第二百五十九話 お客さんだ
「……妙に静かですな」
「そうか?」
セバスチャンの言葉に、俺も森へ耳を澄ませる。
小鳥は鳴いている。
少し高いところでは葉が擦れ合い、風が抜けるたびに枝が揺れていた。馬が鼻を鳴らす音もするし、騎士たちが動けば革や金具が小さく鳴る。
……静かじゃないような?
少なくとも、俺にはいつもの森と何が違うのか分からない。
だが、セバスチャンは冗談を言っている顔ではなかった。
森の奥を見たまま、静かに剣へ手を掛けている。
なら何かあるんだろう。
俺は感知魔法を拡げた。
俺を中心に魔力が周囲へ広がっていく。
オルド、クレイン、セバスチャン。他の騎士たち。それから魔力を封印している善良王。
俺たち以外の魔力反応はない。
少なくとも、貴族や騎士が森の中に潜んでいるわけではなさそうだ。
だが。
俺はもう一つ、オルフィアから教わったばかりのやり方を試す。
普通に感知魔法を拡げるだけじゃない。
もっと細く。
もっと細かく。
周囲へ伸ばした感知魔法を、糸みたいに森の中へ這わせていく。
まだ慣れない。
いつもの感知魔法とは感覚が違う。
魔力反応を探すんじゃなく、広げた感知魔法の中にできる穴を探す。
そこだけ何かに遮られているような、不自然な抜け。
馬に乗って動きながらじゃ、とてもじゃないが上手く扱えない。
だが、今は止まっている。
ゆっくりなら――。
……あるな。
穴。
「なんか、いるぞ」
俺は声を落としてセバスチャンへ告げた。
あいつは俺を見ず、森へ視線を向けたまま答える。
「そちらを見ずに、方向と数だけ教えてくだせえ」
「ああ」
俺もなるべく顔を動かさない。
感知魔法だけをさらに拡げる。
一つ。
二つ。
三つ。
いや、まとまっているな。
「俺たちが来た方に、おおよそ十名」
反対側にも穴がある。
こっちは多い。
「これから進む方向に二十名ってところだ。全員平民だろうな、これは」
普通の感知魔法では何も拾えない。
新しい方では、そこに確かに穴がある。
なら、少なくとも魔力を持っている連中じゃない。
「どうする?」
俺が聞くと、セバスチャンの口元がわずかに動いた。
「まぁ、相手の出方を待つ事もねえでしょう」
そう言った直後。
セバスチャンが一気に声を張り上げた。
「てめえら、戦闘態勢をとれ! お客さんだ!」
休んでいた空気が一瞬で消えた。
騎士たちが立ち上がり、剣へ手を伸ばす。
鞘から刃が抜ける音が重なった。
俺は周囲を見回しながら聞く。
「俺は?」
「やりすぎんでくだせえ」
「……やりすぎた事は無い」
何を言っているんだ、こいつは。
俺がやりすぎたことなんて、一度もない。
たぶん。
セバスチャンは俺の呟きをほぼ無視して、剣を抜いた。
「何人かは生け取りにしましょう。情報を吐かせてえ」
にやりと笑う。
……どうやって吐かせるのかは聞かない方がよさそうだな。
その時だった。
森が俄かに騒がしくなった。
声はしない。
だが、あちこちから枝を踏む音と、草を掻き分ける音が近づいてくる。
がさがさと揺れた茂みから、人影が飛び出した。
黒い。
頭から身体まで黒ずくめの男たちだった。
顔にも黒い布を巻いている。
わずかに見えるところまで黒い。
何か顔料でも塗っているのか?
俺は男たちより先に、数を確認する。
せっかく覚えたばかりなんだ。
本当に合っているのか確かめないとな。
あっちから――。
一、二、三……。
「ふむ」
十人。
合ってる。
反対側も見る。
一人ずつ数えるのは面倒だが……。
「うーん、まぁ、だいたい二十人でいっか」
大きくは外れていない。
使えるな、これ。
少なくとも止まって集中できるなら、方向と数くらいは分かる。
「若様! 油断はせんでくださいよ!」
セバスチャンに怒鳴られた。
いや、確認は必要だろ。
せっかく覚えた魔法なんだから。
そう思っている間にも、黒ずくめの男たちはどんどん近づいてくる。
俺は肉体強化魔法を使い、その上から防御魔法を展開した。
何をしてくるのか分からない以上、これくらいはしておく。
「攻撃魔法で吹き飛ばすか?」
「目立つんで」
セバスチャンが短く返す。
「ああ」
確かに。
森の中で派手に攻撃魔法を使えば、遠くからでも何かあったと分かるかもしれない。
せっかく人目を避けてここまで来たんだ。
この程度なら騎士たちに任せればいいだろう。
そう考えて、改めて迫ってくる男たちを見る。
そこで妙なことに気づいた。
武器が見えない。
剣もない。
槍もない。
少なくとも、手には何も持っていない。
「なんだ? こいつら?」
戦うつもりなら、せめて何か持って来いよ。
だが、男たちは止まらない。
むしろ両腕を広げた。
走りながら、そのままこちらへ向かってくる。
何だ、あれ。
まるで――。
抱きつくみたいな。
胸の奥がざわついた。
理由は分からない。
