第二百六十話 黒い粉
「こいつら何者だ?」
俺は地面に倒れた黒ずくめの男たちを見ながら聞いた。
さっきまで森の中を走り回っていた連中は、もう誰一人動いていない。
木の根元に倒れている奴。
草の上へ仰向けになっている奴。
攻撃魔法を受けたのか、身体の一部が大きく崩れている奴もいる。
ジノに抱きついた男とは違い、こいつらは爆発しなかったらしい。
セバスチャンも死体へ目を向けたが、すぐに首を振った。
「分かりやせん」
「だよなぁ」
分かるなら最初から聞いている。
服装は全員ほとんど同じ。
顔を黒い布で隠し、見えているところまで黒くしていた。
剣も槍も持たず、ただ俺たちへ走ってきた。
そして、一人はジノに抱きついた瞬間に爆発した。
なんなんだ、こいつら。
おそらく王都から派遣された奴らだと思うんだが。
王城から善良王を攫って、それほど時間も経っていない。
だったら俺たちを狙う理由として、一番分かりやすいのはそれだ。
ただ。
俺は倒れている黒ずくめを見る。
この世界に火薬なんてあるのか?
前世では当たり前に聞いた言葉だが、こっちに来てから見た覚えがない。
そもそも、爆発そのものなら攻撃魔法で十分だ。
わざわざ平民が自分ごと吹き飛ぶような物を身体に巻きつける意味が分からん。
「死体には近づくなよ」
俺は周囲の騎士たちへそう言って、一番近くに倒れていた黒ずくめへ向かう。
「若様もでしょうが」
後ろからセバスチャンの声が飛んできた。
「俺の防御魔法なら大丈夫だ」
「そういう問題ですかい」
「大丈夫だって言ってるだろ」
俺の防御魔法は、吹き飛ばした城や迷宮に埋もれても大丈夫なんだから大丈夫だろう。
俺は防御魔法を維持したまま死体の横へしゃがんだ。
黒い服の上から身体を見る。
さっき走っていた時には気づかなかったが、よく見ると妙に胴回りが膨らんでいる。
「ん?」
服を少しずらす。
胸から腹にかけて、何かが大量に巻きつけられていた。
細長い。
何本も並んでいる。
木……いや。
「竹みたいだな」
触ってみる。
やはり硬い。
細い筒のような物が、胸や腹を囲むように何本も取りつけられている。
これか?
ジノに抱きついた奴が爆発したなら、たぶんこの辺りに何かある。
俺は一本をつまんだ。
すぐには取れない。
「ふむ」
少し力を入れる。
ぶち、と巻きつけていたものが切れ、筒が外れた。
俺はそれを手の中で転がす。
外から見ただけじゃ何なのか分からない。
中身があるのは、重さでなんとなく分かる。
……割るか。
少し迷ったが、結局そのまま手へ力を入れた。
ぱき、と乾いた音がする。
筒が割れた。
「おっ」
隙間から何かがこぼれる。
黒い。
細かな粉末だ。
炭みたいな色をした粉が指と地面へ落ち、その中に小さな硬い物も混じっている。
俺は指先で一つ摘まんだ。
「金属片……」
ジノの傷から取り出した物と似ている。
なら、やっぱりこれが爆発した時に飛び散ったのか?
俺は割れた筒へ顔を近づけすぎないよう注意しながら、中を覗き込む。
黒い粉。
金属片。
うーん。
これって火薬なのかなぁ?
黒色火薬というものがあったことは覚えている。
名前だけじゃない。
何かを混ぜて作るものだったはずだ。
確か……。
炭と……えーっと、硫黄だっけか
あと何だったかな。
何かもう一つあった。
いや、二つだったか?
思い出せん。
前世でも火薬を作ったことなんてない。
実物を見た覚えもない。
知っていると言っても、どこかで聞いたことがある程度だ。
目の前の黒い粉が本当にそうなのかなんて、見ただけじゃ分からない。
色だけならそれっぽいけど。
「どうしやす?」
少し離れたところからセバスチャンが聞いてくる。
「分からん」
「へ?」
「これが何なのか分からん」
俺は割った筒を軽く持ち上げる。
「黒い粉が入ってる。あと金属片だ」
セバスチャンがこちらを見た。
近づこうとはしない。
さっき俺が近づくなと言ったからだろう。
素直でよろしい。
さて。
どうするかな。
持ち帰れば後で調べられる。
だが、正体不明の物を馬に積んで走るのは嫌だ。
何かの拍子にさっきみたいな爆発をされたら面倒すぎる。
「持ち帰るのは危険だよなぁ」
黒い粉を見る。
火薬なら燃える。
たぶん。
爆発するかもしれないが、そのために防御魔法がある。
「とりあえず燃やしてみるか」
俺は立ち上がった。
「全員、防御魔法を展開して木かなんかの後ろに隠れてろ」
騎士たちが一瞬だけ俺を見る。
セバスチャンも見る。
「若様は?」
「俺はここにいる」
「ですから、それが――」
「早く行け」
セバスチャンは何か言いたそうな顔をしたが、結局諦めたらしい。
「へいへい。てめえら、若様の言う通りにしろ!」
騎士たちが動く。
善良王の周囲にはオルドとクレインが残りながら、距離を取って木を挟む。
セバスチャンも十分に離れた。
俺はもう一度、防御魔法の状態を確かめる。
よし。
死体の胸や腹には、まだ竹筒みたいな物が何本も残っている。
それに当てればいい。
派手に吹き飛ばす必要はない。
燃えるかどうかが分かれば十分だ。
俺は攻撃魔法を小さく抑える。
狙いをつける。
そして放った。
死体の胴を攻撃魔法が貫いた。
肉が弾け、背後の地面へ抜ける。
