第二百四十二話 まとまらない連合軍
翌日、俺は朝から軍議に参加していた。
参加している人数は多い。
父上を中心に、マバール家の武官たち、文官たち、諜報を司る者たち。普段ならそれだけでも十分に面倒そうな顔ぶれなのだが、今日はそこへさらにザイン・エディオン殿を筆頭とした者たちが加わっている。
元王国国境貴族。
今は帝国国境貴族、と言った方が正しいのか。
俺たちマバール家と同じように王国から帝国へ移った貴族たちが、それぞれ何人かを連れて席についていた。
それだけなら予想していた。
驚いたのは、その中に帝国本国から来た軍官まで混じっていたことだ。
そこまで来るのか。
俺は席に座ったまま、少し離れたところにいる軍官たちへ目を向ける。
帝国にも王国にも、前世でいうところの国家軍みたいなものはない。
帝国軍と呼ばれているものは、正確に言えば帝国貴族たちがそれぞれ抱えている軍を集めたものだ。王国軍も同じで、王国貴族たちの軍が集まっている。
もちろん、皇帝軍や王軍はいる。
ただし、それは国そのものの軍というより、皇帝が持つ軍と王が持つ軍だ。
だから、帝国軍だからといって皇帝が全部を直接好き勝手に動かせるわけでもない。
面倒な話だが、最初からそういうものとして出来上がっているんだから仕方ない。
では、そんなバラバラな連中が集まって戦争をするとどうなるか。
当然、バラバラに動く。
そのまま放っておいたら、同じ帝国軍なのにこっちは北へ、あっちは南へ、その隣は勝手に城を攻め始める、なんてことになりかねない。
そこで軍官だ。
俺の感覚だと、ある種の戦目付みたいなもんだろうか。
貴族軍同士の動きをある程度調整して、こっちへ行って欲しい、あそこを攻めて欲しい、と話をまとめる。それ以外にも、どこの貴族軍がどれだけ働いたとか、どういう戦いをしたとか、そういうことを帝国本国へ報告する。
大事なのは、あくまである程度ってところだ。
軍官は軍官でしかない。
父上やザイン殿へ命令する権利があるわけじゃない。
例えば父上がどこかの城を攻めると決めたとする。
それに対して軍官が、いや、そちらではなく別の城を攻めてもらいたい、と考えたとしても、命令して目標を変えさせることは出来ない。
出来るのは、なぜそちらを攻めて欲しいのかを説明して、要望するところまでだ。
まぁ、軍官の話を何でも無視すれば、帝国本国へどんな報告をされるか分からない。
だから、わざわざ喧嘩するような真似は普通しないみたいだけどな。
もっと面倒なのは、そこで父上が軍官の要望を聞き入れたとしても、ザイン殿まで従う義務はないってことだ。
父上もザイン殿も帝国貴族。
同じ帝国に属していても、ザイン殿が父上の部下になったわけじゃない。
爵位だってそうだ。
公爵だからといって、子爵や男爵へ何でも命令出来るわけじゃない。爵位は帝国内での序列ではあっても、それだけで他家の貴族を部下に出来るものではない。
寄親や寄子みたいに別の関係があるなら話は変わるんだろうが、少なくとも爵位だけで全部決まるほど単純じゃない。
まぁ、その中でも父上は少し特殊だ。
王国から帝国へ移った連中の親玉みたいな立場だからな。
実際、ザイン殿たちも父上の言葉を軽く扱ったりはしない。
だからといって、何でも「はい」と従うわけでもないけど。
「ここで確実に領域を広げるべきでしょう」
ザイン殿の声が響いた。
静かに聞いていた父上は何も言わない。
代わりに、マバール家の武官の一人がすぐに口を開いた。
「今、王都を狙わずしていつ狙うというのです」
また始まった。
朝からずっとこれだ。
ザイン殿たち新帝国貴族の考えは分かりやすい。
攻められる時に、攻められるだけ攻めたい。
戦争なんて、そうぽこぽこ起こすものでもない。
せっかく攻めるなら、取れるところは取っておきたい。
俺だってその気持ちは分かる。
ただ、ザイン殿たちは王都まで一気に行こうとは考えていないらしい。
王都は遠い。
そこまで深く入り込めば、取った後の方が面倒になる。
奪った土地をどうするか、どう守るか。
攻め込めばいいだけなら簡単でも、その後まで考えれば話は別だ。
だから、今は確実に取れるところを取り、その分だけ自分たちの地力を上げる。
