第二百四十六話 生かして連れて来い
自室でだらだらしていると、なんか父上に呼ばれた。
なんだろ?
今日は朝から軍議に付き合わされて疲れたし、もう外も暗くなっている。特にやることもなかったから、そのまま何も考えずにのんびりしていたのだが、わざわざこの時間に呼ばれる理由が思いつかない。
まぁ、呼ばれたなら仕方ない。
良い子の俺は素直に向かうことにした。
案内された先の扉を開けて中へ入ると、思っていたより人が多かった。
父上がいる。
それだけじゃなく、昼間の軍議でも見た文官や武官たちがほぼ全員揃っていた。
なんだ?
軍議の続きでもするのか?
そう思いながら部屋の中を見回していると、見慣れた顔が一つ混じっていることに気づいた。
セバスチャンだ。
しかも普通に席へ座っている。
なにしてるんだ?こいつ?
こんな時間に父上や重臣たちに囲まれているなんて、何かやらかしたのかもしれない。
仕方ない奴だ。
「いかんなぁ、俺を見習って良い子にしろよ」
せっかくなので忠告してやる。
俺は優しいのだ。
ところが、俺の言葉を聞いた重臣たちは揃ってぽかんとした顔になった。
なんで?
セバスチャンだけはしばらく俺を見た後、口元を歪めた。
「なにバカ言っとるんですか」
苦笑までされた。
なんでだよ。
俺は別におかしなことを言ってないだろ。
少なくとも今日は何もしてないぞ。
朝から軍議に出て、昼飯を食って、また軍議に付き合って、それが終わった後は城の中で大人しくしていた。外に遊びに行ってもいない。
十分良い子じゃないか。
訳が分からないので黙っていると、昼間にも話した武官が何とも言いにくそうな顔で俺を見た。
「その、確認なのですが、善良王を生かして連れて来れますか?」
「ん?」
一瞬、何の話をしているのか分からなかった。
善良王。
生かして連れて来る。
そこまで聞いて、昼飯の時に話したことを思い出す。
「ああ、なんだ、その話か」
てっきり何か別の用事かと思った。
善良王を攫う話なら、昼間にしたばかりだ。
「まぁ、たぶん大丈夫だろ。貴族だし手足をもぐぐらい」
別に殺すつもりはない。
治癒魔法を使えばいいし、そもそも貴族は頑丈だ。
王ならなおさら死なんだろ。
たぶん。
「いや、全部もぐと死ぬ貴族もいるんじゃないですかい?」
横からセバスチャンが口を挟んできた。
そうなのか?
少し考える。
貴族が頑丈なのは知っているが、手足を全部もいだ奴を見たことがあるわけではない。
治癒魔法も使うつもりではいるが、絶対に死なないと言われれば、確かにそこまでは分からない。
「根性ないなぁ。んじゃ、半分くらいにしとくか?」
全部が駄目なら減らせばいい。
それならかなり安全になるだろ。
そう思って提案したのに、文官の一人が困ったように身を乗り出してきた。
「あ、あの、もぐ以外では?」
もぐ以外?
「ふむ」
少し考える。
確かに、別にもぐことに拘る必要はない。
善良王を運びやすくして、余計な抵抗をされなければいいのだ。
「んじゃ半分にするか? 話せないと困るから上半分あればいいよな」
これなら手足を一本ずつもぐ必要もない。
話をさせるのだから頭と口は必要だし、さすがに首だけでは色々困りそうだ。上半分くらい残しておけば十分だろう。
我ながらちゃんと別の案を出したと思ったのだが、隣からまたセバスチャンの声が飛んできた。
「いや、もっと死ぬんじゃねえですかい?」
なんだよ。
せっかく変えたのに。
全部もぐと死ぬかもしれないと言うから別の方法を考えたのだ。それまで駄目だと言われたら、どっちが正しいのか分からない。
俺はセバスチャンを見る。
「賭けるか?」
一瞬、セバスチャンの顔が止まった。
次の瞬間、腹を抱えるようにして笑い始めた。
「はっ、ははははっ!」
なんだよ。
そんなにおかしいか?
