第二百五十五話 王国最強の騎士
広い階段には、貴族と騎士がひしめくように集まっていた。
感知魔法を拡げたまま眺めれば、目の前にいる連中だけでもかなり多い。城内に残っている魔力反応のうち、相当な数がここへ集まってきたみたいだ。
ふむ。
階段の向こうには、大きな扉がある。そのさらに向こうにも貴族くらいの強さの魔力反応がいくつか残っている。
善良王がどれかは分からん。
だから、ここでまとめて吹き飛ばすのは少し困る。
「下がれ! 善良王以外に用は無い!」
階段の上まで届くように声を張った。
一応、教えてやったんだから優しいと思う。
だが、誰も下がらない。
騎士たちは剣を構えたままこちらを睨み、貴族たちもその後ろから動こうとはしなかった。
まぁ、当たり前か。
ここで大人しく下がるくらいなら、とうに逃げてるよな。
一瞬、攻撃魔法で階段ごと全部吹き飛ばしてしまおうかと思ったが、それはそれで面倒だ。階段まで壊れたら上へ行くのに余計な手間が増える。それに、勢いあまって向こうの大きな扉まで吹き飛ばし、その先にいる善良王まで巻き込んだら本末転倒だ。
父上からは、生かして連れて来いと言われている。
多少ならともかく、粉々にしたらさすがに駄目だろう。
どうするかなぁ。
そんなことを考えていると、階段の途中に並んでいた騎士たちの間から一人の男が進み出てきた。
中肉中背のおっさんだ。
剣を持ったままこちらを睨みつけ、大きく息を吸う。
「エルディア家筆頭騎士、バルジアである! 一騎打ちを所望する!」
怒鳴り声が階段に響いた。
筆頭騎士ねぇ。
いや、筆頭でも騎士だからなぁ。
感知している魔力も騎士のものだ。俺とは勝負にならんと思うんだが。
まぁいっか。
殺そ。
そう思って一歩出ようとしたところで、後ろから楽しそうな声が飛んできた。
「おもしれえ。お前さんがバルジアか、受けてやるぜ」
振り返ると、セバスチャンがにやにや笑いながら前へ出てくるところだった。
「ん? なんだ? 知り合いか?」
「結構有名な騎士ですぜ」
「そうなんだ」
知らんかった。
名前を聞いても何も思い浮かばない。
俺が首を傾げている間にも、セバスチャンは俺の横を抜けて前へ出る。
「下がっていろ! おいぼれ!」
バルジアが叫んだ。
俺はセバスチャンを見る。
「言われてるぞ」
揶揄うと、セバスチャンは笑ったまま鼻を鳴らした。
「おいぼれに負けるのがそんなに怖いか?」
元気な奴め。
俺は二人を見比べる。
体格だけなら、ゴツいセバスチャンの方が有利そうだ。魔力は……それほど変わらんな。
少なくとも、魔力だけ見れば一方的な勝負になるほどの差には見えない。
「やるのか?」
「手出し無用ですぜ」
「そんなに無粋な事はせん。好きにしろ」
俺は少し後ろへ下がった。
セバスチャンがやりたいなら、好きにやらせればいい。
バルジアはそんな俺たちのやり取りを見ていたが、顔を苦々しく歪めると剣を握り直した。
「名乗れ! おいぼれ!」
「名なんぞどうでもいいだろうが」
セバスチャンは笑いながら歩いていく。
うーん、挑発上手いなぁ。
バルジアの顔がますます険しくなる。
「墓標には名は刻まん!」
「騎士に墓標なんぞいるのか?」
セバスチャンは楽しそうに笑っている。
あいつ、本当にこういうの好きだよな。
二人の距離が縮まっていく。
ある程度近づいたところで、バルジアが剣を胸の前へ掲げた。
対するセバスチャンは構えるでもなく、笑顔のまま剣をぷらぷらと弄んでいる。
なんだあれ。
やる気がないようにしか見えん。
バルジアは剣を掲げたまま動かない。
セバスチャンも足を止めた。
一瞬だけ、二人の間に何もない空間が出来る。
そう思った次の瞬間には、その空間が消えていた。
