第二百六十一話 四日分の食料
襲撃された場所から少し離れ、俺たちは森の中で野営することにした。
そのまま進めないわけではない。
少なくとも俺は問題なく動けるし、他の連中にも大きな怪我はない。だが、ジノだけは別だった。
治癒魔法で傷口そのものは塞いである。そこからさらに血が流れ続けるような状態ではないが、流れてしまった血まで戻るわけじゃない。顔色を見ても、普段より少し悪い。
それなのに本人は、休むよう言う前からこちらを見ていた。
「大丈夫、行けます」
まあ、そう言うだろうとは思った。
ジノはそういう奴だ。
俺は少しだけ考えてから、首を振った。
「一晩ぐらい問題ない。休め」
「ですが――」
「行けるかどうかじゃない。途中で倒れられたら、その方が困る」
俺がそう言うと、ジノは一瞬だけ黙った。
まだ何か言いたそうではあったが、結局はそれ以上口を挟まず、小さく頭を下げる。
「承知しました」
うむ。
素直でよろしい。
無理をして倒れたところで誰も得をしない。俺たちは善良王のおっさんを攫って逃げている最中なのだ。怪我人を抱えて速度が落ちる方が面倒だし、また襲われた時に動けない奴が一人増えるのも困る。
休めるなら休んでおいた方がいい。
その善良王のおっさんへ視線を向ける。
……相変わらず平然としているように見える。
王都から攫われ、途中で襲われ、訳の分からない爆発物まで使われたというのに、目立って取り乱す様子がない。
連れて行く側としては都合がいい。
騒がれたり、逃げようとされたり、いちいち文句を言われたりするよりはずっと楽だ。
楽なのだが。
何を考えているのか、やっぱり分からん。
襲撃してきた連中のことも、あの爆発物のことも知らないとは言っていた。
本当に知らないのかもしれない。
知っていて黙っているのかもしれない。
だが、それを確かめる方法が思いつかない。
顔を見ても分からない。
話しても分からない。
俺の感知魔法で分かるのは魔力だけだ。人間の考えていることまで見えるわけじゃない。
……面倒だな。
まあ、今すぐ答えを出す必要もないか。
俺は善良王から視線を外し、近くにいたセバスチャンへ声をかけた。
「とりあえず、街道から外れてどの程度移動できるか、だな」
このまま街道へ戻れば進むのは楽になる。
だが、さっき襲われたばかりだ。
誰が襲ってきたのか分からない以上、わざわざ見つけやすい場所を進む必要もない。
セバスチャンは周囲へ一度目を向けてから、こちらへ顔を戻した。
「へい、方角は問題ありやせんが、食料はちょいと厳しいですな」
「ふむ」
そっちか。
俺は荷物の方へ目をやる。
「略奪してもいいが、そんなに都合よく集落があるとも限らんしな」
「ですな」
森の中を好き勝手に進めば、追われにくくはなる。
だが街道から離れるほど、人のいる場所を見つけにくくなる。
魔法は何かと便利だ。
敵を殺すのにも使えるし、身を守るのにも使える。身体を強くすることも、怪我を治すことも、周囲の魔力を探ることもできる。
だが残念ながら、腹を膨らませることはできない。
食わなければ腹は減る。
実に当たり前の話である。
「どうする? 移動できる間は移動して、食料が足りなくなったら街なり宿場を見つけるか。それとも先に食料を補給して、移動できる間は移動するかだな」
俺が聞くと、セバスチャンは少し考えるように顎へ手をやった。
「あまり食料を用意すると、移動速度が落ちますしな」
「だよな」
俺たちは軍隊ではない。
善良王を攫いに来ただけだ。
輜重兵を連れているわけでもないし、大量の荷物を運ぶための一団でもない。
持っていく物は、自分たちで運ばなければならない。
もちろん、肉体強化魔法を使えば多少重い物でも持ち運べる。
それ自体は問題ない。
だが、荷物を持つためだけに常に魔法を使うのは効率が悪い。
魔法が使えるからといって、何でも魔法任せにすればいいというものでもない。
俺たちの目的は荷物運びではないのだ。
「今の量で、どの程度なら移動できる?」
そう聞くと、セバスチャンは荷物の方へ目を向け、それから答えた。
「まぁ、四日ほどですな。節約すれば多少伸びますがね」
「四日か」
思ったよりはある。
だが余裕があるというほどでもない。
四日全部を使い切るまで森を進んで、それから街道を探すなんて馬鹿なことはしたくない。
食料が尽きてから補給場所を探すのでは遅い。
「ふむ……二日進もう」
セバスチャンがこちらを見る。
「その間に集落があれば補給する。なければ街道に戻る。どうだ?」
四日分あるなら、二日使ってもまだ多少の余裕は残る。
その間に都合よく集落でも見つかれば、そのまま街道を避けて進めばいい。
見つからなければ戻る。
単純だが、その方がいい。
「それで問題ないでしょう」
セバスチャンはすぐに頷いた。
そして、そのまま何でもないことのように続ける。
「ちなみに、集落があるとして襲いますか?」
「ん?」
一瞬だけ何を聞かれたのか考えて、すぐに分かった。
さっき俺が略奪と言ったからか。
「必要なのは食料だろ」
「へい」
「金で買えるなら金を使え。無理なら無理矢理奪うだけだ」
最初から襲う必要はない。
金を渡して食料を受け取れるなら、その方が早い。
戦う必要もないし、余計な時間も使わない。
ただし売らないと言われて、こちらが本当に必要なら話は別だ。
その時は奪えばいい。
「へい」
セバスチャンも特に何か言うことなく頷いた。
これでいいだろう。
進む方向も決めた。
食料が尽きる前に街道へ戻る基準も決めた。
集落を見つけた場合の対応も決めた。
「おおよその方針はこれでいいな」
「そうですな」
「んじゃ、俺は寝る。なんかあれば起こせ」
そう言って、その場から離れる。
別に疲れ切っているわけではない。
身体が重いわけでもないし、眠気で頭が回らないわけでもない。
それでも、休める時に休んでおきたい。
これから何があるか分からない。
また襲われるかもしれないし、森の中で何かに出くわすかもしれない。街道へ戻ったところで安全だという保証もない。
なら、何もない今のうちに休む。
それに、俺がいつまでも起きていると、他の奴らも休みづらいだろう。
俺が動いているのに、自分だけ先に寝るというのはやりにくいはずだ。
俺が休めば、交代で休む奴も休みやすくなる。
まあ。
セバスチャンは別だけどな。
あのクソじじいは、俺が起きていようが何をしていようが、休む必要があると思えば普通に休む。
たぶん俺の方を一度見て、そのまま寝る。
それでいい。
いちいち俺の顔色を窺って無理をするより、必要な時に勝手に休んでくれる方が楽だ。
周囲では騎士たちがそれぞれ動いている。
ジノも今度こそ大人しく休むようだった。
善良王のおっさんは、やはり妙に落ち着いて見える。
……本当に、何を考えているんだろうな。
少しだけ気になったが、答えが出ないものを考え続けても仕方がない。
俺は目を閉じた。
少なくとも今夜は、進まなくていい。
食料は四日。
森を進むのは二日。
その間に集落があれば買う。
なければ街道へ戻る。
今考えることは、それで十分だ。
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