王都はその後。
それがザイン殿たちの考えらしい。
一方、マバール家の考えは違う。
父上は相変わらず黙っている。
だが、マバール家の上層部が揃って王都攻略を主張している以上、父上の考えもそちらなんだろう。
あの連中が父上を無視して、勝手にこんな大きな方針を押し出すとは思えない。
少し前、王都は北方諸国軍に包囲された。
そのせいで王国貴族たちの結束はかなりガタガタになっているらしい。
そこへ今度は、かつて王国貴族だった連中が帝国側から攻め込み、王都まで落とす。
そうなれば、まだ残っている王国貴族たちのまとまりまで一気に崩せる。
まとまったままの連中を一つずつ相手にするより、先にまとまりそのものを壊した方が楽。
マバール家はそう考えているようだ。
うーん。
どっちも分かるんだよなぁ。
ザイン殿たちの言うことも分かる。
確実に取れるところを取って、自分たちを強くしてから先へ進む。
普通に考えれば堅実だ。
だが、マバール家の言い分も分かる。
せっかく相手が弱っているなら、立ち直る前に一番痛いところを殴ってしまえ。
それで相手がもっとバラバラになるなら、その後は楽になる。
どちらかが明らかに間違っているなら話は早いんだが、そうじゃないから長引くんだろう。
「王都まで進むとなれば、それだけ兵を深く入れることになる!」
ザイン殿が声を張った。
「王都を落としたところで、その先をどうする! そこへ兵を置き続けるのか!」
「だからこそ、その前に王国貴族どもの結束を崩すのだ!」
マバール家の武官の長も引かない。
さっきから何度目だ、これ。
周りの文官や軍官たちも口を挟んではいるが、二人の声が一番大きい。
父上はまだ黙っている。
俺も黙っている。
というか、俺の場合は黙っているしかない。
俺はマバール家本家の三男だ。
それだけならそれなりに偉そうに見えるかもしれないが、正式な帝国貴族ではない。
この軍議で、自分から勝手に意見を言える立場じゃないのだ。
参加させてもらっているだけでも、結構な特別待遇だと思う。
別に不満はない。
面倒な話を聞いていれば、これから何をするつもりなのか分かるしな。
俺が決める必要もない。
決まったら、その通りに動けばいい。
「それでは遅すぎる!」
突然、ばんっ、と大きな音が鳴った。
武官の長が机を叩いた音だ。
「結束の緩んでいる今が好機なのだ!」
おお。
今度はザイン殿の眉が動いた。
「奪える時に奪う、それが戦であろう!」
ばんっ。
ザイン殿まで机を叩いた。
俺は二人ではなく、叩かれた机を見る。
大丈夫か、あれ。
朝から何度も手を置かれ、拳まで落とされている。
このままいったら軍議が終わる前に机が壊れるんじゃないだろうか。
さすがに壊れたら少し面白い。
いや、笑ったら怒られるか。
それにしても二人とも元気だな。
さっきから同じような話を何度もしているのに、声が全然弱くならない。
ザイン殿の後ろにいる新帝国貴族たちも頷き、マバール家の武官たちも引かない。
帝国本国から来た軍官たちは、その間に何度も言葉を挟んでいた。
だが、やはり命令はしない。
どちらかを押さえつけるでもなく、それぞれの言い分を聞きながら、こうして欲しい、こちらの方が望ましい、と話を繋いでいる。
なるほど。
実際に見ると、軍官って本当に面倒な仕事だな。
自分では命令出来ない相手を、なんとか同じ方向へ向かせなきゃならない。
俺なら嫌だ。
攻撃魔法で吹き飛ばしていいなら話は早いんだが、軍議でそれをやったら父上に怒られるどころじゃ済まないだろう。
俺は黙って椅子へ座り直した。
その後も話は続いた。
王都へ行くべきだ。
そこまで行くべきではない。
今なら王国貴族の結束を崩せる。
今は確実に奪えるものを奪うべきだ。
何度か言い方は変わったが、結局のところ、どちらも自分の考えを引かなかった。
父上も最後まで大きく口を挟まない。
そうしているうちに、朝から続いていた軍議はいったん止められることになった。
昼だ。
ようやく飯が食える。
結論は出ていない。
机も壊れていない。
とりあえず、それだけは分かった。
次回更新は明日、5時となります。