でも嫌だ。
「近づけるな!」
思わず怒鳴った。
騎士たちが応じる。
剣が振るわれ、黒ずくめの男が倒れる。
別の男へ刃が向かう。
だが、一人だけ。
抜けた。
ジノのところまで。
「ジノ!」
男が両腕を広げたまま、ジノへ身体をぶつける。
抱きついた。
次の瞬間。
爆発した。
耳を殴るような音。
空気が一気に膨らんだような衝撃。
煙が噴き上がる。
その中から、ジノの身体が吹き飛んだ。
「っ!」
地面へ叩きつけられる。
抱きついた男は――。
いない。
少なくとも、俺の目には姿が見えなかった。
煙。
血。
飛び散った何か。
頭の中に、前世のどこかで聞いた単語だけが浮かんだ。
爆弾。
テロリスト。
自爆ベスト。
「殺せ! 手加減無用! 攻撃魔法も使え!」
俺の声に、セバスチャンの怒鳴り声が重なる。
「近づけるな! 殺せ!」
もう目立つとか言ってる場合じゃない。
あれを近づける方が危ない。
俺は倒れたジノを見る。
動かない。
「セバス!」
「へい!」
「任す!」
それだけ言って駆けた。
後ろで攻撃魔法が放たれる気配がする。
剣がぶつかる音。
木々の向こうから何かが砕ける音。
だが、振り返らない。
セバスチャンに任せた。
俺はジノの側へ膝をつく。
「おい」
酷いな。
身体の前側がかなり傷ついている。
おそらく正面から抱きつかれたんだろう。
服は裂け、血が広がっている。
防御魔法を展開してなかったのか?
いや。
していて、これなのか?
爆発が防御魔法を貫いた?
分からん。
今考えても仕方ない。
俺はすぐに治癒魔法を展開した。
傷ついた身体へ魔力を流し込む。
裂けた傷。
血。
そこへ治癒魔法を集中させる。
数瞬。
ジノの身体が小さく動いた。
「よし」
生きてる。
俺はさらに治癒魔法を強める。
「……ゴホッ」
ジノが咳をした。
煙を吸ったのか、掠れた音が喉から漏れる。
そのまま治癒魔法を続けていると、薄く瞼が開いた。
「わ、若様……」
「動くな」
喋れるなら大丈夫だ。
たぶん。
俺は治癒魔法を使いながら、少しだけ周囲へ視線を向けた。
その時。
地面で何かが光った。
「ん?」
小さなものだ。
俺は目を凝らす。
破片?
いや。
さっきの爆発で飛んだものか。
だったら――。
「威力を高める為か?」
俺は治癒魔法を止めた。
「ぐぁっ」
傷を触るとジノが呻く。
「我慢しろ!」
今はそっちの方が大事だ。
俺は傷口へ指を入れて探る。
血で滑る。
少し奥へ指先を進めたところで、硬い感触に当たった。
ある。
俺はそのまま指を入れ、硬い物をつまんだ。
「ぐ……ぁ……!」
ジノがまた呻く。
生きてる証拠だ。
無視する。
指へ力を入れ、そのまま引き抜いた。
血に濡れた小さな塊が出てくる。
「これか?」
つまんで見る。
血で汚れていてよく見えないが、何かの金属っぽい。
そういえば。
前世でも、爆発物に釘とか鉄球とかを入れて威力を高める、みたいな話を聞いたことがある。
詳しくは知らんが。
……どうする?
もし鉛とかだったら、身体の中に残したまま傷を塞ぐのはまずいよな。
他にもあるか?
あるよな。
一個だけってことはないだろ。
「ええぃ」
俺は別の傷口へ指を突っ込んだ。
「ぐぅっ!」
ジノが身体を捩る。
「やかましい! じっとしてろ!」
動くなと言っているのに動く。
指先で傷を探るたびに、ジノが呻いて身体を揺らす。
やりにくい。
「動くな!」
俺はジノの頭をぶん殴った。
ごつ、と鈍い音がした。
ジノの身体から力が抜ける。
「……うん、静かになったな」
これで探しやすい。
俺は改めて傷口を確認する。
指先に当たる硬い物を見つけるたび、つまんで引き抜く。
一個。
また一個。
全部取れているかなんて分からない。
もっと奥に残っているかもしれない。
だが、ここでいつまでも探しているわけにもいかん。
「まぁ、こんなもんか」
多少残ってるかもしれんが、とりあえず傷を塞ごう。
問題がありそうなら、後でまた抉ればいい。
抉っても治癒魔法があれば何とかなるしな。
俺は再び治癒魔法を展開する。
さっきまで指を突っ込んでいた傷も含め、ジノの身体へ魔力を流していく。
血が止まり、開いていた傷が塞がっていく。
よし。
とりあえずこれでいいだろう。
優しく癒してやった。
「若様」
後ろからセバスチャンの声がした。
俺は治癒魔法を止め、振り返る。
「終わりやしたぜ」
周囲を見る。
さっきまで響いていた剣戟も、攻撃魔法の音も止んでいた。
黒ずくめの男たちは見える範囲で倒れている。
そういえば、最初の一度以外は爆発音を聞いていない。
「他にやられた奴はいるか?」
一応確認しておく。
セバスチャンは首を振った。
「いえ、とりあえず全員殺しました」
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