第二百五十八話 理解できない王
無事、王城から善良王を掻っ攫った俺たちは、父上のいるシルディア城へ向かっていた。
木々の間を縫うように馬を進めながら、俺はちらりと後ろを見る。
善良王――ユーディリア・エルディアは、自分の馬に乗っているわけでもないのに、妙に堂々としていた。
表情は平然としたまま。顔色ひとつ変わらず、周囲を気にしてきょろきょろすることもない。
勝手に進路を変えられても困るので、左右にはオルドとクレインをつけている。前にも後ろにも騎士たちがいるから、仮に急に馬首を返したところで逃げられるような状況ではない。
それでも普通なら、もう少し何かありそうなもんなんだがな。
やっぱり変なおっさんだ。
王城から連れ出した時もそうだった。
あれだけ城の中で好き勝手やって、王都貴族も騎士も殺して、最後には本人まで連れ出したというのに、抵抗らしい抵抗はほとんどなかった。
唯一、はっきり抵抗したと言えるのは、俺が魔力を封印した時くらいだ。
あの時は「やめよ」とか言っていた。
それ以外は、脚を切るぞと言えば立ち上がり、そのまま自分で歩いて王城を出てきた。
おかしいだろ。
いや、王なんて初めて攫ったから、普通の王がどういう反応をするのか知らないけど。
「セバス、追手はいるか?」
少し前を走っていたセバスチャンへ声を投げる。
あいつは振り向くでもなく、周囲へ視線を走らせたまま答えた。
「おらんですな」
「ふむ」
俺も感知魔法を拡げてみる。
森の中を進んでいる俺たちの魔力反応は、当然ながらいくつもある。だが、その後ろを追いかけてくるような別の魔力反応は見当たらない。
本当にいないな。
騎士や貴族を追手に出せば、俺の感知魔法で分かる。
だったら平民を使うかとも思ったんだが、セバスチャンがいないと言うなら、とりあえずはいないんだろう。
平民まで感知する方法なら、俺もオルフィアから教わったばかりだ。
ただ、あれはまだ慣れていない。
馬に揺られながら使えるほど器用には扱えん。
うーむ。
俺はまた善良王を見る。
本物だよなぁ?
あの広間にいた連中の反応を考えても、本人の態度を考えても、別人とは思えない。
ちゃんとユーディリア・エルディアとも名乗っていた。
でもなぁ。
こうも順調だと、なんだか不安になってくる。
王城に突入して、王を攫って、そのまま追手もなし。
そんな簡単なもんなのか?
拷問でもして確認するか?
……いや。
俺はすぐに考え直した。
何を確認するんだ。
拷問して「お前は本当に善良王か」と聞いても、こいつが「そうだ」と言えば終わりだし、「違う」と言われても困る。
そもそも本人確認になってないな。
そんなくだらないことを考えていると、横から馬の蹄の音が近づいてきた。
セバスチャンの馬だ。
あいつは周囲の速度に合わせながら、するすると俺の隣まで寄ってくる。
「若様、そろそろ休憩しやしょう」
「俺はまだ大丈夫だが?」
疲れていないわけではない。
だが、まだ馬から降りたいほどじゃない。
セバスチャンも似たようなものだと思うんだが、俺がそう答えると、あいつは少し後ろへ顎を向けた。
「若様やあっしは大丈夫ですが、他の者たちが持ちやせん」
「ああ」
言われてみればそうだな。
王都に辿り着いた。
そのまま王城へ突入した。
中で戦って、善良王を攫って、そこからまた馬でここまで来た。
一度もまともに休んでない。
俺やセバスチャンだけならともかく、全員に同じことをやらせ続ける必要もないか。
「よし。適当な場所で小休止する。場所を選べ」
「へい」
セバスチャンが頷き、そのまま馬を前へ出した。
こういうのは任せておけばいい。
俺が適当に「ここでいいか」と決めるより、セバスチャンに選ばせた方がまともな場所を見つけるだろう。
決して俺が選べない訳ではない。
それにしても。
俺はもう一度、善良王へ視線を向ける。
……顔色ひとつ変わらんな。
馬に乗せられ、左右を騎士に固められ、自分を攫った連中に囲まれている。
なのに、あのおっさんは最初からほとんど変わらない。
何を考えているんだろう。
というか、何か考えているのか?
