第二百四十三話 善良王だけ掻っ攫えばいい
昼の休憩に入った途端、さっきまで張り詰めていた空気が嘘みたいに緩んだ。
机の上に広げられていたものが片づけられ、席を立つ者が増える。朝からずっと響いていた大声も止まり、代わりに食事を受け取る者たちの声や、椅子を引く音が広がっていった。
俺もさっさと飯を受け取る。
焼いただけの骨付き肉。
豪華とは言い難いが、別に昼飯なんてこれくらいでいい。朝からずっと座って人の話を聞いていただけなのに妙に腹が減っている。
肉へ齧りつきながら周囲を見ると、少し離れたところでザイン殿が笑っていた。
その相手を見て、俺は噛んでいた肉を飲み込む。
うちの武官の長じゃないか。
ついさっきまで机を叩き合って怒鳴っていた二人が、今は普通に笑いながら飯を食っている。
なんだあれ。
仲悪いんじゃないのか。
いや、別に仲が悪いから言い争っていたわけじゃないのか。
軍議では考えが違うから言いたいことを言い合っていただけで、休憩になればそれはそれ、ということなんだろう。
見ていると、二人とも肉だけではなく酒まで飲んでいた。
昼から飲むのか。
まぁ、貴族も騎士も頑丈だから、多少飲んだくらいでどうこうなるものでもない。
二日酔いになる女騎士の方がよほど珍しいくらいだ。
俺はもう一度、骨付き肉へ齧りついた。
表面はしっかり焼けているが、中はまだ柔らかい。噛むと肉汁が口の中へ広がる。
うん。
悪くない。
軍議よりこっちの方がいいな。
骨の近くに残った肉を歯で削いでいると、こちらへ近づいてくる足音が聞こえた。
顔を上げる。
ザイン殿と、うちの武官の長だった。
なんだ。
俺は今、肉を食うのに忙しいんだが。
「ギルバート殿」
「はい?」
骨付き肉を持ったまま返事をすると、ザイン殿が俺の前で足を止めた。
その隣では武官の長もこちらを見ている。
「ギルバート殿はどうお考えかな?」
どうって。
さっきの話か。
俺は手にした肉を見てから、二人を見る。
聞かれたなら答えてもいいだろう。
軍議の最中に俺から勝手に口を挟むのは駄目でも、今は休憩中だし、向こうから聞いてきたんだからな。
「王都攻略が難しいのなら、善良王だけ掻っ攫ったらいいんじゃないですか?」
二人の顔を見る。
「それなら簡単だし、王国貴族たちの結束も崩れるでしょ」
王都そのものを奪う必要があるのかと思っていたが、考えてみれば目的は王都じゃない。
マバール家が欲しいのは、王国貴族たちの結束を崩すことだ。
だったら善良王だけいなくなれば十分じゃないのか。
王都まで大軍で攻め込んで、そのまま占領して、そこを維持する必要もない。
善良王だけ持って帰ればいい。
我ながら悪くない考えだと思う。
ところが、武官の長は少し妙な顔をした。
「いや、ギルバート様。それは簡単ではないのではありませんか?」
「そうか?」
難しいか?
俺は少し考えたが、やっぱりそれほど難しいとは思えない。
「俺なら出来ると思うが?」
そう答えると、今度は武官の長がすぐに首を振った。
「いえいえ。確かにギルバート様なら王都までは行けるでしょうが、善良王を攫うのは無理でしょう」
王都までは行けるのか。
そこは問題ないらしい。
なら、問題は善良王を連れて帰るところか。
どうしてだ?
善良王だって人間なんだから、抱えて帰ればいいだろ。
ああ。
抵抗されると思ってるのか。
「そうか? とりあえず手足をもげば大丈夫じゃないか?」
そのまま骨付き肉へ齧りつく。
肉を噛みながら続けた。
「治癒魔法を使えば死なないだろうし、話せれば問題ないだろ?」
善良王に必要なのは、生きていて話せることだ。
王国貴族たちに話をさせたいんだから、それが出来れば十分だろう。
手足があったら暴れたり逃げたりするかもしれない。
なら、最初からなくしてしまえばいい。
別に殺すわけじゃない。
治癒魔法もある。
これで何が難しいんだ?
