。
まあ、予想はしていたが。
「ザイン殿は元気か?」
「はい」
「父上は?」
「ガルシア様も変わりなく」
「そうか」
ならいい。
別に少し離れていただけで父上がどうにかなるとは思っていないが、居場所が分かった上に無事だと聞けたなら、それで充分だ。
バカルカから聞くだけ聞いたところで、今度はこちらからも話しておく。
俺たちは王都から戻ってきた。
その途中で、妙な連中に襲われた。
「黒ずくめの平民が何人もいた」
バカルカの表情から、さっきまでの笑いが薄くなる。
「平民ですか」
「ああ。少なくとも魔力は持ってなかった。一人は武器も持たずに騎士へ抱きついて、そのまま爆発した」
バカルカの目が僅かに細くなった。
まあ、そうなるよな。
俺だって意味が分からん。
「他の奴らも似たような格好だった。結局、全員倒したが、何者なのかは分からなかった」
「王都からの追手でしょうか」
「たぶんな」
俺は軽く肩を竦めた。
「土産を連れ出した直後だったから、一番分かりやすいのはそれだ。ただ、証拠はない」
善良王のおっさんにも聞いたが、知らないと言っていた。
あのおっさんが本当に知らないのか、知っていて言わなかったのかは、やっぱり分からない。
「また来るかもしれん。来ないかもしれん。街道じゃ普通の平民と混ざると分かりにくいから、一応気をつけておいた方がいい」
「承知しました」
バカルカがしっかり頷く。
これでいいだろう。
あいつらが俺たちだけを狙っていたのなら、エディオン家の軍へ来ることはないかもしれない。
逆に、何か別の目的があるなら分からない。
分からないなら伝えておいた方がいい。
後から何かあった時に、そういえば言ってませんでした、では困る。
それからもう少しだけ話をした。
俺たちが通ってきた方の様子。
人の動き。
こっちへ来るまでに見たもの。
バカルカからは、この先について聞く。
細かいところまで話し込むほどの時間はかけなかった。
こいつらはこれから進軍する。
俺たちもシルディア城へ帰りたい。
お互い、ここでいつまでも立ち話をしている必要はない。
「じゃあ、俺たちは行く」
「はい。お気をつけて」
「そっちもな」
馬首をシルディア城の方へ向ける。
周囲の騎士たちもそれに合わせて動き始めた。
エディオン家の白い旗が、今度は俺たちの背後へ回っていく。
俺が少し進んだところで、後ろから小さく笑う声が聞こえた。
振り返る。
セバスチャンだった。
あいつは馬上で身体を少し捻ると、遠ざかり始めたバカルカへ向けて、にやりと笑った。
そして、そのまま片手を上げた。
本日の更新は、5時、12時、20時となります。
評価、ブックマークしてもらえるとうれしいです。
お時間あればよろしくお願いします。




