第二百四十四話 出来る事しか言わない
昼の休憩に入り、朝から続いていた軍議の空気は一度ほどけていた。
席を離れた者たちがそれぞれ食事を取り、あちこちで小さな話し声が重なる。先ほどまで意見をぶつけ合っていた者同士が同じ場所で酒を飲んでいる姿もあり、軍議の最中とはまるで違う。
その中を、ザイン・エディオンとマバール家の武官の長が並んで歩いていた。
二人が向かった先にはガルシアがいる。
ガルシアは二人が近づいてくるのを見ると、手にしていた食事から視線を上げた。
「どうした?」
「ガルシア殿、少々よろしいでしょうか」
ザインが足を止める。
武官の長もその隣へ立った。
軍議は休憩中だ。先ほどまでの大声はなく、三人の周囲にも食事をする者たちの声が流れている。
ザインは少し声を落とした。
「ギルバート殿が、このような事を言っております」
そこから、先ほどギルバートと交わした話をガルシアへ伝えていく。
王都そのものを攻略するのが難しいのであれば、善良王だけを掻っ攫えばいい。
そうすれば王都を占領する必要はなく、それでも王国貴族たちの結束を崩すことは出来る。
その話を聞いていたガルシアが、短く問い返した。
「ギルバートは出来ると言ったのか?」
「はい」
答えたのは武官の長だった。
「ギルバート様は出来ると断言されております」
ガルシアはそれ以上何も言わず、続きを待つ。
ザインが口を開いた。
「やり方は少々乱暴ではありましたが、ギルバート殿は出来ると断言しておりました」
「乱暴?」
ガルシアの視線がザインへ向く。
ザインは一度、武官の長を見た。
武官の長が続きを引き取る。
「善良王を連れ出すのが難しいのではないかと申し上げたところ、抵抗されるのであれば手足をもげばよい、と」
ガルシアは黙って聞いている。
「治癒魔法を使えば死なず、話せるのであれば問題ないとの事でした」
「……そうか」
「さらに、多少であれば王都や王城を吹き飛ばしてもよいのなら、確実に出来ると」
そこまで聞いても、ガルシアは二人の話を遮らなかった。
ザインが続ける。
「どの程度を想定しているのか確認したところ、最悪の場合は王都が消えるかもしれない、と」
武官の長が小さく頷いた。
「さすがにそれは困ると申し上げました。王国は敵ですが、そこに住む民はいずれ我らの民になるのですから」
「それで?」
「ギルバート様も納得されました」
ガルシアがわずかに眉を動かす。
「王都全体を吹き飛ばす必要がないのであれば、王城までにしておく、と」
少しの間、三人の間から言葉が消えた。
離れたところから食器の触れ合う音が聞こえる。
ガルシアがゆっくり口を開いた。
「それでもギルバートは出来ると言ったのだな?」
「はい」
今度はザインもはっきり頷いた。
「ギルバート殿は、出来ると断言しておりました」
「ふむ」
ガルシアはそれだけ言うと、少し離れたところへ視線を向けた。
その先では、ギルバートが骨付き肉を手にしている。
こちらを気にしているのか、いないのか。
ガルシアの視線はほんの一瞬だけそこへ向き、すぐに二人へ戻った。
「あれが出来ると断言するのなら、出来るのだろうな」
「はい」
武官の長の返事は早かった。
「ギルバート様は、出来る事しか言われません」
ザインも否定しなかった。
ガルシアは短く息を吐くと、それ以上ギルバートの話を続けることなく、二人へ視線を戻した。
午後から再開された軍議は、正直それほど盛り上がらなかった。
午前中はあれだけ机を叩いて怒鳴り合っていたのに、午後になると妙に静かだ。
もちろん、話し合いそのものがなくなったわけじゃない。
俺も午前中と同じ席へ座り、黙って話を聞いている。
父上もいる。
ザイン殿もいる。
うちの武官の長も、帝国本国から来た軍官たちもいる。
ただ、朝と違って一番大きかった争点がなくなっていた。
マバール家が譲ったのだ。
今回は王都攻略を優先しない。
まずは国境を広げる。
王国領へ攻め込み、確実に奪えるところを奪う方針になった。
ザイン殿たちが朝から主張していた方へ寄った形だ。
「では、王都を目標とはしないという事でよろしいですな」
軍官の一人が確認する。
父上が頷いた。
「ああ」
それだけだ。
朝みたいに武官の長が机を叩くこともない。
ザイン殿が大声で言い返すこともない。
俺は目の前の机を見る。
結局、壊れなかったな。
少しくらい罅が入っているかと思ったが、見たところ普通だ。
丈夫な机だったらしい。
そんなことを考えている間にも軍議は進んでいく。
王都へ行かないと決まれば、後はどこまで攻めるかという話になる。
ただ、その話について俺から口を挟むことはない。
朝と同じだ。
俺は正式な帝国貴族ではない。
ここに座って話を聞けているだけでも十分だし、決めるべき連中が決めればいい。
それにしても、午前中の勢いはどこへ行ったんだ。
あれだけ、
今こそ王都を攻めるべきだ。
いや、取れるところを取るべきだ。
と騒いでいたのに、片方が譲ればこんなものなのか。
俺はちらりと武官の長を見る。
普通に話を聞いている。
次にザイン殿を見る。
こっちも普通だ。
昼休みにあれだけ変な顔をしていたくせに。
しかも二人して父上のところへ行った。
何を話したのかは聞こえなかった。
父上も一度こっちを見ただけで、その後は何も言ってこない。
怒られていない。
なら、別に問題はなかったんだろう。
うん。
そういうことにしておこう。
「国境を広げる以上、王国側の動きも変わるでしょう」
誰かの声が聞こえる。
別の者がそれに応じ、さらに軍官が言葉を挟む。
朝とは違って怒鳴り合いにはならない。
意見が出て、それに別の意見が重なり、父上やザイン殿たちが聞いている。
こういう方が軍議らしい気もする。
いや、俺は軍議がどういうものなのか詳しいわけじゃないけど。
少なくとも机の心配をしなくて済む。
しばらく話を聞いていると、今回の方針そのものはもう動きそうになかった。
王都ではなく、国境を広げる。
なら、俺が考えることも単純だ。
どっちの案が正しかったのかなんて、俺には分からない。
ザイン殿たちの考えも分かったし、マバール家の考えも分かった。
王都まで行って一気に王国貴族たちの結束を崩すのもありだと思う。
確実に取れるところを取って地力を上げるのもありだと思う。
昼には、その間を取って善良王だけ掻っ攫えばいいとも思った。
結局、それは軍議の話には出てこなかったけど。
まぁ、あれは休憩中に聞かれたから答えただけだ。
正式に俺が何か提案したわけじゃない。
俺は椅子の背へ少し身体を預ける。
午前中よりずっと静かな声が部屋の中を行き交っていた。
王都攻略はしない。
今回は国境を広げる。
そう決まったなら、それでいい。
俺が何かを決めるわけじゃないんだからな。
俺は決まった事をやるだけだし。
まぁ、いっか。
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