セバスチャンの身体が一気に前へ出る。
速い。
「ひ、卑怯者め!」
バルジアの声と剣がほとんど同時に動いた。
突然襲われたのに、ちゃんと間に合わせたのはさすが筆頭騎士なのかもしれない。
二本の剣が激しくぶつかり、甲高い音が階段に響いた。
バルジアの腕が沈む。
セバスチャンの剣は止まったが、セバスチャン本人はほとんど揺れていない。
「お褒めいただき光栄だな」
笑っている。
受け止められた剣を引く。
それで一度離れるのかと思ったら、剣先が離れた次にはもう二撃目が落ちていた。
バルジアが受ける。
また音が響く。
今度は身体ごと押され、バルジアの足が半歩ほど後ろへずれた。
ふむ。
まぁ、一騎打ちなら作法とか儀礼とかあるよな。
詳しくは知らんけど。
隣にいたクレインへ顔を向ける。
「一騎打ちにはなんか作法があるのか?」
クレインは戦っている二人を見たまま、少し苦笑した。
「一応、向き合って礼をしてからになりますね」
「ふーん、そうなのか」
俺はセバスチャンからそんなこと教えてもらってないけどなぁ。
まぁ、一騎打ちなんてそうそう見るもんじゃないから仕方ないか。
それに、セバスチャンが作法なんか気にするとも思えんし。
二人の方へ向き直る。
「おい! なんか卑怯らしいぞ!」
優しい俺は、わざわざ教えてやった。
「知りませんな」
セバスチャンは笑ったまま答えた。
余裕あるな、あいつ。
しかも、知らんというよりどうでもいいだけだろ。
喋りながらでも剣は止まらない。
振り下ろす。
受けられる。
そのまま押し込むのではなく、すぐに剣を返して横から斬り込む。
バルジアが身体を捻りながら受けると、セバスチャンはもう次の一歩を踏み出していた。
バルジアが下がる。
セバスチャンが同じだけ前へ出る。
距離が開かない。
肉体強化魔法と防御魔法は使っているらしいが、攻撃魔法は使っていない。
というより、バルジアの方は使う暇がないんだろうな。
可哀想に。
セバスチャンの剣が上から落ちてくる。
バルジアが受ける。
直後には横へ薙がれ、どうにか剣を合わせたと思えば、今度は剣先が喉へ伸びる。
バルジアが首を反らす。
剣先が喉元のすぐ前を抜けた。
避けた。
ちゃんと避けてるんだから、たぶん弱くはないんだろう。
だが、避けた先にセバスチャンがいる。
セバスチャンは振り切った剣を無理に戻そうともせず、そのまま身体を前へ運び、次の斬撃へ繋げた。
バルジアがまた後退する。
今度は脚へ剣が走る。
下がって躱したところへ、さらに一歩。
休ませる気がまったくない。
バルジアが剣を振り返そうとする度、その前にセバスチャンの剣が来る。
反撃しようとした動きが、そのまま防御へ変わっているように見えた。
一度もセバスチャンを下がらせられない。
むしろ、セバスチャンが一歩進むたびに、バルジアが一歩ずつ階段を下がっていく。
防戦一方だ。
有名なのに弱くないか?
「おい! くそジジイ、少しくらい手加減してやれよ! 見ててつまらんぞ!」
「やかましいですぜ!」
怒鳴り返された。
なのに剣筋は乱れない。
こっちへ返事をしながら、バルジアへもう一撃。
受けた剣ごと押し込み、体勢が崩れた瞬間に剣を引く。
空いたところを突く。
バルジアが慌てて身体をずらした。
あれだけ攻めながら、よく俺に返事する余裕があるな。
主君を怒鳴るとは嘆かわしい筆頭騎士だけど。
もしかしたら俺って、かわいそうな主君なのかもなぁ。
俺たちの方を見る。
俺以外は誰も喋っていない。
オルドもクレインも、他の奴らも黙ったまま戦いを見ている。
それに比べて相手側は騒がしい。
「王国最強と謳われたバ、バルジア殿が……」
「つ、強い……」
ん?