分からないから賭けようと言っただけなのに。
それに対して、父上の周りにいる重臣たちは揃って肩を落としている。
さっきまで妙に真剣な顔をしていた文官なんて、机を見たまま動かなくなった。
「どうした?」
誰にともなく聞いてみる。
返事はなかった。
代わりに父上がこちらを見た。
笑ってはいない。
怒っているようにも見えない。
ただ、いつもの顔で俺を見ている。
「ギルバート、生かして善良王を連れて来い」
短い言葉だった。
「はい、分かりました」
言われたので頷く。
なんだ。
最初からそう言ってくれればいいのに。
生かして連れて来いというなら、生かして連れて来ればいい。それならさっきみたいに、死ぬか死なないかであれこれ話す必要もないだろう。
ただ、一応確認しておいた方がいいことはある。
「とりあえず話せればいいですよね」
善良王を連れて来る理由を考えれば、話せることが大事なはずだ。
五体満足で連れて来いと言われたわけでもない。
俺が尋ねると、父上はなぜか少し苦笑した。
「まぁ、それでも良い。だが着いてすぐに死なれては困るぞ」
なんだ、そのくらいか。
それなら大丈夫だろ。
死にそうなら治癒魔法を使えばいいし、ここまで連れて帰れるくらい元気にしておけば、着いた途端に死ぬこともないはずだ。
そう考えていると、父上が続けた。
「少なくとも数ヶ月は話せる状態だぞ」
チッ。
めんどくさくなったなぁ。
着くまで生きていればいいどころか、その後も数ヶ月は元気に話せるようにしておけということらしい。
それだと、さすがに半分にするのは駄目かもしれない。
どのくらいなら大丈夫なんだ?
少し考えてから父上を見る。
「一本か二本くらい欠けててもいいですよね」
これくらいならいいだろう。
腕か脚かはまだ決めてないが、一本や二本なくても話すことは出来る。
父上はまた苦笑した。
「それは任す」
よし。
なら問題ない。
絶対に全部残せと言われたら面倒だったが、それくらい自由があるならどうにでもなる。
どうするかは善良王を見てから決めればいいだろう。
「もぎたいんですかい?」
セバスチャンが妙なことを聞いてきた。
俺はそちらを見る。
「こないだ出来なかったからな」
そう答えると、セバスチャンは少しだけ目を細めた後、すぐに頷いた。
「ああ、なるほど」
分かったらしい。
別に絶対にもぎたいってわけじゃない。
ただ、色々試してみたいのだ。
治癒魔法を使えば失った手足が生えてくるとは聞いている。
だが、俺は実際にそれをやったことがない。
だったら、どんな感じで生えてくるのか見てみたい。
それに、もいだ方へ治癒魔法を使ったらどうなるんだろう。
身体から離れた後でも何か起きるのか。それとも何も起きないのか。
やってみなければ分からない。
他にも気になることはある。
貴族は平民よりずっと頑丈だ。
多少の傷なら平然としているし、治癒魔法も使える。
でも、その頑丈さがどこまで肉体そのものの強さなのか、どこから治癒魔法のおかげなのかはよく分からない。
腕を一本なくした時。
脚を一本なくした時。
治癒魔法を使った時と使わなかった時。
どのくらい違うのか。
気にはなる。
かなり気になる。
だからといって、そんなことをその辺の奴で試すわけにもいかない。
俺の騎士で試すなんて論外だし、知り合いの貴族に頼んだところで、普通は嫌がるだろう。
そもそも俺だって、味方の手足を興味本位でもぐほど暇じゃない。
こんな機会はそう簡単にはない。
その点、善良王なら敵だ。
しかも父上から、生かして連れて来いとは言われたが、一本か二本欠けるくらいなら任せると言われた。
ちゃんと数ヶ月話せる状態にしておけば問題ない。
なら少しくらい試してもいいだろう。
善良王ならちょうどいい。
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