第二百五十三話 善良王はどこだ
「よし、とりあえず上に行くか」
俺は泣いている騎士から視線を外した。
上にいる。
それだけ分かれば十分だ。
どの部屋にいるのかまでは分からないようだが、ここで一人ずつ聞いて回るより、まず上へ向かった方が早いだろう。
セバスチャンも頷き、剣についた血を軽く振り払う。
俺たちはそのまま通路を進んだ。
少し先に階段が見える。
石造りの段を上がり始めると、上からいくつもの足音が響いてきた。
「いたぞ!」
「止めろ!」
声と同時に騎士たちが姿を現す。
今度はさっきより人数が多い。
先頭の男が剣を抜き、その後ろからも次々と武器を構えた騎士が降りてきた。
だが。
「遅えな」
セバスチャンが駆け上がった。
階段の途中で剣がぶつかる。
一度だけ甲高い音が響き、その直後には相手の剣が大きく弾かれていた。
セバスチャンの刃がそのまま騎士の胸を裂く。
倒れた男を避けようと後ろが足を止めた。
そこへクレインとジノが飛び込む。
狭い階段で騎士たちが詰まった。
前にも進めず、後ろにも下がれない。
その間を直属騎士たちの剣が走っていく。
血が石段を濡らし、倒れた身体が転がり落ちてきた。
俺は少し横へ避ける。
危ないな。
死体にぶつかって転んだら格好悪い。
もっとも、その心配をする必要もなかった。
セバスチャンたちはそのまま階段を押し上がり、残った騎士を次々と倒していく。
俺が上へ着いた頃には、立っている敵は一人もいなかった。
……弱すぎるな。
さすがに変じゃないか?
俺は倒れた騎士たちを見下ろしながら歩く。
こいつらだって騎士だ。
魔力を持っているし、剣も使える。
それなのに、こっちの相手になっていない。
もちろん、セバスチャンたちが強いというのはある。
何度も実戦へ出て、人を殺して、俺にも付き合って色々な場所へ行っている。
その差か?
それとも。
……油断させる為の罠か?
俺は感知魔法を拡げたまま周囲を探る。
反応はまだある。
上にも、奥にも、いくつも魔力持ちがいる。
わざと弱い騎士だけを出して、俺たちを奥へ誘い込んでいる。
そんな可能性も考えたが、それらしいものは分からない。
まぁ、罠なら罠でいいか。
引っかかっても、無理矢理壊せばいい。
さらに通路を進む。
角を曲がったところで、さっきまでの騎士とは少し違う魔力反応が近づいてきた。
強い。
少なくとも騎士ではない。
「貴様ら!」
男が姿を現した。
「貴様ら!」
顔を真っ赤にして、こちらを睨んでいる。
ふむ。
貴族だな。
俺は片手を上げた。
「下がれ」
セバスチャンたちの足が止まる。
騎士なら任せればいいが、貴族なら俺が相手をした方が早い。
俺は防御魔法を展開し、そのまま男へ向かって歩いた。
向こうは俺が近づくのを見て、さらに顔を歪める。
「善良王はどこだ? 安心しろ、殺しはせん」
わざわざ教えてやったのに、返事の代わりに魔力が動いた。
攻撃魔法が飛んでくる。
防御魔法へぶつかり、そのまま散った。
俺は足を止めない。
次も来る。
それも防ぐ。
もう一度。
同じだ。
防御魔法の表面がわずかに揺れるだけで、俺まで届かない。
「どこだ? 答えろ」
「黙れ!」
男が怒鳴る。
まだ攻撃魔法を使うつもりらしい。
ふう。
仕方ないな。
俺は腰の後ろへ手を回した。
普段腰に下げている剣とは別の一本を抜く。
短い。
その代わりに刃が分厚い。
剣というより、前世で見たナタに近いかもしれない。
何かと使いやすいんだよな、これ。
俺はそのまま距離を詰めた。
「な――」
男が後ろへ下がろうとする。
遅い。
首を掴む。
肉体強化魔法を使った腕で、そのまま持ち上げた。
「ぐっ!」
背中が壁へぶつかった。
足が床から離れる。
男は俺の腕を掴み、引き剥がそうとしているが、気にする必要もない。
俺は顔を見上げた。
「答えろ。善良王はどこだ?」
「知らん!」
そうか。
手にした剣を横へ振る。
刃が男の腹へ入った。
「ぐぅっ!」
肉を切る感触が手に返ってくる。
刃を抜くと、ぼたぼたと何かが床へ落ちた。
赤いものが壁を伝い、男の服も一気に濡れていく。
それでも首を掴んだ手は離さない。
「答えろ。善良王はどこだ?」
「し、知らん……!」
まだか。
俺はもう一度剣を振った。
今度は少し下を狙う。
肉を切り進んむ刃先に硬い抵抗が当たった。
ガチン、と手に響く。
骨か?