「ん?」
俺は少し待った。
何も起きない。
煙は出ている。
死体に空いた穴の周りも黒く焼け焦げていた。
だが。
爆発しない。
「……違うのか?」
もう少し近づいて見る。
攻撃魔法が通ったところはしっかり焼けている。
かなりの熱量だと思うんだが。
「熱量は充分だよなぁ」
少なくとも、冷たい何かをぶつけただけじゃない。
これだけ焼け焦げているんだから、燃える物なら何かしら反応してもよさそうな気がする。
それでも爆発しない。
だったら。
「ある程度は安全かな」
俺はそう呟き、死体へ戻る。
さっき見つけた竹筒らしき物を何本か毟り取った。
一度試したから絶対安全、なんてことはないだろう。
だが、何も分からないまま全部置いていくのも惜しい。
父上のところへ持って帰れば、誰か何か知っているかもしれない。
それにしても。
俺は手にした筒を見ながら、倒れている黒ずくめへ視線を移した。
「……あの王国最強騎士とかいう……」
誰だっけ。
顔は覚えている。
セバスチャンと一騎打ちして、最後に頭を割られた奴。
名前は……。
「バレンシアだっけ?」
まぁいいか。
あいつより、こいつらの方がずっと危なかったな。
強いとか弱いとかじゃない。
何をするか分からないという意味でだ。
剣を持って向かってくるなら分かりやすい。
こいつらは武器も持たずに走ってきて、抱きついた瞬間に爆発した。
実際、ジノはかなりやられた。
治癒魔法がなかったらどうなっていたか分からない。
「オルフィアから対平民用の感知魔法を教わっておいて良かったな」
あれがなければ、セバスチャンが妙だと気づいても、どこに何人いるかまでは分からなかった。
まだ上手く使えないけど、役には立った。
帰ったらなんかやろ。
何がいいかな。
本人に聞けばいいか。
俺は竹筒らしき物を持ったまま、善良王の方を見る。
そういえば。
一応こいつにも聞いておくか。
王都から来た連中なら、王本人が何か知っている可能性もある。
俺はオルドとクレインに囲まれている善良王へ歩いていく。
「おっさん」
ユーディリアがこちらを向く。
「こいつら知ってるか?」
俺は地面に転がっている黒ずくめを指した。
善良王はそちらへ目を向けた。
少しの間見る。
それから俺へ戻した。
「知らぬ」
「ふむ」
短い。
まぁ、知っていても言うとは限らんけど。
俺は手に持っていた竹筒みたいな物を持ち上げる。
「これは? 知ってるか?」
善良王は俺の手元を見る。
黒い粉が入っていた筒。
金属片。
少なくとも、さっきの爆発と何か関係している可能性が高い物だ。
だが、おっさんの表情は変わらない。
「知らぬ」
「……そうか」
やっぱり分からんな。
本当に知らないのか。
知っているけど言わないのか。
顔を見ても判断できない。
眉が動くわけでもない。
目を逸らすわけでもない。
声が変わったようにも聞こえない。
王城にいた時からずっとこんな感じだ。
「ふむ……」
表情が変わらないから、嘘かどうかも分からん。
そこで、さっき考えていたことが頭に戻ってきた。
あっ。
そういう意味もあるのかもな。
感情が見えない。
何を考えているのか分からない。
それなら、こうやって何かを聞いた時にも判断しづらい。
……本人がわざとやっているのかは知らんけど。
「若様」
後ろからセバスチャンが声をかけてきた。
「どうしやす?」
「何をだ?」
俺は振り返る。
セバスチャンは周囲の森を見回してから言った。
「街道を行きやすか?」
「ああ」
そうだった。
休憩が終わったら街道に戻るつもりだった。
さっきまでは。
俺は倒れている黒ずくめを見る。
全員平民だった。
普通の感知魔法じゃ分からなかった。
新しい方なら分かる。
でも、街道に出たらどうなる?
旅人。
商人。
荷を運ぶ平民。
他にも人がいるだろう。
その中へこいつらみたいなのが混じったら。
「ふむ……やめておこう」
セバスチャンが俺を見る。
「平民が増えると分からなくなる」
「ああ」
あいつもすぐ理解したらしい。
街道なら移動は早い。
補給もしやすい。
だが、今度は俺の新しい感知魔法で穴を感じても、それが普通の平民なのか、さっきみたいな奴なのか分からなくなる。
森の中なら、人がいれば怪しい。
その方が今はいい。
セバスチャンは周囲へ視線を巡らせた。
「また、来やすかね?」
「来ると思って警戒すべきだろ」
来ないかもしれない。
さっきので全部かもしれない。
でも、分からないなら来ると思っておいた方がいい。
次は最初から攻撃魔法を使えばいい。
近づけさえしなければ、さっきよりは楽に倒せるだろう。
セバスチャンが小さく息を吐いた。
「やれやれですな」
俺は手の中の竹筒を見た。
正体の分からない黒い粉。
爆発する男たち。
普通の感知魔法では見つからない平民。
そして、何を聞いても表情一つ変えない善良王。
なんだか急に面白くなってきた。
「楽しくなってきたじゃないか」
俺はセバスチャンへ笑いかけた。
次回更新は明日、5時となります。
ここまでありがとうございます。
これからも頑張りますのでよろしければ、
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