第二百五十二話 拍子抜けの王都
王都にたどり着いた俺たちは、そのまま王城を目指していた。
正直に言えば、拍子抜けだ。
もう少し面倒なことになると思っていた。
何しろ、この王都はこないだ北方諸国軍に包囲されたばかりだ。実際に城壁の外まで敵軍が押し寄せ、一歩間違えば王都そのものが落ちてもおかしくない状況だった。
なら、その後は警戒を強めるだろう。
王都へ入る者を調べたり、怪しい一団がいれば止めたり、以前より面倒になっていてもおかしくない。
そう思っていたのだが。
全然そんなことはなかった。
俺は馬を進めながら、周囲へ視線を巡らせる。
前に来た時と比べて何か厳しくなったようには見えない。
あの時は、俺とセバスチャンで北方諸国の女傑を見物しに来たんだったな。
カルデア・トラギス。
もう死んでしまったが、実際に会ってみれば確かに英雄だと思わせる婆さんだった。
俺たちはただ見物するだけのつもりだったのに、結局本人と会うところまでいった。
そのせいで勝手なことをしたと多少怒られたが、それでも会っておいて良かったと思う。
ああいう人物は、たぶん長く名前が残る。
俺が生きている間どころか、その先まで歴史書に載るんじゃないか。
そんな人物を直接見られたのだから、怒られたくらいなら安いものだ。
「ふむ、人が少ないな」
思わず口から出た。
道を歩く者がいないわけではない。
荷を運ぶ者もいるし、店を出している者もいる。建物の間から声も聞こえるし、道端で立ち話をしている者も見える。
王都だけあって、さすがに閑散としているというほどではない。
だが、どうにも少ない。
前に来た時は包囲中だった。
だから比べる相手としてはおかしいのかもしれない。
城壁の外には北方諸国軍がいて、王都の中にも普段とは違う人間が集まっていたはずだ。
それで人が多く見えただけか?
……いや、そんなことないよなぁ。
俺は前方へ目を向ける。
広い道にも、確かに人はいる。
いるのだが、王都というより少し賑わっている街くらいに見える。
もしかしたらマバールの城下と、それほど変わらないんじゃないか。
もちろん、俺が今見ている範囲だけで全部分かるわけじゃない。
それでも、前に来た時に感じた人の多さとは違う。
ふむ。
王都の人口が減ってるのか?
俺は道の端を歩く平民たちを眺めた。
……王国貴族たちより先に、平民が見放したか?
あり得ない話でもない気がする。
平民は弱い。
貴族や騎士のように魔法を使って自分の身を守れるわけでもない。何か起きた時、最後まで踏ん張ってどうにかする力なんて持っていない。
むしろ、それゆえに頼りにならない者は素早く見捨てるのかもな。
ここに残っていたら危ないと思えば、動ける者から動く。
王都だから安全だと信じ続けるより、よほど平民らしい気もする。
まぁ、本当にそうなのかは知らんけど。
俺が王都の人口を数えたわけでもないしな。
ただ、人が少ないように見える。
今はそれで十分だ。
「まぁ、いい。こちらには好都合だ」
人が少ないなら、それだけ動きやすい。
目立ちにくいかどうかは微妙だが、少なくとも人混みに邪魔されることはない。
俺は少しだけ馬の速度を落とし、後ろを振り返った。
「行くぞ」
騎士たちが小さく頷く。
ここからは、あまり固まりすぎない方がいい。
魔力持ちが何人もまとまって王城へ向かえば、それだけで目立つ。
俺たちは適度に距離を取り、人の流れに逆らわないよう静かに王城へ近づいていった。
誰かが騒ぐこともない。
呼び止められることもない。
そのまま進み続け、やがて王城が近づいてくる。
さすがに、ここまで来れば違った。
王城の前には門があり、その周辺には衛兵が詰めている。
ふむ。
さすがに王城まで誰でも入れるわけじゃないか。
俺は足を止めず、そのままそっと魔力を動かした。
オルフィアから教えてもらった、感知されにくい感知魔法。
魔力を柔らかくし、それから細く小さくする。
普通の感知魔法とは違う感覚に、もう以前ほど手間取ることはない。
細く伸ばした魔力を、ゆっくりと門の方へ近づけていく。
いくつか反応がある。
平民の衛兵だけではない。
魔力持ちもいる。
ふむ、さすがにここには騎士を配置しているな。
当然といえば当然だ。
王城の入口だ。
ここまで平民だけに任せていたら、その方が驚く。
俺は隣を進んでいたセバスチャンを見る。
目が合った。
何も言わず、俺は一度だけ頷いた。
セバスチャンもそれだけで分かったらしい。
すぐに周囲へ目を走らせる。
オルド、クレイン、ジノ、トール。
少し離れて歩いていた者たちへ、ほんのわずかに目配せが飛んだ。
それから数瞬だった。
金属の擦れる音が重なる。
いや、音が重なった時には、もう遅かった。
セバスチャンたちはすでに動き出していた。
最初に踏み込んだセバスチャンの姿が、衛兵の視界から一瞬で消える。
「なっ――」
声が形になるより早く、剣が胸を貫いた。
隣ではクレインの刃が閃き、首筋を走る。
別の衛兵がようやく剣へ手を伸ばしたが、その手首ごと斬り飛ばされた。
何が起きたのか理解出来ていない。
理解する暇すらない。
オルドが横を抜け、ジノが背後へ回り、トールが逃げ道を塞ぐ。