しばらく進んだところで、先頭のセバスチャンが腕を上げた。
「よし、止まれ! ここで小休止とする!」
俺が声を上げると、前から順に馬の速度が落ちていく。
蹄が土を踏む音がばらけ、やがて一頭ずつ足を止めた。
人目を避けて森の中を進んでいたこともあり、周囲は木ばかりだ。その中に少しだけ開けた場所がある。
馬を固めすぎずに止めるくらいなら十分だろう。
俺も馬から降り、固まっていた脚を軽く動かす。
騎士たちもそれぞれ馬を休ませながら、自分たちも身体を伸ばしていた。
善良王も馬から降ろされる。
あのおっさんは周囲を見回すでもなく、手近な石を見つけると、そのまま腰を下ろした。
やっぱり表情はほとんど変わらない。
俺は少し離れたところから、その姿を眺めた。
うーん。
話したいような、話したくないような。
どうするかな。
別に聞きたいことがはっきりあるわけじゃない。
でも、なんとなく気になる。
普通に考えれば、今のおっさんが大人しくしている理由なんて簡単だ。
魔力を封印されている。
周囲には敵しかいない。
逃げようとすれば脚を切るとまで言われている。
だったら大人しくする。
普通ならそう思う。
でも、あのおっさんの場合、それだけじゃない気がする。
王城にいた時からそうだ。
王都貴族が死んだと聞いても、代わりはいくらでもいると言った。
自分のために民が死ぬのも当然だと言った。
脚を切ると言えば、それは困るからついて来た。
損をすることも、得をすることも分かっている。
なのに、その損得に何かがくっついていない感じがする。
なんというか。
感情が伴っていないように見える。
しかも、その損得の基準自体が俺にはよく分からない。
自分の脚は大事。
王都貴族は代わりがいる。
民が死ぬのは当然。
自分は全てに優先する。
言っていることは一応つながっているようにも見える。
だが、俺には不気味だった。
人間には、知性と理性と感情がある。
俺はなんとなく、そう思っている。
頭で物を考える知性があって、やっていいことと悪いことや、やるべきことを判断する理性があって、それとは別に嬉しいとか腹が立つとか怖いとか、そういう感情がある。
もちろん、いつも綺麗に分かれているわけじゃない。
俺だって理性が吹っ飛ぶことくらいある。
ごく稀にだが。
でも、あのおっさんは違う。
何かが崩れているように見えるのに、それで妙に安定している。
知性はある。
話も通じる。
理性も……たぶんある。
少なくとも、何をすれば自分に損かくらいは判断している。
でも、感情がほとんど感じられない。
もちろん、本当にないのかどうかなんて分からない。
表に出していないだけかもしれん。
ただ、見ている限りでは、どうにもそう感じる。
ふむ。
王として教育されて、ずっと王として育ったら、こうなるんだろうか?
生まれた時から周囲に頭を下げられ、自分の言葉で人が動く。
そういう環境で育った結果なのか?
……分からんなぁ。
そもそも俺、王なんて初めて見るもんなぁ。
他の王と比べようがない。
善良王を眺めながら考えていると、横から足音が近づいてきた。
「ここからどうしやす?」
セバスチャンだった。
「ん? どうした?」
「街道に戻りやすか? それともこのまま街道を外れて進みやすか?」
「ああ」
そういうことか。
俺は周囲を見る。
森の中を進み続ければ人目にはつきにくい。
その代わり進みにくい。
街道に戻れば当然、今よりは楽だし早いだろう。
善良王を攫った直後なんだから、人目を避けるならこのままの方がいい気もするが……。
「街道に戻るぞ。その方が早いだろう」
俺がそう言うと、セバスチャンはすぐには頷かなかった。
少しだけ視線をずらす。
その先には、石に腰掛けた善良王がいる。
「……大丈夫ですかね?」
「構わん。抵抗するなら脚は切り落とす」
そう答えながら、俺は善良王を見る。
たぶん抵抗しない気がする。
理由は分からない。
ただ、あのおっさんなら、そのままついて来そうな気がする。
まぁ、抵抗したらしたで面白いしな。
問題ないだろ。
「そうですな。街道の方が補給はしやすいですし、仕方ありませんな」
セバスチャンがため息を吐きながら頷いた。
よし。
なら、そろそろ出発するか。
休めた時間は長くないが、ここでいつまでものんびりしている理由もない。
そう思って馬の方へ身体を向けかけた時だった。
セバスチャンが動かない。
「どうした?」
返事はすぐには来なかった。
あいつは森の奥をじっと見ている。
何か見つけたのかと思ったが、俺には木々しか見えない。
やがてセバスチャンが、低い声で言った。
「……妙に静かですな」
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