顔を上げると、ザイン殿と武官の長がなんか変な顔をしていた。
なんだ?
俺、何か変なこと言ったか?
周りを見る。
少し離れたところにいた帝国本国からの軍官まで、こっちを変な顔で見ている。
なんでだ?
別に俺から言い出したわけじゃないぞ。
ザイン殿に聞かれたから答えただけだ。
「ギルバート殿」
「はい?」
ザイン殿の声に視線を戻す。
「本当に出来ますか?」
さっきより声が低い。
何をそんなに確認しているんだろう。
出来るか出来ないかなら、
「出来る」
俺は即答した。
ただ、何も壊さずにやれと言われると少し面倒だ。
王都まで行って、王城の中から善良王を探して、周りにいる奴らを全部避けながら連れ出す。
そんなことをするくらいなら、邪魔なものをなくした方が早い。
「多少、王都や王城を吹き飛ばしていいのならですが」
ザイン殿が黙る。
すると今度は、隣にいた武官の長が口を開いた。
「吹き飛ばすとは、どの程度ですか?」
「うーん」
どの程度。
そこまでちゃんと考えてなかったな。
善良王の居場所がすぐ分かって、邪魔も少なければ大して壊す必要はない。
逆に、どこにいるか分からず、邪魔が多くて、何度も止められるようなら、その分だけ面倒になる。
俺は骨付き肉を口から離し、少し考えた。
「どうかなぁ。最悪は王都ぐらいは消えるかもなぁ」
まぁ、その時はその時だ。
「でも、別にいいだろ? 敵なんだし」
「いえ」
武官の長がすぐに返した。
「敵ではありますが、民は別です。いずれは我らの民になるのですから」
「ああ」
なるほど。
それもそうか。
王国から土地を取るなら、そこに住んでいる平民まで消してしまったら困る。
今は王国の民でも、土地ごと取ればこっちの民になる。
確かに、それを全部吹き飛ばすのはもったいない。
「なるほど。それもそうか」
俺は頷いた。
「なら吹き飛ばすのは王城までにした方がいいな」
これならいいだろう。
善良王がいるのは王城なんだから、そこまでなら民までまとめて吹き飛ばすこともない。
武官の長がまた変な顔をした。
ザイン殿も黙っている。
なんだよ。
ちゃんと意見を聞いて修正しただろ。
「そ、そうです。それくらいに抑えていただけると」
「分かった」
俺は頷き、また肉を齧った。
これで解決だな。
マバール家は王国貴族たちの結束を崩したい。
ザイン殿たちは王都まで大軍で攻め込むのは危険だと思っている。
だったら大軍で王都を攻略せず、善良王だけ持って帰る。
しかも民を消すのは困るらしいから、壊すとしても王城まで。
双方の意見のいいとこ取りじゃないか。
我ながらナイスな意見だと思うんだが。
なのに二人とも、まだなんか変な顔をしている。
やがてザイン殿が武官の長と顔を見合わせ、二人揃って俺から離れていった。
なんで?
聞かれたから答えただけなのに。
俺は骨に残っていた肉を齧りながら、その背中を目で追う。
すると二人は、そのまま父上の方へ向かっていった。
おい。
ちょっと待て。
やめろ。
俺は聞かれたことに答えただけだぞ。
父上に報告するのは反則だろう。
二人が父上の前で足を止める。
何か話し始めた。
ここからでは声までは聞こえない。
俺は肉を食べながら、なるべく気にしていないふりをしてそちらを見る。
何を話してる。
まさか全部言ってないだろうな。
手足をもぐとか。
王都が消えるかもしれないとか。
王城までにしておくとか。
いや、別におかしい話じゃない。
全部、聞かれたから答えただけだ。
それにちゃんと民を巻き込まないように話も修正した。
怒られる理由はない。
ないはずだ。
しばらく二人と話していた父上が、ふと顔を動かした。
視線がこちらへ向く。
ほんの一瞬。
それだけだった。
すぐに父上はザイン殿たちへ視線を戻した。
俺は手にした骨付き肉を見る。
今のは見ただけだよな。
睨んだりはしてなかったよな。
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