だが、止める理由もない。
そのまま力任せに振り抜いた。
「がぁぁっ!」
男の声が通路へ響く。
直後。
ぼた、と鈍い音がした。
男の下半身が床へ落ちている。
俺は一瞬それを見た。
どうやら背骨まで断ち切ったらしい。
思ったよりよく切れるな。
残った上半身は、まだ俺が首を掴んだまま壁へ押し付けている。
さっきまで俺の腕を掴んでいた手から力が抜け始めていた。
「善良王はどこだ?」
「し……し、知ら……ん……」
またそれか。
本当に知らないのか?
それとも意地でも言わないつもりなのか?
どちらでもいい。
俺に必要なのは答えだけだ。
「ふう」
俺は剣を腰の後ろへ戻した。
男の目が一瞬だけ動いた。
終わったと思ったのかもしれない。
まだだぞ。
空いた手を、切り裂かれた腹へ突っ込む。
「っ――!」
身体が大きく震えた。
温かい。
ぬるりとしたものが手に絡みつく。
そのまま奥へ伸ばしていくと、指に色々なものが当たった。
邪魔だな。
掴んで引く。
ぶちぶちと何かを引きちぎる感触が伝わってきた。
「が……ぁ……」
男の口から声とも息ともつかない音が漏れる。
俺はさらに手を奥へ入れた。
この辺か?
胸の奥へ向かって指を伸ばす。
男の身体が細かく震えている。
顔からさっきまでの赤みは消え、口元には血が滲んでいた。
「最後だ」
俺は男の顔を見る。
「善良王はどこだ?」
「しー……しー……」
息が漏れる。
口の端から赤い泡が膨らみ、すぐに潰れた。
「知ら……ん……」
そうか。
なら、もういい。
奥へ伸ばした指で、動いているものを掴んだ。
力を込める。
「ぐぅおぅ……」
手の中で潰れる感触。
男の身体が一度大きく震えた。
それから、首ががくりと垂れる。
壁へ押し付けていた身体から力が消えた。
俺は首から手を離す。
残った上半身が床へ落ち、すでに落ちていた下半身の近くで止まった。
「ふう」
結局、知らなかったのか。
それとも最後まで言わなかったのか。
分からんな。
まぁ、次を探せばいい。
腹から抜いた手を見る。
真っ赤だ。
さっき靴が汚れたばかりなのに、今度は手まで汚れてしまった。
王城に入ってから、どんどん酷くなってる気がする。
「若様」
すぐ後ろから、セバスチャンが小さな声で呼んだ。
「なんだ?」
振り向く。
セバスチャンは床に転がった貴族を一度見てから、俺へ顔を寄せる。
「やるなら相手に見せつけながらの方がいいですぜ」
「見せつける?」
「へい」
セバスチャンはそれだけ言って、少し離れたところにいる敵の方へ目を向けた。
なるほど。
こいつ一人に見せても、こいつしか怖がらない。
他の奴が見ていれば、自分も同じ目に遭うと思うかもしれない。
そういうことか。
「そうか、次はそうする」
セバスチャンが頷いた。
俺も床の死体から視線を外す。
善良王はまだ見つかっていない。
こんなところで止まっている暇はない。
上だ。
まずは上へ行こう。
次回は、20時となります。