王国最強?
俺は反対側にいたオルドを見る。
「やっぱ、あのジジイ強いのか?」
「もちろんです」
あっさり言われた。
まぁ知ってるけど。
いや、知らんかったけど、セバスチャンが強いのは知ってる。
改めて二人を見る。
王国最強と謳われたバルジアは、まだ倒れていない。
あれだけ剣を浴びせられても受け、躱し、どうにか致命傷を避け続けている。
なるほど。
あのおっさんも弱くはないのかもしれん。
それでも、セバスチャンの方は最初から何も変わっていなかった。
息が乱れているようにも見えない。
笑みも消えていない。
足も止まらない。
振り下ろす剣の勢いも、最初の一撃から弱くなったようには見えなかった。
バルジアが必死に受けるほど、差がはっきりしていく。
強い奴を一方的に追い詰めているから、余計にセバスチャンの方がおかしく見える。
バルジアの剣が弾かれ、その身体が揺れた。
間を置かず、横薙ぎ。
剣で受けたところへ下から跳ね上げる。
バルジアが後ろへ下がる。
セバスチャンが詰める。
また斬る。
受けられる。
すぐ次。
また次。
バルジアが一度大きく剣を振ろうとした。
ようやく反撃するのかと思ったが、その剣が動き切る前にセバスチャンの剣が横から迫り、結局また受けるしかなくなった。
攻めさせてもらえない。
いや、それどころか、自分から何かする時間すらほとんど与えられていない。
うーん。
つまらん。
一方的すぎる。
その時、バルジアの身体が大きく崩れた。
足を滑らせたのかと思ったが、そのまま階段へ倒れ込む。
焦ったのか?
いや。
よく見ると脚もやられてるな。
いつやられた?
ずっと見てたはずなんだが。
何度も脚を狙っていたから、そのどこかか。
バルジアの息もすっかり上がっている。肩が大きく上下し、剣を持つ腕にも最初のような余裕は見えない。
対するセバスチャンは、その前に立っているだけだった。
剣を下げ、倒れた相手を見下ろしている。
最初と大して変わっていない。
「ま、待て! 負けだ、負けを認める!」
倒れたまま、バルジアが慌てて怒鳴った。
セバスチャンは止まらない。
「知らんな」
剣が上がる。
バルジアが何かするより早く、そのまま振り下ろされた。
頭がかち割られる。
声が消えた。
身体から力が抜け、階段へ倒れたまま動かなくなる。
あれだけ剣を交わしていたのに、終わりだけは妙にあっさりしていた。
一瞬、周囲が静かになった。
その直後、階段の上から声が飛んでくる。
「ひ、卑怯な……」
「降伏した相手にトドメを刺すとは……」
俺は首を傾げた。
「殺しちゃダメなのか?」
オルドを見る。
答えない。
クレインを見る。
こっちも黙っている。
「殺し合いだろうに」
よく分からんな。
殺すつもりで剣を振っておいて、負けたら殺すなというのも妙な話だ。
セバスチャンが戻ってくる。
顔に飛び散った相手の血を手で適当に拭っているが、当然きれいにはならない。むしろ少し広がっただけに見えた。
あれだけ戦った後なのに、歩き方までいつもと変わらん。
「つまらんかったぞ。見てる俺の事を考えろよ」
「相手が弱すぎましたな」
セバスチャンは笑った。
まぁ、見どころも特に無かったしなぁ。
仕方ないか。
実戦経験が豊富すぎて溢れ返ってるようなセバスチャンと、たぶん城の中で鍛えてたらしいバルジアとかいう奴じゃ違うのかもしれん。
少なくとも、戦いの最中に卑怯とか言ってるようでは、たかが知れてる気もする。
ただ、王国最強とまで言われていた奴が弱かったというより、セバスチャンが強すぎるだけなのかもしれんな。
俺は血塗れのセバスチャンを上から下まで見る。
「治癒魔法はいるか?」
優しい俺は一応聞いてやった。
「いりませんな。ほとんど返り血ですからな」
笑いながら返された。
まぁ、そうだと思った。
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