四人がそれぞれ別の敵へ飛びかかり、ほんの数歩の間に衛兵たちが次々と崩れていった。
「敵襲――!」
誰かが叫びかける。
だが、その声も途中で途切れた。
叫んだ衛兵の喉へ刃が突き込まれたからだ。
別の者が警報の鐘を鳴らそうと手を伸ばす。
その腕が届く前に、セバスチャンの蹴りが身体を吹き飛ばした。
門前にいた衛兵たちは、剣を抜くことも、隊列を組むことも、仲間へ指示を出すことも出来なかった。
ただ目の前で仲間が倒れていくのを見て、遅れて恐怖に気づく。
だが、恐怖を自覚した時には、もう終わっていた。
「きゃああああっ!」
近くにいた誰かの悲鳴が響いた。
それにつられるように別の声も上がる。
人が逃げ始め、さっきまで普通に続いていた流れが一気に崩れた。
誰かが転び、誰かがそれを踏み越え、荷車が道を塞ぐ。
悲鳴と怒号が重なり、門前は一瞬で混乱に包まれた。
まぁ、知ったことじゃないけどな。
俺は騒ぎへ振り返ることもなく、開いたままの門へ足を向ける。
セバスチャンたちは、俺が数歩進むより早く全員が追いついていた。
門を抜ける。
王城の中へ入る。
外の悲鳴が石壁に遮られ、少しだけ遠くなる。
その代わり、城内の奥から慌ただしい足音が聞こえてきた。
さすがに気づいたか。
だが、気づくのが遅い。
前方の通路から、数人の騎士が飛び出してくる。
「何事だ!」
「貴様ら――!」
怒鳴り声だけが先に響いた。
騎士たちは通路の途中で足を止め、こちらを見て固まる。
王城の中へ敵が侵入している。
その事実を、頭が理解するまでに時間がかかったらしい。
そのわずかな間に、セバスチャンたちはもう距離を詰めていた。
「な、なんだと――」
一人がようやく剣へ手を伸ばす。
だが、柄を握る前にクレインの刃が閃いた。
別の騎士が後退しようとする。
その背後には、いつの間にかオルドが回り込んでいた。
逃げ道を塞がれた騎士の顔から血の気が引く。
「待て、話を――」
言葉が終わる前に、ジノの剣が腹へ突き込まれた。
トールは横から飛び込んできた騎士を受け止め、そのまま壁へ叩きつける。
金属音が一度、二度と響いた。
それだけだった。
騎士たちは剣を抜くことも、隊列を整えることも、援軍を呼ぶことも出来ないまま倒れていく。
俺たちが通路を進み始めてから、全員が床へ沈むまで、ほとんど時間はかからなかった。
うーん。
練度が低いな。
襲われると思ってないのだろうか?
北方諸国軍に王都を包囲されたばかりだぞ。
もう少し殺気立っていても良さそうなものだが。
それとも王城の中まで入られるとは思っていないだけか。
俺は歩きながら、今度は普通の感知魔法を拡げた。
さっきのように細く伸ばす必要はない。
自分を中心に魔力を拡げ、王城の中にある反応を拾っていく。
多いな。
さすが王城というべきか。
騎士程度の反応も多いが、それより強い反応もかなりある。
かなりの貴族がいるな。
まぁ、王城だし当たり前か。
さて。
善良王はどこかな?
当然だが、反応だけ見てもどれが善良王なのか分からない。
以前来た時に、善良王の魔力を覚えておけば良かった。
まさか後になって攫いに来るとは思っていなかったからな。
いるとすれば、広間とか執務室みたいなところか?
王なんだから、その辺を適当にぷらぷら歩いているわけでもないだろう。
そんなことを考えながら進んでいると、奥の通路から大柄な男が出てきた。
魔力反応は騎士程度。
こちらを見るなり、顔を歪める。
「なにやつだ! 王城と知っての狼藉か!」
怒鳴り声が通路に響いた。
ふむ。
ちょうどいい。
俺はそのまま男へ向かった。
向こうも剣へ手を伸ばす。
だが遅い。
肉体強化魔法を使い、一気に間合いへ入る。
同時に、拳だけへ防御魔法を重ねた。
オルフィアから教わった部分型防御魔法。
身体全部を覆う必要はない。
殴る拳だけ守れば十分だ。
「がっ!」
拳が男の身体へ食い込んだ。
大柄な身体が床から浮き、そのまま奥へ吹き飛ぶ。
石床を転がり、壁の手前で止まった。
「ぐ……ぅ……」
まだ生きてるな。
ちょうどいい。
俺は男のそばまで歩き、その頭へ足を置いた。
呻いていた男の身体がびくりと動く。
「善良王はどこだ?」
「ぐおぉ……だ、誰が言うか!」
そうか。
俺はそのまま足へ力を込めた。
鈍い感触が靴裏から伝わる。
男の声が止まり、床へ赤いものが広がった。
言いたくないなら構わない。
聞く相手はたくさんいる。
全員が全員、こいつみたいに意地を張るわけでもないだろう。
素直に答える奴が一人くらいいれば、それでいい。
……しまった。
俺は足を少し持ち上げた。
服の裾にも何か飛んでいる。
しかも靴裏がなんかぬるぬるする。
気持ち悪いな。
次から踏み潰すのはやめよ。
「若様」
横からセバスチャンの声がした。
「どうやら上の方におるみたいですぜ」
「ん?」
そちらを見る。
セバスチャンはいつもと大して変わらない顔をしていた。
そのすぐ横。
床に騎士が一人転がっている。
両腕がない。
切り取られたらしい腕が少し離れたところに落ち、騎士本人は身体を丸めるようにして、なんか泣いていた。
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