第二百五十一話 善良王を掻っ攫う
まぁ、いい。
王国側が何を考えていようが、俺たちがここまで何の妨害も受けずに来られたという事実は変わらない。
しかも、もう王都まであと数日程度だ。
街道からも外れた。
そろそろいいだろう。
俺は馬を進めながら、周囲にいる騎士たちへ目を向けた。
オルド、クレイン、ジノ、トール。
他の奴らもこちらを見る。
シルディア城を出てから、こいつらには王都を目指すとしか伝えていなかった。
だが、ここまで近づけば隠しておく意味も薄い。
そもそも王城へ入る前には、何をするのか分かっていないと困る。
「ちょうどいい。お前らにも目的を教えておく」
それまで馬を進めながら話していた騎士たちの視線が、俺へ集まった。
俺は全員を見渡す。
「俺たちはこのまま王都に進み、王城より善良王を掻っ攫う」
一瞬だけ、空気が変わった。
誰かが息を呑んだような気配がした。
まぁ、そうなるか。
王都へ行くとだけ聞かされていて、急に王城へ入って王を攫うと言われたんだ。
少しくらい驚くのは当然だろう。
だが、それだけだった。
誰も声を上げない。
聞き間違いかと問い返してくる奴もいない。
やっぱりな。
今さらこいつらが、この程度でガタガタ騒ぐとは思っていなかった。
俺はそのまま話を続ける。
「必要なら多少痛めつけるが、生け捕りが目的だ。勢いあまって殺すなよ」
「いや、それは若様に言いたいんですがね」
すぐ横からセバスチャンの声が飛んできた。
「分かっている」
なんだよ。
俺だって父上から生かして連れて来いと言われたことくらい覚えている。
多少欠けてもいいとも言われたが、着いてすぐ死なれては困るとも言われている。
今回はちゃんと生かして連れて帰るつもりだ。
たぶん大丈夫だ。
俺は改めて騎士たちへ顔を向ける。
「いいか、善良王を攫うまでは正体は明かすな」
王都へ着く前にマバール家だと知られて、警戒を強められても面倒だ。
せっかくここまで何の妨害もなく来られたのに、自分から騒ぎを大きくする必要はない。
まだ赤布も持ってきている。
使う必要があるなら使えばいい。
俺が一人ずつ顔を見ると、さっきまでとは少し違って見えた。
全員の目が、なんというか、ギラギラし出したような気がする。
気のせいかもしれない。
だが、少なくとも嫌そうには見えない。
こいつらもずいぶん慣れたもんだな。
王城へ乗り込んで王を攫うと聞いた直後なのに、誰も帰りたいとは言わない。
「だが、攫ってからは旗を掲げる。マバールが善良王を攫ったと教えてやれ」
今度は隠す必要がなくなる。
いや、むしろ隠さない方がいい。
善良王を失ったと王国側に分からせる。
それをやったのがマバール家だとも分からせる。
そのために旗まで持ってきたのだ。
俺の言葉を聞いていたクレインが口を開く。
「逆らう者は?」
当然の確認だな。
「殺せ。手加減はいらん。必要なのは善良王だけだ」
善良王だけは生きていないと困る。
だが、それ以外までわざわざ生け捕りにする必要はない。
俺たちを止めようとするなら、そのまま倒せばいい。
手加減して余計な時間を使う方が面倒だ。
「平民は?」
今度はトールが聞いてきた。
「逆らうなら殺せ。だが、逆らわない者は殺すなよ」
平民だから何をされても殺すなという話ではない。
邪魔をするなら排除する。
だが、逃げる奴や何もしない奴まで追いかけて殺す必要はない。
いちいち平民まで殺しているほど暇ではないからな。
今回の目的は王城の人間を皆殺しにすることじゃない。
善良王を掻っ攫うことだ。
そこを間違えると、余計なところで時間を使う。
「善良王がどこにいるか分かっているのですか?」
オルドが聞いてきた。
「知らん」
俺はすぐに答える。
そこはどうしようもない。
善良王が王城のどこで寝て、どこで飯を食って、普段どこにいるのかなんて知らない。
以前王都へ行った時だって、善良王の魔力を覚えようとしたわけでもない。
「感知魔法で探しはするが、他の貴族と区別はつかんだろうな」
魔力持ちがいる場所なら分かる。
だが、その反応が善良王なのか、別の貴族なのかまでは分からない。
知っている奴なら魔力の感じで分かることもあるが、善良王は違う。
王城なのだから、他にも魔力持ちはいるだろう。
感知魔法だけで一発で善良王を見つけられるとは思わない方がいい。
「どうしますか?」
「適当な騎士を捉えて口を割らせろ。拷問も許可する。素早さが優先だ」
迷う必要はない。
善良王がどこにいるか知っていそうな奴を捕まえて聞けばいい。
素直に答えるならそれでいい。
答えないなら、答えさせればいい。
ここで中途半端な指示をすると、現場でいちいち俺へ確認することになる。
そんなことをしていたら遅くなるだろう。
王城へ入った後は、善良王を確保するまでの早さが大事だ。
騒ぎが大きくなる前に見つけられれば、それに越したことはない。
俺の言葉を聞いていた騎士たちは、特に異論を挟まない。
その中でジノが少し考えてから聞いてきた。
「王城内での攻撃魔法は?」
「敵の城だ。遠慮なく使え」
そこまで制限するつもりはない。
壁が邪魔なら壊せばいいし、敵が固まっているなら攻撃魔法を使えばいい。
王城だから壊すなと言って、こっちが苦労する理由もない。
……まぁ、本音を言えば少し惜しいけどな。
王城だ。
長く残っている書物なんかもあるかもしれない。
歴史的な遺物だってあるかもしれないし、前世の感覚で言えば国宝みたいな物があってもおかしくない。
そういう物を全部吹き飛ばすのは、さすがにもったいない。
俺はそういう物を特別集めているわけではないが、二度と同じ物が作れないなら残っていた方がいいとは思う。
だが、今回は仕方ない。
何がどこにあるのかも知らないのに、それを壊すなと騎士たちへ命じたら動きが鈍る。
善良王を取り逃がしてまで守るものでもない。
諦めよう。
俺は全員の顔をもう一度見渡した。
善良王を生け捕りにする。
確保するまでは正体を隠す。
確保した後は旗を掲げる。
抵抗する奴には手加減しない。
善良王の居場所が分からなければ、知っている奴から聞き出す。
攻撃魔法も使っていい。
これだけ分かっていれば充分だろう。
「他に質問はあるか?」
誰も何も言わなかった。
馬の進む音だけが続く。
俺を見る顔に迷っているような奴はいない。
よし。
なら、後はやるだけだ。
王都へ行く。
王城へ入る。
善良王を見つける。
そして、そのまま持って帰る。
父上から直接命じられた仕事だ。
これを成功させれば、王国貴族たちの結束も崩せるかもしれない。
急いで戻れば、俺も戦に参加出来るかもしれない。
ここまで来て失敗する理由はない。
俺は騎士たちを見回し、声を上げた。
「よし、勝利の為、善良王を掻っ攫うぞ」
「応!」
重なった声が返ってきた。
誰一人として躊躇しているようには見えない。
俺はそれを聞いて前を向く。
王都は、もう遠くない。
次回更新は明日、5時となります。




